2025/06/08(日)「国宝」ほか(6月第1週のレビュー)

 文春文庫が「新・競馬シリーズ」の刊行を始めました。作者はオリジナルの競馬シリーズの作者・故ディック・フランシスの息子フェリックス・フランシス。過去に父親との共作もしていますが、最盛期の競馬シリーズには到底及ばない出来でした。粒ぞろいの傑作が揃い、冒険小説の金字塔でもあるこのシリーズは、実はディックの妻メアリが書いていたという説もあり、2000年にメアリが亡くなった後、数年間、途絶えました。

 その後フェリックスが共作を経て独り立ち。本国では2024年までに既に13作出ています。今回邦訳された「覚悟」(2013年)はシリーズ一番人気のシッド・ハレーが主人公で、シッドじゃなきゃ僕も買わなかったです。価格は1150円。同じ文春文庫でもスティーブン・キングに比べると、随分安いです。キングは版権料が高いんでしょうね。

「国宝」

「国宝」パンフレット
「国宝」パンフレット
 吉田修一の原作を李相日(リ・サンイル)監督が映画化。歌舞伎の世界を舞台に1964年から2014年までの50年に及ぶ波乱万丈の物語で、2時間55分の長さを感じさせない充実度があります。芸に一途に打ち込む2人の若者の姿を描いて、僕は「さらば、わが愛 覇王別姫」(1993年、チェン・カイコー監督)を想起しました。歌舞伎の知識は特に必要ではありませんが、中盤と終盤に形を変えて2度出てくる重要な演目「曽根崎心中」のどちらも圧巻のシーンはストーリーを知っておいた方がより楽しめます(増村保造監督が1978年に傑作を撮ってます)。

 長崎のヤクザの家に生まれた喜久雄(吉沢亮)は抗争によって父親(永瀬正敏)を殺される。喜久雄に女形としての優れた資質を認めた上方歌舞伎の花井半二郎(渡辺謙)は喜久雄を引き取り、厳しい稽古を課す。喜久雄は半二郎の実の息子・俊介(横浜流星)とお互いに研鑽し合う。生い立ちも才能も異なる2人はライバルとして互いに高め合うが、多くの出会いと別れが運命の歯車を狂わせていく。

 吉沢亮と横浜流星は撮影の1年前から稽古に打ち込んだそうで、歌舞伎役者として不自然なところがありません。どころか、喜久雄が「曽根崎心中」のお初を演じるシーンの吉沢亮の凄みは前半の大きな見せ場となっています。そのお初を終盤に俊介が演じ、病を押して舞台に立った俊介を横浜流星が熱く演じています。原作ではこの終盤の演目は「隅田川」だそうですが、「曽根崎心中」にすることで2人のタイプの違いを際立たせることになりました。

 パンフレットのインタビューで渡辺謙は「あのふたりはそれぞれに熱く燃えているんだけど、炎の種類が違う」と指摘しています。横浜流星は「役とはちょっと違う感じで熱を帯びていて、真っ赤に燃えさかる炎」。吉沢亮は「燃えている音もしないんだけど、ものすごく温度と熱量の高い炎をまとっている感じ」なのだそう。吉沢亮は雰囲気が柔らかいのでも女形も容易に演じられそうですが、横浜流星は硬派のタイプなので苦労がうかがえます。

 脚色は奥寺佐渡子。上下2巻で800ページを超える原作なので、序盤、喜久雄が父親の敵討ちに刃物を持って乗り込む場面から一転、大阪に到着した場面に飛ぶなど説明がやや不足気味のところもあり、4時間ぐらいかけて最近流行の前後編にしても良かったのでは、と思いました。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)2時間55分。

「ガール・ウィズ・ニードル」

「ガール・ウィズ・ニードル」パンフレット
パンフレットの表紙
 第一次世界大戦後のデンマークで起きた実際の事件を基にしたデンマーク=ポーランド=スウェーデン合作。モノクロの効果を十分に活かしたゴシック・ミステリーですが、虐げられる女性の貧困のテーマは現代に通じています。

