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2025年04月06日の記事

2025/04/06(日)「片思い世界」ほか(4月第1週のレビュー)

 好評の朝ドラ「あんぱん」に出てくる高知県御免与町は、やなせたかしが育った南国市後免町がモデルだそうです。御免与(ごめんよ)をはじめ、このドラマ、ネーミングが秀逸です。パン職人の屋村草吉(阿部サダヲ)はヤムおじさんと呼ばれ、主人公朝田のぶの母親・羽多子(江口のり子)はバタコさんになるのでしょう。第5話の最後、ヤムおじさんが焼いたあんパンは、“こじゃんと”おいしそうで、あんパンが食べたくなります。そう思った人は少なくないはず。あんパンの売り上げが増えるんじゃないですかね。

「片思い世界」

「片思い世界」パンフレット
「片思い世界」パンフレット
 ヒッチコックだったら、中盤で物語の重要なネタをばらしますが、M・ナイト・シャマランは終盤まで隠すでしょう(昨年の「トラップ」は中盤で明かしました)。この映画は序盤、30分ぐらいで大きなネタをバラしています。そこでタイトルの意味が分かります。

 そこから先が実に難しい展開で、必ずしも成功しているとは言い難いんですが、失敗していると言いたくないのは主演の広瀬すず、杉咲花、清原果耶が良すぎるためです。元々、脚本の坂元裕二はこの3人を主演にした映画を作りたかったのだそうです。「3人は間違いなく日本の俳優の宝」「そんな人たちが3人揃って、日常的な青春や恋の物語をやっても気持ちが動かないし、もったいないんじゃないかな」と考え、あるモチーフが加わって苦労した末にできたのがこの脚本とのこと。

 3人は古い家で12年も一緒に暮らしています。彼女たちがラジオから得た情報を基にある灯台へ行き、願いがかなわなかったことが分かるシーンは切ないです。カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」の同じような希望と落胆のエピソードを彷彿させました。たとえ現実的ではなくても、願いが届く一瞬の奇跡の場面があっても良かったんじゃないかなと思います。

 劇中で流れる合唱「声は風」の作詞も坂元裕二。卒業ソングの定番になりそうな耳に残る名曲ですね。



 広瀬すずが思いを寄せる青年役で横浜流星。監督は「花束みたいな恋をした」(2020年)の土井裕泰。土井監督の次作は朝倉かすみ原作の「平場の月」だそうです。堺雅人、井川遥主演というのは原作の2人より美男美女すぎる感じですが、脚本は向井康介とあってこれも期待できそうです。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午後)2時間6分。

「BETTER MAN ベター・マン」

 英国のポップ歌手ロビー・ウィリアムスの半生を「グレイテスト・ショーマン」のマイケル・グレイシー監督が映画化。変わっているのは主人公がなぜかサルの姿をしていること。この違和感が最後まで拭えませんでした。歌と踊りのパフォーマンスは良い(特に街中で群舞する「Rock DJ」)のです。でも、なぜサル?

 公式サイトによると、監督はこう語っています。
「この映画はあくなき夢を追い求めるなかで、愛されると同時に常に他人の目にさらされるつらさに苦悩するひとりの人間の復活の物語です。そして私たちから見るロビーの姿でなく、『僕はサルのように踊っている』と自らを“パフォーミング・モンキー”と捉えている彼の視点から描くべきだと考えました」

 これは劇中で何らかの言及をしてほしいところ。ロビー・ウィリアムスの言葉は別に外見がサルに似ていると言っているわけではなく、自分が猿回しのサルのように感じていたということなので、外見をサルにする必要はありません。単に監督が奇をてらっただけのように思えます。

 タイトルの基になった歌「BETTER MAN」も良いですが、「マイ・ウェイ」がさらに印象的に使われています。パンフレットは発売されていませんでした。
IMDb7.6、メタスコア77点、ロッテントマト88%。
▼観客15人ぐらい(公開6日目の午後)2時間16分。

「エミリア・ペレス」

「エミリア・ペレス」パンフレット
「エミリア・ペレス」パンフレット
 これも歌と踊りが盛り込まれていますが、一般的なミュージカルのように気分を高揚させる効果はあまりないように思えました。

