2024/08/25(日)「ラストマイル」ほか(8月第4週のレビュー)
「ラストマイル」
座席が揺れるような大音響とともに描かれる爆発場面の迫力に圧倒されます。映画は宅配便で届いた荷物の開封で爆発する謎の連続爆破事件を描いていますが、爆弾の威力に比べて死者数が増えていかないなと序盤を見ながら思っていました。見終わってみれば、この死者数も脚本の意図を反映したものであることが分かります。物流現場のラストワンマイルを担う労働者の搾取と疲弊という社会派的視点を盛り込んだ野木亜紀子の脚本は何よりもエンタメとしての完成度がかなり高いです。特にミステリーとしてよく出来ていて、犯人像を含めた構成の見事さに感心させられました(犯人の隠し方は用意周到で、パンフレットの該当ページも閉じた作りになっています)。ネタバレを目にすることを徹底的に避け、1日も早く映画館で見ることを強くお勧めします。
傑作ドラマ「アンナチュラル」(2018年)「MIU404」(2020年)とのシェアード・ユニバース・ムービーと喧伝されていて、確かに塚原あゆ子監督ら制作スタッフは「アベンジャーズ」(2012年、ジョス・ウェドン監督)のような作品を目指していたそうですが、2つのドラマのメンバーの出番が大きく割り当てられているわけではありません。それでもドラマを見ていた人には嬉しくなるような使い方であり、単なる顔見せ程度のゲスト出演でもありません。「アンナチュラル」のUDIラボの解剖医・三澄ミコト(石原さとみ)も、「MIU404」の四機捜の刑事・志摩(星野源)と伊吹(綾野剛)も犯人の手がかり解明に大きな役割を果たしています。UDIのもう一人の解剖医・中堂(井浦新)が「く…、く…」と言いよどむ理由(思わず笑ってしまいます)はドラマを見ていないと分かりません。
伏線回収の見事さとか、恐らくキャリアベストと思える満島ひかりの演技とか、それをしっかりと受け止める岡田将生とか、隅々に至るまでの役者のキャラの描き分けのうまさとか、褒め始めると切りがありません。この作品、全体的にバランスの良さが突出しています。
野木亜紀子は社会派テーマに力点を置けば、沖縄を舞台にした昨年放送の連続ドラマ「フェンス」(全5話、WOWOW)のような作品になるのでしょうが、あのドラマのクライマックス、警官の青木崇高が米軍の上官に暴行容疑者の引き渡しを必死に訴えるシーンの熱い感動も実はエンタメ的な描き方から生まれていました。観客を楽しませるツボを外さない、良い意味でのエンタメ気質に貫かれた人なのだと思います。年初の「カラオケ行こ!」(山下敦弘監督)とこの映画で今年の脚本賞は野木亜紀子に決まりでしょう。
その野木亜紀子は塚原あゆ子監督の演出について、終盤のあるシーンを例に出し「すごいですよね!あのカットは震えます。最高!塚原あゆ子!」とインタビューで絶賛しています。塚原監督はスケールの大きな演出の一方で、無茶な要求に悩まされる配送会社の中間管理職・阿部サダヲや下請け配送業者の火野正平・宇野祥平親子の細やかな描き方でも冴えを見せています。
10月期のTBS日曜劇場「海に眠るダイヤモンド」は野木亜紀子脚本、塚原あゆ子監督、新井順子プロデューサーというこの映画のチームが担当するとのこと。塚原監督はその後に「グランメゾン・パリ」、坂元裕二脚本の「1ST KISS ファーストキス」と公開予定の作品が続き、一気に売れっ子になった観があります。テレビドラマで長年積み上げてきた経験が今、花開いているのでしょう。
▼観客多数(公開初日の午後)2時間9分。
「箱男」
