2005/11/15(火)「イン・ハー・シューズ」

 「イン・ハー・シューズ」現在の不幸の要因が過去にあるというのはミステリではよくある設定だ。この映画の姉妹は不幸というほどではないが、それぞれに日常生活に問題を抱えている。姉のローズ(トニ・コレット)は弁護士だが、小太りで(とは見えないが)容姿にコンプレックスを持っている。妹のマギー(キャメロン・ディアス)は容姿・スタイルとも抜群だが、難読症で自分は頭が悪いと思っている。母親は2人が子供の時に交通事故死した。その秘密がクライマックスに明らかになる。そして仲違いしていた姉妹はかつてのような姉妹の絆を取り戻す。簡単に言えば、そういう話なのだが、この映画の良さはそうしたプロットにあるのではなく、それぞれの問題を克服していく姉妹の姿にある。マギーがフロリダの老人ホームで盲目の元大学教授の指導を受けて、E・E・カミングスの詩を読み、ゆっくりと難読症を克服していく描写や、あの「ロッキー」にも登場したフィラデルフィア美術館の階段をローズが犬と一緒に駆け上がるシーンなどは感動的だ。

 ジェニファー・ウェイナーの原作を脚本化したスザンナ・グラント(「エリン・ブロコビッチ」)は女性らしい視点で詳細に姉妹の自己実現の様子を綴っている。まるで娯楽映画には向かないような題材にもかかわらず、手堅くまとめたカーティス・ハンソンの演出も見事。しかし、何よりもこの映画はキャメロン・ディアスに尽きる。マイナーからメジャー作品まで幅広い映画に出演してきたディアスはこの映画で奥行きの深い演技を見せており、本当に演技派と呼べる女優になったのだと思う。

 舞台はフィラデルフィア。マギーは高校の同窓会で酔っぱらい、元々仲の悪かった継母から実家を追い出されて姉のローズのアパートに転がり込む。弁護士事務所に勤めるローズはちょうど上司のジム(リチャード・バージ)とつきあい始めたところだった。難読症で計算もできないマギーは就職しても長続きしない。いつまでたっても経済的に自立しないマギーにローズはいらだちを募らせる。しかも、ふとしたことからマギーはジムとベッドイン。そこに帰ってきたローズは怒りを爆発させ、マギーを追い出す。仕方なく実家に帰ったマギーはそこで死んだと思っていた母方の祖母エラ(シャーリー・マクレーン)がフロリダで健在なのを知る。マギーはフロリダの老人ホームでエラと暮らすことになるが、初めは歓迎していたエラも遊び暮らすマギーにホームの仕事を手伝うよう命じる。一方、ローズは気まずくなった弁護士事務所を辞め、犬の散歩の仕事を始める。ある日、街角で事務所の同僚だったサイモン(マーク・ファイアスタイン)と偶然会い、食事に誘われる。サイモンは以前からローズに好意を持っていたのだ。

 問題を抱えているのは姉妹だけではない。祖母は娘に対して過剰な保護をしていたし、父親は妻の死後、祖母から娘への手紙を隠し続けてきた。継母は姉妹を(特にマギーを)嫌っている。さまざまな要素が入り組んだ話でありながら、笑いを織り交ぜて緩急自在にてきぱきと整理していくハンソンの演出は大したものだと思う。2時間13分、少し冗長に思える部分もあるのだが、泣かせよう感動させようなどという安易な意図が微塵もないところが最大の美点。過剰さを廃したこういう演出は好ましいし、洗練されていると思う。

 ディアスはスタイルの良さを見せつける序盤から中盤までもいいのだが、それ以降も的確に演技をこなしている。ラスト、新婚旅行に旅立つ姉を見送った後、ステップを弾ませて結婚パーティの踊りの輪に加わっていくハッピーな終わり方がとても良かった。

