2025/06/15(日)「フロントライン」ほか(6月第2週のレビュー)
Netflixのアニメシリーズ「アーケイン」(2021年~)のスタッフが関わっているそうで、確かに絵がそんな感じです。「アーケイン」はIMDb9.0、メタスコア100%と高評価の作品で第2シーズンまで作られています(各9話)。
「フロントライン」

2020年2月、新型コロナウィルスに感染した乗客を乗せた大型客船が横浜に入港し、大騒ぎになった事件を描いたこの映画、社会派とエンタメのバランスが実に見事です。社会派にもエンタメにも偏らない立ち位置を保ったまま、映画は緊張感にあふれるタッチであの船内で何が起こっていたのか、マスコミ報道の在り方、世間の反応、偏見と差別にさらされるDMAT隊員とその家族の苦悩を描ききっています。DMATの指揮官を演じる小栗旬、同局次長の窪塚洋介、厚生労働省官僚の松坂桃李、DMAT隊員の池松壮亮の4人を中心に客船のフロントデスク・クルーの森七菜、テレビ局ディレクターの桜井ユキらがいずれもリアルな演技を見せていて間然するところがありません。
この傑出した作品の根幹となったのは企画・製作も担当した増本淳によるオリジナル脚本で、コロナ禍によってNetflixのドラマ「THE DAYS」(2023年)の撮影が中断した際、対応を聞くために訪ねた医者が客船で治療にあたった当事者だったことから、内部の実際を聞き、そこから関係者に1年以上の取材を重ねた結果、取材メモは300ページを超えたそうです。冒頭の字幕「事実に基づく物語」に嘘はないわけです。
その事実の中から胸が熱くなるエピソードも多数用意されていますが、ヒロイックになりすぎない節度が保たれています。「今、われわれが見放せば、乗客は助かりません」「自分がコロナにかかるのは確かに怖いです。だけどそんなのは大したことありません。自分の家族が差別に遭うことが何より怖いです」。強弱交えた登場人物たちの描写が良いです。
国内にウィルスを持ち込まないことを第一に事態に当たっていた官僚の松坂桃李は小栗旬との共闘の中で次第に考えを変え、人命第一に変化していきます。政府としての対応よりも現場主義。ラスト、小栗旬から「偉くなれよ」と言われる場面は「踊る大捜査線」の青島と室井の関係を彷彿させました。
監督は「かくしごと」(2024年)でも評価を集めた関根光才。監督6作目にして初の大作ですが、確かな手腕を発揮しています。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)2時間10分。
「リライト」

「史上最悪のパラドックス」がコピーの原作は、尾道を舞台にした「時をかける少女」(1983年、大林宣彦監督)をモチーフにしたとは思えないほどバッドテイストな小説です。上田誠がこの原作の映画化を望んだのは恐らく、ことの真相がほとんどスラップスティックだからではないかと思います。そこを活かした上でバッドなエンディングを避け、幸福な結末を用意したのがハッピーで明るい作品が多い上田誠らしいところでしょう。原作通りに進む途中まではあまり感心できない出来でしたが、終盤に大きく盛り返しています。原作では悪役というべき橋本愛の役柄に救いを与えているのにも好感。
主人公を演じる池田エライザをはじめ橋本愛、倉悠貴、森田想、山谷花純らが高校生役を演じるのは少し厳しい部分もありますが、高校時代から10年後を演じるにはぴったりだからこそのキャスティングなのでしょう。
ちなみに最初の方で池田エライザが図書室に返すよう頼まれる本はジョー・ホールドマンのSF「終りなき戦い」のハードカバーだったと思います。このハードカバーが出たのは1978年。タイムリープに直接関係はありませんが、ウラシマ効果は出てきます。上田誠の趣味なんでしょうかね。
▼観客3人(公開初日の午後)2時間7分。
「ドマーニ! 愛のことづて」

デリア(パオラ・コルテッレージ)は家族とともに半地下の家で暮らしている。夫イヴァーノ(ヴァレリオ・マスタンドレア)はことあるごとにデリアに手を上げる。意地悪な義父オットリーノ(ジョルジョ・コランジェリ)は寝たきりで介護しなければならない。夫の暴力に悩みながらもデリアは日々家事をこなし、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を助けている。多忙で過酷な生活を送る彼女にとって唯一、心休まるのは市場で青果店を営む友人のマリーザ(エマヌエラ・ファネリ)や、デリアに好意を寄せる自動車工のニーノ(ヴィニーチオ・マルキオーニ)と過ごす時間だった。ある日、長女マルチェッラ(ロマーナ・マッジョーラ・ヴェルガーノ)が裕福な家の息子ジュリオ(フランチェスコ・チェントラーメ)からプロポーズされる。やがて、デリアのもとに一通の謎めいた手紙が届き、彼女は新たな旅立ちを決意する。
原題は「まだ明日がある」(ドマーニは明日の意味)。このタイトルの意味も終盤で分かります。イタリアで離婚が法的に認められたのは1970年。映画が描いた1946年に離婚はできませんでした。だから暴力夫からは逃げるか、あきらめるしかありません。映画はそれ以外の第三の選択肢を描いています。時間はかかりますが、女性の地位向上につながる方法で、これに多数の女性が詰めかけたラストを見ると、それぐらい当時のイタリア女性は不満を持っていたことが分かります。
白黒映画なのは時代色を出すための手段でしょうが、昔話にしてしまって良いのかという思いもあります。喝采を叫びたくなるラストながら、そうした部分が少し気になりました。
IMDb7.7、メタスコア59点、ロッテントマト89%。
▼観客7人(公開2日目の午後)1時間58分。
「リロ&スティッチ」
元のアニメ版(2002年)は未見。宇宙から来た生物と少女との交流という内容で「E.T.」(1982年、スティーブン・スピルバーグ監督)と比較したくなりますが、当然のことながらまるで勝負になりません。それでも大ヒットしているそうなので、続編を作るのでしょう。監督は「マルセル 靴をはいた小さな貝」(2021年)のディーン・フライシャー・キャンプ。IMDb7.0、メタスコア53点、ロッテントマト72%。
▼観客15人ぐらい(公開7日目の午後)1時間48分。
「MaXXXine マキシーン」
タイ・ウエスト監督による「X エックス」(2022年)「Pearl パール」(2022年)に続く三部作の最終章。直接的には「X エックス」の続きになりますので、「Pearl パール」は見ていなくても話は通じます。1985年のハリウッドを舞台に、本物のスターを目指すポルノ女優マキシーン(ミア・ゴス)の姿を描いています。ミア・ゴスは今回も良いんですが、話に新味がなく、意外性に満ちていた「X エックス」に比べると残念な出来でした。映画に出てくるナイト・ストーカーは実在の殺人鬼で1984年から85年にかけて13人を殺害したそうです。
IMDb6.2、メタスコア64点、ロッテントマト72%。
▼観客3人(公開5日目の午後)1時間43分。