安部公房の原作を石井岳龍監督が映画化。27年前にも日独合作で石井監督による映画化が企画されましたが、撮影開始前日に中止になったそうです。監督自身の説明によれば、日本側の資金の問題が理由だそうです。今回の映画は石井監督にとって長年の思いをこめた企画の実現ということになるのでしょう。映画は1960年代から70年代にかけてのアングラ・前衛映画を思わせる味わいがあり、中盤が分かりにくくなっています。寺山修司監督の「田園に死す」(1974年)を見た時に「ワケ分からないけど、このイメージの奔流はものすごい」と感じたことを思い出しました。「箱男」にはそこまでのイメージの奔流はありませんが、「見る見られる」の関係の逆転を描いた分かりやすいメッセージをラストに用意したことがこの映画の大きな美点になっていると思いました。
主演の永瀬正敏、浅野忠信、佐藤浩市のベテラン俳優に交じって謎の女を演じる白本彩奈の頑張りが目立ちます。
▼観客5人(公開初日の午前)2時間。
「クレオの夏休み」
父親とパリで暮らす6歳の女の子クレオ(ルイーズ・モーロワ=パンザニ)は乳母のグロリア(イルサ・モレノ・ゼーゴ)が大好きだったが、ある日、母親の死去に伴い、グロリアは故郷へ帰ることになる。夏休みを迎えたクレオはグロリアに会うため単身海を渡り、アフリカの島国カーボベルデへ向かう。物語はマリー・アマシュケリ監督の0歳から6歳まで世話になった乳母との体験を基にしているそうです。ドキュメントタッチでクレオとグロリアの関係を描きつつ、子どもの自分勝手で残酷で、でもそうなるのが仕方ない面もしっかり描いています。物語を構想する段階で監督がイメージしていたのは「メリー・ポピンズ」(1964年、ロバート・スティーブンソン監督)だったそうです。なるほど。
IMDb7.0、メタスコア81点、ロッテントマト100%。
▼観客3人(公開5日目の午後)1時間23分。
「大いなる不在」
認知症の父親をリアルに演じる藤竜也が演技賞の候補になるのは必至。しかし、ミステリー的な興味で引っ張る物語と認知症という題材がうまく融合していないきらいがあります。端的に言えば、この映画で提示される謎のすべては認知症の父親から事情を聞けないことから生まれており、あまり上等な作りとは言えないからです。監督は「コンプリシティ 優しい共犯」(2018年)の近浦啓。▼観客9人(公開7日目の午後)2時間13分。
「赤羽骨子のボディガード」
つまらないだろうと予想して見ましたが、いやあ、個人的にはまずまず満足できる仕上がりでした。ボディガードを務めるラウールと出口夏希のおかしな関係は「俺物語!!」(2015年、河合勇人監督)の鈴木亮平と永野芽郁を思わせました。赤羽骨子の友人の高橋ひかるとアイパッチの敵役・土屋太鳳という主演級の2人が脇に回って存在感を見せ、特に一見こわもて、実は純情な土屋太鳳の役柄が良いですね。このほか、奥平大兼、倉悠貴、戸塚純貴、鳴海唯、長井短、木村昴など若手俳優が多数出ていて、それぞれにアクションをしっかり見せているのにも好感。アクションコーディネーターは「地獄の花園」(2021年、関和亮監督)、「Gメン」(2022年、瑠東東一郎監督)などの富田稔。監督は「変な家」の石川淳一。
▼観客30人ぐらい(公開20日目の午後)
2024/08/18(日)「ブルーピリオド」ほか(8月第3週のレビュー)
amazonでは中国製のポータブル電源やソーラーパネル(に限らず多数の中国製品)が販売されていてレビューも良いんですが、サクラチェッカーで調べると、ほとんどが偽のレビュー(さくら)と判定されます。明らかな詐欺製品は言うに及ばず、一見まともな粗悪製品もありますから注意が必要です。
「ブルーピリオド」
YOASOBIの名曲「群青」は「ブルーピリオド」の原作コミック(山口つばさ)にインスパイアされたものだそうです。映画を見た後に聴くと、Ayaseが書いた詞は物語のエッセンスをうまく掬い上げていることが分かります。映画は好きなものに打ち込む青春を描いて「線は、僕を描く」(2022年、小泉徳宏監督)、「ルックバック」に連なる「アート系スポ根」の傑作だと思います。高校2年の矢口八虎(眞栄田郷敦)は毎夜、渋谷の街に繰り出していたが、成績は優秀。一方で空虚さも抱えていた。ある日、美術室で一枚の絵に出合う。それは3年の森まる(桜田ひより)が描いた緑色の天使の絵だった。八虎はそれに影響を受けて、夜明けの青く見える渋谷を描いてみた。美術に興味を持った八虎は進学先を東京藝大に変え、合格を目指す。
