2024/07/21(日)「化け猫あんずちゃん」ほか(7月第3週のレビュー)

「化け猫あんずちゃん」

 スルーしようと思ってましたが、キネ旬レビューでの評価が3人とも高かった(★5個1人、★4個2人)ので見ました。山下敦弘監督が実写撮影したものを久野遥子監督がロトスコープでアニメ化した作品(この2人が共同監督にクレジット)。いましろたかしのコミックをいまおかしんじ監督が脚本化しています。この脚色が良いです。素朴な絵でまったりと展開する原作(全1巻15話)のエピソードを拾いながら、原作には登場しない少女かりんを軸に物語を構成しています。その結果、かつてはスタジオジブリのアニメが担っていたような、夏休みの少年少女が見るのに最適な作品に仕上がりました。あんずちゃんはオッサンキャラなので大人が見ても楽しいです。

 あんずちゃん(森山未來)は草成寺の和尚さん(鈴木慶一)に拾われて育てられていたが、10年たっても20年たっても元気で、30年たった時には妖怪になっていたという化け猫。寺男の傍ら原付バイクに乗って、マッサージの仕事を請け負っている。その草成寺に音信不通だった息子哲也(青木崇高)が娘のかりん(五藤希愛)を連れて帰ってくる。哲也はサラ金の借金を返すため、和尚さんに借金を頼むが断られ、かりんを置いて出て行ってしまう。かりんは哲也が別れ際に言った「母さんの命日に戻ってくる」という言葉を信じて待ち続けるが、一向に帰ってこない。東京にある母親の納骨堂にはお金を払っていなかったために入れず、墓に手を合わせることもできない。かりんは「母さんに会わせて」とあんずに頼む。そこから地獄の鬼たちを巻き込んだ騒動が始まる。

 実写をトレースするロトスコープという技法を初めて知ったのはラルフ・バクシ監督「指輪物語」(1978年)の時でした。この技術自体はマックス・フライシャーが1919年の短編アニメで初めて使い、ディズニーの「白雪姫」(1937年)でも使われたそうです。最近では朝ドラ「虎に翼」のオープニングもこれですね。「化け猫あんずちゃん」の絵と動きには実写の名残はほとんど感じられませんが、森山未來によるあんずちゃんのユニークでとぼけた味わいのキャラなどは声をあてるだけよりも演技した方が厚みが出てくるのかもしれません。

 山下敦弘監督にとっては「カラオケ行こ!」「水深ゼロメートルから」「告白 コンフェッション」に続く今年4本目の映画。IMDb7.0。カンヌ国際映画祭の監督週間で上映されました。
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午前)1時間37分。]

「システム・クラッシャー」

 手が付けられない暴れん坊の9歳の少女ベニー(へレナ・ツェンゲル)を描くドイツ映画。ベニーは里親、グループホーム、特別支援学校などどこでも問題を起こして追い出されてしまう。ママのもとに帰りたいと願っていたが、発作のような怒りが起こると、母親にも手が付けられず、他のきょうだいへの影響を恐れて施設に彼女を押し付ける。非暴力トレーナーのミヒャ(アルブレヒト・シュッフ)は、自分とベニーの二人だけで、森深くの山小屋で3週間の隔離療法を受けさせることを提案する。

 その隔離だけでうまく行くのかと思えば、全然そんなことはなく、ベニーはミヒャを信頼して家族になりたいと言いますが、ミヒャには妻子がいて断ります。

 システム・クラッシャーという症例はとても面白いのですが、精神的治療も確立されていないようで、映画も解決策を示していません。社会からの排除・隔離が本人にとっての根本的な解決にはならないことは言うまでもありません。

 これが長編劇映画デビューのノラ・フィングシャイト監督は映画の内容が自分の子ども時代にも基づいている、としています。直接的なきっかけはドキュメンタリーの撮影中に知った11歳の少年で、この少年は51の施設を渡り歩いていたそうです。

 大人になれば、収まっていく症状なのかもしれませんし、大人がこんなことを続けていたら、迷惑な存在として完全に社会から排除されるでしょう。

 映画は2019年に製作されたもので、ヘレナ・ツェンゲルは「この茫漠たる荒野で」(2020年、ポール・グリーングラス監督)ではトム・ハンクスと共演していました。
IMDb7.8、メタスコア89点、ロッテントマト95%。
▼観客6人(公開初日の午後)1時間59分。

「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」

 1969年のアポロ11号月面着陸の捏造説をテーマにしたドラマ。この捏造説は当時からあって、これを「カプリコン・1」(1977年、ピーター・ハイアムズ監督)ではアレンジして火星着陸の捏造をめぐるサスペンスに仕立てていました。この映画はラブコメを絡めています。主演のスカーレット・ヨハンソン40歳、チャニング・テイタムは44歳で、ラブコメをやる年齢としては少し高すぎますが、違和感はありません。特にヨハンソンが良いです。

