2024/02/25(日)「コヴェナント 約束の救出」ほか(2月第4週のレビュー)

 中国映画「少年の君」(2019年)のデレク・ツァン監督のデビュー作「ソウルメイト 七月と安生」(2016年)が韓国映画「ソウルメイト」(ミン・ヨングン監督)としてリメイクされ、全国的に公開が始まってます。オリジナルの方を見ていなかったのでU-NEXTで見ました。

 七月(チーユエ)と安生(アンシェン)の女性二人の友情物語。裕福な優等生である七月(マー・スーチュン)と貧しい家の安生(「少年の君」のチョウ・ドンユイ)は13歳の時に知り合い、友情を深めますが、七月と相思相愛だった家明=ジアミン=(トビー・リー)を巡って三角関係のような様相を呈し、時に憎しみ合うことになります。

 と書くと、容易に予想できそうな内容かと思いますが、物語は観客の予想をことごとく外してきます。これはこういうことだなと思える描写が決してそうはならず、まったく反対の意味だったりします。デビュー作だけに脚本に力を入れたのでしょう。感心しました。

 描写にリリシズムやロマンティシズムがあるのも美点で、岩井俊二の映画のようだと思ったら、エンドクレジットに岩井俊二への謝辞がありました。「花とアリス」(2004年)などに影響を受けているようです。しかし、脚本の凝りようは岩井俊二以上ですね。

 評価はオリジナルがIMDb7.3、ロッテントマト100%。リメイクはIMDb7.4、ロッテントマト95%(観客のスコア)。
 「ソウルメイト 七月と安生」はamazonプライムビデオとHuluでも配信されています。

「コヴェナント 約束の救出」

 アフガニスタンに従軍した米軍の曹長と、その危機を救った現地人通訳をめぐるガイ・リッチー監督作品。演出も演技も申し分なく、これが実話でなかったら、褒めるところですが、その気になれないのは主人公がよく知る通訳だけを助けることに複雑な思いが残るからです。

 2018年、アフガニスタンでタリバンの兵器工場を捜索する部隊を率いる米軍のジョン・キンリー曹長(ジェイク・ギレンホール)は通訳としてアーメッド(ダール・サリム)を雇う。通訳にはアメリカへの移住ビザが約束されていた。部隊は爆発物製造工場を突き止めるが、タリバンの攻撃を受けて壊滅。生き延びたキンリーとアーメッドは100キロ離れた米軍基地を目指すが、途中でキンリーが銃撃を受けて重傷を負う。アーメッドはキンリーを手押し車に乗せ、タリバンの追撃をかわしながら、険しい山道を踏破する。回復したキンリーはアメリカへ帰るが、アーメッドと家族の渡米は叶わず、行方不明となった。キンリーはアーメッドとの約束を果たすため、アフガニスタンへ向かう。

 映画のラストに、アフガニスタンから米軍が撤退してタリバンが政権を取った後、米軍に協力した300人以上の通訳とその家族が殺され、数千人が身を隠している、という字幕が出ます。なぜ米軍はそういう人たちを見捨てて撤退したのか、助けるべきではなかったのかとの思いを強くします。一人の通訳とその家族を助けたところで、他を見捨てた免罪符にはならないでしょう。

 クライマックス、主人公たちが危機一髪のところに米軍の飛行機とヘリが来て、タリバン兵たちをバタバタ撃ち殺す場面も気分がよくはありません。ベトナム戦争関連映画でもベトナム兵はこういう風に、非人間的な描き方をされていました。

 アメリカ人と現地人通訳を描いた作品としてはカンボジアを舞台にした「キリング・フィールド」(1985年、ローランド・ジョフィ監督)がありますが、現地の人の扱いに関してアメリカ映画はあの頃からほとんど変わっていないようです。
IMDb7.5、メタスコア63点、ロッテントマト83%。
▼観客14人(公開初日の午前)2時間3分。

「スイッチ 人生最高の贈り物」

 韓国のトップスターが売れない役者兼マネージャーと立場が入れ替わってしまうファンタジー。

 富と名声を手にしているパク・ガン(クォン・サンウ)は数年前に恋人スヒョン(イ・ミンジョン)と別れ、高級マンションに一人暮らし。クリスマスイブの夜、不思議なタクシーに乗ったガンは翌朝目覚めると、スヒョンが隣に寝ていて、2人の子供もいた。しかも自分は小劇場の売れない役者で、マネージャーのチョ・ユン(オ・ジョンセ)が大スターになっていた。

