2022/10/30(日)「線は、僕を描く」ほか(10月第5週のレビュー)

 「線は、僕を描く」は「ちはやふる」三部作の小泉徳宏監督が砥上裕將の原作を映画化。「ちはやふる」が優れた青春映画だったように、この映画もまた水墨画に打ち込む若者を描いた青春映画として非常にうまくまとまっています。

 カラフルだった「ちはやふる」のタイトルバックとは対照的に白地に墨字のシンプルなタイトル。大学生の青山霜介(横浜流星)はアルバイトの展示会場設営で水墨画と出会い、その美しさに魅了される。水墨画の巨匠・篠田湖山(三浦友和)から声をかけられ、霜介は水墨画を学び始める。心に深い傷を負った過去を持つ霜介は湖山の孫娘・千瑛(清原果耶)、弟子の西濱湖峰(江口洋介)とともに水墨画に打ち込み、再生を果たしていく。

 霜介が水墨画に出会って喜び、悩み、立ち止まり、歩き出す姿を描いているからこそ、これは優れた青春映画なわけです。原作は「青春芸術小説」と銘打っていますが、映画は「芸術」の部分を減らして「青春」に注力したことが良かったと思います。

 霜介と同じ大学に通い、水墨画クラブを立ち上げる友人役を河合優実と細田佳央太が演じていますが、小泉監督はこうした若い役者の魅力を引き出すのがうまいです。

 清原果耶は水墨画の筆を持つ姿勢やたたずまいから清楚さが漂い、極めて好印象。初めて見た水墨画の前で涙を流す横浜流星とともに純粋さとすがすがしさを感じさせます。この二人がお互いに相手の絵が好きだと言うのは「荒野の決闘」(1946年、ジョン・フォード監督)でワイアット・アープ(ヘンリー・フォンダ)がクレメンタインに言うセリフ「私はクレメンタインという名前が大好きです」と同じ意味合いなのでしょう。

 「ちはやふる」と同じく横山克の音楽が素晴らしく効果を上げています。
 ▼観客13人(公開4日目の午後)

「秘密の森の、その向こう」

 見ながら童話みたいな話だなと思っていました。「燃ゆる女の肖像」「トムボーイ」のセリーヌ・シアマ監督なので見る前はジェンダーや同性愛に絡んだ話かと想像しましたが、全然違って子供向け、特に女の子向けのファンタジーですね。

 監督自身、インタビューで「映画制作のあらゆる段階で、子供の観客を念頭に置いていました」と話しています。72分という上映時間の短さも子供が見ることを想定したからでしょう。念のために上映時間を調べてみると、デビュー作の「水の中のつぼみ」(2007年)85分、「トムボーイ」(2011年)82分、「ガールフッド」(2014年)112分、「燃ゆる女の肖像」(2019年)が一番長くて122分でした。

 8歳の主人公ネリーが森の中で8歳の頃のママであるマリオンに出会うというストーリーはそこからそれほど発展するわけではありません。一緒に遊んだり、食事したりするだけ。8歳のママに会うというシチュエーションを思いついたことが映画作りの発端だそうで、テーマありきの作品ではないです。ただ、母親の側から見ると、これけっこうなSFだと思いました。31歳の母親にとっては23年前の出来事で、まだ生まれていない自分の娘に会ったことを完全に覚えているはずです。

 監督は宮崎駿の影響を受けていて、制作過程で行き詰まった時は「宮崎駿ならどうする?」と考えたそうです。だから話の発展のさせ方もジブリ作品を参考にしたのだとか。具体的にこの映画に影響した作品は「となりのトトロ」(1988年)、細田守監督「おおかみこどもの雨と雪」(2012年)、ロバート・ゼメキス監督「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年)、トム・ハンクス主演「ビッグ」(1988年)だそうです。

 シアマ監督は「ぼくの名前はズッキーニ」(2016年)というストップモーションアニメの脚本を書いています。これと「トムボーイ」は子供が主人公でありながら、テーマ的に重たいものを含んでいます。「燃ゆる女の肖像」には「秘密の森の、その向こう」ほどではありませんが、ファンタジー的な要素が含まれていました。

 僕らは映画監督に対して一面的なレッテルを貼りがちですが、そう単純ではなく、いろんな考え・主義主張・嗜好から成り立っているのだということをあらためて痛感させる映画でした。
 IMDb7.4、メタスコア93点、ロッテントマト97%。
 ▼観客5人(公開5日目の午後)

「千夜、一夜」

 佐渡島を舞台に30年前に失踪した夫を待ち続ける妻(田中裕子)を描くドラマで、監督は「家路」(2014年)でも田中裕子と組んだ久保田直。

 基本設定に引っかかります。親や子供など肉親なら何年たっても待つしかないわけですが、夫婦の片方が失踪してそんなに何年も待ち続けるものなのか。30年たっても帰ってこないなら、50年たっても60年たっても帰ってこないでしょう。