 初めて月面に着陸するアポロ11号をPRするため、マーケティングのプロ、ケリー(ヨハンソン)がNASAに雇われる。実直で真面目なNASAの発射責任者コール(チャニング・テイタム)は反発するが、月面着陸は世界の注目を集め、盛り上がっていく。政府関係者のモー(ウディ・ハレルソン)はケリーに月面着陸のフェイク映像を撮影する極秘プロジェクトを託す。宇宙開発競争でソ連に負けっぱなしだったことから、失敗した時に備えて、成功を偽装する計画だった。ケリーはアームストロング船長の代役や撮影監督を雇い、ケネディ宇宙センター内部に作った偽の月面での撮影準備を進めるが、成功を信じるコールは猛反対する。

 ヨハンソンは圧倒的ビジュアルを持っているにもかかわらず、美人ぶらない演技が徹底しています。だから、貧しく苦労した過去を持つヒロインに説得力があります。

 月面着陸の映像について「ロシアは『スタジオで撮った映像だ』と言ってる」という皮肉をこめたセリフがラスト近くに出てきます。ロシアは「マリウポリの20日間」でも同じことを言ってました。これがロシアの常套的言い逃れ、負け惜しみ方法なわけですね。
IMDb6.8、メタスコア52点、ロッテントマト66%。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午前)2時間12分。

「オールド・フォックス 11歳の選択」

 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)がプロデューサーを務めた台湾=日本合作映画。台北郊外に父(リウ・グァンティン)と2人で暮らすリャオジエ(バイ・ルンイン)は自分たちの家と店を手に入れることを夢見ながら倹約した生活を送っていた。ある日、リャオジエは“腹黒いキツネ”と呼ばれる地主のシャ(アキオ・チェン)と出会う。

 真っ直ぐで誠実な父とは真逆のシャを描くことで、父親の素晴らしさを訴える内容。時代は1989年で、不動産の価格が短期間で2倍になるなど日本のバブルの影響もあったことがうかがえます。投資に失敗する人のエピソード(これは単なる詐欺じゃないですかね)もあり、堅実な父親がなおさら立派に見えてきます。それならば、このタイトルではなくても良かったんじゃないでしょうかね。監督は侯孝賢の助監督を務めていたシャオ・ヤーチュエン。
IMDb7.3(アメリカでは映画祭での上映のみ)。
▼観客7人(公開5日目の午後)1時間52分。

「HOW TO BLOW UP」

 地球温暖化ストップをアピールするため石油パイプラインを手作りの爆弾で破壊しようとする若者グループを描くサスペンス。原作はスウェーデンの気候変動学者アンドレアス・マルムのノンフィクション「パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか」。

 爆破計画を実行しようとするのはさまざまな身の上を持つ8人。彼らは環境テロリストに分類されるのでしょうが、メンバーの中には1人、警察のスパイが紛れ込んでいて、計画は警察の知るところとなります。こういう物語の場合、爆破計画が失敗するか、メンバーが逮捕されるか、殺されるかするのが普通。この映画はそれを超える展開を用意していました。かなり理にかなったものであり、強い意志表明であると同時に未来に開かれた決着の付け方と言えるでしょう。

 パンフレットにはダニエル・ゴールドハーバー監督を含むこの映画の製作者のステートメントが掲載されています。一部を引用します。
 「ともすれば進歩的な反乱を描く物語は、その企てが始めから失敗することを描写する。かれらはそのキャラクターを、無知で、理想主義的で、または無能であるとして扱う。もし我々が何か違うアプローチを取ったらどうだろうか? アンドレアスのマニフェストを劇映画に仕立て直すとしたらどうだろうか? 自分たちが何をしているのか、そしてなぜそうしているのかに意識的なキャラクターたちについて、プログレッシブなアクションについての物語を描くとしたらどうだろうか? それは革命の行為を、現実的で、生々しく、身近な方法で描写するストーリーである」
 そうしたことを考え抜いた上でのこのラスト、感心しました。
IMDb6.9、メタスコア76点、ロッテントマト95%。
▼観客4人(公開6日目の午後)1時間44分。

2024/07/14(日)「辰巳」ほか(7月第2週のレビュー)

 宮藤官九郎脚本のドラマ「新宿野戦病院」(フジ)で元軍医の日系アメリカ人を演じる小池栄子の英語が下手だという記事がネットニュースにありました。コメディーなんだから、らしく聞こえれば十分と思うんですが、ユーモアを解さない人は意外に多いようです。日活アクション映画などで片言の日本語をしゃべる怪しい中国人を演じていた藤村有弘や小沢昭一の昔からこういう役柄はありますね。

 「新宿野戦病院」を含む夏ドラマの中で大本命とみられるのは「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」(NHK、全10話)。昨年、BSプレミアムで放送されて評判を呼び、今月9日から地上波での放送が始まりました。演出は「勝手にふるえてろ」(2017年)などの大九明子監督。ただ、BS版より5分短いバージョンだそうです。大九監督が時間をかけて再編集したそうですが、5分ぐらい時間延長したらどうだ、NHKっ。

