2025/06/15(日)「フロントライン」ほか(6月第2週のレビュー)

 ディズニープラスが6日から配信を始めた「プレデター:最凶頂上決戦」(Predator: Killer of Killers、1時間25分)はプレデターの3つの時代の闘いを描いたアニメ。プレデターの相手となるのは北欧のバイキング、日本の忍者、アメリカの戦闘機乗員で、ストーリー的にはそれほどでもないんですが、残虐描写を交えたアクションに見所があります。僕はまずまずの出来と思いましたが、IMDb7.6、メタスコア78点、ロッテントマト95%と意外に良い評価を得ています。監督はこれも好評だった「プレデター:ザ・プレイ」(2022年)のダン・トラクテンバーグとジョシュア・ワスン。

 Netflixのアニメシリーズ「アーケイン」(2021年~)のスタッフが関わっているそうで、確かに絵がそんな感じです。「アーケイン」はIMDb9.0、メタスコア100%と高評価の作品で第2シーズンまで作られています(各9話)。

「フロントライン」

「フロントライン」パンフレット
「フロントライン」パンフレット
 冒頭、患者搬送のため非常出口のハッチを開けた森七菜の横を通ってカメラが海上に出て上昇し、ダイヤモンド・プリンセス号の全体を見せるという秀逸なシーンを見て、よくダイヤモンド・プリンセス(プリンセス・クルーズ社)は撮影に協力したなと思いましたが、実際にはこのシーン、カメラを載せたドローンで撮影した後にVFXで船を追加したのだそうです。考えてみれば、いつもクルーズしている客船を撮影に使用できるわけがありません。しかし、このシーンのほかにも実際の船で撮影したとしか思えない映像が満載で、知らない人は僕と同じように思ってしまうでしょう。

 2020年2月、新型コロナウィルスに感染した乗客を乗せた大型客船が横浜に入港し、大騒ぎになった事件を描いたこの映画、社会派とエンタメのバランスが実に見事です。社会派にもエンタメにも偏らない立ち位置を保ったまま、映画は緊張感にあふれるタッチであの船内で何が起こっていたのか、マスコミ報道の在り方、世間の反応、偏見と差別にさらされるDMAT隊員とその家族の苦悩を描ききっています。DMATの指揮官を演じる小栗旬、同局次長の窪塚洋介、厚生労働省官僚の松坂桃李、DMAT隊員の池松壮亮の4人を中心に客船のフロントデスク・クルーの森七菜、テレビ局ディレクターの桜井ユキらがいずれもリアルな演技を見せていて間然するところがありません。

 この傑出した作品の根幹となったのは企画・製作も担当した増本淳によるオリジナル脚本で、コロナ禍によってNetflixのドラマ「THE DAYS」(2023年)の撮影が中断した際、対応を聞くために訪ねた医者が客船で治療にあたった当事者だったことから、内部の実際を聞き、そこから関係者に1年以上の取材を重ねた結果、取材メモは300ページを超えたそうです。冒頭の字幕「事実に基づく物語」に嘘はないわけです。

 その事実の中から胸が熱くなるエピソードも多数用意されていますが、ヒロイックになりすぎない節度が保たれています。「今、われわれが見放せば、乗客は助かりません」「自分がコロナにかかるのは確かに怖いです。だけどそんなのは大したことありません。自分の家族が差別に遭うことが何より怖いです」。強弱交えた登場人物たちの描写が良いです。

 国内にウィルスを持ち込まないことを第一に事態に当たっていた官僚の松坂桃李は小栗旬との共闘の中で次第に考えを変え、人命第一に変化していきます。政府としての対応よりも現場主義。ラスト、小栗旬から「偉くなれよ」と言われる場面は「踊る大捜査線」の青島と室井の関係を彷彿させました。

 監督は「かくしごと」(2024年)でも評価を集めた関根光才。監督6作目にして初の大作ですが、確かな手腕を発揮しています。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)2時間10分。

「リライト」

「リライト」パンフレット
「リライト」パンフレット
 300年後の未来から来た高校生をめぐる法条遥の原作を上田誠が脚色、松居大悟が監督した青春SF。「サマータイムマシン・ブルース」(2005年)「リバー、流れないでよ」(2023年)など時間SFに定評のある上田誠の脚色がとても優れていて、原作より良い出来だと思いました。

 「史上最悪のパラドックス」がコピーの原作は、尾道を舞台にした「時をかける少女」(1983年、大林宣彦監督)をモチーフにしたとは思えないほどバッドテイストな小説です。上田誠がこの原作の映画化を望んだのは恐らく、ことの真相がほとんどスラップスティックだからではないかと思います。そこを活かした上でバッドなエンディングを避け、幸福な結末を用意したのがハッピーで明るい作品が多い上田誠らしいところでしょう。原作通りに進む途中まではあまり感心できない出来でしたが、終盤に大きく盛り返しています。原作では悪役というべき橋本愛の役柄に救いを与えているのにも好感。

 主人公を演じる池田エライザをはじめ橋本愛、倉悠貴、森田想、山谷花純らが高校生役を演じるのは少し厳しい部分もありますが、高校時代から10年後を演じるにはぴったりだからこそのキャスティングなのでしょう。

 ちなみに最初の方で池田エライザが図書室に返すよう頼まれる本はジョー・ホールドマンのSF「終りなき戦い」のハードカバーだったと思います。このハードカバーが出たのは1978年。タイムリープに直接関係はありませんが、ウラシマ効果は出てきます。上田誠の趣味なんでしょうかね。
▼観客3人(公開初日の午後)2時間7分。

