2025/04/27(日)「ノー・アザー・ランド 故郷は他にない」ほか(4月第4週のレビュー)
新幹線が高速でぎりぎりすれ違うシーンや爆発シーンのVFXは格段にリアルです。ただし、犯行理由が弱く、犯人側のエモーションでは前作に及ばないのが残念な点。時代設定も前作から50年ではなく、20年ぐらいの方が(犯人側の設定としては)良かったでしょう。
それでもリメイクならぬリブート作品としては悪くない出来だと思いましたが、海外での評価はIMDb6.3、メタスコア62点、ロッテントマト75%と芳しくありません。VFXよりむしろ犯人側に説得力を持たせるような理由付けが海外でも通用させるためには必要だったのだと思います。キャストの中では森達也監督が重要な役を演じていて「おっ」と思いました。前作もNetflixなどで配信しています。
キネマ旬報5月号はこの映画の特集を組んでいます。樋口真嗣監督のインタビューで驚いたのは1975年版から引用されている丹波哲郎の登場シーンについて「実はあれ、丹波さんではありません」と発言していること。「丹波さんの息子の丹波義隆さんに演じていただき、新撮した映像なんです。だから、あのカットは原作映画にはないんです」。えええええーっ、親子にしてもあまりにそっくりすぎます。CG加工もしてるんじゃないですかねえ。
「ノー・アザー・ランド 故郷は他にない」

パレスチナ問題は複雑ですが、イデオロギーや主義主張にとらわれず、人道主義的観点から受け止めるのが良いと思います。その意味で言えば、重機で住宅や小学校を破壊したり、水道管を切断したり、住民に銃を向け、脅迫し、撃つことは許されません。どんな事情があろうとも、イスラエルの一方的な迫害に正当性はありません。見ていて怒りが沸々とわいてきます。
パレスチナ自治区を占領支配するイスラエルの構図はかつての南アフリカなどと重なります。パレスチナ人への迫害はアパルトヘイトそのもので、しかも解決策がまったく見えず、絶望感しかありません。記録が2023年10月で終わらざるを得なかったのはガザへの武力攻撃に連動してユダヤ人入植者たちが武器を持って、パレスチナ人を追い立てたためです。
ベルリン映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞と観客賞を受賞しましたが、授賞式に出席したベルリン市長は「我々ベルリン市は、完全にイスラエル側に立っている」とし、ドイツ政府高官も「ハマスによるユダヤ人テロに言及しなかったことは受け入れがたい」と映画を批判したそうです。ドイツがイスラエル側に立つのはナチスによるユダヤ人虐殺の反省があるからだそうですが、もっと現実を見た方が良いと思います。
映画はアカデミー長編ドキュメンタリー賞も受賞しました。ユダヤ人が牛耳るハリウッドでイスラエル批判の映画が賞を得たのはアカデミー会員をかつての3000人から海外まで含めて1万人以上に増やしたためもあるでしょう。しかし、受賞後、監督の一人であるパレスチナ人のハムダーン・バラールはイスラエル軍から暴行を受け、一時拘束されました。映画の賞を取ったことぐらいで現実は何も変わりませんが、パレスチナ問題の現状を知らしめることはできるでしょう。今後も記録と発信を続けて欲しいと思います。
IMDb8.3、メタスコア93点、ロッテントマト100%。
▼観客多数(公開初日の午後)1時間35分。
「Playground 校庭」

「サウルの息子」の舞台となったアウシュヴィッツ強制収容所は死が間近にある厳しい環境でしたが、ノラにとっての小学校も厳しい場所に違いありません。入学したばかりのノラは3歳年上の兄アベル(ガンター・デュレ)が同級生にいじめられているのを目撃します。アベルは父親には言うなと口止めします。父親が介入すれば、いじめがひどくなるから。しかし、アベルが便器に顔を突っ込まれているのを見て、ノラは我慢できず、父親に報告。父親が学校に抗議したため、予想通り、アベルはひどい状態に置かれてしまいます。父親が無職なのがいじめに影響しているのか? やがてノラもいじめの標的になってしまいます。
