2014/01/31(金)1月に読んだ本

 1月に読んだのは8冊。以下の通り。★は5個が最高。

「弱くても勝てます 開成高校野球部のセオリー」(新潮社 高橋秀実)★★★★
「世界にひとつのプレイブック」(集英社文庫 マシュー・クイック)★★★★
「叫びと祈り」(創元文庫 梓崎優)★★★★
「ドゥームズデイ・ブック」(ハヤカワ文庫・コニー・ウィリス)★★★★
「アル中病棟 失踪日記2」(イースト・プレス 吾妻ひでお)★★★★
「死なないやつら」(講談社ブルーバックス 長沼毅)★★★★1/2
「桶川ストーカー殺人事件 遺言」(新潮文庫 清水潔)★★★★★
「小さいおうち」(文春文庫 中島京子)★★★1/2

 ノンフィクション3冊、小説4冊(ミステリ1、SF1、ドラマ2)、コミック1冊。ミステリが少ないが、「桶川ストーカー殺人事件」は非常に優れたミステリのように読める。事件の特異性、まるで海外ミステリのような犯人像、探偵のような記者、逃走する主犯などなど小説以上にドラマティック。もちろん前面には卑劣な犯人と警察への強い怒りがあるが、読み物として一級品だ。記者らしく短い文を重ねた文体が効果的だと思う。記者の教科書であり、「事件ノンフィクションの金字塔」というコピーは嘘じゃない。

 現在読んでいるのは清水潔「殺人犯はそこにいる」(面白すぎる)とマンジット・クマール「量子革命」(手ごわい)で、どちらもノンフィクション。どうも最近、HONZの影響があるようだ。

2014/01/29(水)「小さいおうち」

 黒木華はそれほど美人じゃないなと思いながら見ていたら、「ちっともべっぴんさんではなかった」から芸者や女郎に売られることはなかった、というセリフがあった。そういう意味も含めてのキャスティングなのか? しかし、黒木華はいい。クライマックス、意を決して「奥様、行ってはなりません」と松たか子を引き留める場面など、それまでに黒木華の役柄が寡黙で控えめで誠実に描かれているからこそグッとくる。行かせてしまえば、人の噂にのぼって平井家の穏やかな生活は壊れてしまうのだ。

 中島京子の直木賞受賞作を山田洋次監督が映画化。昭和11年、東京オリンピックの開催が決まりそうな景気の良かった日本が戦争に傾斜していく時代を背景に、ある一家の恋愛事件を描いている。山田監督が戦前を今の日本に重ね合わせていることは明らかだが、それを声高に主張しているわけではない。ノスタルジーが前面に出ているわけでもないけれど、その時代に慎ましく生きる人々への愛おしい思いは感じられ、次第に息苦しくなっていく時代の空気もまた端々に描かれている。1931年生まれの山田洋次はこの時代の雰囲気を肌で知っており、それをフィルムに刻みたかったのだろう。

 主人公のタキ(黒木華)は山形から奉公のために東京に出てきた。女中として仕えたのは赤い瓦屋根の小さな家に住む平井家。玩具会社常務の雅樹(片岡孝太郎)と時子(松たか子)、一人息子の恭一の3人家族だ。美しい時子はタキに優しく、タキも「一生この家で勤めさせていただきます」と考えるほど平穏な生活が続いていたが、夫の会社の部下・板倉(吉岡秀隆)の出現で時子の心が揺れ動き始める。

 映画は現在のタキ(倍賞千恵子)が遺した自叙伝の大学ノートを親類の健史(妻夫木聡)が読む形で進む。少し気になったのは美人の時子が惹かれていく存在として、どうも吉岡秀隆には説得力が欠けること。時子が惹かれた理由は美大出身の板倉が夫の会社の他の社員にはない雰囲気を持っており、クラシック音楽の趣味が合ったかららしい。映画を見た後に原作を読んだら、時子は恭一を連れての再婚で夫とは十数歳の年の差があり、性的関係はないらしいことが示唆されていた。

 パンフレットの監督インタビューを読むと、山田監督の主眼が小市民的な幸せにあることが分かる。60年安保から70年安保の時代、小市民という言葉は蔑称的な意味合いでしか使われなかった。小さい家で幸せに暮らすという憧れは口にできなかったそうだ。この映画では小さな幸せこそが重要だということをはっきりと言いたかったのだろう。だからタキが必死に時子を押しとどめる場面が心に響く。

 時子の姉を演じる室井滋がなんだか小津安二郎映画の杉村春子を思わせておかしかった。医者役の林家正蔵やタキの見合い相手・笹野高史ら脇役のコミカルな扱いが山田監督らしい。山田監督の傑作群の中で、この映画は特別な存在ではないけれども、良い映画を見たなという満足感が残った。

2014/01/26(日)「ハンナ・アーレント」

 ナチスに協力したユダヤ人指導者がいたことと、アドルフ・アイヒマンが思考する能力のない凡庸な人物であったことを指摘しただけでバッシングされるということ自体が今となっては驚きだ。特にナチスへの協力はアイヒマン裁判の中でユダヤ人証人が証言した事実なのだから、バッシングを受ける謂われはない。