「ドマーニ! 愛のことづて」

「ドマーニ! 愛のことづて」パンフレット
「ドマーニ!」パンフレット
 戦後間もないローマを舞台に夫の暴力と娘の将来に悩む主婦を描いたイタリア映画。と書くと、深刻な話に思えますが、監督・主演はコメディエンヌのパオラ・コルテッレージで、イタリアらしい笑いを交えた内容になっています。監督デビュー作として上々の出来ですが、主人公の真意をこんなに周到に観客をミスリーディングしてまで隠す必要があったのかは少し疑問。この真意がテーマであるなら、ラストで明かすのではなく、もっと早い段階で明かしてテーマを訴えた方が良かったと思います。

 デリア(パオラ・コルテッレージ)は家族とともに半地下の家で暮らしている。夫イヴァーノ(ヴァレリオ・マスタンドレア)はことあるごとにデリアに手を上げる。意地悪な義父オットリーノ(ジョルジョ・コランジェリ)は寝たきりで介護しなければならない。夫の暴力に悩みながらもデリアは日々家事をこなし、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を助けている。多忙で過酷な生活を送る彼女にとって唯一、心休まるのは市場で青果店を営む友人のマリーザ(エマヌエラ・ファネリ)や、デリアに好意を寄せる自動車工のニーノ(ヴィニーチオ・マルキオーニ)と過ごす時間だった。ある日、長女マルチェッラ(ロマーナ・マッジョーラ・ヴェルガーノ)が裕福な家の息子ジュリオ(フランチェスコ・チェントラーメ)からプロポーズされる。やがて、デリアのもとに一通の謎めいた手紙が届き、彼女は新たな旅立ちを決意する。

 原題は「まだ明日がある」(ドマーニは明日の意味)。このタイトルの意味も終盤で分かります。イタリアで離婚が法的に認められたのは1970年。映画が描いた1946年に離婚はできませんでした。だから暴力夫からは逃げるか、あきらめるしかありません。映画はそれ以外の第三の選択肢を描いています。時間はかかりますが、女性の地位向上につながる方法で、これに多数の女性が詰めかけたラストを見ると、それぐらい当時のイタリア女性は不満を持っていたことが分かります。

 白黒映画なのは時代色を出すための手段でしょうが、昔話にしてしまって良いのかという思いもあります。喝采を叫びたくなるラストながら、そうした部分が少し気になりました。
IMDb7.7、メタスコア59点、ロッテントマト89%。
▼観客7人(公開2日目の午後)1時間58分。

「リロ&スティッチ」

 元のアニメ版(2002年)は未見。宇宙から来た生物と少女との交流という内容で「E.T.」(1982年、スティーブン・スピルバーグ監督)と比較したくなりますが、当然のことながらまるで勝負になりません。それでも大ヒットしているそうなので、続編を作るのでしょう。監督は「マルセル 靴をはいた小さな貝」(2021年)のディーン・フライシャー・キャンプ。
IMDb7.0、メタスコア53点、ロッテントマト72%。
▼観客15人ぐらい(公開7日目の午後)1時間48分。

「MaXXXine マキシーン」

 タイ・ウエスト監督による「X エックス」(2022年)「Pearl パール」(2022年)に続く三部作の最終章。直接的には「X エックス」の続きになりますので、「Pearl パール」は見ていなくても話は通じます。1985年のハリウッドを舞台に、本物のスターを目指すポルノ女優マキシーン(ミア・ゴス)の姿を描いています。

 ミア・ゴスは今回も良いんですが、話に新味がなく、意外性に満ちていた「X エックス」に比べると残念な出来でした。映画に出てくるナイト・ストーカーは実在の殺人鬼で1984年から85年にかけて13人を殺害したそうです。
IMDb6.2、メタスコア64点、ロッテントマト72%。
▼観客3人(公開5日目の午後)1時間43分。

2025/06/08(日)「国宝」ほか(6月第1週のレビュー)

 文春文庫が「新・競馬シリーズ」の刊行を始めました。作者はオリジナルの競馬シリーズの作者・故ディック・フランシスの息子フェリックス・フランシス。過去に父親との共作もしていますが、最盛期の競馬シリーズには到底及ばない出来でした。粒ぞろいの傑作が揃い、冒険小説の金字塔でもあるこのシリーズは、実はディックの妻メアリが書いていたという説もあり、2000年にメアリが亡くなった後、数年間、途絶えました。

 その後フェリックスが共作を経て独り立ち。本国では2024年までに既に13作出ています。今回邦訳された「覚悟」(2013年)はシリーズ一番人気のシッド・ハレーが主人公で、シッドじゃなきゃ僕も買わなかったです。価格は1150円。同じ文春文庫でもスティーブン・キングに比べると、随分安いです。キングは版権料が高いんでしょうね。

「国宝」

「国宝」パンフレット
「国宝」パンフレット
 吉田修一の原作を李相日(リ・サンイル)監督が映画化。歌舞伎の世界を舞台に1964年から2014年までの50年に及ぶ波乱万丈の物語で、2時間55分の長さを感じさせない充実度があります。芸に一途に打ち込む2人の若者の姿を描いて、僕は「さらば、わが愛 覇王別姫」(1993年、チェン・カイコー監督)を想起しました。歌舞伎の知識は特に必要ではありませんが、中盤と終盤に形を変えて2度出てくる重要な演目「曽根崎心中」のどちらも圧巻のシーンはストーリーを知っておいた方がより楽しめます(増村保造監督が1978年に傑作を撮ってます)。

 長崎のヤクザの家に生まれた喜久雄(吉沢亮)は抗争によって父親(永瀬正敏)を殺される。喜久雄に女形としての優れた資質を認めた上方歌舞伎の花井半二郎(渡辺謙)は喜久雄を引き取り、厳しい稽古を課す。喜久雄は半二郎の実の息子・俊介(横浜流星)とお互いに研鑽し合う。生い立ちも才能も異なる2人はライバルとして互いに高め合うが、多くの出会いと別れが運命の歯車を狂わせていく。

