2015/08/30(日)「カワサキ・キッド」

 東山紀之の自伝的エッセイ。昨年11月、本と雑誌のニュースサイト「リテラ」が「反ヘイト本」として紹介して大きな反響を呼んだ( http://lite-ra.com/2014/11/post-665.html )。それが単行本出版から5年を経ての文庫化を後押ししたのは間違いないだろう。5年前にはヘイトスピーチなんて言葉は一般的ではなかったから、もちろん反ヘイトを意図して書かれた本ではない。

 この本を貫いているのは素直で真っ当なものの見方と考え方だ。だから読んでいてとても気持ちよい。そして何より面白い。タレント本の先入観を捨てて読むべき良書で、読み終わる頃にはヒガシのファンになっていること請け合いだ。

2015/08/29(土)「きのこ雲の下で何が起きていたのか」

 8月6日に放送されたNHKスペシャル。録画しておいたのをようやく見た。胸をかきむしられるような番組だった。原爆投下3時間後に中国新聞の記者が撮影した2枚の写真を詳細に分析して被爆直後の様子を再現する。証言を基にして写真をCGで動かすというのが凄すぎる。

 写真に映った人たちの中で生き残ったのはわずかに4人。「70年頑張ってきたんだから」と話す90歳の坪井直人さん、「何のために生かされてきたんでしょうかねえ」と話す83歳の河内光子さん。大やけどを負い、水を求めて無残に死んでいった周囲の人たちにすまないと思いながら戦後を生きてきた2人の証言は重い。

 この番組、核兵器の恐ろしさを伝えるために国内だけでなく、世界の人たちに見てほしい。YouTubeにアップされているが、そのうち削除されるのだろうか(その後削除された)

2015/08/23(日)ヨドバシ・ドット・コム

 ミキサーのふたのパッキンが破損したので、販売している通販サイトを探したら、ヨドバシ.comが出てきた。「amazonを猛追している」と評判で、ユーザーの満足度もトップらしい。パッキンは1個324円。送料を考えて2個注文したら、送料無料だった。amazonや楽天では送料600円余り。送料無料でやってけるのかと余計なお世話の心配をしてしまうが、驚いたのは在庫が1個しかなかったらしく、数時間後、まず1個を発送すると連絡が入ったこと。さらに翌日、残りの1個を発送したとの連絡。どこかの店舗にあるのなら2個確保してから送ればいいのに、速さを重視しているのだろう。324円の商品をゆうパックで送ったら、間違いなく赤字でしょう。郵便局と大口契約で料金安いのかもしれないが、それでも赤字ではないか。ヨドバシ、凄いなあ。これからビシバシ利用させていただきます。

 ただし、ミキサーのメーカーであるパナソニックの通販サイトパナソニック ストアを見たら、ここも送料無料。価格の見積もりができるのでやってみると、なぜか1割引になり価格はヨドバシより安くなった。初めてのサイト利用だったことのサービスなのか? パナソニックの製品に限られるけど、消耗品や部品に関してはここも侮れないのだった。

2015/08/16(日)「野火」

 塚本晋也監督作品だからといって、何でもかんでもそこに結びつけるのは良くないということは重々分かっているが、やはりこれは塚本晋也版の「マタンゴ」だと思う。

 両者に共通するのは逃げ場のない極限状況に置かれた人間の飢えとそれを解消するための食べ物だ。食べ物は「マタンゴ」においてはキノコのマタンゴであり、「野火」においては人肉だ。どちらも食べれば生き延びることは分かっている。しかしどちらも食べるのはタブーだ。マタンゴを食べればキノコの化け物になってしまう。人肉を食べれば餓鬼に堕ちてしまう。ラストで極限状況を逃れて文明社会に帰還した主人公を描く構成においても両者は共通している。塚本晋也は「野火」を撮っている時に「マタンゴ」は意識しなかったかもしれないが、強い衝撃を受けた作品の影響はどこかに表れてしまうものなのだと思う。

 大岡昇平の原作は20代のころに読んだ。当時、NHKで放送されていた「マイ・ブック」で取り上げられて興味を持ったのだ。司会の原田美枝子は印象に残った部分として、手榴弾で肩の肉を吹き飛ばされた主人公がとっさにそれを口に入れるシーンを上げた。以下のような場面だ。