かつては社長と言われた父親(“ずん”のやす)は今、昼間より高い賃金が得られる夜勤の仕事に就き、母親(石田ひかり)はパートで働いていて、八虎を私立大に行かせる余裕はありません。成績優秀な八虎に安定した仕事に就けるような将来を望む母親は「絵は趣味にしておけばいいじゃない」と国立の藝大進学にも反対します。疲れ切った母親がテーブルに突っ伏して寝ている姿を八虎がスケッチするシーンがしみじみと良く、ここで母親は息子の絵に対する本気度を初めて理解します。
映画には競争倍率の高い東京藝大受験に失敗する若者も多数描かれます。自分の好きな道に進むことの困難と大変さもしっかり描くことで、この映画は逆にそうした現実と夢の間で悩む若者の背中を押す効果も持ち得ているでしょう。
眞栄田郷敦はサキソフォンでプロを目指して実際に東京藝大を受験(不合格)した経験があるそうで、この役にぴったりのキャスティング。萩原健太郎監督は前作「サヨナラまでの30分」(2020年)で新田真剣佑を主演にしていましたから、2作続けて俳優兄弟を起用したことになります。
▼観客11人(公開4日目の午前)1時間55分。
「メイ・ディセンバー ゆれる真実」
1996年に実際に起きた13歳の少年と36歳の女性のスキャンダル“メイ・ディセンバー事件”を基にしたトッド・ヘインズ監督作品。実際の事件では教師と生徒の関係でしたが、映画は大きく脚色していて、事件をなぞるのではなく、年の離れた男女のその後と、そこに入ってきた女優の姿を描いています。主演はヘインズ監督の「エデンより彼方に」(2002年)などでも主演したジュリアン・ムーアと、「ブラック・スワン」(2010年、ダーレン・アロノフスキー監督)を思わせる役柄のナタリー・ポートマン。事件が映画化されることになり、役のリサーチのためにグレイシー(ムーア)とジョー(チャールズ・メルトン)夫婦のもとを訪れる女優のエリザベス(ポートマン)は次第に夫婦に、特にグレイシーに影響されていきます。「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」とのニーチェの言葉のような状態に陥っていくわけです。ポートマンは43歳ですが、相変わらず魅力的です。
ポートマンはサミー・バーチの脚本を読んで惚れ込み、ヘインズ監督に脚本を送ったそうです。ヘインズはイングマール・ベルイマンの傑作「仮面 ペルソナ」(1966年)を想起したそうですが、完成した映画はベルイマン作品ほど難解ではありません。ただ、一般観客に分かりやすい展開でもなく、そこが評論家の評価との乖離に現れているようです。
IMDb6.8、メタスコア86点、ロッテントマト91%。アカデミー脚本賞ノミネート。
▼観客10人(公開7日目の午後)1時間57分。
「フォールガイ」
フィル・コリンズの大ヒット曲「Against All Odds」(1984年、日本語タイトル「見つめて欲しい」)をカラオケでエミリー・ブラントが歌うシーンにぐっときました。いや、シーンが良かったからではなく、歌が懐かしかったんです。この歌、「カリブの熱い夜」(1984年、テイラー・ハックフォード監督)でも使われました。というか、Wikipediaによると、当初は“How Can You Just Sit There?”というタイトルの予定だったそうです。映画のタイトルに合わせて変えたんですね。スタントマンのコルト・シーバース(ライアン・ゴズリング)は撮影中に大怪我を負い一線を退いていたが、元カノのジョディ・モレノ(エミリー・ブラント)が初監督を務める作品でカムバックする。ジョディに未練のあるコルトは彼女の気を引こうとスタントに奮闘するが、主役俳優トム・ライダー(アーロン・テイラー=ジョンソン)が突然姿を消す。ジョディとの復縁とスタントマンとしてのキャリアの復活を企むコルトはトムの行方を追うことになるが、予想外の事件に巻き込まれる。
