2024/12/01(日)「正体」ほか(11月第5週のレビュー)

 「ミステリマガジン」1月号が今年のミステリーランキングを掲載しています。国内篇1位は直木賞候補にもなった青崎有吾「地雷グリコ」、海外篇は常連のアンソニー・ホロヴィッツ「死はすぐそばに」でした。

 「地雷グリコ」は昨年12月、「Web本の雑誌」でミステリ評論家の杉江松恋が「令和一おもしろい」と激賞していたので読みました。青崎有吾の名前はWOWOWのドラマ「早朝始発の殺風景」(2022年、プライムビデオでも配信してます)が面白かったので記憶してました。「地雷グリコ」は女子高生の射守矢真兎(いもりや・まと)を主人公にしたゲーム小説の連作短編集で、白熱した展開と逆転のストーリーがかなり面白いです。本格ミステリ大賞、日本推理作家協会賞、山本周五郎賞も受賞しており、1位は当然なのでしょう。若い俳優たちを使った実写にしても良いですが、アニメに向いているような気がします。

 ダブルスコア近い差を付けられての2位は米澤穂信「冬季限定ボンボンショコラ事件」。今年アニメ化された小市民シリーズの4作目にして完結編です。これもそのうちアニメになるのかもしれません。

 海外篇2位はスティーブン・キング「ビリー・サマーズ」。上下巻で6000円近くするので躊躇していましたが、近年のキング作品の中では最も良い評判なので、Yahoo!ショッピングに注文しました。amazonはブラックフライデーセールやってますが、値下げできない本に関してはポイントがたくさん付く日曜日のYahoo!の方がお得です。

「正体」

 染井為人(そめい・ためひと)の原作を藤井道人監督が映画化。一家3人を惨殺した容疑で逮捕され、死刑判決を受けた高校生が拘置所から移送中に逃亡、名前を変え、別人になりすまして逃げ続けるという物語です。警察の捜査がかなり杜撰でリアリティーを欠く描き方なのが難点ですが、藤井監督は主人公が行く先々で出会う人々とのエピソードを情感たっぷりに描き、映画的に完璧な構図の絵作りと相まって作品の格を大きく上げています。いや、ホントにうまい作りです。映画公開前に発表された報知映画賞で作品賞、主演男優賞(横浜流星)、助演女優賞(吉岡里帆)を受賞しました。

 原作と映画のラストは違うと聞いたので、書店で文庫版を手に取りました。巻末のあとがきで作者がそれをばらしています(ご注意です)。原作のラストに関しては異論の声も寄せられたそうですが、それがなくても映画の改変はとても好ましいものになっています。原作のラストは社会派映画であるなら良いのですが、藤井監督は「新聞記者」(2019年)が高い評価を受けたにしても、社会派監督ではなく、「余命10年」(2022年)のようなロマンティシズムに本領を発揮するタイプの監督であると思います。だからこの改変は当然であり、観客の期待する物語の結末としてふさわしいものだと思います。

 映画の根底にあるのは「人を信じる」ということ。吉岡里帆演じるネットニュースの記者・安藤沙耶香が那須(横浜流星)に対して「あなたがやっていないと信じています」と言う場面には胸が熱くなります。工事現場で知り合ったベンゾー(横浜流星)に対して和也(森本慎太郎)が「俺が最初の友だちになってやるよ」と言うのも足をけがした自分に対するベンゾーの親切を信じたからでしょう。

 吉岡里帆は主人公をかくまう動機が最初の脚本では見当たらなかったため藤井監督に相談したそうです。それが痴漢の冤罪事件に見舞われた父親(田中哲司)を信じて裁判を争う設定になったとのこと。原作では8年間不倫を続けていた女性ですが、その設定もなくなり、この変更は理にかなったものだと思います。吉岡里帆は映画の情感の多くを引き受けているほか、ラスト、裁判の判決で無音となるシーンでの表情の変化の演技が素晴らしく、助演賞にも納得します。主演の横浜流星の好演はもちろんですが、この映画、介護施設で同僚の桜井(横浜流星)に惹かれる山田杏奈や鏑木を追う刑事を演じる山田孝之ら出演者がみな良いです。そうした俳優の演技を引き出すのも監督の手腕に入るのでしょう。

 予告編を見た時に主人公が変装して逃げ続けるという設定から「リンゼイ・アン・ホーカー殺害事件」(2007年)の容疑者をモデルにしているのかと思いましたが、作者インタビューによると、「書くきっかけになったのは、未成年でも死刑になることがあると知ったこと」で、「イメージを膨らませるきっかけになったのは、警察署から逃走して自転車で日本一周を目指した容疑者」なのだそうです。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間。

「ジョイランド わたしの願い」

 まったく内容を知らずに見ました。見始めてインド映画かと勘違いしましたが、パキスタン映画でした。

 パキスタン2番目の大都市ラホールが舞台。保守的な中流家庭ラナ家の次男ハイダル(アリ・ジュネージョー)は失業中で、家父長制の伝統を重んじる父は「早く仕事を見つけて男児をもうけなさい」とプレッシャーをかけてくる。妻ムムターズ(ラスティ・ファルーク)はメイクアップアーティストの仕事にやりがいを感じており、家計を支えている。ハイダルは就職先として紹介されたダンスシアターでトランスジェンダー女性ビバ(アリーナ・ハーン)と出会う。彼女のパワフルな生き方に惹かれていくが、その恋心が夫婦とラナ家の平穏な日常に波紋を広げていく。

 LGBTQの問題を扱っていることから、国内では上映中止となったそうですが、その後、ノーベル平和賞受賞のマララ・ユスフザイらの支援で禁止は撤回。パキスタン映画として初めてカンヌ映画祭でプレミア上映され、「ある視点」審査員賞とクィア・パルム賞を受賞しました。