 よくあるクリスマス・ストーリーと同様のプロットで、「素晴らしき哉、人生!」(1946年、フランク・キャプラ監督)や「大逆転」 (1983年、ジョン・ランディス監督)を思わせます。主人公が家庭の温かさを知って、普通の平凡な生活を大事にしたいと思うようになるという展開は予想がつきます。ただ、そうした当たり前のことを改めて考えさせるのはクリスマス・ストーリーとしての役目を十分に果たしているということでもあるでしょう。監督はマ・デユン。監督作が日本で公開されるのは初めてのようです。

 IMDbによると、この映画、「天使のくれた時間」(2000年、ブレット・ラトナー監督)のリメイクとのこと。見ていなかったのでU-NEXTで見ました。ニコラス・ケイジとティア・レオーニ主演。IMDb6.8、メタスコア42点、ロッテントマト53%と評価は振るわず、そのためもあってこれまで見ていなかったんですが、いやあ、これも悪くないと思いました。ティア・レオーニがとても美しくて優しくて、主人公がレオーニとともに生きる人生を選ぶことに納得できました。
「スイッチ 人生最高の贈り物」の評価はIMDb6.8(アメリカでは未公開)。
▼観客2人(公開19日目の午後)1時間52分。

「梟 フクロウ」

 朝鮮王朝時代に実際にあった怪死事件を基にしたサスペンス。盲目の天才鍼医ギョンス(リュ・ジュンヨル)はその腕を買われ宮廷で働くことになる。ある夜、ギョンスは世子(せいし=王の子)が王医の治療の末に死ぬのを目撃する。死因は感染症とされたが、ギョンスは王医が毒殺したのでは、との疑いを持つ。証拠を探したギョンスは逃げる途中を王医に目撃される。ギョンスは保身と世子の死の真相を暴くために奔走することになる。

 予告編ではミステリーなのかなと思ってましたが、実行犯は分かっており、王宮の陰謀を巡るサスペンスになってました。前半にギョンスと世子が心を通わせる場面を描いているのがうまく、後半の展開に効果を上げています。タイトルの「フクロウ」の意味は世子との関係の中で明らかになります。監督はアン・テジン。これが初監督作品だそうですが、上々の出来だと思います。
IMDb6.7、ロッテントマト80%(観客スコア)アメリカでは未公開。
▼観客多数(公開11日目の午前)1時間58分。

「ネクスト・ゴール・ウィンズ」

 サッカーの2002ワールドカップ・オセアニア予選でオーストラリアに史上最悪0-31で惨敗したアメリカ領サモアがオランダ人の新監督を迎えて奇跡的な1勝を果たすまでを描いた実話ベースの作品。チームを導いたトーマス・ロンゲン監督を演じるのはマイケル・ファスビンダー。

 ポンコツチームの勝利を描いた作品は「がんばれ!ベアーズ」(1976年、マイケル・リッチー監督)など多数あり、どれも同じようなパターンとなっています。この作品もそのパターンに沿っただけの平凡な出来。出演もしているタイカ・ワイティティ監督(「ジョジョ・ラビット」)はサッカーに詳しくないか(興味がないか)、手を抜いたとしか思えません。

 映画の基になったドキュメンタリー「ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦」(2014年、マイク・ブレット、スティーブ・ジェイミソン監督)はU-NEXT(見放題)やamazonプライムビデオ(100円)で配信されています。

 劇映画版がIMDb6.5、メタスコア44点、ロッテントマト45%と低評価なのに対して、ドキュメンタリーの評価は高く、IMDb7.8、メタスコア71点、ロッテントマト100%となっています。

 で、見ました。傑作です。しっかりスポーツ・ドキュメンタリーです。驚いたのはワールドカップ予選で勝ったトンガ戦の試合展開が劇映画とは異なること。劇映画では1-1の後、決勝点を奪って勝ちますが、実際には2点を先制した後、1点差に迫られ、なんとか逃げ切って勝つ展開でした。いくら劇映画であろうと、試合展開に嘘を入れるのはどうかと思います。何やってんだ、ワイティティ。
▼観客8人(公開初日の午前)1時間44分。

2024/02/18(日)「ボーはおそれている」ほか(2月第3週のレビュー)