監督は「ブレット・トレイン」(2022年)のデヴィッド・リーチ。話は新味に欠けるものの悪くありませんし、アクションシーンも良いんですが、演出が大味。「ブレット・トレイン」は緩さも魅力でしたが、この作品にはタイトさが必要です。
IMDb6.9、メタスコア73点、ロッテントマト82%。
▼観客25人ぐらい(公開初日の午後)2時間7分。
「ふたごのユーとミー 忘れられない夏」
双子姉妹の初恋を双子の姉妹監督(ワンウェーウ・ホンウィワットとウェーウワン・ホンウィワット)が描いたタイ映画。主演のティティヤー・シラボーンシンは双子ではありません。2000年問題やノストラダムスの大予言が話題になる1999年が舞台。なんでもシェアしてきた高校生の双子姉妹ユーとミーの前にハンサムなマーク(アントニー・ブィサレー)が現れる。マークは家庭の事情で高校をやめ、田舎のナコーンパノムに帰るが、ユーとミーも離婚寸前の母親の実家に帰り、そこでマークと再会する。ユーとミーはマークとの仲を深めていくが、シェアができないことで2人の関係に影響を及ぼしていく。
途中まで悪くないなと思っていましたが、どうも終盤が長く感じます。そこである事件が起きるんですが、間延びした感じを解消するには至っていません。1時間半程度にコンパクトにまとめたいところでした。
▼観客7人(公開3日目の午後)2時間2分。
「お母さんが一緒」
ペヤンヌマキ作の同名舞台劇を「恋人たち」(2015年)の橋口亮輔が脚色・監督した作品。母親を温泉に連れてきた三姉妹(江口のりこ、内田慈、古川琴音)の確執を描き、いかにも元が舞台劇といった感じの作品に仕上がっています。一緒に温泉に来た母親が一切画面に登場しない設定も含めて、三姉妹それぞれの個性と確執は面白いんですが、あまりうまさは感じませんでした。
▼観客7人(公開5日目の午後)1時間46分。
2024/08/11(日)「Chime」ほか(8月第2週のレビュー)
「Chime」
黒沢清監督の短編ホラー映画。ショッキングな描写と不気味な演出の連続で、監督の過去の作品と同じイメージがいくつも出てきます。狂気が連鎖・感染していくあたり、僕は「回路」(2001年)を想起しました。料理教室の講師・松岡卓司(吉岡睦雄)の教室で生徒の田代(小日向星一)が「チャイムのような音で誰かがメッセージを送ってきている」と言い出す。田代は教室で孤立し、少し変わっていると言われていた。別の日、田代は「僕の脳の半分は入れ替えられて、機械なんです」と言い出し、突然、首に包丁を突き立てる。また別の日、松岡は若い女性の生徒・菱田明美(天野はな)を教えている途中、鶏が気持ち悪いと文句を言う明美に怒って何度も包丁を突き刺す。
訳の分からない怖さを描いた作品で、松岡の行動に説明はなく、自宅では妻(田畑智子)が毎日大量の空き缶を捨てていたり、息子(石毛宏樹)が食事中に突然大声を上げたりしますが、これも特に理由は説明されません。家のドアを開けると、不穏な大音響が流れるシーンなど恐怖の存在は何も映らないのにそれだけで怖いです。メディア配信プラットフォームのRoadsteadオリジナル作品第一弾。
IMDb6.7。
▼観客6人(公開初日の午後)45分。
「新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!」