 映画はトランスジェンダーのほか、女性の抑圧された現状も描いています。主人公の妻のラストの選択は唐突にも思えますが、抑圧が積み重なった結果でもあるのでしょう。監督のサーイム・サーディクはラホール出身の33歳。これが初めての長編映画だそうです。

 トランスジェンダーの女性はヒジュラ(第3の性)と字幕で出ます。インド文化圏で特有のジェンダーで、デヴ・パテル監督・主演の「モンキーマン」(2024年)でも描かれていました。パンフレットによると、パキスタンでは2018年に「トランスジェンダー権利保護法」が成立し、権利が法的に認められ、IDカードやパスポートで「X」という性別表記が選択できるそうです。日本よりよほど進んでますね。
IMDb7.6、メタスコア82点、ロッテントマト98%。
▼観客2人(公開2日目の午後)2時間7分。

「リトル・ワンダーズ」

 小さな田舎町を舞台に悪ガキ3人組の1日の冒険を16ミリフィルムで撮影したレトロフューチャーな「新たなこども映画」。ザラザラした感触の外見的な作りは悪くないですが、話が今一つ。魔法が出てくるのだから、もう少しファンタジー寄りにした方が良かったかもしれません。

 アリス(フィービー・フェロ)、ヘイゼル(チャーリー・ストーバー)、ジョディ(スカイラー・ピーターズ)は大の仲良し。ある日、ゲームで遊ぶ代わりとして、ママの大好きなブルーベリーパイを作るためスーパーに行くが、材料の卵を謎の男(チャールズ・ハルフォード)に横取りされる。卵を奪い返すために男を追いかけた3人は、魔女(リオ・ティプトン)が率いる謎の集団“魔法の剣一味”に遭遇、森の中で怪しい企みに巻き込まれてしまう。3人は魔女の娘ペタル(ローレライ・モート)を仲間にして、卵を手に入れようとする。

 監督はこれが長編デビューのウェストン・ラズーリ。フランソワ・トリュフォー「大人は判ってくれない」(1959年)の自分版を作りたかったそうで、黒澤明「隠し砦の三悪人」(1958年)のような要素も欲しかったそうですが、目指しても力が足りなかったのは明らかです。
IMDb6.6、メタスコア58点、ロッテントマト79%。
▼観客2人(公開7日目の午後)1時間54分。

「六人の嘘つきな大学生」

 あまり評判良くないようですが、僕は面白く見ました。朝倉秋成の原作は「このミステリーがすごい!」2022年版8位にランクされています。

 エンタテインメント企業スピラリンクスの新卒採用で最終選考に進んだ6人の就活生。全員そろっての内定獲得を目指して選考を迎えるが、勝ち残るのは1人だけであり、その1人は6人で決めるよう伝えられる。1つの席を奪い合うライバルになった6人に追い打ちをかけるかのように6通の謎の封筒が見つかる。そこには6人の嘘と罪が書かれていた。

 6人を演じるのは浜辺美波、赤楚衛二、佐野勇斗、山下美月、倉悠貴、西垣匠。浜辺美波のファンは見るべし。監督は「キサラギ」(2007年)、「シティハンター」(2024年)の佐藤祐市。
▼観客20人ぐらい(公開5日目の午後)1時間53分。

2024/11/24(日)「劇場版 進撃の巨人 完結編THE LAST ATTACK 」ほか(11月第4週のレビュー)

 amazonのブラックフライデーセールが29日から始まります。テレビ台と一体型のホームシアターシステムの調子が悪くなったのでサウンドバーを買おうと思ってますが、買いたい製品の今の価格を調べると、amazonよりもYahoo!ショッピングの方が1万円ぐらい安いです。amazonはセール開始と同時に安くするのかもしれません。いずれにしても、買う前に他のサイトの価格を調べた方が良いですね。amazonがいつも一番安いわけではないですから。

 で、サウンドバーですが、サブウーファーが別タイプのやつか、一体型のタイプかで迷ってます。近所への音漏れを考えると、一体型の方が良いのでしょうが、悩ましいです。ちなみにサブウーファー、マンションなどの集合住宅では階下の部屋から苦情が来ることが多いそうです。底面にスピーカーがある構造上、そうなるのも納得です。

「劇場版 進撃の巨人 完結編THE LAST ATTACK 」

 「進撃の巨人 The Final Season完結編」としてテレビ放送された前編(60分)と後編(84分)を再構成した劇場版。上映時間は145分なので、内容はほぼ同じなのでしょう。エンドクレジットの後におまけのシーンがありますが、これは原作コミック最終34巻の巻末にある見開き漫画「進撃のスクールカースト」をアニメ化したものです。原作者の諫山創は各巻末に毎回、こういう漫画を掲載していて、34巻のそれは作者あとがきのような内容になっています。映画にはなくても良かったんじゃないですかね。

 物語は原作の33巻と34巻に当たり、主人公エレン・イェーガーが壁外人類を巨人によって殲滅するために発動した“地鳴らし”をミカサやアルミンら調査兵団が止めようとする話。こう書いて意味が分からない人は見る必要はありません。ここに至るまでにテレビアニメにして87話もあるわけですから、冒頭に要約を入れるなど初心者に親切な作りにすることには無理があります。

 IMDbの採点を見ると、9.3という恐ろしく高い点数が付いてます。8100人が投票していて、86%が10点満点。「進撃の巨人」の原作もアニメも知らない人がこれを見て満点を付ける可能性は低いでしょうから、採点者のほとんどはファンと考えて良いでしょう。

 テレビアニメは第3シーズンまで(59話まで)をWIT STUDIOが担当し、ファイナルシーズン(87話までと前後編)をMAPPAが製作しました。僕は絵のタッチが微妙に異なることに違和感があり、68話でリタイアしましたが、映画を見て再び57話(過去の経緯が明らかにされます)から見直し始めました。