「辰巳」

 遠くで「レオン」(1994年、リュック・ベッソン監督)が反響している、と見ながら思いました。パンフレットを開いたら、小路紘史監督によるオマージュ作品18本が記載されていて、「レオン」もその1本でした。監督のコメントを引用しておきます。
 「マチルダとレオンの関係性は、辰巳と葵の関係性そのもの。廃工場で竜二が山岡を殺すシーンは、ゲイリー・オールドマン扮するスタンがマチルダ一家を襲撃するシーンの分数に近づけています。京子が死んだ後、葵が泣きながら辰巳と話すシーンも、レオンとマチルダが最初に話すシーンのセリフの構成などを参考にしました」
 血まみれの描写は北野武監督作品の影響もあるかと思ったら、それはオマージュ作品の番外編に挙げてありました。凶暴な沢村兄弟の名前(武と竜二)は北野武と映画「竜二」(1983年、川島透監督)からのものだそうです。もう1本の番外編は意外なことに「リング」(1998年、中田秀夫監督)。辰巳の車(コロナ エクシブ)は「リング」で松嶋菜々子が乗っていた車と同じなんだとか。エクシブ(初代は1989年発売)は当時のマーク2などと同じくスタイル優先の天上の低い車で、「間違いだらけのクルマ選び」の徳大寺有恒さんは後部座席の狭さを批判してました。

 ほかのオマージュ作品は「ブレイキング・バッド」「レヴェナント 蘇りし者」「ダークナイト」「イングロリアス・バスターズ」など。小路監督はノワール作品が相当に好きなようです。

 「辰巳」が良いのはそうした過去の作品を真似たツギハギのパッチワークで終わることなく、1本のハードなノワールとしてとても面白く仕上がっていることです。

 ヤクザの世界で死体解体の仕事を請け負っている辰巳(遠藤雄弥)は恋人・京子(龜田七海)の殺害現場に遭遇する。一緒にいた京子の妹・葵(森田想)を連れて命からがら逃げるが、復讐を誓う葵は京子殺害の犯人を追う。辰巳は勝ち気で生意気な葵と反目し合いながらも同行することになる、というストーリー。

 京子が殺されたのは組の金を仲間とともに横領していたからですが、唯一の肉親を殺された葵に、そんなことは関係ありません。復讐に燃える葵を辰巳はなだめながら、組の要求も聞きつつ、ぎりぎりの打開策を探っていくことになります。

 竜二役の倉本朋幸は「レオン」のゲイリー・オールドマンと同様に狂気と変態性を醸しています(倉本朋幸は舞台演出家とのこと)。葵役の森田想も「わたしの見ている世界が全て」(2023年、左近圭太郎監督)「朽ちないサクラ」(2024年、原廣利監督)と出演作が続いていて、好調さを感じさせます(といっても、撮影は5年前、19歳の時だそうです)。しかし、一番の好演はやはり主演の遠藤雄弥で、ニコリともしない顔つきが良く、ハードな役回りにリアリティーを持たせる演技だと思いました。

 唯一の小さな不満は辰巳と葵の関係性の変化があまり感じられないこと。なぜ辰巳は葵を守ることにしたのか、そういう部分の描写が足りないです。レオンとマチルダの関係がエモーショナルに十分に描かれていたように、そうした描写を補強すれば、小路監督の映画はさらに強度が増すのではないかと思います。

 「最強殺し屋伝説国岡 完全版」(2021年、阪元裕吾監督)などで主演している伊能昌幸がセリフなしアップなしのチョイ役で出てきます。せっかく出すならアクションの見せ場も欲しかったところですけどね。というか、藤原季節もチョイ役に近いのは5年前に撮られた作品だからなのでしょう。こういう優れた作品はできる限り早く公開できるようになれば、と思います。
▼観客8人(公開2日目の午後)1時間48分。

「キングダム 大将軍の帰還」

 シリーズ4作目。前作は圧倒的に強い趙の武神・ほう煖(ほうけん=吉川晃司)が現れ、信(山崎賢人)率いる飛信隊の面々がまるで歯が立たないシーンで終わりました。当然のことながら、今回はその続きで始まり、信は重傷を負い、仲間も次々にやられて敗走する姿が前半で描かれます。後半は趙の大軍勢に立ち向かう秦の王騎将軍(大沢たかお)率いる軍勢の戦闘シーンと、王騎将軍とほう煖の過去の因縁を描き、2人の対決がクライマックスとなります。今回のメインは王騎将軍です。

 エキストラも多数使っているようですが、大軍勢のCGは不満のない出来。ストーリー自体は簡単で、佐藤信介監督は見せる演出に徹しています。重要人物が死ぬので泣いてる人もいましたが、僕には情緒過剰、感傷過多のきらいがあるな、と思えました。もっと抑えた表現が望ましいです。

 楊端和(長澤まさみ)の見せ場がなかったのは残念。
▼観客25人ぐらい(公開初日の午前)2時間26分。

「罪深き少年たち」

 韓国で実際に起きた少年3人の冤罪事件を基にしたフィクション。こう称する作品で気になるのはどこまで事実かということですが、個人的に一番興味深かった主人公の刑事のキャラクターは完全なフィクションとのこと。うーん。

 この映画の一番の見どころは腐りきった警察上層部と検察に主人公たちが勝利していくところです。主人公の再捜査を徹底的に妨害し、左遷し、自分たちの誤りを隠蔽しようとする上層部と検察に主人公たちは粘り強く、行動していくんですが、主人公が架空の存在だと、そうした諸々もフィクションということになり、興味が削がれてしまいます。「事実を基にしたフィクション」とは断り書きを入れない方が良いレベルでした。