 2年前に夫(安藤政信)が失踪した尾野真千子は求められて同僚の男(山中崇)と付き合うようになりますが、それが自然。田中裕子にしても言い寄ってくるのが甲斐性なしのダンカンじゃなかったら再婚していたかもしれません。周囲がダンカンを勧めてくるのが非常にうざいのはよく分かります。

 田中裕子の演技は良いですが、特別に持ち上げるほどではありません。最も見応えがあったのは離婚して再スタートを切ろうとしていた尾野真千子と、そこに帰ってきた安藤政信との修羅場でした。尾野真千子の怒りの演技、さすがです。
 ▼観客8人(公開日の午前)

「ONE PIECE FILM RED」

 ようやく見ました。23日現在で興収173億6000万円を上げ、歴代9位にランクイン。「トップガン マーヴェリック」が133億円なので、大差を付けて今年トップの興収になる公算が大きいです(11月11日公開の「すずめの戸締まり」も大ヒット間違いなしでしょうが、2カ月足らずでこれを抜くのは難しいかも)。

 このシリーズのこれまでの最高は「ONE PIECE FILM Z」(2012年)で68億4000万円。歴代興収トップ100にも入っていません。「FILM RED」はなぜこんなにヒットしたのか詳しい分析が欲しいところですが、素人目にも分かるのはオープニングの「新時代」(中田ヤスタカ作詞・作曲)をはじめパワフルなAdoの歌の力が一つの要因であること。これがあるから普段「ワンピース」を見ない人も劇場に呼べたことは間違いないと思います。

 映画は東映のマークが出た途端、明らかに音響の違いが分かりました。音響にはドルビーアトモス方式を採用していて、これに対応していない劇場でも一定の効果を上げているのだと思います(単に音量を大きくしただけかもしれません)。

 内容的にはAdoのMVみたいという批判もあるようですが、僕はもっとAdoの歌を増やしても良いぐらいと思いました。ただ、歌とストーリーの融合はイマイチうまく行っていない印象。クライマックスの戦闘シーンの描き方もうまくありません。物語自体は悪くないんですが、なんというか、映像化する時点で画面構成の整理がついていないんじゃないですかね。監督は「コードギアス」シリーズの谷口悟朗。
 IMDb7.1、ロッテントマト100%(アメリカでは11月4日公開)。
 ▼観客6人(公開82日目の午後)

「シコふんじゃった!」

 映画「シコふんじゃった。」(1991年、周防正行監督、キネ旬ベストテン1位)の30年後を描くドラマ。ディズニープラスで始まりました。全10話のうち2話まで配信されていますが、予想を大きく上回る面白さです。爆笑を誘う展開ながら、きちんとスポーツ青春ドラマになってます。

 100年以上の伝統を持つ教立大学相撲部は女子部員一人だけとなり、またもや廃部寸前。そこに卒業単位を交換条件に主人公・森山亮太(葉山奨之)が入部し、OBらと協力して相撲部を立て直していくというストーリー。

 なんといっても女子部員・大庭穂香を演じる伊原六花が素晴らしすぎます。足がピンと伸びた四股がきれいですし、股割りも完璧。身体が柔軟なのは4歳から習ったバレエの成果なのでしょうが、同時に高校時代にダンス部キャプテンを務めた経験から意志の強さと責任感の強さを感じさせる眼差しを持っています。青森弁で「わぁは2年のぉ大庭穂香です」と自己紹介しますが、「いとみち」(2021年、横浜聡子監督)の駒井蓮もそうだったように、若い女性が「わぁ」と自称するのは好感度が高いです。

 本木雅弘は出ないようですが、清水美砂は大学の教授で相撲部監督役。竹中直人も2話から登場しました。このほか映画と同じ役で田口浩正、六平直政、柄本明(まだ写真だけ)が出演。周防正行は原作・総監督でクレジットされています。

 1、2話の監督は周防監督の「カツベン!」(2019年)で脚本と監督補を務めた片島章三。助監督歴が長く、監督作としては「ハッピーウエディング」(2015年)がありますが、不評だったあの映画の悪いイメージを払拭する確かな演出だと思います。

2022/10/23(日)「RRR」ほか(10月第4週のレビュー)

「RRR」は「バーフバリ」のS・S・ラージャマウリ監督作品で、インド映画最大の7200万ドル(1ドル150円だと108億円)の製作費をかけた超大作。途中で「インターバル」の字幕が出ますが、休憩時間はありませんでした。2時間58分なので休憩なくてもまあ大丈夫でしょう。