 完結編の前編、後編はamazonやU-NEXTなどで既に配信されています。Netflixではこれをばらしてファイナルシーズンパート3(全7話)として配信しています。

 劇場版は当初3週間限定上映の予定でしたが、ヒットしているので延長が決まったそうです。
▼観客5人(公開12日目の午後)2時間25分。

「アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師」

 韓国ドラマ「元カレは天才詐欺師 38師機動隊」(2016年、全16話)を「カメラを止めるな!」(2017年)の上田慎一郎監督が翻案・脚色(岩下悠子と共同)して監督。同僚の自殺の原因となった巨額脱税の男に復讐するため税務署職員が詐欺師グループと手を組むエンタメ作品です。

 コンゲームの映画には大ネタ小ネタを絡めた「スティング」(1973年、ジョージ・ロイ・ヒル監督)という偉大な傑作があるので、つい比較してしまいますが、あのレベルには達していないものの、笑いを交えて気分が良くなる作品になっています。主役の税務署職員を演じる内野聖陽も詐欺グループのリーダー役の岡田将生も好演。脱税男の小澤征悦の卑劣さ憎々しさはいかにも元が韓国ドラマという感じです。ただ、サブタイトルは一工夫ほしいところでした。これで先が読めてしまう人もいるでしょう。

 元ネタのドラマはamazonプライムビデオで第1話のみ見ることができます。税務署職員を演じているのはマ・ドンソク。出世作となった「新感染 ファイナル・エクスプレス」(2016年、ヨン・サンホ監督)の直前に出たドラマのようで、まだ強烈パンチの腕力を売り物にはしていません。
▼観客5人(公開初日の午後)2時間。

「SONG OF EARTH ソング・オブ・アース」

 ノルウェー西部の山岳地帯“オルデダーレン”に暮らす高齢夫婦の生活に1年間密着したドキュメンタリー。撮影したのは夫婦の娘で監督のマルグレート・オリン。ヴィム・ヴェンダース監督とノルウェー出身の女優リブ・ウルマンが製作総指揮を務めています。

 フィヨルドの壮大な景観や美しく厳しい自然描写があり、大画面向きの映画です。家庭の小さなテレビでは魅力は伝わらないでしょう。もっとも、僕は壮大な自然というものにあまり興味がなく、「馬の耳に念仏」「豚に真珠」状態で画面を眺めていました。
IMDb7.1、メタスコア85点、ロッテントマト100%。
▼観客6人(公開2日目の午前)1時間34分。

「ヴェノム ザ・ラストダンス」

 タール状の地球外生命体シンビオートとそれに寄生された男エディ(トム・ハーディ)の活躍を描くシリーズ3作目。悪評を目にしていたので期待しませんでしたが、そんなに悪くないという印象。少なくとも壊滅的にダメだった2作目の「レット・ゼア・ビー・カーネイジ」(2021年、アンディ・サーキス監督)より良いと思いました。

 創造神ヌルが地球に送り込んできたシンビオートの怪物と戦うエディとヴェノムを描いています。シリーズ完結と銘打っていますが、続きが作れそうなラストではありました。監督はシリーズに脚本家・プロデューサーとして関わってきた女優ケリー・マーセル。
IMDb6.2、メタスコア41点、ロッテントマト40%。
▼観客7人(公開21日目の午前)1時間49分。

2024/11/17(日)「グラディエーターII 英雄を呼ぶ声」ほか(11月第3週のレビュー)

 テレビアニメ「ダンダダン」の第7話「優しい世界へ」が「涙腺崩壊」「号泣必至」「神回確定」と評判になりました。妖怪アクロバティックさらさら(アクさら)の過去が描かれるエピソード。人間だった頃のアクさらはシングルマザーで、幼い娘のためにバイトを掛け持ちして必死に働きますが、それが報われず、不幸な運命を迎えます。セリフを控えて、描写で見せたサイエンスSARUのアニメーションも相変わらず素晴らしいのひと言。ギャグを交えたスピード感のある話にこうしたじっくり見せるドラマを入れてくるのも、この作品の魅力ですね。

「グラディエーターII 英雄を呼ぶ声」

 リドリー・スコット監督による24年ぶりの続編。アカデミー賞5部門(作品、主演男優、衣装デザイン、録音、視覚効果賞)を制した前作(キネ旬ベストテン8位)のストーリーを僕はそれほど買わないんですが、スコット監督が構築した映像美については世評通りと思いました。今回も美術・視覚系の完成度は高く、技術関係の部門でアカデミー賞候補となるのは確実でしょう。

 単純な復讐譚にしていないところに脚本の工夫があります。主人公のルシアス(ポール・メスカル)は将軍アカシウス(ペドロ・パスカル)率いるローマ帝国軍に故郷を侵攻され、愛する妻を殺される。捕虜として拘束されたルシアスは奴隷商人マクリヌス(デンゼル・ワシントン)に買われ、コロセウム(円形闘技場)で戦う剣闘士(グラディエーター)となる。ローマの人民は双子皇帝ゲタ(ジョセフ・クイン)とカラカラ(フレッド・ヘッキンジャー)の圧政に苦しめられており、アカシウスは妻のルッシラ(コニー・ニールセン)とともに密かに謀反を企てていた。

 なぜ、この物語が続編かというと、ルシアスは前作の主人公マキシマス(ラッセル・クロウ)とルッシラとの間に生まれた子どもだからです。子どもの頃に命を狙われたため、ルッシラが他国へ逃がしていました。ルシアスの直接的な復讐の対象はアカシウスになるんですが、アカシウスは悪人ではなく、他国侵略の決定を下した皇帝たちが根本的な悪であると分かってきます。途中まで善人だか悪人だか分からないマクリヌスの存在も物語に幅を与えています。脚本は「ナポレオン」(2024年)でもリドリー・スコット監督と組んだデヴィッド・スカルパ。