ローラ・ワンデル監督はこれが第一作。撮影手法が抜群の効果を上げた傑作だと思います。
IMDb7.3、メタスコア86点、ロッテントマト100%。
▼観客8人(公開2日目の午後)1時間12分。
「花まんま」

フミ子には幼い頃から別の人格、繁田喜代美としての記憶があります。これが彦根の繁田家まで行った理由。バスガイドをしていた喜代美は乗客から刺されて亡くなっており、ちょうどその頃フミ子が生まれました。喜代美の父親(酒向芳)は喜代美が死んだ時、のんきに昼食を取っていた自分を許せず、それ以来、物を食べなくなり、ガリガリに痩せ細っていました。フミ子が彦根に連れていくよう頼んだのは喜代美の父親を助ける目的があったようです。
映画はこれに結婚が決まった時から喜代美の記憶がフミ子からだんだん消えていっているという設定を加え、ラストの感動的な場面につなげています。
「兄貴は、ほんま損な役回りやでえ」が口癖の兄を演じる鈴木亮平と妹の有村架純が兄妹の雰囲気に合っていて良いですし、フミ子の結婚相手の鈴鹿央士やお好み焼き屋のファーストサマーウイカら周囲のキャラクターがいずれも好演してファンタジーの佳作に仕上がっています。
タイトルの「花まんま」はパンフレットの表紙のように白いツツジでご飯、赤いツツジで梅干しなど花で食べ物を表現した弁当のこと。脚本の北敬太はこれ以外に作品が見当たりません。パンフレットでも触れられていませんが、前田哲監督のペンネームなんですかね?
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)1時間58分。
「ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた」
実在の兄弟デュオ、ドニー&ジョー・エマーソンの実話を描いたドラマ。しみじみと良い映画だと思いましたが、本国アメリカでの評価は高くなくて残念です。1979年、ワシントン州の田舎町。10代だったドニーは兄のジョーとデュオを結成し、アルバム「Dreamin’Wild」を作るが、世間からは見向きもされなかった。30年後、そのアルバムがコレクターにより発見され、埋もれた傑作として人気を博していることを知る。別々の道を歩んでいた兄弟は再びデュオを組むが、ドニーはドラムを担当する兄の技術に不満を持つ。
歌手活動を続けるドニー(ケイシー・アフレック)のために父親(ボー・ブリッジス)は借金を重ね、1700エーカーあった農場は65エーカーになっていました。「それを後悔したことはない。全部手放したってかまわなかった」と話す父親が泣かせます。
ドニーの妻に「(500)日のサマー」(2009年、マーク・ウェブ監督)のズーイー・デシャネル。監督・脚本はビル・ポーラッド。
IMDb6.4、メタスコア64点、ロッテントマト90%。
▼観客3人(公開6日目の午前)1時間51分。
「プロフェッショナル」

1970年代の北アイルランドが舞台。主人公のフィンバー・マーフィー(ニーソン)は表向き本を売って生計を立てているが、裏で暗殺の仕事を請け負っている。引退を決意した矢先、爆破事件を起こしたアイルランド共和軍(IRA)の過激派が町に逃げ込んでくる。さらに、ある出来事がフィンバーの怒りに火をつけ、テロリストとの殺るか殺られるかの壮絶な戦いが幕を開ける。
IRAが単なるテロリストとして描かれるのが冒険小説ファンとしては少し不満ではありますが、キャラクターの描写は丁寧で、IRAの女リーダー、デラン(ケリー・コンドン)の最後など描写の仕方に工夫があります。ニーソンと実生活でも長年の友人という警官役のキアラン・ハインズが良いです。監督は「マークスマン」(2021年)のロバート・ロレンツ。
IMDb6.4、メタスコア60点、ロッテントマト83%。
▼観客15人ぐらい(公開12日目の午後)1時間46分。