長さは感じませんでしたが、個人的には時間を忘れるほど面白かったわけでもなく、前半はそれなりの面白さ。後半がすごいのはエモーション(主に怒り)全開の爆発状態になるからで、アクションにはやっぱり裏付けとなるエモーションが必要なわけです。前半にも少女を英国人に連れ去られた怒りはありますが、後半明らかになる怒りの大きさにはとてもかないません。

1920年、インドはまだイギリスの植民地で、人権を無視した英国人たちによる横暴な行為がまかり通っていた。英国人の総督スコット・バクストン(レイ・スティーヴンソン)の妻キャサリン(アリソン・ドゥーディ)はゴーンド族の村で幼い娘マッリを気に入り、強引にデリーの公邸に連れ去ってしまう。一方、デリー郊外では反英活動家の釈放を求めて群衆が警察署を取り囲んでいた。インド人の警察官ラーマ(ラーム・チャラン)は1人で群衆のリーダーを逮捕したが、上司からは功績を認められなかった。ゴーンド族のリーダー、ビーム(N・T・ラーマ・ラオ・ジュニア、パンフレットの表記はNTR JR.)はマッリを奪還するため、仲間と計画を練っていた。やがてラーマとビームは運命的な出会いを果たす。

ラーマがなぜ、英国人の手先になっているのかは後半に分かり、ビームはラーマの危機を救って英国軍と戦うことになります。インド映画らしく歌と踊りも魅力的。ラージャマウリ監督の作品には良い意味での楽天的なところがあり、明るく終わるのが好感度高いです。

パンフレットによると、主人公2人のモデルは実在の人物で独立運動の英雄だそうですが、実際に2人が出会うことはなかったとか。「RRR」の意味は映画の企画が当初、監督と主役2人の名前にある「R」を3つ重ねた仮タイトルでスタートしたことに由来。英語では蜂起(Rise)、咆哮(Roar)、反乱(Revolt)の頭文字ということになっています。

この内容だとイギリスではあまりヒットしないのではと余計な心配をしてしまいますが、日本人が悪役の「ドラゴン怒りの鉄拳」(1971年、ブルース・リー主演、ロー・ウェイ監督)は日本でヒットしましたね。
IMDb8.0、メタスコア83点、ロッテントマト92%。
▼観客3人(公開日午前)←平日初回とはいえ、いくらなんでも少なすぎ。映画の力がないのではなく、映画館の営業努力が足りないのでは。

「セイント・フランシス」

34歳の独身女性ブリジットを主人公に、生理、妊娠、中絶、子育て、同性婚、人種差別など多くの女性の問題を、ユーモアを交えて描いたドラマ。長編映画の脚本を初めて書いたケリー・オサリヴァンが主演も務め、監督デビューのアレックス・トンプソンが手堅くまとめています。タイトルの「フランシス」はブリジットがナニー(子守り)を務める6歳の女の子の名前。

パーティーで26歳のジェイス(マックス・リプシッツ)と出会い、意気投合したブリジットは一夜をともにすることに。その後の性交渉でも避妊していなかった(膣外射精だけ)ため妊娠しますが、産むつもりはありません。妊娠初期だったので、医師から処方された中絶薬を自宅で服用し、豆粒のような胎児(かどうかは、はっきりしません)が排出されたのを確認します。

レストランのウエイトレスとして働くブリジットは子守りの募集を見つけて、マヤ(チャリン・アルヴァレス)とアニー(リリー・モジェク)のレズビアンカップルの子供フランシス(ラモーナ・エディス・ウィリアムズ)の子守りを務め、さまざまな出来事に直面します。

僕以外の観客はすべて女性でした。やはり女性の方が共感できる部分の多い映画だと思います。
中絶薬は日本では未承認ですが、最近の映画では「海辺の彼女たち」(2020年、藤元明緒監督)で、技能実習生として来日したベトナム人女性が闇医者から手に入れて使うシーンがありました。
IMDb7.1、メタスコア83点、ロッテントマト99%。
▼観客5人(公開6日目の午後)

「バッドガイズ」

ドリームワークスの3DCGアニメ。内容的に悪いところはないんですが、平凡としか言いようがないレベル。日本では褒めてる人がいるのが不思議で、アメリカではIMDb6.8、メタスコア64点、ロッテントマト88%と決して良くはありません。

3DCGのアニメの技術は水準で、話もそれなりにまとまっていますが、それだけのこと。メッセージは当たり前のことでしかなく、新しい部分は皆無。怪盗集団バッドガイズのメンバーなど登場人物の一部だけが動物キャラであることの説明もありません。

予告編で流れたビリー・アイリッシュの大ヒット曲「バッド・ガイ」は本編では流れませんでした。
▼観客11人(公開14日目の午後)

