2025/02/16(日)「キャプテン・アメリカ ブレイブ・ニュー・ワールド」ほか(2月第2週のレビュー)
Netflixで今月から配信が始まったタイ映画「邪厄の家」(2023年、ソーポン・サクダピシット監督)は「バーン・クルア 凶愛の家」(全国的には昨年11月公開)と同じものです。劇場公開と配信でタイトルが異なるのは困りものですが、たぶん供給ルートが違い、Netflixの担当者も公開作とは知らなかったんじゃないでしょうか。わざとこうする理由は思いつかないです。
それにしても「邪厄」とはあまり聞き慣れない言葉。一昨年5月に公開された台湾ではこのタイトルだったようで、それを参考にしたんでしょうかね?
「キャプテン・アメリカ ブレイブ・ニュー・ワールド」

アメリカ大統領サディアス・ロス(ハリソン・フォード)がホワイトハウスで複数の人間から銃撃される。その中の1人は元スーパーソルジャーでサムの友人イザイア・ブラッドリー(カール・ランブリー)だった。彼らは何者かに洗脳されていたらしい。さらに希少金属アダマンチウムを巡って日本とアメリカはインド洋で一触即発の危機を迎えていた。キャプテン・アメリカは、ファルコンのウイング・ユニットを受け継がせたホアキン・トレス(ダニー・ラミレス)とともに双方の戦闘機の攻撃を必死に食い止め、陰謀を企む黒幕に迫る。
空中アクションとレッドハルクとの闘いが見どころ。超人血清によってスーパーパワーを持ったスティーブ・ロジャースとは違って、サム・ウィルソンは普通の人間。ウイング・ユニットとスーツを身に着けてもアイアンマンのスーツほどのパワーがあるわけでもなく、普通に考えてハルクに勝てる訳がありません。アンソニー・マッキー自身にスター性が希薄なのもつらいところですが、それはシリーズ第1作のクリス・エヴァンスも同じでした。2作目の「ウインター・ソルジャー」(2014年)が1作目の100倍ぐらい面白かったように、映画の作りと監督次第でどうにでもなるでしょう。次に期待します。
日本の首相に扮するのは「SHOGUN 将軍」(ディズニープラス)や「モナーク レガシー・オブ・モンスターズ」(アップルTVプラス)などの平岳大。この映画での日本の役割は今の情勢で考えれば、本当は中国でしょうが、米中開戦は洒落にならないので日本にしたんじゃないでしょうかね。
監督は「クローバーフィールド パラドックス」(2018年)、「ルース・エドガー」(2019年)のジュリアス・オナー。マーベル映画の常でエンドクレジットの後におまけのシーンがありますが、マルチバースをめぐるもので、これ、今後につながるのですかね? 以前の設定の名残のような気もします。製作が始動したといわれる「アベンジャーズ ドゥームズデイ」(アンソニー&ジョー・ルッソ監督)と「シークレット・ウォーズ」(同)もマルチバースものになるのでしょうか。
「インクレディブル・ハルク」(2008年、ルイ・レテリエ監督)以降、サディアス・ロスを演じていたウィリアム・ハートは2022年に死去。ハリソン・フォードがそれを引き継いだわけですが、82歳のフォードには引退説も流れています。
IMDb6.0、メタスコア43点、ロッテントマト51%。
▼観客多数(公開2日目の午前)1時間58分。
「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城塞」