 朝ドラ「ブギウギ」の中で、主人公の福来スズ子(趣里)が「ジャングル・ブギー」を歌う場面がありました。この歌、映画ファンには黒澤明「酔いどれ天使」(1948年)の劇中歌として知られているでしょう。笠置シズ子はホール歌手として出てきます。作詞が黒澤明ということを今回初めて知りました。

「ボーはおそれている」

 「ヘレディタリー 継承」(2018年)、「ミッドサマー」(2019年)のアリ・アスター監督作品。母親が怪死したことを知った息子ボー(ホアキン・フェニックス)が実家に帰ろうとしてさまざまな障害に遭う奇妙な味わいのコメディ。序盤はマーティン・スコセッシのシュールな傑作「アフター・アワーズ」(1985年)を連想しましたが、退屈な中盤を経て、母親の影響の大きさが描かれる終盤まで約3時間は長すぎると感じました。中盤の1時間をカットして2時間にしてよい映画だと思います。

 序盤、ボーの住むアパートの外がまるで地獄のような惨状なのは大いに笑えます。ボーは刺されたり、車にはねられたりのあまりにも酷い目に遭う不条理な展開ですが、その後はストーリー的にも演出的にもピリッとしません。

 実家に飾られた過去の写真を見ると、どうやらボーは発達障害で、だから今もカウンセリングに通っているのでしょう。現実なのか夢なのか判然としない場面が多いのも病気のためと理解できます。それにしても長すぎるのが敗因であることは間違いないでしょう。
IMDb6.7、メタスコア63点、ロッテントマト67%。
▼観客4人(公開初日の午前)2時間59分。

「宝くじの不時着 1等当選くじが飛んでいきました」

 国境警備の韓国軍兵士が57億ウォンの当選くじを拾うが、風に飛ばされて軍事境界線を越え、北朝鮮兵士に拾われてしまう。韓国と北朝鮮の兵士たちは賞金を山分けすることに合意、協力して秘密作戦に乗り出す。

 2022年の映画なので57億ウォンは600万ドルとされていますが、現在のレートでは430万ドル弱となります。両国の兵士が集う共同給水区域は略称JSA。パク・チャヌク監督の「JSA」(2000年、こちらは共同警備区域の意味)を意識しているのでしょう。

 南北兵士の相互理解を絡めたコメディとしてよく出来ていると思いますが、それだけに終わって物足りなさも感じました。パク・ギュテ監督。
IMDb7.0(アメリカでは未公開)
▼観客6人(公開5日目の午後)1時間53分。

「VORTEX ヴォルテックス」

 エンドロールから始まり、スパッと終わる構成。老夫婦をスプリットスクリーンで見つめ続ける手法も斬新ですが、描かれるのはどこの国にも共通する老後の不安な姿です。ギャスパー・ノエ監督はある意味、悪夢のような描写も入れながら、老後の実際を描いています。

 パンフレットのインタビューでノエは「すべての観客へ向けた初めての映画だ」と話しています。「多くの人が経験している、または今後、経験していくであろう普遍的なシチュエーションであるが故に、最もつらい映画であると言われている」。夫は心臓に病気を抱え、妻は認知症が進行しています。この2人だけでアパートで暮らす毎日は困難に満ちていて、ドラッグの売買をやっているらしい息子がもう少ししっかりしていればとか、行政の施策で介護はなんとかならないのか、などと思ってしまいます。

 夫を演じるのが「サスペリア」(1977年)などの監督ダリオ・アルジェント。妻はフランソワーズ・ルブラン。特にルブランの認知症演技がリアルで感心させられました。
IMDb7.4、メタスコア82点、ロッテントマト93%。
▼観客4人(公開7日目の午後)2時間28分。

「17歳は止まらない」

 農業高校の2年生、瑠璃(池田朱那)が教師の森(渡辺歩)に猛アタックする話(だから「止まらない」というタイトルなわけです)。一方で、瑠璃は他校の男子生徒マサル(青山凱)からひと目ぼれされ、猛アタックをかけられる。「大事な話があるんです」と言い寄ってくる瑠璃を森はまるで相手にしなかったが…。

 なんせ、渡辺歩なので、終盤にやっぱりか、という展開になります。池田朱那はビジュアル的には良いんですが、演技はあと一息、という感じ。農業高校で畜産を学んでいるので、乳牛の乳搾りをしたり、ニワトリを捌いたりするシーンがあって物珍しかったですが、舞台を農業高校に設定する意味があまりないのが難と言えば難でしょう。