 吉沢亮と横浜流星は撮影の1年前から稽古に打ち込んだそうで、歌舞伎役者として不自然なところがありません。どころか、喜久雄が「曽根崎心中」のお初を演じるシーンの吉沢亮の凄みは前半の大きな見せ場となっています。そのお初を終盤に俊介が演じ、病を押して舞台に立った俊介を横浜流星が熱く演じています。原作ではこの終盤の演目は「隅田川」だそうですが、「曽根崎心中」にすることで2人のタイプの違いを際立たせることになりました。

 パンフレットのインタビューで渡辺謙は「あのふたりはそれぞれに熱く燃えているんだけど、炎の種類が違う」と指摘しています。横浜流星は「役とはちょっと違う感じで熱を帯びていて、真っ赤に燃えさかる炎」。吉沢亮は「燃えている音もしないんだけど、ものすごく温度と熱量の高い炎をまとっている感じ」なのだそう。吉沢亮は雰囲気が柔らかいのでも女形も容易に演じられそうですが、横浜流星は硬派のタイプなので苦労がうかがえます。

 脚色は奥寺佐渡子。上下2巻で800ページを超える原作なので、序盤、喜久雄が父親の敵討ちに刃物を持って乗り込む場面から一転、大阪に到着した場面に飛ぶなど説明がやや不足気味のところもあり、4時間ぐらいかけて最近流行の前後編にしても良かったのでは、と思いました。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)2時間55分。

「ガール・ウィズ・ニードル」

「ガール・ウィズ・ニードル」パンフレット
パンフレットの表紙
 第一次世界大戦後のデンマークで起きた実際の事件を基にしたデンマーク=ポーランド=スウェーデン合作。モノクロの効果を十分に活かしたゴシック・ミステリーですが、虐げられる女性の貧困のテーマは現代に通じています。

 主人公カロリーネ(ヴィク・カーメン・ソネ)の夫は戦争に行って行方不明になり、カロリーネは家賃を滞納して大家からアパートを追い出されてしまう。縫製工場に勤め始めたカロリーネは社長のヤアアン(ヨアキム・フェルストロプ)と愛し合い、妊娠する。そんな時に帰ってきた夫ペーター(ベシーア・セシーリ)は顔に大けがを負い、醜い容貌になっていた。ヤアアンとの結婚を夢みるカロリーネは夫に別れを告げる。しかし、ヤアアンの母親は結婚を認めず、カロリーネを追い出し、仕事も失ってしまう。

 この後、カロリーネは公衆浴場で膣に編み針を刺し、自分で堕胎しようとしますが、そこをダウマ(トリーネ・デュアホルム)に助けられます。「子どもが生まれたら、連れてきて。養子に出すから」と言われたカロリーネはその通りにし、ダウマの店で働くようになります。

 このダウマが事件の中心人物で後に死刑判決を受け、獄中で病死したそうです。デンマークでは有名な事件でネタバレにはならないそうですが、日本では知られていないでしょうから、何も知らずに見た方が良いと思います。

 監督はスウェーデン出身のマグヌス・フォン・ホーン。陰惨なだけで終わらず、ホッとするラストを用意しているのが良いです。
IMDb7.5、メタスコア82点、ロッテントマト93%。
▼観客12人(公開2日目の午後)2時間3分。

「見える子ちゃん」

「見える子ちゃん」パンフレット
「見える子ちゃん」パンフレット
 霊が見えるようになった女子高生が主人公のホラーコメディー。映画を見る前には泉朝樹の原作コミックは未読、アニメ(2021年、12話)は全部見てました。中村義洋脚本・監督による映画は原作1巻に出てくる意外な事実を終盤にうまく使って感動的に仕立てるなど、さすがの工夫があり、しっかり面白い出来になってます。

 女子高生の四谷みこ(原菜乃華)は至るところで霊を見かけるようになってしまう。霊を見えることが分かると、霊が「見えてる」「見えるのー」と言って家まで付いてきてしまった。このため、みこは霊を徹底的に無視することにした。みこは親友の百合川ハナ(久間田琳加)と平穏な学校生活を送ろうとするが、ハナには葬儀場で霊が憑いてしまう。その霊は神社でなんとか払うことができたが、同級生の二暮堂ユリア(なえなの)と生徒会長の権堂昭生(山下幸輝)はみこの霊を見る力に気づく。みこは産休に入る荒井先生(堀田茜)の代わりに赴任した遠野善(京本大我)に邪悪な霊が憑いているのを見てしまう。

 原作の霊は化け物のような姿が多いですが、映画はぼんやりと見える霊が中心。中村監督は「ゴールデンスランバー」(2009年)や「殿、利息でござる」(2016年)などの傑作を取る一方、「ほんとにあった!呪いのビデオ」シリーズに監督やナレーターとして携わっており、こうした題材は手慣れたものなのかもしれません。
▼観客1人(なんと、公開初日の午前なのに)

「Page30」

 DREAMS COME TRUEの中村正人がエグゼクティブプロデューサーを務め、堤幸彦監督が手がけた作品。堤作品としては「truth 姦しき弔いの果て」(2021年)に連なるタッチで、ほとんど劇場内で終始します。

 スタジオに集められた4人の女優たちは、30ページの台本に3日間かけて向き合い、4日目に舞台公演をすることになる。配役は当日まで未定。閉ざされた環境で希望する役を掴むため、4人は稽古に打ち込んでいく。

 4人の女優に扮するのは唐田えりか、林田麻里、広山詞葉、MAAKIII(マーキー)。ホラーにもなりそうな設定ですが、そうはなりません。悪くない出来なんですが、結末が真っ当すぎて少し物足りなさを感じました。
▼観客2人(公開6日目の午前)1時間53分。