「殺さない彼と死なない彼女」(2018年)「恋は光」(2022年)の小林啓一監督作品。非公認の新聞部で学園の不祥事に切り込んでいく部員たちを描いています。トロッ子は記者(汽車)のレベルには届かないトロッコの意味(そう呼ばれた主人公が「駄洒落か」とつぶやくのがおかしいです)。文学少女の所結衣(藤吉夏鈴)は憧れの作家“緑町このは”が在籍する私立櫻葉学園高校に入学する。しかし、エリート集団の文芸部の入部テスト中に教室に侵入してきたドローンの直撃を受けて気を失い、入ることができなかった。落ち込む結衣に、文芸部部長の西園寺茉莉(久間田琳加)が正体不明の作家“このは”を見つけ出せば入部を許可する、という条件を出す。結衣は学園非公認の新聞部に潜入し、部長の杉原かさね(高石あかり)や副部長・恩田春菜(中井友望)の下で、新米記者として活動することになる。教師たちの不祥事を暴く新聞部を快く思わない学園の理事長・沼原(高嶋政宏)は理不尽な圧力をかけ、新聞部は窮地に立たされる。
宮川彰太郎の原案は母校・日大の悪質タックル問題と不祥事から着想を得たものだそうですが、大学ならともかく高校だと、理事長に小物感があります。だから理事長を追及する姿勢にも“ごっこ感”を感じてしまいます。それを除けば、ユーモアを絡めた小林監督らしい作品になっています。
藤吉夏鈴はNHK夜ドラ「作りたい女と食べたい女」での会食恐怖症の役が実にぴったりでした。この映画では演技に堅さが少し見られますが、主役を張る力はあると思いました。高石あかり、久間田琳加、中井友望も好演。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)1時間38分。
「リバウンド」
部員が6人しかいない高校の弱小バスケットボール部が2012年の全国大会で快進撃した実話を基にした韓国映画。落ちこぼれチームがゴタゴタを克服しながら勝利に向かうパターンで、普通に良く出来ていますが、これまでに何度も描かれてきたタイプの作品なので目新しさに欠けるのが難です。元バスケットボール選手のカン・ヤンヒョン(アン・ジェホン)が廃部の危機にある釜山中央高校バスケットボール部のコーチに抜擢される。寄せ集め部員を引き連れて、初試合に挑むことになるが、対戦相手はバスケットボールの最強校だった。チームワークは崩れ、結果は惨敗。学校側はバスケットボール部廃部を議論し、部員もバラバラになってしまう。
全国大会で1人の選手が鎖骨を折る重傷を負ってしまい、残りの試合は交代要員のいない5人で闘うことになります。それでも決勝まで進んだのは大したものですが、描かれるのは決勝戦の途中まで。あとは字幕処理となります。ファール5回で2人が退場したため途中から3人で闘ったというのが驚きですが、そこは描かれません。そこを含めて決勝をじっくり描いた方が良かったんじゃないですかね。
監督はチャン・ハンジュン。
IMDb6.9。アメリカでは未公開。
▼観客2人(公開初日の午後)2時間2分。
「THE MOON」
米国に次ぐ有人月面着陸を目指す韓国の宇宙船が事故を起こし、1人生き残った宇宙飛行士の救出をめぐるサスペンス。唖然とするほど雑な映画です。38万キロ離れた地球と月の交信がリアルタイムでできたり(実際は電波が届くのに片道1秒余かかるので、往復で3秒近いディレイになります)、月の裏側と交信できたり(これ、前半はできない設定が生きてるんですが、後半は普通に何の問題もなくできてしまってます)、もしかして地球のどこかと交信してるのかと思えるほどです。ああ、だから劇中とエンディングに先日のスカーレット・ヨハンソン主演映画と同じく「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」(グレッグ・バーランティ監督)が流れるわけですね。