 惜しいのは主演のポール・メスカルが前作のラッセル・クロウのレベルには届いていないこと。「aftersun アフターサン」(2022年)でアカデミー主演男優賞候補となり、演技の面では申し分ない実力がありますが、スター性には乏しいので本作のようなアクション史劇では少し力強さが足りないように思えました。
IMDb7.1、メタスコア66点、ロッテントマト75%。前作はIMDb8.5、メタスコア67点、ロッテントマト87%。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)2時間28分。

「本日公休」

 昔ながらの理髪店の女主人を描く台湾映画。フー・ティエンユー監督が自分の母親をモデルにした物語を構築し、実家の理髪店で撮影したそうです。かつての日本映画のような素朴な温かみがあり、そこが大きな魅力になっています。

 理髪店を営みながら女手一つで3人の子供を育てたアールイ(ルー・シャオフェン)は常連客を大切にしながら40年間営業してきた。それぞれの道を歩んでいる子供たちは実家にはなかなか顔を見せず、頼りになるのは近所で自動車修理をしている次女の別れた夫チュアン(フー・モンボー)だけだった。ある日、遠くの町から通ってきていた常連客の歯医者の先生が病床にあると知り、アールイは店に“本日公休”の札を掲げて古びた愛車(ボルボ240GLセダン)に乗り込み、その町に向かう。

 主演のルー・シャオフェンは女優を引退していましたが、監督から送られた脚本を読んで復帰を決め、「こういう脚本に出会うために私はこの20年ずっと待っていたんです。この役をやり遂げたい」と語ったそうです。中国本土の映画より台湾映画により親しみを感じるのは日本と似た部分が多いからじゃないかと思います。
IMDb7.1(アメリカでは未公開)
▼観客15人ぐらい(公開2日目の午後)1時間46分。

「二つの季節しかない村」

 こんなクズ男を主人公にして、なぜこんなに面白い映画になるのかと驚嘆するトルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作品。3時間18分の上映時間の中盤にある主人公サメット(デニズ・ジェリルオウル)と友人の恋人ヌライ(メルヴェ・ディズダル)との12分間以上の長い対話(議論)のシーンで引き込まれ、その直後の呆気にとられる脱映画的シーンを挟んで納得のラブシーンへとつながる展開が凄すぎました。

 トルコ東部の雪深いインジェス村の学校に赴任して4年が経つ美術教師サメット。何もない村では教師というだけで尊敬される。ある日、学校で荷物検査が行われ、サメットを慕っていた女子生徒セヴィム(エジェ・ヴァージ)はサメットがプレゼントした鏡と共にラブレターを没収された。内容が気になったサメットはそのラブレターを手に入れる。「返してほしい」と訴えるセヴィムに「もう処分したから手元にない」と嘘をつく。その日から、セヴィムの態度は変わる。セヴィムは友人と共謀して、「サメットとケナンに不適切な接触をされた」と虚偽の訴えを起こし、2人は窮地に立たされる。

 サメットがクズなのはこの仕返しにセヴィムを廊下に立たせたり、つらい仕打ちをする偏狭さと友人の恋人と寝てしまう(しかもそれを翌朝、友人に言ってしまう)卑劣な面があるからですが、それでも主人公として成立するのはジェイラン監督の深い洞察と描写力があるからでしょう。中盤の脱映画的シーン(パンフレットではメタシーンと呼んでいます)について監督は「エモーショナルになりすぎるのを避けたかったのと、映画を観ているという習慣を中断させたかったのです。映画の遊戯の一種として。もちろん、こういう手法は他の監督も使用していますが、あのシーンでは入れるのが適切だという確信が持てたのです」と語っています。

 ジェラン監督は「雪の轍」(2014年)でパルムドールを受賞するなど、カンヌ映画祭では毎回高く評価されていて、この映画もメルヴェ・ディズダルが最優秀女優賞を受賞しました。その「雪の轍」が3時間16分、前作「読まれなかった小説」(2019年)が3時間9分と最近の作品はいずれも3時間以上ありますが、こんなに長いと一般観客からは敬遠されがち。2時間半程度に凝縮した方が、その凄さを広く認識させられるのではと思います。
IMDb7.8、メタスコア88点、ロッテントマト91%。
▼観客5人(公開5日目の午後)3時間18分。

「HAPPYEND」

 父である坂本龍一のコンサートドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto | Opus」を監督した空音央(そらねお)の長編劇映画初監督作。近未来の日本で高校卒業を控えた幼なじみ2人の友情と葛藤を描いた青春映画で評判良いようですが、僕は物語の鋭さ、深さの点であと一歩と思いました。

 ユウタ(栗原颯人)とコウ(日高由起刀)はある晩、いつものように学校に忍び込む。そこでユウタは校長(佐野史郎)の愛車にとんでもないいたずらを思いつく。翌朝、いたずらを発見した校長は激怒し、学校に生徒を監視するAIシステムを導入する。

 外国人生徒が多いこの学校は社会の縮図と言え、映画は監視社会と多様性を認めない偏狭さの批判も含んでいます。しかし、教師側が外国人生徒に対して明らかな差別的言動をするのはリアリティーを欠くのではないでしょうかね。建て前では差別しないように振る舞うんじゃないかと思います。
IMDb6.9、メタスコア66点、ロッテントマト92%。
▼観客3人(公開7日目の午後)1時間53分。