「もっと超越した所へ。」

劇作家・演出家の根本宗子の同名舞台作品を根本自身が映画用に脚色し、山岸聖太(さんた)が監督。いずれもクズ男と付き合っている4人の女性を描き、男女の本音とリアルな様相が面白いです。中盤で意外な事実が明らかになり、終盤に向かって勢いと緊張感を増すドラマ構成も見事。問題は最終盤の演出で、舞台もこのままだったかどうかは知りませんが、ここが評価の分かれ目と思いました。

もっと映画的な工夫があれば良かったのに、惜しいです。見ていて今村昌平「人間蒸発」(1967年、キネ旬ベストテン2位)を思い出しました。あの傑作映画のクライマックスがドキュメンタリー世界を一瞬にしてフィクションに変貌させる衝撃を備えていたのに比べると、この映画の場合は舞台の(斬新な)手法以上のものではありません。

クズ男と言いますが、前田敦子、趣里、伊藤万理華、黒川芽以の4人が演じるのも相当なダメ女ではあり、そういう「割れ鍋に綴じ蓋」的関係が案外男女関係の真実を突いていたりします。

4組の中では黒川芽以が演じたシングルマザーの風俗嬢・北川七瀬が男にとっては最高の女性でしょう。なじみの客で売れない役者の飯島慎太郎(三浦貴大)がエキストラとして出ている作品を見て
「見たよ、すごいよかったよ、慎太郎が一番面白い役者だったよ」
と本心から言う七瀬。客観的評価と主観的評価が異なるのはつまりその相手への思いを表しているわけで、特別だから好きなのではなく、好きだから特別に見えるということです。
「旦那がいるって聞いた時すげーショックなくらい好きだったよ」
そう言う慎太郎と七瀬のカップルが個人的には最も幸せになってほしいと思えた2人でした。物語上の大きな仕掛けよりも、こうした細かな描写の方が観客の心をつかむんじゃないかと思います。
▼観客3人(公開4日目の午後)

「血ぃともだち」

押井守監督の実写映画で唐田えりか主演。Huluで配信されていたので見ました。高校の献血部(!)の女子生徒たちが人間を襲えない落ちこぼれ吸血鬼の少女に出会い、自分たちの血で世話をするという話。映画の実験レーベル「シネマラボ」の1本で、低予算であることを考えれば、悪くはない出来でした。

お蔵入り寸前だったのが今年2月に1日だけ劇場公開されたのだとか。唐田えりかの名前で客は呼べないでしょうけど、NiziUのニナ(牧野仁菜、NINA)がヴァンパイア役なのでそれなりに需要はあるんじゃないでしょうか。配信は19日からだったようで、amazonなどでは有料で見られます。

【amazon】「血ぃともだち」 Prime Video

2022/10/16(日)「耳をすませば」ほか(10月第3週のレビュー)

「耳をすませば」はスタジオ・ジブリの傑作アニメ「耳をすませば」(1995年、近藤喜文監督)の実写映画化。ただの実写化ではなく、原作の10年後をメインにした作品で、1987年から88年にかけての中学時代と1998年、25歳になった主人公・月島雫(清野菜名)と天沢聖司(松坂桃李)の物語が描かれます。

アニメ版はキネ旬ベストテン13位。興行面でも成功を収め、この年の邦画ではトップの18億5000万円の配収を記録しました。個人的には特に思い入れはありませんが、青春恋愛アニメの古典的な位置を占めているのは確か。このためアニメ版を愛する人からは公開前も今もヒステリックとも思える低評価がレビューに書かれています。傑作アニメを実写にして成功した例が少ない上、柊あおいの原作にもない10年後を付け加えるとあって、ファンが反発や不安を感じるのは当然でしょう。

しかし、今回の実写版、大成功とは言えなくても公開前の不安を杞憂に終わらせるような好感の持てる作品に仕上がっています。

チェロの演奏家になるために聖司がイタリアに行って10年。小説家になることが夢だった雫は小さな出版社に勤める傍らで小説を書き続けていますが、コンテストに応募しても落選続き。ルームシェアしている親友の夕子(内田理央)は中学時代からの思いを実らせて杉村(山田裕貴)と結婚が決まったというのに、雫は聖司との遠距離恋愛にも作家になる夢にも挫折しかかっています。
「10年やってきて何者でもなくて、どうしようって相談したい相手は遠くにいて会いたい時に会えない。分かってるけど分からないんだよ、自分がどうすればいいか」
中学時代と現在とを描きながら、映画は夢と恋愛に悩む雫の姿を丁寧に描いています。原作のイメージを壊さない爽やかさを持つ清野菜名と松坂桃李の起用がまず成功の一因ですが、夢を諦めるかどうかの葛藤を描いたことが同じように夢を持つ人たちへのエールになっているのが良いです。劇中で流れる歌はアニメ版の「カントリー・ロード」から「翼をください」に代わりましたが、夢見る恋人たちを描いた本作にはふさわしい選択でしょう。