クライマックスに主人公(ソル・ギョング)の過去のロケット爆発事故に関する秘密が明らかになりますが、これがもう最低のキャラであることが分かるぐらいダメダメなエピソード。普通はこういう人、悪役に分類されるでしょうし、おまえのそういういい加減なところが事故の原因だろ、と思えます。緻密さが要求される宇宙開発に携わってはいけない人物で、だから5年間も閑職に追いやられていたわけですが。クライマックスの命令無視の救出劇も能天気なもので、リアリティーを徹底的に欠いてしまっています。
映画化すれば失敗が目に見えてるぐらい雑な脚本なのに、よくこれで映画化を許可しましたね。製作者の目は節穴でございますか? 監督は「神と共に」2部作(2018年)のキム・ヨンファ。緻密さが要求される映画には向かない人なのでしょう。
IMDb5.9、ロッテントマト33%。アメリカでは限定公開。
▼観客6人(公開6日目の後)2時間9分。
2024/08/04(日)「インサイド・ヘッド2」ほか(8月第1週のレビュー)
「インサイド・ヘッド2」
前作(2015年、ピート・ドクター監督)は劇場で見逃し、amazonプライムビデオで見て、世評ほど良い出来とは思えませんでした。本作を見る前にディズニープラスで見直しましたが、評価はほぼ変わらず。9年後の本作は前作より明確に良い仕上がりだと思います。高校入学前の思春期を迎えた少女ライリーの頭の中には新たにシンパイ、イイナー、ハズカシ、ダリィの4つのキャラが現れ、ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ビビリ、ムカムカたちは戸惑います。ヨロコビとカナシミが過って司令部を離れてしまったことから、ライリーには友情を失ってしまう危機が。ヨロコビとカナシミは司令部に帰ろうと奔走します。
思春期になって頭の中の司令部の改造が突然始まるのが、なるほどと思える展開。前作では不要と思えるネガティブなカナシミの必要性が描かれましたが、今回はさまざまな感情の必要性が描かれ、そうしたあらゆる要素がライリーを形成していくのを素直に描いています。ピクサーはストーリーをチームで検討しているそうで、だから説得力のある物語になるのでしょう。
日本語吹替版でヨロコビの声は前作では竹内結子でした。それを引き継いだ今回の小清水亜美も自然に演じています。カナシミの大竹しのぶがうまいのは当然ですが、シンパイの多部未華子も良いです。ライリー役は16歳の横溝菜帆。
監督のケルシー・マンは「モンスターズ・ユニバーシティ」(2013年)や「2分の1の魔法」(2020年)などの脚本チームのリーダー(ストーリー・スーパーバイザー)を務め、本作が初監督。
IMDb7.8、メタスコア73点、ロッテントマト91%。
▼観客多数(公開2日目の午後)1時間36分。
「ツイスターズ」
「ツイスター」(1996年、ヤン・デ・ボン監督)と登場人物は重複していず、続編とは言えませんし、リメイクでもありません。竜巻を題材にした同じような展開の映画というだけ。唯一重複しているのは“ドロシー”ですが、旧作が観測装置の名前だったのに対して、本作では竜巻を沈静化する装置の名前になっています(もちろん、「オズの魔法使」の主人公の名前から取ったものです)。一般的に本作の方が評判は良いようですが、僕は似たり寄ったりの出来と思いました。28年前の作品に比べてVFXに大きな差があるかと言えば、竜巻の大きさや迫力はむしろ旧作の方が勝っている感じです。旧作の登場人物たちは竜巻の観測チームで、自分たちで危機に飛び込んでいくので共感を持ちにくかったんですが、今回は竜巻の被害を抑えようとする主人公たちを描いています。主人公ケイトを演じるのは「ザリガニの鳴くところ」(2022年、オリヴィア・ニューマン監督)のデイジー・エドガー=ジョーンズ。