2025/06/01(日)『か「」く「」し「」ご「」と「』ほか(5月第5週のレビュー)

 スティーブン・キングの新刊「フェアリー・テイル」の上下各巻の価格は4,675円。合わせて9,350円となります。昨年4月に出版された「ビリー・サマーズ」は上下各2,970円でしたから、かなりの価格上昇です。今回はページ数が多いのかと思ったら、同じぐらいでした。違うのは本の大きさで「ビリー・サマーズ」より縦横とも約2センチ大きなA5判(148mm×210mm)なんだそうです。キングの本がA5判で発売されるのは2001年の「不眠症」以来24年ぶりとか。

 それならこの価格も仕方ないか、と簡単には納得できないんですけどね。売れないから価格を上げないと赤字になるのでしょうが、こうなるともう「買えない」レベルで、文庫になるまで待つ人もいるでしょう。ただし、文庫も昨今は軽く1000円を超えるのが当たり前になっていて、昨年出版された同じくキングの「死者は嘘をつかない」は1,650円でした。「フェアリー・テイル」の場合、上下で4,000円以上になるんじゃないでしょうかね。

『か「」く「」し「」ご「」と「』

『か「」く「」し「」ご「」と「』パンフレット
『か「」く「」し「」ご「」と「』パンフレット
 住野よるの原作を「少女は卒業しない」(2023年)の中川駿監督が映画化。他人の気持ちや感情が断片的・記号的に分かる力を持つ高校生男女5人の恋模様を描いています。この断片的というのがポイントで、完全に分かれば、何も問題はないんですが、断片的なだけに誤解が生じる余地があり、うまくことが運ばない要因になっています。中川駿監督は出演者の持ち味を活かした瑞々しい青春映画に仕上げています。

 物語は大塚京(奥平大兼)の視点で始まり、京が思いを寄せるミッキーこと三木直子(出口夏希)、ミッキーの友人のパラこと黒田文(菊池日菜子)、幼なじみのヅカこと高崎博文(佐野晶哉)、ふとしたことで不登校になったエルこと宮里望愛(早瀬憩)へと視点を変えて描いていきます。

 タイトルに「」が含まれるのは連作短編である原作の各章のタイトルが「か、く。し!ご?と」「か/く\し=ご*と」「か1く2し3ご4と」などとなっているのを総称するためでしょう。これは5人のそれぞれの能力を表していて、京は他人の頭の上に「?」や「!」が見える力、ミッキーは胸の前のプラスとマイナスの棒が上下に振れるのが見える力を持っています(気分の上下を表します)。そんな力がなくても、たいていの人は相手の微表情(マイクロエクスプレッション)で本心が分かってしまうもので、だから5人の能力は微表情を明確に視覚化するものと言えるでしょう。

 時間的に一番長いのはパラのパート。人の鼓動の速さが数字で見えるパラは普段からミッキーを守るためにある行動を取っていて、それを菊池日菜子が感受性豊かに演じています。こうした演技ができるのなら、8月に公開が控える主演作「長崎 閃光の影で」(松本准平監督)も期待できそうです。

 中川監督は映画化を引き受けた理由として「心=本性という考え方」への疑問を挙げています。「心で感じ、理性で判断して行動するのが人間だ。(中略)『何をして、何をしなかったか』という行動の結果にこそ、その人の本性が表れるのではないか」(キネマ旬報2025年6月号)。原作の登場人物は能力を隠し、自分の心の内に悩んでいますが、その姿を描くことで同じように悩む少年少女たちの不安を少しだけ軽くするのではないか、と思ったのだそうです。軽くするかどうかはともかく、若い世代の共感を得ることはできるのではないでしょうか。

 出口夏希は昨年の「赤羽骨子のボディガード」(石川淳一監督)でも良かったんですが、この映画で演じた自由奔放で明るいミッキーのキャラは素の本人に近いそうです。パンフレットのインタビューで「今まで演じた役の中でも自分とすごく似ていて、撮影期間中も日常を過ごしているような気分でした」と話しています。永瀬廉とダブル主演したNetflixの「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」(三木孝洋監督)は難病ものノーサンキューなのでこれまで見ていませんでした。出口夏希の過去作を追っかけたくて見たら、三木監督だけに水準を十分にクリアした仕上がりでした。好感度120%の出口夏希は既に一定の人気がありますが、地上波のドラマに主役・準主役級で出演すれば、河合優実のようにブレイクするのは必至でしょうね。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)1時間55分。

「新世紀ロマンティクス」

「新世紀ロマンティクス」パンフレット
「新世紀ロマンティクス」パンフレット
 現在の中国映画界で世界的に最も高い評価を得ているジャ・ジャンクー監督作品。公式サイトには「初期の傑作『青の稲妻』『長江哀歌』やドキュメンタリーを含む2001年から撮り溜めてきた映像素材を使用し、総製作期間は22年に及ぶ」とありますが、最初からこの作品を撮るつもりで過去作を撮っていたわけではないでしょう。それに同様の趣向は前作「帰れない二人」(2018年)で既に行っています。男女の長い年月のドラマを描き、情緒に重点を置いた「帰れない二人」は通俗的な物語でありながら完成度の高い作品でした。同じような素材を使ってそれを別の話に再構成する必要があったのか疑問です。

 物語は別であっても、黄色いシャツに白いズボン、リュックを前がけにした「長江哀歌」のチャオ・タオの姿を見ると、「帰れない二人」に続いて「またか」と思わざるを得ず、字幕を利用したサイレント映画のような手法もオリジナルとは別のセリフにするための手段としか思えません。