2005/11/14(月)「Dear フランキー」

 「Dear フランキー」パンフレット「私は嘘つきの母親だわ」

 「違う。君はフランキーを守ってるんだ」

 スコットランドの港町に引っ越してきた9歳の少年フランキー(ジャック・マケルホーン)は難聴で言葉をしゃべれない。いや、しゃべろうとしない。船に乗っている父親から届く手紙が唯一の楽しみである。しかし、父親は船になど乗ってはいなかった。母親のリジー(エミリー・モーティマー)がフランキーの手紙に返事を書き続けているのだ。手紙を出している父親は架空の存在である。フランキーはある日、学校の友達から父親の乗っている船が港に帰ってくるというニュースを聞かされる。思いあまったリジーは1日だけ父親の代わりになる男を探す。

 予告編を見て、ありふれた設定かと思えたのだが、この映画、脚本、監督、プロデューサーが3人とも女性のためか、母親の描写が細かい。その描写の細かさがあるため、ややご都合主義的展開もそれほど気にならない。友人のマリー(シャロン・スモール)の紹介で父親役を頼んだ見知らぬ男(ジェラルド・バトラー)とリジーが親しくなることは容易に想像がつくのだが、バトラーがあまりにいい男なのでそうなるのも当然と思えてくる。中盤にあるダンスシーンや長く長く見つめ合った後でのキスシーンは2人の思いがあふれるシーンであり、とてもリアルでロマンティックだ。これは母親の心の動きを丹念に見つめた映画であり、女性映画と言っていいと思う。監督はこれが長編デビューのショーナ・オーバック。

 一緒に住む母親のネル(メアリー・リガンズ)から言われるまでもなく、リジーはフランキーに嘘をつき続けることはよくないと分かっている。それでも続けてしまうのは手紙がしゃべらないフランキーの心の声を聞く唯一の手段だからだ。一家は夫の追求を逃れてたびたび引っ越しているが、それがなぜかを徐々に映画は明らかにしていく。元は短編だったというアンドレア・ギブの脚本は女性の心理を描き出すと同時に現代的なテーマも盛り込んだ丁寧なものである。ただ、男の方の描写はやや簡単になってしまった。映画を見ていてどう処理するのか興味があったのは夫の扱いだったが、夫がああいう状況になることに伏線がないので、唐突な感じを受ける。ここはああいう状況にせずに、夫とリジーの対決場面が欲しかったところだ。バトラーの役柄にしてもいい男なのは分かるのだが、その真意はよく分からない。リジーの描写の細かさに比べれば、この対照的な男2人の描写は型にはまったものにとどまっている。加えてフランキーへの嘘を終わらせる処理の仕方も少し安易に感じた。そういう部分が各地の映画祭で多数の賞を重ねながら決定的な賞には結びつかなかった要因なのではないかと思う。いい映画だなと思いつつ、見終わってみると、あちこちが気になってくる映画なのである。

 若い頃のデミ・ムーアを思わせる容姿のエミリー・モーティマーは内面の脆さを抱えながら強く生きる母親を演じて良かった。ジェラルド・バトラーも「オペラ座の怪人」よりはこちらの方が自然で好感が持てた。

2005/11/12(土)「ステップフォード・ワイフ」

 アイラ・レヴィン原作で1975年のキャサリン・ロス主演作のリメイク。世間的にはほとんど評価がない(IMDBではこれより旧作の方が評価は高い)ようだが、僕はこの映画のコメディ感覚が嫌いではない。ラストの理に落ちた感じはちょっと余計なのだが、ベット・ミドラーがおかしいし、風刺や皮肉もある。まあ、残念なことに優しくて控えめで美しいステップフォードの妻たちより、強いニコール・キッドマンの方が魅力的なのである。