ジョーンズは悪くないんですが、あんな簡単な仕組みと小さな装置で竜巻を抑えられれば、とっくにやってるでしょうね。気象現象はスケールが大きく、影響の及ぶ範囲も大きいですから個人の資金で制御できるものとは思えません。そのあたりのリアリティーのなさが惜しいです。監督は「ミナリ」(2020年)のリー・アイザック・チョン。
IMDb7.1、メタスコア65点、ロッテントマト76%。
旧作はIMDb6.5、メタスコア68点、ロッテントマト66%。
▼観客8人(公開2日目の午後)2時間2分。
「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」
予告編を見てデヴィッド・リンチ監督「ストレイト・ストーリー」(1999年)のような話かと思いましたが、これは実話ベースではなく、レイチェル・ジョイスの原作「ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅」(映画と同タイトルに改題して講談社文庫に入ってます)の映画化。主人公の動機が明らかになる場面のドラマティックさはフィクションのゆえなのでしょう。「ストレイト・ストーリー」は73歳の主人公が病に倒れた兄に会うために350マイル(約563キロ)を小型トラクターで旅する話でした。「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」はかつての同僚女性クイーニーがホスピスに入ったのを知った主人公ハロルド(ジム・ブロードベント)が元気づけるために約800キロを歩いて行く話。800キロも歩くというのは普通の人なら考えないでしょう。第一、ホスピスに入ったのなら、早く行かないと、間に合わない恐れがあります。
ハロルドはクイーニーの手紙の返事を出すために立ち寄った店の女の子との会話で歩いて行くことを思いつき、何も準備せず携帯電話も持たずに出発します。取るものも取りあえず急いで行く、のではなく、ゆっくり行くわけです。クイーニーのいるホスピスには「歩いて会いに行くから」と伝え、自分が歩き続ける限り、クイーニーは死なないと信じることでハロルドは歩き続けます。途中で知り合った男がマスコミ関係者だったことから、ハロルドは新聞で紹介され、同行する人たちが増えていきます。このあたり、「フォレスト・ガンプ 一期一会」(1994年、ロバート・ゼメキス監督)を思わせる展開。
ハロルドと妻モーリーン(ペネロープ・ウィルトン)の関係は息子の死をきっかけにうまくいかなくなっていますが、別の女性に会いに行くことを知ったモーリーンは心穏やかではありません。ハロルドとクイーニーの関係がこの作品のポイントで、個人的には作りすぎの感じが拭えませんでした。
IMDb6.8、ロッテントマト77%。
▼観客11人(公開18日目の午後)1時間48分。
「スリープ」
出産を控えたスジン(チョン・ユミ)の夫ヒョンス(イ・ソンギュン)が就寝中に夢遊病患者のように歩き回ったり、顔をかきむしったり、冷蔵庫の生肉を食べたりの奇行を繰り返すようになる。次第にエスカレートする夫の奇行に恐怖を感じたスジンは夫婦で睡眠クリニックを受診する。ヒョンスの奇行が単なる病気なのか、超常現象の影響なのか明確にしないのが好みではありません。映画は終盤、超常現象で説明するんですが、視覚的に描いていないのでどっちとも取れる地味な展開になっています。VFXを使ってドッカンドッカンの展開をつい期待してしまい、物足りなさを感じました。
イ・ソンギュンは「パラサイト 半地下の家族」(2019年、ポン・ジュノ監督)など多数の映画・ドラマに出演してきましたが、麻薬不法投薬の疑いで警察の捜査を受け、昨年12月、車の中で死んでいるのが見つかりました。
監督のユ・ジェソンはポン・ジュノの助監督を務めていた人で、これが初監督作。
IMDb6.5、メタスコア78点、ロッテントマト94%。
▼観客9人(公開6日目の午後)1時間34分。