 主演は「ペパーミント・キャンディー」(1999年)「1987、ある闘いの真実」(2017年)などの名優ソル・ギョング。監督は「権力に告ぐ」(2019年)など実際の事件の映画化が多いチョン・ジヨン。
IMDb6.7(アメリカでは未公開)
▼観客10人(公開4日目の午後)2時間4分。

「かくしごと」

 認知症の父(奥田瑛二)を介護するため、田舎の実家に戻った絵本作家の千紗子(杏)は友人の久江(佐津川愛美)が運転する車で居酒屋から帰宅途中、少年(中須翔真)をはねてしまう。久江が飲酒運転だったことから、警察には届けず、少年を千紗子の家に連れて帰る。翌朝、目覚めた少年は記憶を失っていた。少年の体に虐待の痕を見つけた千紗子は少年を守るため自分を母親と偽り、少年と父親の3人で暮らし始める。

 原作(北國浩二「嘘」)があるだけに意外な事実が明らかになるラストはおっと思いましたが、そこまでの語り方がうまくありません。というか、主人公の行動に無理を感じました。監督・脚本は「生きてるだけで、愛。」の関根光才。
▼観客6人(公開6日目の午前)

「フェラーリ」

 イタリアの自動車メーカーの創始者エンツォ・フェラーリを描くマイケル・マン監督作品。フェラーリを演じるのはアダム・ドライバーですが、いつもの長髪を切り、銀髪に染めているので別人に見えました。

 物語はエンツォの長男ディーノが病死した翌年の1957年を描いています。妻ラウラ(ペネロペ・クルス)との仲はそのことで冷え切っていますが、エンツォは密かに愛人リナ(シャイリーン・ウッドリー)との間にピエロと名づけた男の子がいました。会社はフィアットやフォードからの買収工作があり、危機に陥っています。フェラーリはイタリア全土1000マイルを縦断する公道レース「ミッレミリア」での優勝に起死回生を懸けますが、沿道の観衆を巻き込んだ大事故が起きてしまいます。

 中盤のサーキットで車が飛ぶ事故が、クライマックスの大事故の伏線になっています。公道を猛スピードで走るレースは危険そのものですし、よくこんなレースを許可していたなと思いますが、それ以前に当時の安全装備ゼロの車には乗りたくないですね。

 マイケル・マン監督の演出は悪くありませんが、エンツォの私生活のことが多すぎる気がしました。人間フェラーリを描く意図は分かるんですけどね。
IMDb6.4、メタスコア73点、ロッテントマト72%。
▼観客5人(公開5日目の午後)

2024/07/07(日)「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」ほか(7月第1週のレビュー)

 ドラマ「アンナチュラル」(2018年、全10話)をようやく見ました。面白いですねえ。「MIU404」(2020年)もそうでしたが、脚本の野木亜紀子はミステリーに詳しい人なんだなとあらためて思いました。不自然死究明研究所(UDIラボ)の面々が遭遇する個別の事件を描きながら、全体の物語として連続殺人事件の謎を描いていく構成は「MIU404」同様に秀逸でした。最終話の最後の字幕で続編を示唆していましたが、6年たっても実現しないのは主演の石原さとみが結婚・出産したからですかね? 来月公開の「ラストマイル」を楽しみに待ちたいと思います。

「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」

 クリスマス休暇の予定がなくなり、寄宿制の名門校で寂しく過ごすことになった生徒と教師、料理長の交流を描くドラマ。アカデミー作品賞など5部門の候補となり、料理長役のダヴァイン・ジョイ・ランドルフが助演女優賞を受賞しました。アレクサンダー・ペイン監督作品。

 ボストン近郊にある寄宿制の名門バートン校に勤務する古代史の非常勤教師ハナム(ポール・ジアマッティ)は生真面目で融通が利かず、生徒たちからも校長や同僚たちからも疎まれていた。多くの生徒や教師が家族と過ごすクリスマス休暇で、ハナムは学校の寮に残る生徒5人の面倒を見ることを命じられる。生徒のうち4人はスキーに出かけたが、問題行動の多いアンガス(ドミニク・セッサ)は再婚した母親と連絡が取れず、行けなかった。ハナムとアンガス、ベトナム戦争で息子を亡くしたばかりの料理長メアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)はクリスマスを一緒に過ごすことになる。

 3人それぞれの身の上が徐々に語られていき、絆を深めていくのがお約束とは言え、とても心温まる展開。「サイドウェイ」(2004年)でもペイン監督と組んだポール・ジアマッティはクライマックスでキャリアのベストと思える繊細な演技を見せています(アカデミー主演男優賞ノミネート)。ドミニク・セッサはカーネギー・メロン大学演劇学部に在籍する学生で、オーディションで選ばれたそうですが、初の映画とは思えない演技です。

 時代設定が1970年なので、映画は開巻から70年代映画のような作りになっています。70年代にはこういう小品の優れた作品がたくさんあったような気がしますね。
IMDb7.9、メタスコア82点、ロッテントマト97%。
▼観客8人(公開初日の午前)2時間13分。