 脚本も書いた北村美幸監督(男性です)は1963年生まれの61歳。アダルトビデオ業界で約20年間、監督と製作の経験を積んだそうです。演出が手慣れているのはその経験が生きているためでしょう。1時間36分。
Kinenote76.8、映画.com3.6、Filmarks3.9

「神回」

 これも17歳の高校生が主人公。文化祭の実行委員となった同じクラスの沖芝樹(青木柚)と加藤恵那(坂ノ上茜)は教室で待ち合わせていた。午後1時から打ち合わせを始めるが、樹は5分たつと何度も1時に戻ってしまう。ループは際限なく繰り返される。樹はループから抜け出すためにさまざまなことを試すが、脱出はできない。

 昨年公開の「リバー、流れないでよ」(山口淳太監督)は2分間のループで、その2分の中身がかなり濃密でした。「神回」の場合、主な登場人物は2人なので画面的には少し寂しいんですが、ループの理由はSFの短編小説にありそうなアイデアで悪くないと思いました。70分ぐらいにギュッとまとめると、もっと切れ味が鋭くなったんじゃないかと思います。

 昨年、「BAD CITY」(園村健介監督)でアクションを見せた坂ノ上茜は今回もアクションを少しだけ披露します。中村貴一朗監督はテレビCMや企業のブランディング映像などの演出を務め、2015年にはユネスコ世界遺産委員会で長崎県の端島(軍艦島)のプレゼンテーション映像を演出したそうです。1時間28分。
Kinenote67.4、映画.com3.2、Filmarks3.6

 以上の2本は昨年、クラウドファンディングにちょっとだけ協力しました。どちらも東映ビデオ製作で、新進クリエイターの発掘プロジェクトTOEI VIDEO NEW CINEMA FACTORY」の第1回作品。有料配信がU-NEXTで始まったので見ました。

 どちらもキネ旬ベストテンには入っていませんが、映画芸術のベストテンでは「17歳は止まらない」が23位(投票者3人)、「神回」は46位(同1人)でした。東映ビデオ製作なら一定以上の完成度が期待できることが分かったので、今後もクラファンがあれば、ごくごく微力ながら協力したいと思ってます。

2024/02/11(日)「夜明けのすべて」ほか(2月第2週のレビュー)

「夜明けのすべて」

 PMS(月経前症候群)の女性と、同僚でパニック障害の男性をめぐる物語。瀬尾まいこの原作(文庫で270ページほど)を100ページ足らず読んだところで映画を見ました。前半はエピソードをギュッとまとめた脚色(三宅唱監督と和田清人)のうまさに感心しましたが、後半は用意した材料をテーマに生かし切れていないきらいがあります。それでも全体的には良い出来の映画だと思います。

 藤沢さん(上白石萌音)と山添くん(松村北斗)はどちらも病気のために前の会社を辞めて、今の小さな会社「栗田科学」に再就職した経緯があります。2人が自分の意思ではどうしようもない状態(些細なことで怒りの感情が暴走したり、発作を起こしたり)に陥る辛さを映画は詳細に描いています。社長の栗田(光石研)と山添くんの前の会社の上司・辻本(渋川清彦)もともに肉親を亡くしたことで心に疵を負っています。映画が描いているのは苦しみを抱えて生きる人たちの姿であり、同時に栗田科学の穏やかな社員たちからは必要以上に頑張らなくていいこと、他人を思いやることの大切さを訴えているように思えます。

 映画を見終わって原作を読了しました。映画の後半部分は原作とは異なります。原作では藤沢さんが虫垂炎で入院しますが、映画では倒れた母親(りょう)の介護のために実家の近くへ転職を検討するエピソードに変わっています。

 入院のエピソードは「身体が病気にかかっても回復は意外に早い」ということを藤沢さんと山添くんに実感させ、それが精神面で苦しむ彼らにとって回復への希望のようなものになります。「夕日は必ず朝日になることを、今の俺は知っている」という原作ラストの山添くんの言葉を挙げるまでもなく、苦しい時期の終わり、夜明けの近さを暗示させる分かりやすい内容です。映画のエピソードが悪いわけではありませんが、原作のストレートさに比べて分かりにくくなっていることは否めないでしょう。