「本心」

 平野啓一郎の原作を石井裕也監督が映画化。主人公の母親の友人だったミヨシアヤカという名前を聞いて、三吉彩花と同姓同名だと思ったら、三吉彩花がその役をやってました。このキャラクターの漢字は「三好彩花」で一字違いますが、原作でもこの名前で出てきます。作者の平野啓一郎が意図的にこういう名前にしたのかどうかは分かりませんが、石井監督がこの役に三吉彩花をキャスティングしたのは意図的でしょう。三吉彩花自身は「まずこのお話を頂いた時から運命とはこういう事か、と…」とコメントしています。

 「大事な話があるの」と言い残して死んだ母・秋子(田中裕子)は“自由死”を選んでいた。母の本心が知りたい朔也(池松壮亮)は母のデータをAIに集約させ、仮想空間上にVF(ヴァーチャル・フィギュア)を作ってもらうことを決める。VF制作に伴うデータ収集のため母の同僚で友人だったという三好(三吉彩花)に接触。まるで本物のような母のVFは完成、朔也はVFゴーグルを装着すればいつでも母親と会えるようになる。VFは徐々に朔也が知らない母の一面をさらけ出していく。

 物語はこのAIと残酷な格差社会、朔也と彩花の深まる関係を描いて、悪くない出来だと思いました。出演はこのほか水上恒司、仲野太賀、妻夫木聡、綾野剛ら。
▼観客15人ぐらい(公開6日目の午後)2時間2分。

2024/11/10(日)「十一人の賊軍」ほか(11月第2週のレビュー)

 東京国際映画祭の東京グランプリに吉田大八監督、長塚京三主演の「敵」(筒井康隆原作)が選ばれました。日本映画が最高賞を受賞するのは根岸吉太郎監督の「雪に願うこと」以来19年ぶりだそうです。吉田監督と長塚さんによる舞台あいさつ付きの上映(TOHOシネマズ日比谷スクリーン12)を見ました。老境で一人暮らしの元大学教授の日常と妄想をモノクロで描き、吉田監督作品の中でも上位に位置する出来だと思います。グランプリのほか、吉田監督が最優秀監督賞、長塚さんが最優秀男優賞を受賞しました。
東京国際映画祭で「敵」上映後の舞台あいさつ(TOHOシネマズ日比谷)
東京国際映画祭で「敵」上映後の舞台あいさつ

 長塚さんは原作の主人公(75歳。映画では77歳の設定)より若いし、イメージが少し違うかなと見る前は思っていましたが、実際には79歳とのこと。見た後はこの主人公は長塚さん以外には考えられないと納得させられる演技でした。俳優引退も考えていたところに脚本を携えた吉田監督が出演依頼に来て、それが79歳での最優秀男優賞につながったそうです。

 瀧内公美、河合優実の女優陣も良く、特に河合優実は「ナミビアの砂漠」よりずっと可愛く撮られていました(まあ、そういう役ですし、男目線だとこうなります)。ちなみに今回の審査員には「桐島、部活やめるってよ」(2012年)で監督と縁のある橋本愛が入っていました。贔屓する気持ちがなくても間違いなく1票入れたでしょうね。一般公開は来年1月17日からの予定です。

「十一人の賊軍」

 幕末の戊辰戦争で新発田藩(現在の新潟県新発田市)が旧幕府軍を裏切った史実を基にした集団抗争時代劇。「仁義なき戦い」シリーズなどの脚本家・笠原和夫が書いた原案を基に白石和彌監督が映画化しました。

 笠原和夫は1964年(昭和39年)に脚本も書いていたそうですが、現在は梗概しか残っていません(Kindle版が販売されています。16ページで550円!)。それを脚本化したのは「孤狼の血」(2018年)「碁盤斬り」(2024年)など白石監督と組むことが多い池上純哉。笠原脚本なら11人のキャラを細かく描いたでしょうが、映画は描き込みが不足しています。ですから、アクションにエモーションが乗っていきません。そのアクション自体にも特に際立ったところはないと思えました。

 明治元年(1868年)、官軍の大部隊が新発田へ入城して来る矢先、長岡藩救援に赴いていた奥羽列藩からなる同盟軍が新発田を通過するという知らせが届く。官軍と同盟軍との戦火から新発田を救うには、同盟軍が城外を去るまで官軍を途中で食い止めておくしかない。家老の溝口内匠(阿部サダヲ)は一計を案じ、死刑囚をその任に当たらせることを思いつく。こうして死刑囚10人とその監視役として牢同心の鷲尾兵士郎(仲野太賀)が新発田に通じる街道の断崖に立つ砦の死守に当たることになる。死刑囚は役目を終えれば、無罪放免される約束だった。

 笠原和夫の脚本が残っていないのは、当時普通に行われていた東映幹部への脚本音読の際に東映京都撮影所長・岡田茂(後の東映社長・会長)からダメだしをされて、笠原和夫が怒って破り捨てたからだそうです。「昭和の劇 映画脚本家 笠原和夫」(太田出版)によると、元の脚本はペラ350枚(400字詰めだとその半分)。官軍5000人対11人の戦いを描き、最後は11人全員が討ち死にする物語でした。今回の映画が官軍100人ぐらいの規模になっているのは単にエキストラを使える予算規模の問題でしょうし、CGを使う予算もなかったためでしょう。

 しかし、そうしたスケールが構想に届かなくても、ドラマをしっかり作っていれば、もっと面白い作品にすることは可能だったでしょう。エクスペンダブルズ(使い捨て部隊)の悲哀に重点を置いた方が良かったと思います。笠原原案には登場しない女囚人なつ(鞘師里保)を出したのが映画の数少ない利点と思いました。集団抗争時代劇は学生運動が盛んだった1960年代と切り離せないものなのかもしれません。
▼観客20人ぐらい(公開7日目の午前)2時間35分。