「おいしい給食 Road to イカメシ」

 人気テレビドラマの劇場版第3弾。過去2作より良い出来だと思いました。このシリーズ、話が給食から離れると、面白くなくなりますが、今回はそんなに離れなかったのが良かったのでしょう。

 1作目の舞台は1984年の常節(とこぶし)中学校、2作目は1986年の黍名子(きびなご)中学校、今回は1989年の北海道・忍川(おしかわ)中学校。いずれも1980年代ですが、そんなに時代色が出ているわけではありません。給食をこよなく愛するが、他人には知られないようにしている(と思っている)主人公・甘利田幸男を演じる市原隼人のオーバーな演技がすべてで、この演技がなければ、このドラマは成立しなかったでしょう。「もはや市原隼人の代表作と言っても過言ではない」(甘利田先生風に)

 ドラマのシーズン4を楽しみにしています。ヒロインの比留川先生(大原優乃)が沖縄に異動してしまったので次作は沖縄舞台かなと思いましたが、ヒロインは毎回代わっているので沖縄の可能性はないかな。
▼観客1人(公開5日目の午後)1時間51分。

「言えない秘密」

 ジェイ・チョウ、グイ・ルンメイ主演の同名台湾映画(2007年)のリメイク。これが公開された時、「秘密が言えないのは当たり前、言える秘密なんてないからタイトルおかしいだろ」と思い、見る気になりませんでした。というわけでオリジナルを配信で今回始めて見ました。明らかにオリジナルの方が良い出来でした。

 ピアノ留学から帰国した主人公・湊人(京本大我)が旧講義棟の演奏室で神秘的なピアノを奏でる雪乃(古川琴音)と出会い、惹かれ合っていくラブストーリー。雪乃にはある秘密があり、やがて湊人の前から姿を消してしまう。

 グイ・ルンメイと同じように新作の古川琴音はピアノを弾く姿を見せています(たぶん音は違うのでは)が、京本大我は弾いている時の手が映されません。旧作で監督・原作・音楽・主演を務めたジェイ・チョウはピアノが得意なのでこういうピアノが重要なストーリーを考えたのでしょう。見事な演奏を披露していました。京本大我は撮影前に練習時間もなかったのでしょうが、その前にこの題材を初主演映画に選ばなくても良かったのにと思います。

 詳細は省きますが、ストーリーは終盤が異なります。最初に自分が見た人しか自分の姿が見えないという設定は新作では気になりましたが、旧作ではほとんど気になりませんでした。古い楽譜の扱いも新作ではおざなり、重要な登場人物も2人出てきません。総じて、細部への気配りが足りていないのが残念です。脚本は松田沙耶。監督は「身代わり忠臣蔵」の河合勇人。それにしても、なぜ今頃リメイクしたのか謎です。
▼観客6人(公開4日目の午後)1時間54分。

「九十歳。何がめでたい」

 佐藤愛子のエッセイ「九十歳。何がめでたい」「九十八歳。戦いやまず日は暮れず」を基にして前田哲監督が映画化。主演は実際に90歳の草笛光子で、俳優が自分の名前を冠して「生誕90年記念映画」と称する作品に出るのは初めて見ました。90歳以上で映画に主演する例は世界的に見てもかなり少ないと思います。

 映画はその草笛光子の元気さがまず驚きですが、作品の支えになっているのは編集者役の唐沢寿明。家庭を顧みなかったことから妻(木村多江)と娘(中島瑠菜)に突然、家を出られて戸惑いながら、90歳の作家との日々を好演しています。前田監督はユーモアあふれるハートウォーミングな作品に手堅くまとめています。脚本は「水は海に向かって流れる」(2023年)でも前田監督と組んだ大島里美。

 オダギリジョーや三谷幸喜、LiLiCo、石田ひかりらゲスト出演的な人が多くて楽しいです。
▼観客15人(公開13日目の午後)1時間39分。

2024/06/30(日)「ルックバック」ほか(6月第4週のレビュー)

 河合優実主演「あんのこと」の感想に「実際の事件を基にしたからといって、映画も同じラストにする必要はない」と書きましたが、これで思い出したのは「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(2019年、クエンティン・タランティーノ監督)のこと。実生活で惨殺された女優シャロン・テート(マーゴット・ロビー)が出てくるので、最後は殺されるんだろうなと思っていたら、なんとなんと…。あまりに呆気に取られて笑ってしまい、最高に嬉しくなる展開でした。さすがタランティーノ、と思いましたね。フィクションの力というのはこういう絶妙なアレンジのことを言うのです。

「ルックバック」

 「チェンソーマン」の藤本タツキ原作のアニメ化。原作はWikipediaによれば、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」の影響を受けているそうです。2021年、少年ジャンプ+に掲載され、大きな反響を呼びました。僕もその時に読みましたが、今回、電子書籍を買って再読しました。

 「このマンガがすごい!」2022年版オトコ編1位にもなった傑作。144ページの短さですが、「チ。地球の運動について」や「怪獣8号」「ダンダダン」「葬送のフリーレン」「【推しの子】」といった錚々たる作品を抑えての1位はすごいです。短いからこそ、胸を締め付ける強烈な印象を残す作品になっています。