「僕だけがいない街」(2016年)、「約束のネバーランド」(2020年)などの平川雄一朗監督のベストの仕事だと思います。映画の撮影は2020年3月から始まり、最終的に今年5月までかかったそうです。

パンフレットは雫の父親(「鎌倉殿の13人」の小林隆。アニメ版では立花隆が声をあててました)が勤める東京都杉宮中央図書館の蔵書を模したデザインで、バーコードが裏表紙にあります。試しにバーコードリーダーで読み取ったら、amazonのこのパンフレットのページにつながりましたが、価格は2400円。劇場で買えば850円ですのでご注意です。
▼観客3人(公開初日午前)。←今回から少なかった場合のみ観客数を記録します。自分を含めた数です。

「AKAI」

赤井英和のボクサー時代を描いたドキュメンタリー。「浪速のロッキー」として人気があったことはもちろんリアルタイムで知っていましたが、当時は赤井英和の試合はほとんどテレビ中継されなかった(さすがに世界戦は中継があったのでしょうけど、見てません)ので、本格的に試合を見るのは初めてでした。

デビュー戦からKO勝ちを続けた赤井は初の世界戦で7ラウンドKOを予告しながら、逆に7ラウンドTKO負けを喫します。以後、名トレーナーのエディ・タウンゼントの指導を仰ぎ、世界タイトル再挑戦を目指しました。

試合の変遷を見ていて気づくのはデビューから世界戦までのがむしゃらなファイトが世界戦後には影を潜めたこと。タウンゼントの指導で技術的には向上したのでしょうが、どこかで闘志を失ったのか、あるいは体の不調があったのかもしれません。そうしたことも失踪・引退騒ぎにつながったのではないかと思えます。

映画のクライマックスはあの大和田正春との試合(1985年2月)。ここで赤井は急性硬膜下血腫、脳挫傷の瀕死の重傷を負って、ボクサー生命を絶たれました。その後は母校の近畿大でコーチをしていましたが、1987年に出版した著書「浪速のロッキーのどついたるねん」を読んだ阪本順治監督がデビュー作として映画「どついたるねん」(1989年、キネ旬ベストテン2位)を赤井主演で撮ったのはご存じの通りです。双方にとって、これは幸福な出会いだったと思います。

「AKAI」の監督は赤井の長男・英五郎。当時のテレビ番組やニュースフィルム、現在のインタビューで構成しています。懐かしさも手伝って、僕は大変面白く見ました。
▼観客1人(公開7日目の午後)。

「激怒」

高橋ヨシキ監督のトークショー付きの上映で見ました。宮崎キネマ館のキネマ1(100席)で観客半分ぐらいの入り。
高橋ヨシキ監督(左)=2022年10月15日、宮崎キネマ館
高橋ヨシキ監督(左)=10月15日、宮崎キネマ館
主人公の刑事・深間(川瀬陽太)は激怒すると、見境なく暴力を振るい、ある事件で死者を出してしまう。アメリカで治療を受け、数年後に帰国すると、高圧的な自主防犯組織が強い力を持ち、町はすっかり「安心・安全な町」となっていた。かつて夜の街を謳歌していた深間の仲間たちは人間以下の扱いを受け、それを見た深間に強い怒りが沸き起こる。

クライマックスは深間が折れた腕から飛び出した骨で相手を突き刺して殺したり、顔を殴り続けてぺしゃんこにしたり。映画評論家としての高橋ヨシキはそうしたゴア描写が好きな感じの批評を書いていますので、らしい描写だと思いました。初の長編映画のため足りない部分は目に付きますし、脚本にもう少し深みが欲しいところですが、話をシンプルにして描写で見せたかったのかもしれません。

高橋ヨシキのファンが多かったためか、トークショーで否定的な意見は出ませんでした。監督自身の評価は「かなり変な映画」とのこと。

「グリーンバレット」

サブタイトルに「最強殺し屋伝説国岡[合宿編]」と付くように「最強殺し屋伝説国岡[完全版]」(2021年、宮崎未公開)の続編で、「ベイビーわるきゅーれ」の阪元裕吾監督作品。「完全版」の方は殺し屋の日常を緩いユーモアと本格的な格闘アクションを交えて描いたモキュメンタリー(POV)で、僕はそこそこ楽しめました。