 こと映画に限って言えば、リサイクル品より新品が好ましいです。もっとも初めてジャ・ジャンクー作品を見る人に、この感想は通じないので、そういう人の感想を聞いてみたいものです。
IMDb6.6、メタスコア88点、ロッテントマト98%。
▼観客7人(公開初日の午後)1時間51分。

「けものがいる」

「けものがいる」パンフレット
「けものがいる」パンフレット
 公式サイトに「100年以上の時を超え転生を繰り返す男女の数奇な運命をスリリングに描く」とありますが、この要約はほぼ間違いです。2044年のパリで、あるセッションを受ける主人公(レア・セドゥ)が1910年と2014年の時代で繰り広げる物語。セッション中のシーンが「アルタード・ステーツ 未知への挑戦」(1980年、ケン・ラッセル監督)に出てきたタンキング・マシーンを連想させたので、過去と未来のシーンは主人公の夢や想像だろうと僕は解釈してました。

 原作にクレジットされているのは「ねじの回転」で有名なヘンリー・ジェイムズの「密林の獣」。これは原案と言うべきで、脚本・監督のベルトラン・ボネロはこれをヒントにオリジナルの物語を作っています。ただ、年代さえ表示されないので物語が分かりにくく、もう少し観客フレンドリーな作りにした方が良かったと思います。

 映画の最後にQRコードが表示され、エンドクレジットの表示を省略しています(QRコードのジャンプ先では8分余りのクレジットが流れます)。
IMDb6.5、メタスコア80点、ロッテントマト86%。
▼観客6人(公開2日目の午後)2時間26分。

「ゲッベルス ヒトラーをプロデュースした男」

「ゲッベルス ヒトラーをプロデュースした男」パンフレット
パンフレットの表紙
 ナチスの宣伝大臣を務めたパウル・ヨーゼフ・ゲッベルスを、記録映像を交えて描くドイツ=スロバキア合作。ゲッベルスの子ども時代からヒトラーの台頭、その死に至るまでを描いていて、その軌跡と果たした役割はよく分かります。ゲッベルスの大嘘を交えた宣伝戦略は現代にも通じるものがありますが、映画は構成も演出も平板で平凡な出来に終わっています。

 ゲッベルスと妻の確執など私生活を長々と描く必要はなかったんじゃないでしょうかね。ゲッベルスを演じるロベルト・シュタットローバーにも魅力が乏しいです(魅力的に描くとまずいのでしょうが)。脚本・監督はヨアヒム・A・ラング。
IMDb6.7(アメリカでは限定公開)
▼観客3人(公開12日目の午後)2時間8分。

2025/05/25(日)「金子差入店」ほか(5月第4週のレビュー)

 テレビアニメ「中禅寺先生物怪講義録 先生が謎を解いてしまうから。」(テレ東系)のエンドクレジットを見たら、絵コンテに原恵一の名前がありました。え、これ、あの原恵一監督?
Wikipediaを見ると、確かにあの原恵一監督でした。監督作品が「かがみの孤城」(2022年)以来ありませんが、次作の予定はないんでしょうか?

 このアニメ、京極夏彦の百鬼夜行シリーズのスピンオフで、中禅寺秋彦が古本屋「京極堂」の主人となる前の物語。中禅寺は高校の先生をしていて生徒などが持ち込んだ不可思議な謎を解いていきます。今季のアニメはほかに「謎解きはディナーのあとで」(東川篤哉原作、フジテレビ系)、「小市民シリーズ」(米澤穂信原作、テレ朝系)と有名なミステリー作家の作品が2本あります。

 この3本の中では「謎解きはディナーのあとで」が楽しいです。絵はイマイチなんですが、「お嬢さま、お嬢さまの目は節穴でございますか」「お嬢さまはアホでございますか」と新人刑事の宝生麗子(花澤香菜)に暴言を吐く慇懃無礼な執事の影山(梶裕貴)がおかしくて良いです。

「金子差入店」

 刑務所や拘置所などに収容された受刑者・被告人などへの差し入れ品を販売する差入店を舞台にした物語。原作があるのかと思ったら、オリジナル脚本の作品でした。残念ながら、エピソードにリアリティーを欠く描写が散見され、脚本の不備が目に付きました。

 金子真司(丸山隆平)は妻・美和子(真木よう子)とともに、伯父(寺尾聰)から引き継いだ差入店を営んでいる。金子自身も過去に暴行事件で刑務所に4年服役。出所後、仕事が見つからず、伯父の店を手伝うことになった。ある日、小学生の息子・和真(三浦綺羅)の幼なじみの女の子が殺害される。金子はその犯人(北村匠海)の母親(根岸季衣)から差し入れ代行を依頼された。差入店として犯人と向き合いながらも、疑問と怒りが募るなか、金子は毎日のように拘置所を訪れる女子高生(川口真奈)と出会う。彼女はなぜか自分の母親を殺した男(岸谷五朗)との面会を求めていた。

 刑務官が「おい、差入屋」と横柄に高慢にあからさまに当然のように見下して呼び捨てにする場面が2回ありますが、刑務官たちが実際にこんな無礼な態度なのか疑問です。ここだけでなく、差入店への嫌がらせ(意図が分からない。犯人も分からない)とか、差入店の親のせいで子どもが小学校でいじめに遭う(ノートに「殺人犯」と落書きされるのはどう考えても勘違いで筋違い。「殺人犯の味方」ならまだ分かる)など脚本の詰めの甘さを感じる場面があります。

 北村匠海は朝ドラ「あんぱん」とは正反対のサイコな犯人を気味悪く好演してますが、このサイコ犯がなぜ主人公の前科を知ったのかは謎。もう一つの殺人事件が絡むエピソードは目新しくない真相が描かれ、岸谷五朗の熱演が空回り気味でした。一番気になったのはこの真相の後で、世間にばれなければ黙っていたままでいいという解決にはモヤモヤが残ります。東野圭吾が過去に同じようなシチュエーションのミステリーを書いていますが、さすがにこんなアホな解決にはしていませんでした。