2025/04/20(日)「ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今」ほか(4月第3週のレビュー)
IMDbの評価は第1話8.8、第2話8.1、第3話9.1、第4話8.5(全体評価は8.2、ロッテントマトは99%)。容疑者の少年ジェイミー(オーウェン・クーパー)と女性精神科医ブリオニー(エリン・ドハーティ)の対話を緊張感たっぷりに描き、事件の真相と少年の実相が明らかになる第3話の評価が高いです。親の立場から見ると、加害者家族へのSNSおよび実生活での嫌がらせと家族の苦悩を描く第4話がたまらない展開で、日本と同じようなことがイギリスでもあるんだなとため息が出ます。子供の犯罪は親の責任ではないんですが、特に未成年の場合、世間は許してくれません。親自身も自分たちの育て方が悪かったのかと苦しむことになります。
監督は「ボイリング・ポイント 沸騰」(2021年)のフィリップ・バランティーニ。あの映画同様、このドラマも各話を1カット撮影で描いています。ただし、そうする必然性はありません。そうした手法ばかりが目立つドラマではなく、内容が勝っているのが良いです。
父親を演じたスティーブン・グレアムは「ボイリング・ポイント 沸騰」で主役のシェフを演じた俳優。グレアムはこのドラマを企画し、脚本も共同執筆しています。
「ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今」
シリーズ第4作。最愛の夫マーク・ダーシー(コリン・ファース)は4年前にスーダンでの人道支援活動中に死亡し、ブリジット(レネー・ゼルウィガー)は2人の子供と暮らしています。男との付き合いはもう終わりと思っていましたが、ある日、ハンサムな29歳のロクスター(レオ・ウッドール)と知り合い、付き合うことに。子供が通う小学校の教師ウォーラカー(キウェテル・イジョフォー)とも親しくなります。2001年の1作目のブリジットはレネー・ゼルウィガーと同じ32歳でした。それから24年後、ゼルウィガーは今年56歳。ブリジットの年齢は明らかではありませんが、アラフィフとのことなので50歳近いのでしょう(原作では51歳の設定)。それで小学生の子供2人の母親。年齢的にぎりぎりおかしくはないんですが、ゼルウィガーは祖母といっても通るぐらいに見えます。もう少し実年齢に近い設定にした方が良かったんじゃないかなと映画を見ながらずーっと思ってました。
アラフィフよりアラカンに近い女優が29歳の男との恋愛を演じるのは見ていて痛々しいです。いや、実際に50代の女性と20代の男性の恋愛や結婚はあるでしょう。でも、映画の中で男はブリジットを「35歳ぐらいかな」と言うんです。いくらなんでもそれは無理があります。後半には「タイムマシンがあれば…」なんてセリフまで吐く始末。
ヘレン・フィールディングの原作「Bridget Jones: Mad About the Boy」(例によって、邦訳は……以下略)は2013年出版。その頃のゼルウィガーなら小学生の母親として不自然ではなかったでしょう。映画化が遅かったのが悔やまれます。
原作は夫のマークを死なせたことに賛否があったそうです。マークが生きていたら、こういうストーリーにはできません。作者はマークとダニエル(ヒュー・グラント)の間で揺れ動いたブリジットの若い頃と同じようなことを描くために、邪魔なダンナを消しちゃったのでしょう。ハッピーエンドのその先が必ずしもハッピーとは限りませんが、こういう安易な形での続編には感心できません。その程度の原作なのだろうと思います。
IMDb6.7、メタスコア72点、ロッテントマト89%。
▼観客8人(公開6日目の午後)2時間5分。
「ブラックバード、ブラックベリー、私は私。」