「合宿編」の企画はミスマガジン2021の6人の女性タレントを使った映画として始まったそうです(Wikipediaによると、当初のタイトルは「ミスマガジン、全員殺し屋」)。殺し屋志望の女子6人を最強殺し屋の国岡(伊能昌幸)が山奥の合宿で指導中に野良の凶暴な殺し屋集団が襲ってくる、というストーリー。前半は殺し屋指導に絡む緩い笑いが満載、後半は本格的なアクションになります。

出てくる女の子たちはアクションは初めてだったそうですが、クライマックスのアクションはしっかり、様になってます。アクション監督を務めたスタントウーマン、アクション女優の坂口茉琴が良い仕事をしたのでしょう。阪元監督の演出も1作ごとにうまくなっていて、「ベイビーわるきゅーれ」の続編が楽しみです。
▼観客1人(公開12日目の午後)。

2022/10/09(日)「四畳半タイムマシンブルース」ほか(10月第2週のレビュー)

「四畳半タイムマシンブルース」はディズニープラスで配信しているテレビアニメ版の3話までを見たところで見ました。映画はテレビ版と違ったところはなく(エンディングの歌はテレビのオープニングの歌でした)、前半は確認作業でしたが、4話以降に当たる終盤はタイムマシンものらしいロマンティシズムがあり、センス・オブ・ワンダーをも感じさせる好印象の仕上がりでした。

大学3年生で京都の下鴨幽水荘209号室に住む主人公の「私」(浅沼晋太郎)と、「私」が密かに思いを寄せる1年下の明石さん(坂本真綾)、他人の不幸をおかずに飯が食える悪友の小津(吉野裕行)、先輩の樋口師匠(中井和哉)、歯科衛生士の羽貫さん(甲斐田裕子)ら「四畳半神話大系」(テレビアニメは2010年)のメンバーがエアコンのリモコンをめぐって騒動を巻き起こします。「私」の早口のナレーションに沿って映画は進行し、過去へ未来へのドタバタが繰り広げられるわけですが、基になった「サマータイムマシン・ブルース」(映画は2005年、本広克行監督)が時間SFとして優れているので、この映画もドタバタがあるからこその優れた青春SFになっています。

森見登美彦の原作ではサークルでポンコツ映画を量産している明石さんがこの2日間の騒動を映画にしたいと話し、「私」がタイトルとして「サマータイムマシン・ブルース」を提案する楽屋落ち的場面があります。原作読んでる時もアニメ「四畳半」のメンバーを思い浮かべながら読みましたが、やはりアニメにして初めてこの物語は完成したと思えました。「四畳半」の声優を含めたキャラクターが楽しいからでしょう。

テレビシリーズを再編集したのが映画版ということになっていますが、むしろ完成した映画を分割してテレビ版にしているのではないかと思います。でなければ、アニメ1回の長さが33分とか17分とか、あり得ないでしょう。

「四畳半神話大系」は以前Netflixでも配信していましたが、いつの間にか消えてました。今はディズニープラスのほか、U-NEXTで配信しています。もっとも、今風に言えばマルチバース(多元宇宙、並行世界)をテーマにしたこの傑作SFアニメシリーズを見ていなくても何ら支障はありません。なんなら、「サマータイムマシン・ブルース」を見ていなくても、いや見ていない方が楽しめるのかもしれません。両方見ていない人も映画を絶賛しています。

監督の夏目真悟は劇場用長編アニメの監督はこれが初めてのようですが、「四畳半神話大系」では作画スタッフなどでクレジットされていました。今回の映画はキャラクターデザインを含め大枠が固まっている作品なので監督しやすかったのではないかと思います。

「LOVE LIFE」

始まった途端に映画作りの高いレベルがありありと分かる作品でした。山崎紘菜の複雑な眼差しであるとか、子供がなぜ手話を知っているのかとか、エピソードの配置が抜群にうまく、その描き方も抜群にうまいです。木村文乃は「七人の秘書 THE MOVIE」(下記参照)とは演技の厚みが全然違い、キスシーン一つ取っても情感の込め方がまるで違います。

釣り道具の中古製品の話題から、夫の父親(田口トモロヲ)が子連れ再婚の木村文乃に当てこするように「中古といってもいろいろある」と発言し、それにカチンときた木村文乃が謝罪を要求するシーンとか、普段は木村文乃の良き理解者である夫の母親が、あることで残酷な本音を漏らすとか、深田晃司監督の脚本は人間関係や感情の細かい部分をすくい上げ、ドラマを構成しています。

木村文乃は多くの映画に出ていますが、ここまで演技力を見せたのは初めてではないかと思います。僕はかなり感心しました。ただ、なかなか着地の難しい話ではあり、明快な結末を迎える作品でもないので、IMDb7.1、メタスコア72点、ロッテントマト85%と海外の評価が際立って高いわけではない一因となっているのでしょう。ヴェネツィア映画祭コンペティション部門に出品されましたが、受賞は逸しています。