 男好きでダメな母親(名取裕子)のエピソードも序盤でほったらかし。各エピソードがバラバラで1本の物語にまとまっていかないのがもどかしく、主人公のキャラクターにも共感が持てませんでした。こうした脚本の不備はプロデューサーが指摘するか、ベテラン脚本家の助力を得た方が良かったと思います。

 古川豪監督は「東京リベンジャーズ」(2020年)などの助監督を経てこれが監督第1作。他の映画の撮影中、拘置所近くの差入店を見て興味を持ち、この物語を作っていったそうです。話に説得力を欠くのは基本的に取材不足が原因なのではないかと思います。

 差入店を舞台にしたテレビドラマをずっと以前に見た記憶があり、たぶんTBSだったと思いますが、タイトルと詳しい内容を憶えていません。検索すると、「差し入れ屋さん物語 拘置所とシャバを結ぶ悲喜こもごもの交差点」(1989年、TBS系)という作品がありましたが、もっと以前に見たような気がするんですよねえ。
▼観客10人ぐらい(公開6日目の午前)2時間5分。

「岸辺露伴は動かない 懺悔室」

「岸辺露伴は動かない 懺悔室」入場者プレゼント
入場者プレゼント
 荒木飛呂彦の原作コミックは50ページ弱の短編。それだけでは映画としては短いので、原作の続きをオリジナルで加えてます。原作通りの部分は悪くないんですが、この続きの部分がイマイチうまく行っていません。

 人の記憶を本にして読むことができる能力ヘブンズドアーを持つ漫画家・岸辺露伴(高橋一生)はヴェネツィアの教会で間違って告解室に入り、仮面を被った男の恐ろしい懺悔を聞く。男は25年前に誤って浮浪者の男を死なせ、「幸せの絶頂の時に“絶望”を味わう」呪いを浮浪者からかけられた。次々に訪れる幸運から必死に逃れようとして生きてきた男は無邪気に遊ぶ娘を見て「心からの幸せ」を感じてしまう。その瞬間、死んだはずの浮浪者が現れ、ある試練を与えられる。

 この試練に失敗して男は殺されてしまうんですが、なら告白しているのは誰なのか、といったところが、原作が描いた物語。映画はここから告白した男の成長した娘(玉城ティナ)の結婚が絡み、懺悔を聞いた露伴にも「幸福になる呪い」が伝染する展開を用意しています。その解決が少しも解決になっていないのが困ったところ。

 まあそれでもこのシリーズ、僕は好きです。相変わらず天真爛漫で愛すべき能天気さを持つ泉京香(飯豊まりえ)の存在はシリーズの財産だなと思います。脚本は小林靖子、監督は渡辺一貴で両者ともテレビシリーズと前作「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」(2023年)を担当しています。
▼観客多数(公開初日の午前)1時間50分。

「父と僕の終わらない歌」

「父と僕の終わらない歌」パンフレット
「父と僕の終わらない歌」パンフレット
 父が歌う動画を息子がYouTubeにアップしたことで80歳のアルツハイマー型認知症患者がCDデビューを果たしたイギリスの実話を日本に置き換えて映画化。「ちはやふる」三部作(2016~2018年)や「線は、僕を描く」(2022年)などの小泉徳宏監督の演出は手堅く、泣き笑いを交えた心地良い作品に仕上がってます。

 レコードデビューを夢見ながらも、息子の雄太(松坂桃李)のために諦めた間宮哲太(寺尾聰)は横須賀で楽器店を営みながら時折、地元のステージで歌声を披露していた。哲太はユーモアたっぷりで町の人気者だが、アルツハイマー型認知症と診断される。全てを忘れゆく父を繋ぎ止めたのは彼を信じて支え続けた優しい妻(松坂慶子)と雄太、強い絆で結ばれた仲間たちだった。父が歌う動画を雄太がネットにアップしたことで、レコード会社からCDデビューの話が来る。

 認知症の深刻な面とその緩和策として趣味である歌を用いるのが納得の展開。寺尾聰が実にぴったりの役柄で歌声を披露し、地元商店街の三宅裕司、石倉三郎、佐藤栞里らも好演しています。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午前)1時間33分。

「光る川」

「光る川」パンフレット
「光る川」パンフレット
 岐阜県出身の作家・松田悠八の小説「長良川 スタンドバイミー一九五〇」を基に金子雅和監督が映画化。1958年の現在と過去の伝説をつなぐファンタジーで悪くない出来ですが、欲を言えば、時を超えたストーリーを成立させるのに必要な映像効果が欲しいところです。

 過去の伝説はユウチャ(有山実俊)が見る紙芝居の物語として描かれます。里の娘・お葉(華村あすか)と山の民である木地屋の青年・朔(葵揚)の悲恋。木地屋は「木彫りなどの材料の木から盆や椀など木地のままの器類を作る職人」で山を渡り歩いているため、里の民との交流は禁止されています。朔はお葉との恋を叶えるためには「技術を捨てるため腕を切り落とせ」と木地屋の長(渡辺哲)から言われます。恋が叶わなかったお葉は山奥の淵に身を投げてしまう、というのが伝説。台風が近づく中、ユウチャは山奥に行き、この伝説の世界に入ってしまいます。

 金子監督は「長良川スタンドバイミーの会」から映画化の話を持ちかけられ、長良川の河口から源流、支流域まで巡り、土地に伝わる民話などを調べて回ったそうです。その過程でインスパイアされて木地屋と里の娘の悲恋を創作したとのこと。というわけで映画は原作とは大きく違うそうですが、土地に触れなければ生まれなかった物語なのでしょう。これは金子監督の第3作。既に取りかかっているという第4作にも期待を抱かせる出来でした。
▼観客7人(公開7日目の午後)1時間48分。