48歳の独身女性の転機を描くジョージア=スイス合作映画。原作はジョージアの新進女性作家タムタ・メラシュヴィリ、監督はジョージア出身のエレネ・ナヴェリアニ。ジョージアの小さな村に暮らす48歳の女性エテロ(エカ・チャヴレイシュヴィリ)は両親と兄を亡くし、日用品店を営みながら一人で生きてきた。ある日、ブラックベリーを摘みに行ったエテロは崖から足を踏み外して転落。何とか崖下から這い上がったものの、死を間近に感じたこともあって、店を訪れた配達人のムルマン(テミコ・チチナゼ)と衝動的に初めてのセックスをする。48歳での処女喪失。人生の後半戦を前に、エテロの人生が動き出す。
エテロが未婚なのは父親と兄が束縛していたからのようです。母親はエテロを出産後に死亡。エテロはそのことに負い目を感じていました。「お前も俺を好きだったのか」と言うムルマンは以前からエテロに好意を持っていたようですが、既に孫がいてエテロとは不倫の関係になります。村には小太りで未婚のエテロを蔑む女たちもいますが、エテロは気にしていません。
エテロとムルマンは秘密の逢瀬を続けます。村の女たちに2人の関係がばれることになる展開かと思いましたが、そうはならず、映画は最後にちょっとした驚きを用意しています。これが実に良いです。人生何が起こるか分からない、エテロはこれからどういう選択をするんだろうなんて考えてしまいます。
IMDb7.0、ロッテントマト93%(アメリカでは映画祭での上映の後、配信)。
▼観客5人(公開初日の午後)1時間50分。
「HERE 時を越えて」

ここである種の感動を覚えますが、これは窮屈に閉じ込められた固定カメラから解き放たれたことによる解放感の意味合いが大きく、ドラマの内容に感動しているわけではありません。はっきり言って固定カメラによる定点観測の意義は終わった後のこの解放感にしかありません。さまざまなことがあった夫婦の歩みを効果的に見せるのなら、普通の映画の手法で撮った方が良かったでしょう。
原作はリチャード・マグワイアのグラフィック・ノベル。場面転換は固定した画面の中でフローティング・ウィンドウというかピクチャー・イン・ピクチャーというか、小さな画面が出てきてそこに場面が移る方式を取っています。単なるワイプなどよりはシーンが続く効果があります。ゼメキスの工夫なのかと思ったら、原作もこうなっているようです。
IMDb6.3、メタスコア39点、ロッテントマト37%。
▼観客10人ぐらい(公開11日目の午後)1時間44分。
「名探偵コナン 隻眼の残像(フラッシュバック)」
劇場版28作目。ミステリーとしては説明が多すぎてあんまりよろしくない作りだと思いました。コナンはラブコメやアイドル映画の側面がありますから、ファンは気にしないでしょう。クライマックスにはシリーズお約束の大がかりなアクションがあります。長野県・八ヶ岳連峰である事件が起こり、何者かに撃たれた長野県警の刑事・大和敢助が左目を失明する。10カ月後、毛利小五郎と日比谷公園で会う約束をしていたかつての同僚刑事・鮫谷浩二が射殺された。鮫谷は10カ月前の事件を捜査していた。小五郎とコナンは事件の謎を追い、長野に向かう。
コナンの劇場版は近年、興収100億円を超えるようになったので製作費が潤沢のようで、CGIを多用しています。脚本は劇場版では「黒鉄の魚影(サブマリン)」(2023年)に続いてシリーズ7作目の櫻井武晴。監督は同4作目の重原克也。
僕が見た時は女性客が中心でした。人気の安室透が出てるからでしょうか? 安室の声はご存じのような理由で古谷徹が降板し、劇場版では本作から草尾毅に代わりました。
▼観客多数(公開初日の午後)1時間50分。
2025/04/13(日)「アンジェントルメン」ほか(4月第2週のレビュー)
「アンジェントルメン」
ガイ・リッチー監督の戦争アクション。週刊文春のレビューで芝山幹郎さんは「『特攻大作戦』の焼き直し」と書いていましたが、共通するのは作戦に囚人を使うことぐらいです。「特攻大作戦」(1967年、ロバート・アルドリッチ監督)はDデイの前に米軍によるドイツ軍への破壊工作を描いていました。「アンジェントルメン」はUボートの補給船を破壊するイギリス軍の作戦を描いています。原作はダミアン・ルイスの「Churchill’s Secret Warriors: The Explosive True Story of the Special Forces Desperadoes of WWII」(直訳すると、「チャーチルの秘密の戦士:第二次世界大戦の特殊部隊のならず者たちによる爆発的実話」。例によって邦訳出版なし)。ウィンストン・チャーチルと英軍人コリン・ガビンズが、第二次世界大戦中に設立した秘密戦闘機関の実話が基になっています。主人公のガス・マーチ=フィリップス(ヘンリー・カヴィル)は007のモデルになったそうで、イアン・フレミングと“M”も登場します。