「マイ・ブロークン・マリコ」

平庫ワカの同名コミックをタナダユキ監督が映画化。原作は4話の短い話で、映画も上映時間85分のコンパクトな長さです。ほぼ原作通りの映画化で、タナダ監督と向井康介の脚本は独自のエピソードを追加することなく、細部のセリフや表現を膨らませた脚色になっています。

本当ならマリコからシイノへの最後の手紙の内容とか、マリコの自殺の直接的な理由なども知りたいところではありますが、映画が独自に付け加えれば、原作の疾走感を減じることになるためやらなかったそうです。

主演の永野芽郁は煙草を吸い、乱暴な口調のやさぐれたシイノというこれまで演じたことのない役柄を過不足なく演じています。父親の暴力から逃れても、恋人から暴力を受けてしまうマリコ役の奈緒は相変わらずうまいです。憑依型の演技をするタイプですね。

「七人の秘書 THE MOVIE」

事前にドラマ版の第1話と先日放送されたスペシャルを見ました。何の権限もない秘書たちが悪人を懲らしめるという設定自体に無理があるドラマ。第1話は終盤の誇張しすぎてあり得ない描写が大きなマイナスになっていて、テレビだからまあ許されるのでしょう。スペシャルはドラマと劇場版をつなぐという触れ込みでしたが、設定を受け継いだのは不二子(菜々緒)にいつの間にか子供がいたことぐらいじゃなかったかな。

映画は木村文乃をはじめ秘書たちがワチャワチャしているシーンは楽しいですが、話に新鮮味がありません。信州を支配する九十九ファミリー(会長役は笑福亭鶴瓶)の巨悪を暴くという内容で、意外性皆無(脚本は「ドクターX」の中園ミホ)。ドラマ版の演出も担当した田村直己監督は凡庸な演出を一歩も踏み出すことなく、終わっています。

秘書たちのアクションはスローモーション使ってるのがダメダメで、アクションの得意な女優を1人ぐらい入れたいところでした。見どころがある(アクションが映える)のは背の高い菜々緒で、体の細さは気になりますが、本格的に鍛えれば、アクション女優になれそうです。目指せ、シャーリーズ・セロン!

2022/10/02(日)「アイ・アム まきもと」ほか(10月第1週のレビュー)

「アイ・アム まきもと」は孤独死をテーマにした阿部サダヲ主演、水田伸生監督によるヒューマンドラマ。ウベルト・パゾリーニ監督「おみおくりの作法」(2013年)が原作としてクレジットされています。水田監督の前作はシム・ウンギョン主演の韓国映画「怪しい彼女」(2014年)を多部未華子主演でリメイクした「あやしい彼女」(2016年)でしたから、今回もそれに沿った企画なのかもしれません。

映画を見た後に「おみおくりの作法」をU-NEXTで再見しました。「アイ・アムまきもと」は基本的にこれに沿ったストーリーですが、一番の違いは主人公の設定です。原作の主人公ジョン・メイ(エディ・マーサン)は物静かなだけの男でしたが、牧本は空気が読めない、人の話を聞かないなど恐らく発達障害を意識した設定になっています。

言葉をその通りに解釈する牧本はこんな会話を交わします。
「あの、牧本さんでしたっけ、赤ちゃんいる?」
「いりません!」
牧本はそういう自分のことを自覚していて、バーっと一方的に話してしまった後に両手を顔の横で前後に動かし「すみません、牧本、今こうなってました」と反省します。しかし、孤独死した人の葬儀を自費で営み、遺族が引き取りに来ることに備えて遺骨を職場の机の周囲に保管しておくなど、仕事に対して一途であり、その行動は孤独死した人への思いやりにあふれています。

阿部サダヲはそんな牧本に命を吹き込み、情感をこめています。ラストは原作通りですが、牧本が愛すべきキャラクターになっている分、原作以上に胸を締め付けられる場面になっています。

水田伸生監督は傑作「初恋の悪魔」(日テレ)全10話のうち5話を演出していました。そのドラマで重要な役だった満島ひかりが孤独死した男の娘役で、仲野太賀の父親を演じた篠井英介が牧本の上司役で出ています。

「ロッキーVSドラゴ ROCKY IV」

「ロッキー4 炎の友情」(1985年)の再編集版。旧作は91分、今作は94分ですが、3分追加しただけではなく、ロッキーの私生活(家に家事ロボットがいました)などを大幅に削り、42分の未公開シーンを付け加えたそうです。