 学年新聞で4コマ漫画を連載している小学4年生の藤野が主人公。漫画はクラスメートから絶賛され、藤野は自信を持っていたが、不登校で同学年の京本の4コマ漫画を目にし、画力の高さに驚愕する。それから藤野はひたすら漫画を描き続けたが、京本との画力の差は縮まらず、6年生の途中で漫画を描くことを諦めてしまう。小学校卒業の日、先生に頼まれて京本に卒業証書を届けに行った藤野は初めて対面した京本から「私っ!! 藤野先生のファンです!!」と告げられる。藤野と京本は一緒に漫画を描き始め、高校時代には漫画雑誌に読切が7本も掲載される。出版社から「高校を卒業したら連載を」と言われるが、京本は「もっと絵がうまくなりたい」と美大進学を選び、2人の少女は別々の道を進むことになる。そして、ある事件が起きる。

 「ワンス・アポン・ア・タイム…」の影響を受けていると言われるのは主人公が過去の悲しすぎる出来事を「ああしなければ良かった」「こうであれば良かったのに」という悔恨と願いをこめて実際とは異なる回想(ルックバック)をするシーンがあるからでしょう。快哉を叫んだ「ワンス…」とは違って、ここはかなり痛切なシーンです。

 映画は藤野を河合優実、京本を吉田美月喜が声を演じています。原作のストーリーに忠実かつ原作の隙間を埋めていくような作り。物語の衝撃度は原作を読んだ時にはもちろん及びませんが、良いアニメ化だと思います。前途ある若者の生が唐突に、残酷に断ち切られることのやりきれなさと悲しみは原作と同様です。

 ただ、原作の藤本タツキの絵は「チェンソーマン」ほどではないものの、一部にザラつきを残したような独特の味わいがあり、物語と強く結びついていますが、アニメは随分なめらかになり、原作の雰囲気とは少し異なります。それは仕方がないでしょう。この方がより広範な観客にアピールするのかもしれません。監督・脚本・キャラクターデザインは押山清高。

 入場料1700円均一。入場者プレゼントでマンガ冊子がもらえました。もしかして原作かと思いましたが、よく見ると絵がラフで登場人物の名前も違います。いわゆるネーム(ストーリーボード)でした。非売品ですし、これはこれでありがたいですが、かなりの数を作ったはずなので貴重とまでは言えませんね。
▼観客多数(公開2日目の午後)58分。

「バッドボーイズ Ride or Die」

 ウィル・スミスとマーティン・ローレンス共演の刑事アクションシリーズ4年ぶりの第4弾。序盤は演出が緩くてダメダメな感じでしたが、中盤以降のアクションは悪くなく、まずまずの出来でした。

 マイアミ市警のマイク(ウィル・スミス)とマーカス(マーティン・ローレンス)は2人の上司で亡くなったハワード警部に麻薬カルテルと絡む汚職疑惑が浮上する。2人は独自に捜査を開始するが、警察からも敵組織からも追われる身となる、という展開。

 エンドクレジットを見ていたら、「エクスペンダブルズ ニューブラッド」(2023年、スコット・ウォー監督)で注目したタトゥーだらけのベトナム系女優レヴィ・トランの名前がありました。ボーッと見ていたので、どこに出てきたのか気づきませんでした。
IMDb7.0、メタスコア54点、ロッテントマト64%。
▼観客30人ぐらい(公開6日目の午後)1時間55分。

「映画 おいハンサム!!」

 テレビシリーズは好きで毎週楽しみにしていました。映画となると、つらいものがありますね。テレビは実質43分。今回の映画は約2時間なのでテレビ3本分なんですが、これをテレビと同じくホームドラマコント集のような作りで乗り切るのには無理があります。

 いや、ファンとしては吉田鋼太郎、MEGUMI、木南晴夏、佐久間由衣、武田玲奈ら伊藤一家の面々を見ているだけでも楽しいんですよ。特に武田玲奈。WOWOWの「異世界居酒屋『のぶ』」では普通のかわいい女の子でしたが、このドラマでは手足が長くて細いスタイルの良さとコメディエンヌとしての魅力が引き出されたと思います。木南晴夏も同時期のテレビドラマ「9ボーダー」(TBS)よりずっと良いです。

 ただ、ドラマ的な盛り上がりを期待できないのはつらいです。映画は興行的には爆死状態とのこと。これに懲りずテレビの第3弾を作っていただきたいと思います。脚本・監督はテレビと同じ山口雅俊。
▼観客5人(公開4日目の午後)1時間59分。

「バティモン5 望まれざる者」

 移民排斥・迫害を描くフランス映画。バティモン5とはパリ郊外(バンリュー)にある移民たちの居住団地群の一画のことで、ここの一掃を目論む行政側と移民たちとの衝突が描かれます。

 市長の急逝で臨時市長となったピエール(アレクシス・マネンティ)は居住棟エリアの復興と治安改善を掲げ、理想に燃えていた。バティモン5の住人で移民たちのケアスタッフとして働くアビー(アンタ・ディアウ)は友人ブラズ(アリストート・ルインドゥラ)とともに住民たちの問題に向き合う日々を送っていた。強硬手段をとる市長と、追い込まれる住民たちを先導するアビー。やがて行政と移民たちの間に激しい抗争が起こってしまう。