 主人公カロリーネ(ヴィク・カーメン・ソネ)の夫は戦争に行って行方不明になり、カロリーネは家賃を滞納して大家からアパートを追い出されてしまう。縫製工場に勤め始めたカロリーネは社長のヤアアン(ヨアキム・フェルストロプ)と愛し合い、妊娠する。そんな時に帰ってきた夫ペーター(ベシーア・セシーリ)は顔に大けがを負い、醜い容貌になっていた。ヤアアンとの結婚を夢みるカロリーネは夫に別れを告げる。しかし、ヤアアンの母親は結婚を認めず、カロリーネを追い出し、仕事も失ってしまう。

 この後、カロリーネは公衆浴場で膣に編み針を刺し、自分で堕胎しようとしますが、そこをダウマ(トリーネ・デュアホルム)に助けられます。「子どもが生まれたら、連れてきて。養子に出すから」と言われたカロリーネはその通りにし、ダウマの店で働くようになります。

 このダウマが事件の中心人物で後に死刑判決を受け、獄中で病死したそうです。デンマークでは有名な事件でネタバレにはならないそうですが、日本では知られていないでしょうから、何も知らずに見た方が良いと思います。

 監督はスウェーデン出身のマグヌス・フォン・ホーン。陰惨なだけで終わらず、ホッとするラストを用意しているのが良いです。
IMDb7.5、メタスコア82点、ロッテントマト93%。
▼観客12人(公開2日目の午後)2時間3分。

「見える子ちゃん」

「見える子ちゃん」パンフレット
「見える子ちゃん」パンフレット
 霊が見えるようになった女子高生が主人公のホラーコメディー。映画を見る前には泉朝樹の原作コミックは未読、アニメ(2021年、12話)は全部見てました。中村義洋脚本・監督による映画は原作1巻に出てくる意外な事実を終盤にうまく使って感動的に仕立てるなど、さすがの工夫があり、しっかり面白い出来になってます。

 女子高生の四谷みこ(原菜乃華)は至るところで霊を見かけるようになってしまう。霊を見えることが分かると、霊が「見えてる」「見えるのー」と言って家まで付いてきてしまった。このため、みこは霊を徹底的に無視することにした。みこは親友の百合川ハナ(久間田琳加)と平穏な学校生活を送ろうとするが、ハナには葬儀場で霊が憑いてしまう。その霊は神社でなんとか払うことができたが、同級生の二暮堂ユリア(なえなの)と生徒会長の権堂昭生(山下幸輝)はみこの霊を見る力に気づく。みこは産休に入る荒井先生(堀田茜)の代わりに赴任した遠野善(京本大我)に邪悪な霊が憑いているのを見てしまう。

 原作の霊は化け物のような姿が多いですが、映画はぼんやりと見える霊が中心。中村監督は「ゴールデンスランバー」(2009年)や「殿、利息でござる」(2016年)などの傑作を取る一方、「ほんとにあった!呪いのビデオ」シリーズに監督やナレーターとして携わっており、こうした題材は手慣れたものなのかもしれません。
▼観客1人(なんと、公開初日の午前なのに)

「Page30」

 DREAMS COME TRUEの中村正人がエグゼクティブプロデューサーを務め、堤幸彦監督が手がけた作品。堤作品としては「truth 姦しき弔いの果て」(2021年)に連なるタッチで、ほとんど劇場内で終始します。

 スタジオに集められた4人の女優たちは、30ページの台本に3日間かけて向き合い、4日目に舞台公演をすることになる。配役は当日まで未定。閉ざされた環境で希望する役を掴むため、4人は稽古に打ち込んでいく。

 4人の女優に扮するのは唐田えりか、林田麻里、広山詞葉、MAAKIII(マーキー)。ホラーにもなりそうな設定ですが、そうはなりません。悪くない出来なんですが、結末が真っ当すぎて少し物足りなさを感じました。
▼観客2人(公開6日目の午前)1時間53分。