ランボー・シリーズ2作目の「ランボー 怒りの脱出」(1985年)からシルベスター・スタローンはタカ派路線となり、「ロッキー4 炎の友情」もその路線に沿った内容でした。アメリカ対ソ連(当時はまだ存在してました)を強調した映画作りに僕は反発を感じて映画館では見ませんでした。今、「炎の友情」を見直すと、ウクライナに侵攻した現実世界のロシアは明らかに悪役のため、これぐらい描いても良いのではと思えるほどです。

イワン・ドラゴ(ドルフ・ラングレン)との試合後のロッキーのスピーチは「炎の友情」より短くなっていますが、趣旨は変わりません。
「今、ここで2人の男が殺し合った。しかし2000万人が殺し合うよりマシだ。俺は変わり、あんたたち(観客)も変わった。人は変わることができる」
この言葉自体は真っ当なのに、旧作で批判の的になったのは、ここに至る過程が安直で脳天気だったからでしょう。当時のソ連はゴルバチョフ書記長の開放路線の時代で、今のプーチン政権よりはるかに良かったと思います。その国に対するロッキーの言葉は「上から目線のタワゴト」と受け取られても仕方がなかったでしょう。

僕は「ロッキーVSドラゴ」が「炎の友情」からそれほど大きく変わった印象は受けませんでした。それでも今作の評価が旧作より高いのは世界情勢が変わったことも影響しているのではないかと思います。amazonの「炎の友情」のレビューを見ると、今やこの作品も4.2と高い評価になっています。

今後、変わるかもしれませんが、今のところ「ロッキーVSドラゴ」の配信予定はないそうです。コロナ禍で暇だったスタローンが大量の撮影フィルムから編集し直した作品で、ディレクターズ・カットとも決定版とも称しているわけではありません。あくまで、こういうバージョンもある、というぐらいの認識で良いと思います。採点を掲載しているのはロッテントマトのみで80%、「炎の友情」は37%。

「犬も食わねどチャーリーは笑う」

結婚4年目の夫婦を巡るコメディ。投稿サイト「旦那デスノート」に積もった不満を書き込んでいるのが自分の妻だと知った夫。妻の投稿は人気で出版社が他の投稿と合わせて本にまとめようと話を進める。見かけは円満だった夫婦は引くに引けないけんかを始めてしまう。

チャーリーはペットのフクロウの名前で、妻の投稿ネームでもあります。主演の香取慎吾、岸井ゆきのは悪くありませんし、前半は笑って見ていましたが、どうも後半の展開がイマイチです。

90分ぐらいで終わって良い話を無理に引き延ばした感じがあり(上映時間は117分)、クライマックス、妻の職場で2人が言い争いをする場面はまったくリアリティを欠いています。脚本・監督は「箱入り息子の恋」「台風家族」の市井昌秀。

香取慎吾が勤めるホームセンターで香取に思いを寄せる女の子がかわいいなと思ったら、「街の上で」の中田青渚でした。同じホームセンターの余貴美子はおかしくて良かったです。

「LAMB ラム」

アイスランドの山間を舞台にしたホラー風味の物語。この題材をアメリカの三流監督が撮ると、Z級映画になってしまうのでしょうが、長編映画デビューのヴァルディミール・ヨハンソン監督の演出が上等な上、ノオミ・ラパスの演技と美術、撮影など映画の作りはAランクに近い出来でした。人里を離れ、霧が深く、雄大な山々を望む場所だけに不思議な出来事が起こってもおかしくない雰囲気があり、ロケーションが大きな効果を上げています。

羊飼いの夫婦イングヴァル(ヒルミル・スナイル・グズナソン)とマリア(ノオミ・ラパス)がある日、羊の出産に立ち会うと、羊ではない“何か”が産まれる。言葉を失い、目配せし合った二人はその存在を受け入れ、亡くした娘の名前と同じ“アダ”と名付けて、育て始める。

「あれはいったい、何なんだ?」。夫婦のもとを訪れ、アダを目にした弟の問いにイングヴァルは「幸せってやつさ」と答えます。僕はアダを見ながら、小松左京の傑作短編「くだんのはは」を思い浮かべましたが、西洋にもこれに類した存在はあるので、映画のオリジナルな発想ではありません。ただ、夫婦が異常な存在と日常生活を普通に送っている光景には奇妙さが横溢し、同時に不穏さも漂います。この奇妙な光景に最初、弟が面食らう場面には思わず笑ってしまうようなユーモアがありました。

映画は吹雪の中、馬の群れが何かに気づいて逃げていく冒頭の場面から、ある超常的存在が近くにいることを匂わせ、その後もそれを示唆した場面があります。ですから、クライマックスに出てくる存在は理にかなった姿だと思いました。これを衝撃的とか驚愕と書きたくなるレビュアーの気持ちは分からなくはないですが、想像力の不足も疑った方が良いでしょう。IMDb6.3、メタスコア68点、ロッテントマト86%。