 それを補強するために映画は「夜明け前が一番暗い」という直接的な言い回し(元はイギリスのことわざ)をラストで引用しています。

 予告編からは藤沢さんと山添くんのラブストーリーなのかなと思えましたが、そういう関係にはなりません。藤沢さんが転職しない原作では山添くんが「(自分のことは嫌いだけれども)藤沢さんを好きになることはできます」と言い、藤沢さんも「私も同じだ。山添君のことを好きになりそうではなく、好きになれる。そんな気がする」と考えます。「好きになれる」は「恋愛対象になる」と同じ意味でしょう。お互いを十分に理解する若い男女が職場で机を並べていれば、恋愛感情が生まれてもおかしくはありません。映画がそれを避けたのは主題を矮小化しないためなのかもしれません。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)1時間59分。

「ヤジと民主主義 劇場拡大版」

 2019年7月15日、札幌で行われた安倍晋三首相(当時)の参院選応援演説で起きたヤジ排除問題を追ったHBC北海道放送のドキュメンタリー「ヤジと民主主義 警察が排除するもの」の劇場版。「安倍辞めろ」と叫んだ若い男女(2人は仲間ではなく、別々に行動)を私服警官が取り囲み、現場から排除する。年金や老後の不安を訴えたプラカードを持った老婦人たちの前に立ち、安倍首相から見えなくする。そうした表現の自由を侵害する警察の在り方を追及しています。めっぽう面白い内容で、最近のドキュメンタリーでは出色の出来と言って良いと思います。

 劇場版は2種類あり、昨年3月に公開された「劇場版」が78分、今回の「劇場拡大版」が100分。男女2人は警察の行為は違法だったとして謝罪を求めて提訴し、札幌地裁では勝訴しました。劇場拡大版は昨年6月の札幌高裁判決(原告が一部敗訴)までを盛り込んでいます。今後、最高裁でも争われる予定で、現在進行形のドキュメンタリーとなっています。

 警察は男性がヤジによって、他の聴衆から暴力を受ける危険な状態になっていたことが排除の理由と裁判で主張しましたが、現場で記録された映像では「他の人の迷惑になるから」と警官たちは男性に何度も言っています。高裁で警察が公開した映像には確かに男性が自民党支持者から2度押される(たたかれる?)シーンが記録されていますが、それなら押した方に注意する方が理にかなっているでしょう。

 希望あふれる当然の判決を出した地裁の裁判長と違って、高裁判決の裁判長がそのあたりを考慮したとはとても思えません。徹底的に思慮が足りないか、政権べったりの人間だったのでしょう。見ていて怒りと絶望と時に(あきれ果てて)笑いが起こってくる映画で、今この段階で止めておかないと、日本は言論の不自由な中国やロシアや北朝鮮のようになってしまうと思えてきます。とりあえず、どんな些細なことであっても権力側の横暴を目にした時は映像を記録しておかないといけないと痛感しました。

 かなり面白い作品なのでキネ旬の文化映画ベストテンに入っているかと思ったら、まったくないですね。映画芸術のベストテンでも投票者なし。公開が12月で小規模だったためもあるのでしょうか?

 山崎裕侍監督はテレビ朝日「ニュースステーション」「報道ステーション」でディレクターを務め、死刑制度や犯罪被害者、少年事件などを取材。2006年、北海道放送に中途入社し、現在はHBCコンテンツ制作センター報道部デスク。
▼観客9人(公開7日目の午後)1時間40分。

「カラーパープル」

 アリス・ウォーカーの原作をミュージカル化した舞台の映画化。同じ原作はスティーブン・スピルバーグが1985年に映画化し、当時は「アカデミー賞狙い」とさんざん批判されました。そのため僕は劇場では見逃し、後にビデオで見た際にスピルバーグの映画的技術に感嘆しました。主人公の少女セリーが大人に変わる場面のジャンプショットが最も感心した場面で、今回の映画でも描かれていますが、39年前のスピルバーグの優れて独創的な見せ方には到底及びません。

 今回の映画は冗長さが少し目に付きますが、セリー(ファンテイジア・バリーノ)が艱難辛苦を越え、恩讐の彼方で到達する幸福感あるラストに歌と踊りでダメ押しの高揚感を付け加えられたのはミュージカル化のメリットでしょう。