後ろで炸裂音が起こった。破片が遅れた私の肩から、一片の肉をもぎり去った。私は地に落ちたその肉の泥を払い、すぐ口に入れた。

 私の肉を私が喰べるのは、明らかに私の自由であった。

 この場面は映画「野火」でも描かれる。ただ、肩の肉は地に落ちず、肩に乗ったままで主人公・田村(塚本晋也)はそれを取って食べる。

 原作を反芻しているうちに、どうも「マタンゴ」の方が「野火」に影響されているのではないかと思えてきた。「マタンゴ」の公開は1963年。「野火」の原作は1951年で市川崑監督版の映画は1959年に公開されている。「マタンゴ」の原作はウィリアム・ホープ・ホジスンの短編「夜の声」(闇の声、amazon)だが、映画のプロットはむしろ「野火」の方によく似ており、福島正実と星新一は脚色する際、「野火」の設定を換骨奪胎した可能性がある。ということは「マタンゴ」を好きな塚本晋也が「野火」を撮りたくなるのは必然だったということになる。

 さて、塚本晋也版の「野火」は右傾化が止まらない現在において厭戦気分を煽るのに十分な描写に終始する。旧日本軍は食料の補給など最初から考えてもいなかったから、兵士たちは食料を現地調達しなければならない。それにも限界があり、飢えに苦しみ、食料をめぐって争うことになる。そして飢えを癒やすために「猿の肉」と称して人肉を食べる兵隊も出てくる。戦場の怖さは敵の砲弾だけではない。味方の人間同士の醜い争いが戦場の狂気を浮かび上がらせている。

 敵の銃撃によって日本兵の腕がもがれ、脳漿が飛び散る場面は後から追加撮影したそうだ。このスプラッターな場面は塚本晋也が「マタンゴ」から離れるためにも必要だったのではないかと思う。

2015/08/14(金)「ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション」

 シリーズ第5作。そして今回が最も面白い。冒頭、離陸する飛行機のドアにぶら下がるトム・クルーズなど数々のアクションにも見応えがあるが、それ以上にスパイ映画の本道に立ち返ったストーリーがいい。国際犯罪組織シンジケートの謎の女イルサ・ファウスト(レベッカ・ファーガソン)の役柄は「北北西に進路を取れ」のエヴァ・マリー・セイントを思わせるほど魅力的だ。クライマックス、イルサがイーサン・ハント(トム・クルーズ)に迫る3つの選択肢にはしびれた。スパイ映画、サスペンス映画に冴えを見せるクリストファー・マッカリー監督の起用は大成功だったと言うべきだろう。アクションを羅列しただけのよくある凡作とは異なり、ドラマとアクションを高いレベルで組み合わせた傑作エンタテインメントだ。

 今回の敵シンジケートは各国諜報機関のエージェントを集めたテロ集団。イーサン・ハントはベンジー(サイモン・ペッグ)とともにシンジケートのボス、レーン(ショーン・ハリス)を追い詰めたところで逆に捕まってしまう。しかし、組織の女イルサはなぜかハントを助けた。イルサは英国諜報部MI6がシンジケートに潜入させたエージェントだった。エージェントの非情な宿命を背負ったイルサの役柄もさることながら、アクションができ、情感を込めた演技も見せるレベッカ・ファーガソンはこの映画の成功の大きな部分を占めている。ハントとイルサの関係が淡すぎず、濃すぎない大人の関係なのもいい。

 中国資本のアリババ集団が制作参加しているためか、オーストリア首相が狙われる劇場で上演されているのは中国が舞台のオペラ「トゥーランドット」。しかし、マッカリ-、転んでもただでは起きない。イルサが迫る3つの選択肢はトゥーランドット姫が出す3つの謎かけにかけたものなのだろう。序盤のイーサンが捕まる場面の仕掛けを終盤に逆のパターンで繰り返すなどドラマトゥルギーをきっちり守ったマッカリ-の脚本はヒッチコックなど過去のサスペンス映画を引用して映画ファンに目配せしながら細部に凝っている(ウィーンが舞台となる場面では「第三の男」を思わせるシーンがあった)。自分の監督作だけにいつも以上に脚本に力が入ったのではないか。

 公式サイトにあるメイキング映像を見ると、飛行機にぶら下がるシーンはワイヤーを付けたクルーズが本当にやっている。ジャッキー・チェンと比較している人がいて、いやそこまではと思ったのだが、クルーズは既に53歳。アクションのレベルが違うとはいっても、クルーズが相当に頑張っていることは間違いない。ユーモアを絡めた場面も得意なのはジャッキーに共通する。そのユーモアはサイモン・ペッグとCIAのアレック・ボールドウィンが担っていて、どちらも好演だ。

 マッカリ-は「ユージュアル・サスペクツ」でアカデミー脚本賞を受賞した後、「ワルキューレ」「アウトロー」(兼監督)「ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル」「オール・ユー・ニード・イズ・キル」でクルーズと組んでおり、クルーズの信頼が厚いのだろう。シリーズの次作を作るなら、再登板を熱望する。