 映画の白眉はバッシングを受けたハンナ・アーレントがラスト近く、大学の学生に語る8分間のスピーチのシーン。マルガレーテ・フォン・トロッタ監督による映画全体の演出には際立って優れた部分は見当たらないが、このシーンはアーレントを演じるバルバラ・スコヴァの演技と相まって熱がこもっており、映画の主張を強烈に印象づける。

 「世界最大の悪は、平凡な人間が行うものなのです。そんな人には動機もなく、信念も邪心も悪魔的な意図もない。人間であることを拒絶した者なのです。そしてこの現象を、私は『悪の凡庸さ』と名づけました」

 「人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能になりました。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです」

 「“思考の嵐”がもたらすのは、知識ではありません。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう」

 アイヒマンの登場シーンには記録フィルムが使われ、実際のアイヒマンがどんな人物であったのか、その一端が分かって興味深い。これを見る限り、アイヒマンは知的で優秀な人物のように思える。「思考する能力」のない人物には見えないのだ。アイヒマンには思考する能力がなかったのではなく、アーレントが言うように思考する能力を放棄していたのだろう。ユダヤ人の強制収容所への移送命令を唯々諾々と実行するだけだったのは体制に逆らう勇気がなかったことと、自分の保身しか考えなかったからだろう。

 アーレントの批判の矛先は知識をため込んだだけの凡庸なインテリゲンチャにこそ向けられている。勇気がなく、行動もしないインテリゲンチャに価値はない。思考することを放棄したアイヒマンとユダヤ人指導者はだから同種の存在なのである。

 アイヒマン裁判を傍聴したアーレントによる「イェルサレムのアイヒマン」は難解な書物のようだ。そのポイントを分かりやすく描き、アーレントを取り上げたこと自体にこの映画の価値はあると思う。演出の技術がいかに優れていようと、つまらない映画は多い。演出の技術よりも大事なことはあるのだ。

2014/01/15(水)ストリートビューの善し悪し

 Googleのストリートビューに自宅が写っていて驚いた。うちは市内でも田舎の方にあって、家の前の道路は細い上に行き止まりになっている。こんなところまでGoogleの撮影車両は来ていたのか。しかも家の近所で散歩中の自分の姿が写ってた(撮影車両には全然気づかなかった)。撮影日時は昨年3月だった。

 ストリートビューが凄いのは住所を検索すれば、地図にピンポイントで表示でき、その家の外観も確認できること。以前、仕事で初めてお会いする人の家にお邪魔することがあった頃はゼンリンの住宅地図で確認しながら行き、どんな家かを電話で聞くことがよくあった。今はストリートビューで確認できてしまう。表札が読み取れる家も多い。

 一昨年だったか、佐野眞一の「東電OL殺人事件 」(amazon)を読んだ際、事件現場がどんなところかをストリートビューで確認したことがある。事件当時そのままの外観なのが興味深かった(事件は1997年、撮影は2009年11月。今は2013年6月撮影の写真に変わっている)が、こういうのを見られるのは東京だからだろうと思った。今は全国の多くの地域でこれと同じことができるようになったわけだ。

 便利と思う半面、これは悪用もできるなと思う。住所を知られたら、その人がどんな家に住んでいるかまで分かってしまうのだ。クレジットカードなどの信用情報調査などにも活用されるのではないか。豪勢な邸宅に住んでいても資産ゼロに近いなんてことがあるのは「となりの億万長者 〔新版〕 ― 成功を生む7つの法則」(トマス・J・スタンリー、ウィリアム・D・ダンコ)でも指摘されているのだけれど、とりあえずネットで手軽に家を見られてしまうというのは善し悪しだ。メールアドレスが漏れても迷惑メールが来るぐらいだが、住所を知られるとリアルな事件に結びつく可能性もある。住所は最大の保護を図っておくべきなのだろう。以前のような配布はしていないが、電話帳などに掲載している人は要注意だ。

2014/01/09(木)2013キネマ旬報ベストテン

 発表された。邦画洋画とも1位が認知症の女性をめぐる話であるのが面白い。僕は「愛、アムール」よりも笑いを盛り込んだ「ペコロス」の方が好きだ。岩松了が明らかにカツラと分かる竹中直人の頭を見つめる視線の意地悪さなど、森崎東監督らしいと思う。「そして父になる」と「もうひとりの息子」も子供の取り違えをテーマが同じだ。家族の問題というのは世界共通のテーマなのだろう。

【日本映画】
(1)ペコロスの母に会いに行く
(2)舟を編む
(3)凶悪
(4)かぐや姫の物語
(5)共喰い
(6)そして父になる
(7)風立ちぬ
(8)さよなら渓谷
(9)もらとりあむタマ子
(10)フラッシュバックメモリーズ3D
次点 フィギュアなあなた

【外国映画】
(1)愛、アムール
(2)ゼロ・グラビティ
(3)ハンナ・アーレット
(4)セデック・バレ
(5)三姉妹 雲南の子
(6)ホーリー・モーターズ
(7)ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日
(8)ザ・マスター
(9)熱波
(10)もうひとりの息子
次点 嘆きのピエタ

 順当な結果と思うが、個人的には大好きな「世界にひとつのプレイブック」が入っていないのが残念。これ、年末にTSUTAYA TVで見て面白かったので1年ほど前に買った原作を読んでいるところ。主人公は双極性障害らしいが、知的障害も加わっているかのような言動をする。元教師なのだから少し違和感があるのだけれど、それを除けば、映画同様に面白い。