「室井慎次 生き続ける者」

 前編「敗れざる者」からほとんど話は進まず、これ前後編でやる意味があったのか極めて疑問です。中身はスッカスカ。前編で見つかった死体の真相は簡単すぎて、少しも話が広がっていきません。一番無意味なのがラスト。あきれ果てました。今年のワースト候補です。

 エンドクレジットの最後に(某俳優が出た後に)「Odoru Legend Still Continue」と出ます。まだやる気ですか、「もうええでしょう」(「地面師たち」)。既に終わったコンテンツなのに関係者だけが「生き続けている」と考えているようです。いや、映画の出来がせめて普通の水準に達していれば、いくら老スタッフの懐古趣味が製作動機でも否定はしないんですけどね。若い頃の成功体験にいつまでもしがみつかず、さっさと忘れた方が良いです。
▼観客13人(公開初日の午後)1時間57分。

「ルート29」

 「こちらあみ子」(2022年)の森井勇佑監督の第2作。中尾太一の詩集「ルート29、解放」からインスピレーションを受け、映画の舞台になった姫路から鳥取を結ぶ国道29号線を旅して脚本を完成させたそうです。他者と必要以上のコミュニケーションを取ることのできない主人公トンボ(綾瀬はるか)と風変わりな女の子ハル(大沢一菜)と旅をするロードムービー。

 「こちらあみ子」ではあみ子一人が違った世界にいるようでしたが、この映画ではハルもトンボも途中で出会う人たちもどこか普通とは違った時間を生きています。悪くない作りなんですが、スローテンポなので何度か睡魔に襲われました。綾瀬はるかはこういう変わったドラマもやりたいんだろうなと思います。
▼観客4人(公開2日目の午前)2時間。

東京国際映画祭で見た作品

以下は東京国際映画祭で見た作品のうち、「敵」以外の5本についてです。

「野生の島のロズ」

 ドリームワークス製作の3DCGアニメ。極めて評判が良く、個人的に今回の映画祭のメインと思ってました。冒頭、ある島に流れ着いたロボットのロッザム7134(ロズ)が島を探訪する様子を描いたシーンは見事な動きと美しさで評判の高さを納得するんですが、その後の話がイマイチと思えました。原作はピーター・ブラウンの童話「野生のロボット」、監督は「ヒックとドラゴン」(2010年)のクリス・サンダース。

 最新型アシスト・ロボットのロズが目覚めたのは大自然に覆われた無人島。未来的な都市生活に合わせてプログラミングされたロズは動物たちの行動や言葉を学習し、徐々に未知の世界に順応していく。ある日、ロズはガンの卵を見つけ、ひなを孵すことになる。ひな鳥をキラリと名付けたロズはハズレ者のキツネ・チャッカリの知恵を借りながら、食べる、泳ぐ、飛ぶという渡り鳥に必要なことをキラリに教えていく。キラリの旅立ちの日、ロズは飛行をアシストするために全力で走り、飛び立った姿をいつまでも見つめ続けた。動物たちと共生し、優しさや愛情を理解しはじめたロズの前に、その居場所を引き裂くような危機が迫っていた。

 基本的には人工対自然の対比を描いているんですが、人工側の描写が不足しています。監督はジブリアニメの影響を受けているそうで、ロズのデザインは「天空の城ラピュタ」などに出てきたロボットに似ていますし、テーマ自体、宮崎駿のアニメでおなじみのものです。宮崎アニメなら人工側に悪役を用意していたはずですが、この映画にセリフのある人間は登場しません。小さな子どもにも分かりやすくするには明確な悪役を用意した方が良かったでしょう。ただ、水準以上の出来なのは確か。映画祭では字幕版での上映だったので、一般公開されたら、吹き替え版の方を見たいと思います。
東京国際映画祭で「野生の島のロズ」を解説する宇垣美里さん(左)と藤津亮太さん(TOHOシネマズ日比谷)
宇垣美里さん(左)と藤津亮太さん

 僕が見た時はアニメ評論家の藤津亮太さんと元TBSアナウンサーで漫画・アニメおたくかつ相当な読書家の宇垣美里さんによる解説がありました。「アトロク2」でもおなじみの2人です。藤津さんは「ガンは2万8000羽、チョウチョは8万匹。かなりの処理能力が必要なので高性能なレンダリングマシンを使ったそうです」といつもながらの詳しさでした。
IMDb8.3、メタスコア85点、ロッテントマト98%。
2025年2月7日公開予定。

「劇映画 孤独のグルメ」

 テレビ版のファンなのでつまらなくてもいいやと思って見ましたが、いやあ、嬉しい驚きレベルの面白さ。脚本があと一息だったり、演出的に足りない部分もあるんですが、韓国場面の爆笑展開で十分満足できる仕上がりでした。入国審査官役のユ・ジェミョンと松重豊の掛け合いが絶妙です。監督は主演の松重豊自身。初監督作として申し分のない出来だと思います。
2025年1月10日公開予定。

「娘の娘」

 「台北暮色」(2017年)の女性監督ホアン・シーがシルヴィア・チャン主演で描く母と娘の物語。同性のパートナーと暮らしていた娘がアメリカで事故死する。娘は体外受精した胚を残していた。さて、この胚をどうするかという話で、選択肢は代理母に頼んで産んでもらうか、生んでもらうにしても里子に出すか、冷凍保存しておくか、廃棄するか。その母親を演じるのがシルヴィア・チャンです。

 祖父母が孫を育てるケースは珍しくないと思いますが、これはまだ孫とは言えない存在なのが悩ましいところです。面白いテーマだと思いましたが、映画はその問題よりも母と娘の関係に焦点を当てています。製作は侯孝賢(ホウ・シャオシェン)。
コンペティション部門での上映。公開未定。