ガイ・リッチーはいつものようにコメディ要素を入れて描いていて、そのためかアクションが軽すぎ、敵の人命も軽過ぎでした。もう少しリアルでサスペンスフルな演出が欲しいところ。「特攻大作戦」でもドイツ兵の命は軽かったのですが、作戦に参加した米兵14人も次々に犠牲になり、生き残ったのは3人だけでした。
主演のヘンリー・カヴィルは「マン・オブ・スティール」(2013年、ザック・スナイダー監督)でスーパーマンを演じた俳優ですが、ひげ面で分かりませんでした。魅力的な女スパイのマージョリー役はアナ・デ・アルマスと思って見ていたら、エイザ・ゴンザレス(「パーフェクト・ケア」「ゴジラVSコング」)でした。
IMDb6.8、メタスコア55点、ロッテントマト68%。
▼観客5人(公開5日目の午後)2時間。
「ゴーストキラー」

高石あかりはアクションを頑張ってますし、三元雅芸もキレのある格闘シーンを見せますが、もう少し物語に広がりが欲しいです。脚本は「ベビわる」監督の阪元裕吾。阪元監督は原作のある非アクションの「ネムルバカ」では物語を的確に演出していましたから、弱点はストーリー作りにあるのでしょう。アクションに理解のある脚本家とコンビを組みたいところです。園村監督作品としても前作「BAD CITY」(2022年)の方が面白かったです。
三元雅芸と同じ組織に属する殺し屋役・黒羽麻璃央はニヒルでアクション映画が似合いますね。高石あかりの友人役で夜ドラ「未来の私にブッかまされる!?」のブレーン役を好演した東野絢香が出ています。
IMDb7.1、ロッテントマト100%(アメリカでは映画祭で上映)。
▼観客11人(公開初日の午前)1時間45分。
「ベテラン 凶悪犯罪捜査班」

前作「ベテラン」(2015年)を見ていなくても話は通じますが、前作の重要な登場人物が裁かれる標的になるので、見ていた方が楽しめます。主役の刑事ソ・ドチョルを演じるのは前作と同じく名優ファン・ジョンミン。今年55歳になりますが、過激なアクションを披露しています。それ以上に新たに凶悪犯罪捜査班に加わった新人刑事パク・ソヌ(チョン・ヘイン)が中盤に見せる犯人とのチェイスシーンに見応えがあり、「ジョン・ウィック:コンセクエンス」(2023年、チャド・スタエルスキ監督)の階段落ちシーンを思わせました。
悪人を自分で裁く犯人は正義のためというより、連続殺人を楽しむサイコ気質があるようです。それを見抜けず正義の味方と勘違いするネットの浅薄さも皮肉っています。
IMDb6.3、ロッテントマト100%(アメリカでは限定公開)。
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午後)1時間58分。
「バッドランズ」
1973年製作のテレンス・マリック監督のデビュー作で、今年3月から全国で順次公開されています。過去に「地獄の逃避行」のタイトルでテレビ放映され、DVD・ブルーレイも同タイトルで発売済み(DVDは2005年発売、その前に1989年にVHSテープが出てます)。日本での劇場公開は今回が初めて。僕はWOWOWが2013年ごろに放映した際に録画してました。録画作品をチェックしているうちにたまたま見つけたので見ました。1959年、サウスダコタ州の小さな町が舞台。15才のホリー(シシー・スペイセク)はある日、ゴミ収集作業員の青年キット(マーティン・シーン)と出会い、恋に落ちる。キットは交際を許さないホリーの父(ウォーレン・オーツ)を射殺してしまう。そこから、ふたりの逃避行が始まる。ツリーハウスで気ままに暮らし、大邸宅に押し入る。銃で次々と人を殺していくキットに、ホリーはただ付いていくだけだった。