 1950年代風のタイトルバックで始まって、1950年代風のステップフォードという架空の街で話は進む。ベトナム戦争もなく、ウーマンリブもなかった1950年代がアメリカの理想的な時代なのだ、という設定にしておいて、それを揶揄する感じもある(ベット・ミドラーは「独立記念日なのにここには黒人もアジア系もいない」と言う)。この脚本はその揶揄に完全に成功しているわけではなく、決してうまくはないのだが、とりあえず、クスクス笑って気楽に見られる作品になっていると思う。

 監督は「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」のというより、ヨーダの声をやっているフランク・オズ。好きな監督なので、もっと映画を撮ってほしいと思う。

2005/11/07(月)「ブラザーズ・グリム」

 「ブラザーズ・グリム」パンフレット「ラスベガスをやっつけろ!」(1998年)は未見なので、「12モンキーズ」(1995年)以来10年ぶりに見るテリー・ギリアム監督作品。「ほら男爵の冒険」を自由に破天荒に騒々しく映画化し、世間的には失敗作といわれる(しかし僕は傑作と思う)「バロン」(1988年)のような映画かと思ったら、グリム兄弟をモチーフにしたダークなファンタジーだった。至る所にギリアムらしいシニカルさや残酷な味わいは散見されるが、後半がまともな魔物退治になっていくあたりがやや不満で、全体としては平凡な出来と言わざるを得ない。いつものギリアム映画のように、この映画もまた撮影終了から公開まで2年もかかるなど製作過程ではいろいろなゴタゴタがあったそうだ。そういうことが少なからず映画の出来に影響しているのだろう。シーンのつながりでおかしな部分や冗長に思える部分が目についた。

 母親と2人の子供が寒さに震えて次男の帰りを待っている。次男は牛を売りに行ったのだ。ところが、次男が持って帰ったのは魔法の豆。詐欺師に騙されてしまったのだった。という「ジャックと豆の木」のような冒頭からジャンプして映画は15年後、19世紀のフランス占領下のドイツで詐欺師として生きるウィルとジェイコブのグリム兄弟の場面となる。兄弟は魔物を退治すると偽って金を稼いでいた。それがフランス軍のドゥラトンブ将軍(ジョナサン・プライス)に発覚し、拷問が趣味の部下カヴァルディ(ピーター・ストーメア)とともに兄弟は子供が次々に失踪している村マルバデンに無理矢理、派遣される。村の事件も兄弟が行ったような詐欺と思われていたが、ここには本物の魔物がいた。子供は既に10人失踪し、11人目も兄弟の目の前で魔物にさらわれる。この村には疫病を逃れて高い塔に閉じこもった女王の伝説があり、子供の失踪はそれに関係しているらしい。森の中には狼男や動く木が潜んでいた。2人の妹をさらわれたアンジェリカとともに兄弟は女王の秘密を探り始める。

 「赤ずきん」や「ヘンゼルとグレーテル」などグリム童話を引用しながら物語を作ったアーレン・クルーガー(「スクリーム3」「ザ・リング」)の脚本は可もなく不可もなしといった感じの出来栄え。引用が引用だけに終わって、物語と有効に結びついていず、あっと驚くような展開はない。これだったら、グリム兄弟を主人公に据える意味がない。加えて魔物のVFXも標準的となると、あとはギリアムの演出にかかってくるのだが、これまた標準的なものに終わっている。将軍やカヴァルディのキャラクターは一癖あって面白いのだけれども、ただそれだけのことだった。

 現実主義者の兄と空想好きの弟というグリム兄弟を演じるのはマット・デイモンとヒース・レジャーで、2人ともやや地味な印象。悪の女王役のモニカ・ベルッチはもっと出番が多くても良かった。ベルッチの美貌にはとてもかなわないが、兄弟と親しくなる男まさりのアンジェリカ役レナ・へディも悪くない。

 ギリアムはこの映画の製作が中断している間に「Tideland」という低予算映画を撮り、公開待機中という。「不思議の国のアリス」をモチーフにしているらしい次作で本当に復活を果たしているかどうか楽しみに待ちたい。