 当初、優秀に見えたピエールはトランプ前大統領のような考え方の持ち主であることが分かります。どう見てもピエールの横暴・理不尽なやり方に問題があり、ここまでやるのか、どこまで現実を反映しているのかと、気になりました。

 監督はバンリュー出身で「レ・ミゼラブル」(2019年)のラジ・リ。
IMDb6.3、メタスコア58点、ロッテントマト63%。
▼観客8人(公開5日目の午後)1時間45分。

「朽ちないサクラ」

 柚月裕子の原作を杉咲花主演で映画化したミステリー。サクラは警察用語で公安を指すそうです。

 ストーカー被害の末に女子大生が神社の長男に殺された。警察が女子大生からの被害届の受理を先延ばしにしていたことが分かる。しかもその間に慰安旅行に行っていたことが地元新聞の一面に出た。県警広報広聴課の森口泉(杉咲花)は親友の新聞記者・津村千佳(森田想)が自分との約束を破って記事にしたのではないかと疑うが、千佳は強く否定。疑いを晴らすため調査を開始したところで何者かに殺された。泉は同僚の磯川(萩原利久)とともに犯人を探す。やがてカルト宗教団体が絡んでいたことが分かる。

 自分が不用意に漏らしたことを記事にするなと頼む主人公も主人公なら、友情のためにそれを守る記者も記者で呆れます。事件の首謀者を逃してしまう展開も大いに疑問。原作もこうなんでしょうかね。杉咲花の演技力を発揮する場面はなく、不満が残りました。

 監督は「帰ってきた あぶない刑事」の原廣利。原作は「孤狼の血」の前に出版された作品で、「月下のサクラ」という続編があります。
▼観客8人(公開7日目の午前)1時間59分。

「クワイエット・プレイス DAY 1」

 音に反応して人間を襲うエイリアンの襲来を描くシリーズ第3弾。今回は襲来の1日目から3日目までを描いていますが、過去2作の主人公だったエミリー・ブラントは登場せず、監督もジョン・クラシンスキー(ブラントの夫)から「PIG ピッグ」(2020年)のマイケル・サルノスキに代わりました。

 襲来初日の田舎町の様子は第2作「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」(2020年)の冒頭で描かれていました。今回の舞台はニューヨークですが、作品としては小粒な印象が否めません。病気で余命わずかな黒人女性の主人公サム(ルピタ・ニョンゴ)が猫とともに逃げ回る様子が描かれます(「エイリアン」=1979年、リドリー・スコット監督=の猫ジョーンジーを思い出しました)。クラシンスキーはストーリーでクレジットされているものの、番外編に近い内容です。

 サルノスキの演出は堅実ですが、もう少し派手な見せ場も欲しいところ。制作会社も大きなヒットを期待しているわけではなく、そこそこヒットすれば良いと思っているのではないでしょうかね。
IMDb6.8、メタスコア68点、ロッテントマト84%。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)1時間40分。

2024/06/23(日)「あんのこと」ほか(6月第3週のレビュー)

「あんのこと」

 母親に売春を強要され、覚醒剤中毒となり、辛すぎる人生を生きた実在の女性を描く入江悠監督作品。入江監督のベストという声が多く、僕もラストを除けばそう思いました。

 主人公の香川杏(河合優実)は21歳。ホステスの母親(河井青葉)、足の悪い祖母(広岡由里子)と3人でゴミ屋敷のような団地の一室に暮らしている。杏は子どものころから母親に殴られて育ち、困窮のため万引を繰り返して小学4年生で学校に行かなくなった。12歳の頃、母親の強制で初めて体を売った。覚醒剤はヤクザのような男に打たれて中毒になった。覚醒剤を買う金のために体を売る生活を送っていたが、刑事の多々羅(佐藤二朗)に補導され、覚醒剤中毒のグループ療法に参加して更生を目指すようになる。多々羅の友人でジャーナリストの桐野(稲垣吾郎)も協力し、杏は少しずつ生き方を変えていく。しかし、コロナ禍がやって来る。

 前半、どん底の暮らしから立ち上がっていく主人公の姿がとても良いです。売春をやめ、介護施設で働き、覚醒剤を断ち、夜間中学で学び始める姿は希望を持たせます。一方でそんなにうまく事が運ぶはずがないと思えるのも事実で、予想通りというか、それ以上にひどい事態が出来します。

 昨年公開された「遠いところ」(工藤将亮監督)は沖縄の17歳のシングルマザーの苦境を描いていましたが、あの主人公は父親や同棲相手など周囲のクズ男が苦境の原因でした。杏の場合は毒親と言うべき母親の存在がそれに当たります。この母親から逃げることが唯一の解決方法であり、これはDV男から逃げるのと同じことでしょう。

 キネ旬レビューでは星5個、2個、1個と賛否が分かれていますが、見終わってどんよりした表情で映画館を後にする観客もいるようです。実際の事件を基にしたからといって、映画も同じラストにする必要はないと、僕も思いました。

 経済的に困窮し、切実に助けを求める人がいること、そうした人たちを助けなくてはいけないこと、行政の支援はもっと充実させ、相談に来た人を追い返すような対応を改めるべきこと、などなどは悲しいラストにしなくても観客には伝わるでしょう。