「REVENGE リベンジ」

 「サブスタンス」のコラリー・ファルジャ監督のデビュー作。2017年のフランス映画で2018年に日本公開されました(東京では現在2館で再公開中)。U-NEXTで見ました。レイプされ、崖から突き落とされた女の復讐劇と聞くと、だいたい想像できますが、その斜め上を行く展開です。

 女は落ちただけでなく、崖下でもの凄いことになってます。普通なら死んでしまう状況ですが、さすが「サブスタンス」の監督作品、そんなことでは死なず、そこから男3人への復讐に向かいます。焼いたナイフで傷口を消毒したり、足の裏に食い込んだガラスを抜いたり、目にナイフを突き立てたり、ずーっと痛い描写が続きます。超アップの描写もあり、「サブスタンス」の表現は元々、この監督の個性だということが分かります。こうした表現が好きなんでしょうね。

 主演のマチルダ・ルッツは「ザ・リング リバース」(2017年、F・ハビエル・グティエレス監督)、「キャメラを止めるな!」(2022年、ミシェル・アザナヴィシウス監督)などに出演。

 IMDb6.4、メタスコア81点、ロッテントマト92%。プロの方が高く評価してます。

2025/05/18(日)「サブスタンス」ほか(5月第3週のレビュー)

 「ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング」の先行上映が始まりましたが、パンフレットの販売は先行中はないそうです。先行上映といっても普通に毎日上映しているので、観客から見れば、公開が6日早まっただけのように思えます。かつての先行ナイトのように土曜日の夜だけ上映するのとは違うのでパンフも普通に販売して良さそうなんですけどね。

「サブスタンス」

「サブスタンス」パンフレット
「サブスタンス」パンフレット
 女性監督の作品だけに若さと美貌のルッキズムを皮肉った映画かと思ったら、バケモノ映画でした。作品のタッチから連想するのは「遊星からの物体X」「鉄男」「エレファントマン」「ザ・フライ」「呪術廻戦」「シック・オブ・マイセルフ」「永遠に美しく」「ブレインデッド」などなどグチョグチョ系の映画全般と、どんな姿になってもテレビ局に向かうヒロインの悲惨さを描くクライマックスは「レクイエム・フォー・ドリーム」を思わせました。ジャンル的にはSFホラーで、最も近いのはデヴィッド・クローネンバーグでしょう。

 ただし、こうした男性監督の諸作と違って、やはり根底にはルッキズムへの痛烈な批判があり、墓穴を掘り続けるヒロインの暴走は男性の価値観に染まった女性の悲劇にほかなりません。

 主人公のエリザベス(デミ・ムーア)が使うのは若返りの薬ではなく、若い分身を作る薬。エリザベスの背中を割って出てきたのは見事な美貌とスタイルを持つ若い女性スー(マーガレット・クアリー)でした。エリザベスがスーの体でいられるのは1週間だけ。その後の1週間は元の体で過ごさなければなりません。初めは1週間交代がうまくいきましたが、エリザベスに代わってテレビのエアロビ番組で人気者になったスーには1週間では足りなくなり、少しオーバーしてしまいます。それがエリザベスの体に深刻な老化をもたらすことになります。

 パンフレットでコラリー・ファルジャ監督は「女性のからだをテーマにした映画です」と言っています。「私たち女性は、完璧で、セクシーで、笑みをたたえ、スリムで、若く、美しくなければ、世間の人々に認められないと思わされてきました」。そして「本作では『これを吹っ飛ばす時が来た』と宣言しています」。いや、それは分かるんですけど、その表現がかなり過激で極端で、だから結果的にこれは女性よりも男性がその内容に快哉を叫ぶ映画になっています。これを見て「ルッキズムは間違い、改めなきゃ」と思う男は少ないはず。

 ヒロインの自滅ではなく、男性優位社会への強烈なしっぺ返しを物語に組み込んだ方が良かったと思います。映画評論家のデーナ・スティーブンズがニューズウィーク誌で「(長すぎる映画が終わって)やっと苦行から解放される思いがした」と評したのは表現にうんざりしたからです。

 カンヌ映画祭脚本賞。アカデミー賞ではメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞しました。すべてをさらけ出して熱演するデミ・ムーアが主演女優賞を取れなかったのはやはり描写のどぎつさが影響したのだろうと思います。
IMDb7.2、メタスコア78点、ロッテントマト89%。
▼観客7人(公開初日の午前)2時間22分。

「ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング」

「ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング」パンフレット
「パンフレットの表紙」
 シリーズ8作目にして前作「デッド・レコニング」の続編。上映前にトム・クルーズの動画があり、「シリーズの集大成」とコメントしていました。クルーズは今年7月で63歳。これがシリーズ最後の作品になるようです。

 AIエンティティーが世界中のネットワークを乗っ取り、核戦争の危機が迫る。イーサン・ハント(トム・クルーズ)は沈んだロシアの潜水艦からAIのソースコードを入手、それにルーサー(ヴィング・レイムス)が作った毒薬コードを加えてAIを殲滅しようとする。

 前作はバイクの大ジャンプをはじめ大がかりなアクションのてんこ盛りでしたが、今回は深海に沈んだ潜水艦の中と、セスナ2機による空中アクションの2つが見せ場になってます。特にセスナのアクションはこれまで見たことがないタイプのもので、ここだけでも一見の価値はあるでしょう。潜水艦内のシーンは冒険小説ではお馴染みの死地で苦闘する主人公を描いています。相棒のベンジーを演じるサイモン・ペッグらハントの仲間たちと、米国大統領のアンジェラ・バセットらも好演していて、シリーズの掉尾を飾る作品として文句のない出来栄えだと思います。