「純潔の城」

 特集上映「メキシコの巨匠 アルトゥーロ・リプステイン特集」の1本で1973年の作品。映画祭ガイドによると、実際に起こった事件に基づいていて、悪意ある人々から守るという理由で妻や娘を監禁する父親の異常な行動を描いています。メキシコのアカデミー賞に相当するアリエル賞を受賞したそうです。

 父親は妻と長男、長女、次女を18年間、家に閉じ込め、殺鼠剤を作らせています。自分は外に出てそれを売って生計を立てています。ヨルゴス・ランティモス監督の「籠の中の乙女」(2009年)によく似た設定で、ランティモスはこれを参考にしたんじゃないでしょうかね。モノクロ作品でランティモス作品ほど気持ち悪くはありません。
IMDb7.5、ロッテントマト81%(一般観客)。公開未定。

「スターターピストル」

 「ユース TIFFティーンズ」部門での上映。熾烈な受験戦争を戦っている高校生たちの不安と成長を描く中国の青春映画。これがさっぱり面白くないのは僕が中国の実情に疎いからだ、と一瞬思いましたが、考えてみれば、「ソウルメイト 七月と安生」(2016年)や「少年の君」(2019年)のデレク・ツァン監督作品をはじめ胸を打つ中国の青春映画は多いわけで、単純にチュー・ヨウジャ監督の力量不足なのでしょう。
IMDb6.3。公開未定。

2024/11/03(日)「花嫁はどこへ?」ほか(11月第1週のレビュー)

 ニューズウィーク日本版のデーナ・スティーブンズが褒めていた映画「喪う」(Netflix)を見ました。原題は“His Three Daughters”(彼の3人の娘たち)。ニューヨークに住む父親が危篤となり、疎遠だった三姉妹が実家に集まる。久々に顔を合わせた3人には父を看取る中、さまざまな感情が去来する、という物語。

 三姉妹に扮するのは長女が「ゴーストバスターズ アフターライフ」のキャリー・クーン、次女が「ロシアン・ドール 謎のタイムループ」(Netflixのドラマ)のナターシャ・リオン、三女が「アベンジャーズ」シリーズのエリザベス・オルセン。次女は後妻の連れ子で他の2人とも父親とも血は繋がっていませんが、2人が家を出たのに対し、父親と暮らしていました。

 アパートとその周辺で終始する地味な作りですが、三女優の緊張感のある演技で見応えがありました。父親が初めて登場するラスト15分にちょっとした仕掛けも用意されています。脚本・監督のアザエル・ジェイコブス(日本では劇場公開作なし)のこれまでの作品はIMDbでの採点は高くないものの、いくつかの作品でプロから高い評価を受けているようです。
IMDb7.2、メタスコア84点、ロッテントマト98%。

「花嫁はどこへ?」

 列車の中で花嫁を取り違えたことから始まるドラマを女性の人権問題と笑いを交えて描くインド映画。前半は取り違えのリアリティーのない描写をはじめ、なんだこの程度かと思いましたが、後半の展開が見違えるほど素晴らしいです。

 取り違えられたのはプール(ニターンシー・ゴーエル)とジャヤ(プラティバー・ランター)。列車の車両には3組の新婚夫婦がいて、花嫁はいずれも赤い結婚衣装にベールをかぶっていました。眠ってしまったプールの夫ディーパク(スパルシュ・シュリーワースタウ)は途中で席が入れ替わったことを知らず、夜だったこともあって別の花嫁の手を引いて列車を降りてしまいます。その花嫁がジャヤで、家に着いて初めてディーパクと家族は違う花嫁を連れてきたことに気づきます。

 普通に考えれば、手を引かれるところでジャヤは誤りに気づくはずですが、訳を聞かれたジャヤはベールをかぶっていたし、靴しか見えなかったと話します。とりあえずディーパクの家に滞在することになったジャヤには不審な行動が目に付きます。一方、プールは途方に暮れていたところを駅の屋台の女主人マンジュ(チャヤ・カダム)たちに助けられ、店を手伝って働き、初めて賃金を手にします。

 監督2作目のキラン・ラオはインドの女性が社会的に低い立場にある現状を描き、幸福な結婚生活を送りたいプールと結婚以外の自分の夢を持つジャヤをどちらも肯定的に描いています。一見悪そうな警察官(ラヴィ・キシャン)が実は、というお決まりの展開も含めて社会問題を組み込んだ娯楽映画としてよくまとまっています。ラオ監督の手腕は確かです。

 映画の中で花嫁は夫の名前を口にしませんが、この理由についてパンフレットに解説がありました。「インド女性にとって夫は敬うべき神のような存在とされてきた。妻が夫を名前で呼ぶことは夫を自分と対等とみなす行為であり、それは夫への敬意を欠いた、恥じらいのない女子を意味する」。はあ、どこまで男尊女卑の社会なんだと思ってしまいますが、これは映画が描いた2000年代初頭までのことだそう。女性の地位は徐々に上がってきているそうです。しかし、一昨年公開された「グレート・インディアン・キッチン」(2021年、ジヨー・ベービ監督)でもミソジニー(女性蔑視)や男性が生理の穢れを嫌う描写はありましたから、まだまだなのでしょう。

 プロデューサーを務めたのは「きっと、うまく行く」(2009年、ラジクマール・ヒラニ監督)の大スター、アーミル・カーン。カーンはラオ監督の元夫だそうです。
IMDb8.4、ロッテントマト100%(アメリカでは限定公開)
▼観客15人(公開初日の午後)2時間4分。

「アイミタガイ」

 中條ていの原作を「彼女が好きなものは」(2021年)の草野翔吾監督が映画化。原作は「思いもよらない幸せのリンクに心が震える傑作長編小説」(連作短編集)だそうですが、映画に関して言うと、人間関係がリンクしすぎじゃないかと思えました。最後にあの話もこの話もどの話も全部繋がってくる構成に「心が震える」どころか「そんなことあるわけない」とややシラけます。関係してくるのは一つか二つで良かったんじゃないですかね。話を作りすぎの印象になってしまっています。