1958年にネブラスカ州で実際に起きたチャールズ・スタークウェザーとキャリル・アン・フューゲートによる連続殺人事件(11人殺害)をモデルにしているそうです。この事件、かなり有名でこの映画のほか、「ナチュラル・ボーン・キラーズ」(1994年、オリバー・ストーン監督)をはじめ、事件を基にした映画やテレビドラマが多数作られています。
主人公はサイコキラーではなく、ドツボにはまってしまった無軌道な若者という感じです。1973年製作なのでアメリカン・ニューシネマの残り香があり、「バニシング・ポイント」(1971年、リチャード・C・サラフィアン監督)などとの共通性を感じました。スペイセクはこの後に出た「キャリー」(1976年、ブライアン・デ・パルマ監督)では不幸で不運な少女の代名詞みたいな役柄でしたが、この映画では十代の素朴な少女を好演しています。マーティン・シーンもフレッシュで良いです。
IMDb7.7、メタスコア94点、ロッテントマト97%。1時間34分。
2025/04/06(日)「片思い世界」ほか(4月第1週のレビュー)
「片思い世界」

そこから先が実に難しい展開で、必ずしも成功しているとは言い難いんですが、失敗していると言いたくないのは主演の広瀬すず、杉咲花、清原果耶が良すぎるためです。元々、脚本の坂元裕二はこの3人を主演にした映画を作りたかったのだそうです。「3人は間違いなく日本の俳優の宝」「そんな人たちが3人揃って、日常的な青春や恋の物語をやっても気持ちが動かないし、もったいないんじゃないかな」と考え、あるモチーフが加わって苦労した末にできたのがこの脚本とのこと。
3人は古い家で12年も一緒に暮らしています。彼女たちがラジオから得た情報を基にある灯台へ行き、願いがかなわなかったことが分かるシーンは切ないです。カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」の同じような希望と落胆のエピソードを彷彿させました。たとえ現実的ではなくても、願いが届く一瞬の奇跡の場面があっても良かったんじゃないかなと思います。
劇中で流れる合唱「声は風」の作詞も坂元裕二。卒業ソングの定番になりそうな耳に残る名曲ですね。
広瀬すずが思いを寄せる青年役で横浜流星。監督は「花束みたいな恋をした」(2020年)の土井裕泰。土井監督の次作は朝倉かすみ原作の「平場の月」だそうです。堺雅人、井川遥主演というのは原作の2人より美男美女すぎる感じですが、脚本は向井康介とあってこれも期待できそうです。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午後)2時間6分。
「BETTER MAN ベター・マン」
英国のポップ歌手ロビー・ウィリアムスの半生を「グレイテスト・ショーマン」のマイケル・グレイシー監督が映画化。変わっているのは主人公がなぜかサルの姿をしていること。この違和感が最後まで拭えませんでした。歌と踊りのパフォーマンスは良い(特に街中で群舞する「Rock DJ」)のです。でも、なぜサル?公式サイトによると、監督はこう語っています。
「この映画はあくなき夢を追い求めるなかで、愛されると同時に常に他人の目にさらされるつらさに苦悩するひとりの人間の復活の物語です。そして私たちから見るロビーの姿でなく、『僕はサルのように踊っている』と自らを“パフォーミング・モンキー”と捉えている彼の視点から描くべきだと考えました」
これは劇中で何らかの言及をしてほしいところ。ロビー・ウィリアムスの言葉は別に外見がサルに似ていると言っているわけではなく、自分が猿回しのサルのように感じていたということなので、外見をサルにする必要はありません。単に監督が奇をてらっただけのように思えます。