 平日午後の映画館は女性客が多かったです。河合優実は女性にも人気なのでしょうが、しっかりこういう役柄も演じられるのが役者としての可能性を感じさせます。佐藤二朗は前半の型破りな刑事を見ていると、ソン・ガンホのような存在になれるのでは、と思いました。稲垣吾郎も良いです。
▼観客多数(公開13日目の午後)1時間54分。

「ディア・ファミリー」

 心臓疾患で余命10年を宣告された娘のために、医療には素人の町工場の社長が人工心臓の開発に着手し、その経験を生かして日本人向けのバルーンカテーテルを開発した実話。監督は「君の膵臓をたべたい」(2017年)の月川翔。

 このカテーテルで17万人の命が救えたそうです。何度も何度も飽きるほど予告編を見せられて、すっかり本編を見た気になっていましたが、このカテーテルの話は予告編にはありませんでした。月川監督は安易なお涙頂戴に流れず、多くの困難を乗り越えながら開発に打ち込む主人公の姿と家族の絆を手堅くまとめた感動作に仕上げています。

 原作は清武英利のノンフィクション「アトムの心臓 『ディア・ファミリー』23年間の記録」。生まれつきの心臓疾患の次女・佳美に福本莉子、父親で町工場の社長・宣政に大泉洋、その妻に菅野美穂。ほぼ出ずっぱりの大泉洋は過不足のない演技を見せて良いです。

 公開初週の週末3日間興行成績ランキングで1位。平日でも観客が多かったのは大泉洋の人気の高さも要因なのでしょう。
▼観客多数(公開4日目の午後)1時間57分。

「ありふれた教室」

 中学校内での盗難事件の犯人探しをした女性教師が逆に窮地に追い詰められていくドイツ映画。学校は社会の縮図と、パンフレットでイルケル・チャタク監督も語っていますし、一般的にも指摘されることですが、ドイツの場合、移民も多いので、学級運営は一段と難しさを伴うでしょう。監督自身、両親はトルコからの移民。この脚本には自身の体験も含まれているそうです。

 盗難が頻発する学校が舞台。主人公の女性教師カーラ(レオニー・ベネシュ)は同僚の教師が小銭をくすねるのを見て、職員室で財布を入れた上着を椅子に掛け、それをパソコンのカメラで動画撮影する。後で確認すると、財布からはお金が抜き取られており、記録された動画にはある人物が上着を触る様子が映っていた。顔は写っていなかったが、星模様のブラウスから、どうやら事務員のクーン(エーファ・レーバウ)らしい。カーラは校長とともにクーンを問い詰めるが、クーンは怒って全面的に否定する。

 盗みの証拠が完全ではないのが敗因で、ここから、こっそり撮影したカーラへの非難とカーラ自身のミスと周囲の誤解が重なり合って、カーラは追い詰められていきます。さらに学校新聞のインタビューがたたり、学級崩壊どころか学校崩壊の様相まで呈する始末。不条理とも思える展開ですが、この脚本の構成は緊密で見事でした。最後はカタストロフかカタルシスがあるのかと予想していたら、そうはなりません。安いスリラーになることを避け、心理的サスペンスに徹したのがうまくいっていると思います。

 チャタク監督は1983年生まれ。長編映画はこれが4作目のようです。
IMDb7.5、メタスコア82点、ロッテントマト96%。アカデミー国際長編映画賞ノミネート。
▼観客3人(公開7日目の午後)1時間39分。

「関心領域」

 「ありふれた教室」の主人公はポーランド系でしたが、これはポーランドのアウシュヴィッツ強制収容所の隣で優雅に暮らすドイツ人家族の日常を描いた作品。マーティン・エイミスの原作を「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」(2013年)のジョナサン・グレイザー監督が映画化しました。

 収容所の隣で暮らしているのは所長のルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)とその家族たち。家の中には収容所からの悲鳴や銃声がかすかに聞こえてきますが、そんな中、妻(ザンドラ・ヒュラー)や親族たちは殺されたユダヤ人の下着や服の中から欲しいものをあさります。収容所の煙突からは黒い煙が上がり、川で水遊びしていると、人骨が混じった灰が流れてきます。そうしたことは一家にとっては深刻な問題ではありません。というか、まったく気にしていません(灰で体が汚れることは気にしてます)。塀の向こうのユダヤ人の運命には想像が及ばず、一家にとって収容所は無関心領域なわけです。無関心でなくては、とてもこんな所には住めないでしょう。

 そうした描写が淡々と続き、ユダヤ人の姿はほとんど描かれません。それをもっと描けば、映画はもっと天国と地獄の対照を際立たせたのではないかと思います。だから、と言うべきか、アウシュヴィッツの未来を一瞬見てしまうヘスのシーンは秀逸です。日常を超えた描写であり、ヘスがあれをどう見たのか気になるところ。極めて映画的なシーンだと思いました。
IMDb7.4、メタスコア92点、ロッテントマト93%。アカデミー国際長編映画賞、音響賞受賞。カンヌ国際映画祭グランプリ。
▼観客7人(公開8日目の午前)1時間45分。