 ウェディングプランナーとして働く秋村梓(黒木華)の親友・郷田叶海(かなみ=藤間爽子)が海外で事故死する。梓は中学時代、いじめられていたところを叶海に助けられ、何でも話せる親友になった。叶海の死を受け入れられず、梓は今も叶海のスマホあてにメッセージを送り続けている。梓には恋人の澄人(中村蒼)がいるが、梓は幼い頃に両親が離婚したこともあって結婚に踏み出せない。叶海の四十九日が過ぎた頃、両親の朋子(西田尚美)と優作(田口トモロヲ)は叶海のスマホを見て梓のメッセージに気づく。

 映画はこのほか、梓が93歳の女性(草笛光子)に金婚式でのピアノ演奏を頼む話、叶海と児童養護施設との縁、婚約指輪を宝飾店に買いに行く澄人の話などを描いていきます。どれも悪い話ではないんですが、描写にメリハリが乏しいのが難で、クライマックス、梓が駅の近くで叶海の両親に初めて会う場面などもう少しドラマティックな撮り方が欲しいところでした。全体を貫く芯が弱いのも物足りなさの要因になっています。

 梓と叶海の中学時代を演じるのは近藤華と白鳥玉季でこれはぴったりのキャスティング。藤間爽子は出番は短いですが、名前通りの爽やかさで好印象を残しました。

 タイトルの「アイミタガイ」が漢字じゃないのは梓の祖母(風吹ジュン)が使った「相身互い」の意味を梓も澄人も知らなかった(聞いたこともなかった)ことによります。うーん。
▼観客4人(公開初日の午後)1時間45分。

「サウンド・オブ・フリーダム」

 人身売買阻止活動を進める非営利団体オペレーション・アンダーグラウンド・レイルロード(OUR)の創設者ティム・バラードを主人公にしたサスペンス。小児性愛者(ペドフィリア)の毒牙にかかった子どもたちを救出する活動をエンタメ的に描いています。

 主人公のバラード(ジム・カヴィーゼル)が米国土安全保障省捜査官として活動する前半はまずまずの出来ですが、米国外での活動が制限される捜査官を辞めて、人身売買組織(コカインも製造してます)があるコロンビアのジャングルに単身潜入していくあたりから「007」の出来損ないみたいな展開になります。ペドフィリアを扱うのにエンタメ的描き方で良いのかと思ってしまいますが、さらに驚くのはエンドクレジットでカヴィーゼルからのスペシャルメッセージがあること。カヴィーゼルは映画を自賛した上で募金への協力を求めます。映画の画面にQRコードを表示する始末で、最悪な上に醜悪。

 英語版Wikipediaによると、バラード自身が「一人でジャングルに入ったわけではないし、子供を救出するために男を殺したわけでもない」と話しているそうです。「事実を基にした物語」をうたう映画が最近多いですが、どこまでが事実なのか分からず、1%の事実に99%のフィクションを重ねた場合だってあるかもしれません。多くの子どもが性的倒錯者の犠牲になっているのは事実でしょうが、この映画の内容をすべて事実と受け取るのは愚かしいです。

 なお、バラードは性的違法行為(性的暴行やグルーミングなど)で5人の女性から告訴され、OURのCEOを2023年に解任されました。さらに「バラードと主演のカヴィーゼルはどちらもQAnon運動の陰謀論を信じている」そうです。Qアノンのバカバカしい陰謀論を簡単に信じる人がこの映画を見ると、より強固な誤解に凝り固まってしまう懸念がありますね。監督は「リトル・ボーイ 小さなボクと戦争」(2014年)のアレハンドロ・モンテヴェルデ。
IMDb7.6、メタスコア36点、ロッテントマト57%。
▼観客20人ぐらい(公開5日目の午後)2時間11分。

「トラップ」

 M・ナイト・シャマラン監督のサスペンス。観客3万人のライブにサイコキラーが来るという情報をつかんだ警察が厳重な警備体制を敷き、犯人を逮捕しようとします。このライブ会場自体がトラップ(罠)というわけです。実はもう一つ罠があったことが終盤に分かります。いくらなんでも都合が良すぎるだろ、と何度も思える前半の展開に比べれば、後半は少しましでした。もちろん、観客に罠を仕掛けた「シックス・センス」(1999年)のレベルには遠く及びません。

 予告編で暗示され、公式サイトでもネタを割っているので書きますが、その犯人というのは娘とともにやって来た消防士のクーパー(ジョシュ・ハートネット)。一見優しい父親のクーパーは12人を殺したブッチャーと呼ばれるサイコキラーで、今も1人の青年を監禁し、遠隔操作でいつでも殺せる状態に置いています。会場をどう抜け出すのかと思ったら、コンサートのスタッフが秘密をべらべらしゃべったり、そんなに簡単にうまくいくわけないと思える手段で娘を歌手に接近させたりで、これでは犯人が特に優秀でなくても楽々脱出できてしまいますね。このあたり、脚本の安易さが目に付きました。

 世界的歌手のレディ・レイブンを演じるのはシャマランの娘で歌手・女優のサレカ・シャマラン。「ザ・ウォッチャーズ」(2024年)で映画監督デビューをしたイシャナ・シャマランの姉に当たります。例によって、シャマラン監督自身も画面に(長々と)登場しますが、後半、サレカに大きな役割を与えるシーンもあり、観客から自分と家族を贔屓しすぎてると反発されるんじゃないですかね。それも低評価の一因なのでは、と思えました。
IMDb5.9、メタスコア52点、ロッテントマト58%。
▼観客13人(公開6日目の午後)1時間45分。