 アカデミー賞ではソフィア役のダニエル・ブルックスが助演女優賞にノミネート、セリーの粗暴な夫ミスター役のコールドマン・ドミンゴは「ラスティン:ワシントンの『あの日』を作った男」(Netflix)で主演男優賞にノミネートされています。ブリッツ・バザウレ監督は1982年生まれ。長編映画は3作目で日本公開はこの映画が初めてです。
IMDb7.1、メタスコア72点、ロッテントマト83%。
スピルバーグ版はIMDb7.7、メタスコア78点、ロッテントマト73%。
▼観客5人(公開2日目の午前)2時間21分。

「ラスティン:ワシントンの『あの日』を作った男」

 1963年のワシントン大行進を主導した活動家バイヤード・ラスティン(1912年-1987年)を描くNetflixオリジナル作品。ワシントン大行進には25万人が参加し、公民権法の成立に大きな影響を及ぼしたとされています。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが「I have a dream」のあの演説を行ったことでも有名です。

 ラスティンは大行進の準備の中心になって活動しましたが、直前に当時違法だった同性愛での過去の逮捕歴が暴露されます。ここでキング牧師(アムル・アミーン)が擁護のためにおこなった演説シーンが感動的でした。ラスティンを演じるコールドマン・ドミンゴの演技はまずまずで、「カラーパープル」との合わせ技での主演男優賞ノミネートなのではないかと思います。エグゼクティブ・プロデューサーの一人はバラク・オバマ元大統領。オバマは2013年にラスティンに大統領自由勲章を授与しています。

 監督は「マ・レイニーのブラックボトム」(2020年、Netflix)のジョージ・C・ウルフ。
IMDb6.5、メタスコア68点、ロッテントマト85%。

2024/02/04(日)「罪と悪」ほか(2月第1週のレビュー)

「罪と悪」

 小さな町を舞台に、20年前の事件と現在の事件が絡み合うサスペンス。発想の基にはクリント・イーストウッド監督「ミスティック・リバー」(2003年、原作はデニス・ルヘイン)があったのだろうと思います。主人公が中学生時代のある事件を描いた序盤で「似ている」と感じ、終わりまで見て「かなり似ている」と思いました。

 仲の良かった4人の中学生の一人、正樹が殺された。晃、春、朔の3人は犯人と思えた男に詰め寄ってもみ合いになり、春が男を殺し、男の家に放火する。20年後、刑事となった晃(大東駿介)は異動で町に帰ってくる。春(高良健吾)は少年院に入った後、今は地元の建設会社を経営する傍ら、汚い仕事も請け負う半グレのような集団を率いていた。朔は父親と農業をしている。そして20年前、正樹の死体が見つかった川の中でまた一人の少年の死体が見つかった。

 「ミスティック・リバー」に似ているのは20年前、少年が性被害に遭うこと、成長した男たちの1人が刑事になり、1人が悪のグループを率いていることなどです。脚本も書いた齋藤勇起監督(1983年生まれ)は「遠い記憶の中でずっと引っかかっていた出来事から着想したオリジナルストーリーです」としていますが、これをオリジナルストーリーと言うにはプロットとキャラクターの設定が似すぎています。大東駿介を刑事役にしたのは「ミスティック・リバー」の刑事ケヴィン・ベーコンに顔の輪郭が似ているためじゃないかと思えてきます。

 それ以上に残念なのは脚本の語り方も演出もうまくないこと。殺人事件の被害者が持っていた財布の写真を見ただけで20年前の事件と結びつけ、上司もそれで分かってしまうなんて現実にはあり得ないでしょう。犯人の殺人の動機にも説得力がありません。ミステリー慣れしていない人の脚本と思えました。プロの脚本家に協力してもらった方が良かったと思います。

 齋藤監督は井筒和幸、岩井俊二、武正晴、廣木隆一監督などの作品で助監督を務め、最近では「笑いのカイブツ」の助監督をしています。これが監督第1作。
▼観客8人(公開初日の午前)1時間55分。

「ファースト・カウ」

 西部開拓時代のオレゴン州を舞台にしたケリー・ライカート監督作品。ライカートはこれまでに9本の長編映画を撮って高い評価を受けていますが、日本で劇場公開されるのはこれが初めてです。

 料理人クッキー(ジョン・マガロ)はビーバーの毛皮漁師のグループに入っていたが、仲間にはバカにされていた。そんな時、中国人移民のキング・ルー(オリオン・リー)と出会って意気投合する。2人は裕福な地主がこの地に初めて連れてきた雌牛からミルクを盗み、ドーナツ作って販売。ドーナツはおいしいと評判を呼び、買いたい人たちが毎日列を作るようになるが…。