 メキシコの弁護士リタ(ゾーイ・サルダナ)は麻薬カルテルのボス、マニタス・デル・モンテ(カルラ・ソフィア・ガスコン)から莫大な謝礼の極秘依頼を受ける。マニタスはトランスジェンダーで女性としての新たな人生を用意してほしいというのだ。リタの計画により、マニタスは姿を消すことに成功。4年後、イギリスで新たな人生を歩むリタの前に現れたエミリア・ペレスはかつてのマニタスだった。エミリアはメキシコに帰って2人の子供たちと一緒に暮らすことが願いだった。

 カルラ・ソフィア・ガスコンの過去のひどい差別発言が問題になったり、主要キャストに1人もメキシコ人がいないことが問題視されました。メキシコ訛りのスペイン語は僕には聞き分けられませんが、チャン・ツィイーやミシェル・ヨーが日本人を演じた「SAYURI」(2005年、ロブ・マーシャル監督)に日本人が感じるような違和感なのでしょう。

 監督は「ゴールデン・リバー」(2018年)「パリ 13区」(2021年)のジャック・オディアール。アカデミー賞では12部門で13ノミネートされ、助演女優賞(ゾーイ・サルダナ)と歌曲賞「EL MAL」を受賞しました。
IMDb5.4、メタスコア70点、ロッテントマト72%。
▼観客7人(公開5日目の午後)2時間13分。

「ネムルバカ」

「ネムルバカ」パンフレット
「ネムルバカ」パンフレット
 石黒正数の原作コミック全1巻(全7話)はKindle版が77円という目を疑うような安さで売られています。映画は細部に少しの変更はありますが、原作のストーリーにほぼ忠実。原作では「ネムルバカ」という歌を作った経緯が第1話で描かれますが、映画では終盤に持って来ていて、これは良いアレンジだと思いました。

 大学の女子寮で同室の後輩・入巣柚実(久保史緒里)と先輩・鯨井ルカ(平祐奈)。入巣はこれといって打ち込むものがなく、何となく古本屋でバイトしている。ルカはインディーズバンド“ピートモス”のギター・ヴォーカルとして、夢を追いかけていた。二人は安い居酒屋で飲んだり、暇つぶしに古い海外ドラマを見たりの緩い日常を送っていた。ある日、ルカに大手レコード会社から連絡が入る。

 清楚さだけが魅力と思っていた久保史緒里が居酒屋での酔っ払い演技などコメディエンヌとしての才能を見せて、この映画の一番の収穫だと思いました。ダラダラした日常を送る入巣とルカは「ベイビーわるきゅーれ」のちさと(高石あかり)とまひろ(伊澤彩織)を思わせます。阪元裕吾監督は元々、石黒作品のファンだったそうですが、監督を担当したのは女性2人が主人公だったことも理由にあるんじゃないでしょうか。

 平祐奈の歌は特にうまいわけではありませんが、ラストのライブ場面には感情を揺さぶるものがありました。共演は昨年のNHK夜ドラ「未来の私にブッかまされる!?」で久保史緒里と共演した綱啓永、「暴太郎戦隊ドンブラザーズ」の樋口幸平と志田こはく、ロングコートダディの兎、阪元監督の映画ではお馴染みの伊能昌幸ら。
▼観客4人(公開2日目の午前)1時間46分。

「14歳の栞」

 2021年公開のドキュメンタリー。ようやく見ました。冒頭の野生馬のシーンは撮影場所が出てこないんですが、どう見ても都井岬。串間市教育委員会が協力でクレジットされていたので間違いないでしょう。

 埼玉県春日部市のある中学校の2年6組35人の生徒全員にインタビューし、それぞれの考えやドラマを描いていく構成。この映画の後に「MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない 」(2022年)を作る竹林亮監督は劇映画的な手法(例えば、ホワイトデーのお返しを持ってきた男子生徒の場面で女子生徒の家の中と外の両方で同時に撮影する)を一部取り入れて構成しています。

 生徒たちにはそれぞれに様々なドラマがありますが、総じて言えるのは可能性を感じさせることです。友だちに裏切られたことから人間不信になっていても、今は自分のことが嫌いでも大丈夫。14歳、まだ未来は十分に開けています。

 撮影されたのは平成の最後の年らしいので、彼らは既に20歳を超えているでしょう。それでもまだまだ大丈夫です。
▼観客15人ぐらい(再公開7日目の午後)2時間。