タイトルの基になった歌「BETTER MAN」も良いですが、「マイ・ウェイ」がさらに印象的に使われています。パンフレットは発売されていませんでした。
IMDb7.6、メタスコア77点、ロッテントマト88%。
▼観客15人ぐらい(公開6日目の午後)2時間16分。
「エミリア・ペレス」

メキシコの弁護士リタ(ゾーイ・サルダナ)は麻薬カルテルのボス、マニタス・デル・モンテ(カルラ・ソフィア・ガスコン)から莫大な謝礼の極秘依頼を受ける。マニタスはトランスジェンダーで女性としての新たな人生を用意してほしいというのだ。リタの計画により、マニタスは姿を消すことに成功。4年後、イギリスで新たな人生を歩むリタの前に現れたエミリア・ペレスはかつてのマニタスだった。エミリアはメキシコに帰って2人の子供たちと一緒に暮らすことが願いだった。
カルラ・ソフィア・ガスコンの過去のひどい差別発言が問題になったり、主要キャストに1人もメキシコ人がいないことが問題視されました。メキシコ訛りのスペイン語は僕には聞き分けられませんが、チャン・ツィイーやミシェル・ヨーが日本人を演じた「SAYURI」(2005年、ロブ・マーシャル監督)に日本人が感じるような違和感なのでしょう。
監督は「ゴールデン・リバー」(2018年)「パリ 13区」(2021年)のジャック・オディアール。アカデミー賞では12部門で13ノミネートされ、助演女優賞(ゾーイ・サルダナ)と歌曲賞「EL MAL」を受賞しました。
IMDb5.4、メタスコア70点、ロッテントマト72%。
▼観客7人(公開5日目の午後)2時間13分。
「ネムルバカ」

大学の女子寮で同室の後輩・入巣柚実(久保史緒里)と先輩・鯨井ルカ(平祐奈)。入巣はこれといって打ち込むものがなく、何となく古本屋でバイトしている。ルカはインディーズバンド“ピートモス”のギター・ヴォーカルとして、夢を追いかけていた。二人は安い居酒屋で飲んだり、暇つぶしに古い海外ドラマを見たりの緩い日常を送っていた。ある日、ルカに大手レコード会社から連絡が入る。
清楚さだけが魅力と思っていた久保史緒里が居酒屋での酔っ払い演技などコメディエンヌとしての才能を見せて、この映画の一番の収穫だと思いました。ダラダラした日常を送る入巣とルカは「ベイビーわるきゅーれ」のちさと(高石あかり)とまひろ(伊澤彩織)を思わせます。阪元裕吾監督は元々、石黒作品のファンだったそうですが、監督を担当したのは女性2人が主人公だったことも理由にあるんじゃないでしょうか。
平祐奈の歌は特にうまいわけではありませんが、ラストのライブ場面には感情を揺さぶるものがありました。共演は昨年のNHK夜ドラ「未来の私にブッかまされる!?」で久保史緒里と共演した綱啓永、「暴太郎戦隊ドンブラザーズ」の樋口幸平と志田こはく、ロングコートダディの兎、阪元監督の映画ではお馴染みの伊能昌幸ら。
▼観客4人(公開2日目の午前)1時間46分。
「14歳の栞」
2021年公開のドキュメンタリー。ようやく見ました。冒頭の野生馬のシーンは撮影場所が出てこないんですが、どう見ても都井岬。串間市教育委員会が協力でクレジットされていたので間違いないでしょう。埼玉県春日部市のある中学校の2年6組35人の生徒全員にインタビューし、それぞれの考えやドラマを描いていく構成。この映画の後に「MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない 」(2022年)を作る竹林亮監督は劇映画的な手法(例えば、ホワイトデーのお返しを持ってきた男子生徒の場面で女子生徒の家の中と外の両方で同時に撮影する)を一部取り入れて構成しています。
生徒たちにはそれぞれに様々なドラマがありますが、総じて言えるのは可能性を感じさせることです。友だちに裏切られたことから人間不信になっていても、今は自分のことが嫌いでも大丈夫。14歳、まだ未来は十分に開けています。
撮影されたのは平成の最後の年らしいので、彼らは既に20歳を超えているでしょう。それでもまだまだ大丈夫です。
▼観客15人ぐらい(再公開7日目の午後)2時間。