 映画は現代のオレゴンの森の中で2体の白骨死体が発見される場面を冒頭に描いているので2人の運命は想像つくんですが、観客としては2人の成功を祈りたい気持ちになります。ライカートは不遇な2人が友情を育んで一攫千金を夢みる姿を、寄り添うようにじっくりと描いています。情感溢れるタッチが良いです。

 パンフレットでは参照したい関連作品として「真夜中のカーボーイ」(1969年、ジョン・シュレシンジャー監督)などを指摘していますが、僕は「さすらいのカウボーイ」(1971年、ピーター・フォンダ監督)など一連のアメリカン・ニューシネマを連想しました。

 ケイリー・ライカートの作品はU-NEXTが「米インディー映画界の星」として以前から特集しており、最新作の「ショーイング・アップ」(2023年)など6本を配信しています。
IMDb7.1、メタスコア90点、ロッテントマト96%。
▼観客7人(公開4日目の午後)2時間2分。

「劇場版 君と世界が終わる日に FINAL」

 感染するとゾンビのような化け物になるゴーレムウィルスが広がる世界でのサバイバルを描くテレビドラマの劇場版。日テレでシーズン1を放送した後、Huluでシーズン2~4を配信していますが、評価は高くなく、そんなに視聴者が多かったとも思えません。それなのに劇場版を作るとは、どんな勝算があったのか疑問です。その危惧通り、興行的には爆死状態だそうです。

 だいたい、「FINAL」と銘打ってるのにHuluでシーズン5を作る予定なのはいったいどうなってるんだか(まあ、FINALの理由はあるにはあるんですけどね)。

 などと思いながら見始めて序盤はまずまずじゃないかと思いましたが、中盤以降のドラマがありきたりすぎてオリジナリティーなさすぎて話になりません。ゾンビ映画のパターンはやり尽くされているので新機軸がかなり難しくなっているんです。ラストは悪くないと思いましたが、やっぱり過去に見たことのある設定でした。竹内涼真主演、ほかに高橋文哉、堀田真由、須賀健太、吉田鋼太郎など。監督は菅原伸太郎、脚本は丑尾健太郎。
▼観客4人(公開7日目の午後)1時間55分。

「ナイアド その決意は海を越える」

 キューバとフロリダ間のフロリダ海峡を泳いだマラソンスイマー、ダイアナ・ナイアドを描くNetflixオリジナル作品。ナイアドは2013年、64歳の時に5度目の挑戦で約177キロを泳ぎ切りました。サメ避けのケージは使わず、クラゲ避けのスーツとマスクを着けての達成。

 映画の中では40人の船の乗組員が立会人となって記録を達成したとされていますが、残念ながら英語版Wikipediaによると、「不完全な文書、矛盾する乗組員報告書、および水泳当時存在しなかった組織の規定により批准を拒否された。ギネス世界記録はナイアドの功績を取り消した」とあります。

 そうしたこととは別に決してあきらめないナイアドの頑張りに敬意を表したくなる内容になっています。ナイアドをアネット・ベニング、補佐する親友ボニーをジョディ・フォスターが演じ、アカデミー主演女優賞と助演女優賞にノミネートされました。2人ともすっぴんで演技していて、実年齢そのままの姿を見せています(ベニングは1958年、フォスターは1962年生まれ。老けメイクもやってるかもしれません)。女優根性というか、凄みを感じさせる演技でした。監督はアカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞した「フリーソロ」(2019年)のエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィとジミー・チン。
IMDb7.1、メタスコア64点、ロッテントマト86%。2時間1分。

「伯爵」

 アカデミー撮影賞ノミネートのNetflixオリジナル作品。フランス革命でマリー・アントワネットの処刑を目撃した吸血鬼ビノシュが海外に逃れ、チリにたどり着く。アウグスト・ピノチェトの名前で軍に入隊し、将軍に上り詰めた後、1973年にアジェンデ政権を倒し、独裁者となる。引退後、人里離れた農場に家族とともに住み、隠遁生活を送る。250年も生きてきたピノチェトは生きる意欲を失っていたが…。

 モノクロの緩いコメディー。監督は「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」(2016年)、「スペンサー ダイアナの決意」(2021年)のパブロ・ラライン。撮影賞ノミネートには納得しました。
IMDb6.4、メタスコア72点、ロッテントマト82%。