 シリーズ全体を振り返ると、4作目の「ゴースト・プロトコル」でクリストファー・マッカリーが脚本に参加したことが大きかったと思います。5作目「ローグ・ネイション」から4作連続で監督を務めたマッカリーはスパイアクションと冒険小説への造詣の深さを感じさせ、これに秀逸なアクションのセンスとアイデアが加わってシリーズのリブートを成功させました。クルーズとのコンビが続くかどうかは分かりませんが、優れたアクション映画の担い手として今後も期待したいです。
IMDb7.8、メタスコア69点、ロッテントマト81%(IMDbの採点を追加しました)。
▼観客多数(先行公開初日の午前)2時間49分。

「パディントン 消えた黄金郷の秘密」

 言葉を話すクマのパディントンを主人公にした児童小説の実写映画化第3弾。ペルーの老グマホームで暮らすルーシーおばさんの様子がおかしいと、ホームの院長から手紙が来て、パディントンはブラウン一家とともにペルーに向かう。ペルーに着くと、ルーシーおばさんは眼鏡と腕輪を残して失踪してしまっていた。パディントンたちはルーシーおばさんを探してジャングルに入る。

 ファミリームービーとして悪くはありませんが、監督が2作目までのポール・キングからドゥーガル・ウィルソンに代わったためか、出来は2作目までより随分落ちます。ブラウン家のお母さん役もサリー・ホーキンスからエミリー・モーティマーに代わりました。院長役はオリビア・コールマン、パディントンたちが乗る船の船長役でアントニア・バンデラス。名優2人がこういう映画に出るのに感心します。配給の木下グループが製作にも加わってました。
IMDb6.7、メタスコア65点、ロッテントマト93%。
▼観客7人(公開7日目の午後)1時間47分。

「かくかくしかじか」

「かくかくしかじか」パンフレット
「かくかくしかじか」パンフレット
 東村アキコの自伝的コミック(全5巻)の映画化。宮崎市に住み、漫画家を目指す楽天的な主人公・林明子(永野芽郁)と絵画教室の破天荒な先生・日高健三(大泉洋)のエピソードを中心に物語を再構成しています。

 原作者自身が脚本に加わっているのでこの部分は過不足のない描写ですが、原作の読者にはダイジェスト感が否めず、全体的にもう少しメリハリがあると良かったと思います。永野芽郁と大泉洋は好演しています。監督は永野芽郁主演の「地獄の花園」(2021年)も撮った関和亮。

 物語の構成上仕方がありませんが、見上愛や畑芽育、鈴木仁、神尾楓珠ら主人公の周辺人物の描写が少なくなったのは残念。テレビドラマで10話ぐらいかけてじっくり描いても面白いんじゃないでしょうかね。

 他の地区ではどうなのか分かりませんが、映画の舞台となった宮崎市の映画館では客の入りは良いようです。
▼観客多数(公開初日の午後)2時間6分。

「逃走」

「逃走」パンフレット
「逃走」パンフレット
 「もう戦争は終わったんだよ。お前だけなんだよ、まだ戦場にいるのは」。YouTubeのエガちゃんねるでダチョウ倶楽部のリーダー、肥後克広が江頭2:50の“感謝祭事件”について笑いを交えて語る姿がおかしくて感動的でした。リーダーは過激な振る舞いに寛容だったかつての、昭和の芸人たちの時代が既に終わったことを承知の上で、それをまだ1人で続けている江頭を理解し、親愛を込めた言葉を贈ったわけです。

 1970年代の連続企業爆破事件に関与し、指名手配されて49年間逃亡を続けた東アジア半日武装戦線「さそり」部隊の桐島聡を描く「逃走」を見ながら思ったのは、足立正生監督の桐島に対する思いは肥後リーダーの江頭に対する思いと同じ意味合いのものだろうということです。49年間逃げ切った意味が世間には理解されなくても、かつての“同志”を讃える気持ち。パンフレット掲載の同戦線「大地の牙」の浴田由紀子、「さそり」宇賀神寿一、足立監督の鼎談にもその思いが根底にあります。

 しかし、桐島の在り方は終戦後長くジャングルに潜んでいた横井庄一さんや小野田寛郎さんと同じようなものではないかと思えました。逃走=闘争とは思いませんし、逃げ続けるだけでは何もアピールできません。桐島聡どころか東アジア半日武装戦線さえ今の若い世代は知らないでしょう。49年間逃げ続けるよりは早く自首して刑期を終えて、もっと大衆にアピールする表現活動などやった方が良かったと思います。

 偽名で逃走していた桐島聡は2024年1月25日に末期がんで入院していた病院で本名を名乗り、それからわずか4日後に亡くなりました。逃亡中の詳細は分かっていないでしょうから、この映画が描いたのはほとんどフィクションだと思います。パンフレットにジャーナリストの青木理が書いていますが、本来ならジャーナリストが周辺人物に綿密な取材をして逃亡中の桐島の様子を明らかにしてほしいところ。それが可能な媒体は出版不況のためもあって見当たらないようです。東アジア半日武装戦線を客観的に知ることができる書籍は未だに松下竜一の傑作ノンフィクション「狼煙を見よ」(1987年刊)しかありません。

 いずれにしても、昭和は遠くなりにけり、と思わざるを得ません。だからこそ、昭和を知らない観客を考慮して当時の世相がよく分かるような大局的な描き方が必要だったと思います。大道寺将志やダッカ事件、超法規的措置など若い観客にとって、この映画は意味不明のことが多いでしょう。

 同じく桐島聡を描いた「桐島です」(高橋伴明監督)は7月4日から全国順次公開予定です。
▼観客4人(公開12日目の午後)1時間54分。