香港へ密入国したチャン(レイモンド・ラム)は黒社会のルールを拒み、己の道を選んだために組織に目を付けられる。追い詰められたチャンは巨大スラム街・九龍城砦に逃げ込み、そこで3人の仲間と出会い、深い友情を育む。しかし九龍城砦を巻き込む抗争が激化し、チャンたちは命を賭けた戦いに挑んでいく。
アクション監督は谷垣健治、音楽を川井憲次が担当しているのはファンとしてはうれしいです。監督は「ドラゴン×マッハ!」(2015年)などのソイ・チェン。大ヒットしたので前日談や続編の計画もあるそうです。
パンフレットはクリアファイル付きで1200円でした。amazonでは4000円とか5000円とかで売ってますが、バカバカしいので劇場で買った方が良いです。入場者プレゼントのポストカードまで売ってるのがあきれますね。
IMDb7.0、メタスコア77点、ロッテントマト90%。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)2時間5分。
「港に灯がともる」
監督の安達もじりは放送中のNHK夜ドラ「バニラな毎日」や再放送中の朝ドラ「カーネーション」(2011年)「カムカムエヴリバディ」(2021年)などの演出家。本作はNHKドラマを再編集した前作「心の傷を癒すということ 劇場版」(2020年)に近い内容です。阪神・淡路大震災の翌月に神戸市長田で生まれた在日韓国人三世の灯(富田望生)は20歳。在日の自覚は薄く、震災の記憶もない灯は父(甲本雅裕)、母(麻生祐未)が語る家族の歴史や震災当時の話が遠いものに感じられ、苛立ちを募らせる。父は家族との衝突が絶えない。結婚間近の姉の美悠(伊藤万理華)が提案した日本への帰化を巡り、父親との対立がさらに深まる。灯は鬱状態になり、勤めていた造船所を退職。小さな建設会社に入る。
と、ここまで書いてパンフレットの「企画の始まり」のページを読んだら、この映画はプロデューサーの安成洋の発案から始まった、とありました。安プロデューサーの兄は「心の傷を癒すということ」(1996年)を書いた精神科医・安克昌。神戸、震災、在日のテーマが共通しているのはそのためなのでした。
異なるのは主人公が震災を経験したか、しなかったかの点。ドラマ「心の傷を癒すということ」(全4話)は震災で深い心の傷を受けた人たちの治療に当たる安医師(柄本佑)を描き、心の傷の苦しさ辛さをよく伝える内容でしたが、この映画はそれが間接的な分、主人公の苦悩が分かりにくくなっています。そして、39歳で亡くなった安医師がこのドラマの中で3人目の子供に付けた名前が灯でした。
この映画の主人公が安医師の娘と同じ名前なのは安達監督(あるいは安プロデューサー)が関連作として意識したからでしょう。灯の苦しみは主に父親との確執が原因となっていますが、父親が経験してきた苦難は娘に実感として伝わっていません。だから最後まで父娘はわかり合えないままになっています。それと同じようなことが主人公と観客の間にもあるようで、富田望生の役に入り込んだ熱演は空回り気味に感じました。これは富田望生が悪いわけではなく、単に脚本(安達もじり、川島天見)の説得力の問題だと思います。
大震災から30年ということもあって、「心の傷を癒すということ」の新増補版(2019年)は先月、NHK「100分de名著」で取り上げていました。
▼観客多数(公開5日目の午前)1時間59分。
「占領都市」

原作の「Atlas of an Occupied City」はマックイーン監督の妻で歴史家のビアンカ・スティグターの著作。マックイーンは2005年に短いバージョンが発表された際に映画化を考えたそうです。アムステルダムには当時、アンネ・フランクをはじめ多くのユダヤ人が住んでいましたが、その多くは収容所に収容の末に殺されたり、病死したりしました。街の至る所でもドイツ兵に殺されていて、スティグターは彼らがどのように死んでいったのかを調査したそうです。
ナレーションで何度も繰り返されるのは“Demolished”という単語。取り壊された、消滅した、解体されたという意味で、建物や場所、人々など多くのものが占領下でなくなってしまったことを象徴しています。撮影はちょうどコロナ禍の時で、善意の“マスク警察”の人たちがマスクを着けるように道行く人たちに注意する場面があり、占領当時にナチスの手先になった人たちと重なります。
4時間11分、退屈はしませんが、当時の映像を一切入れないことにこだわる必要もなかったのではと感じました。
IMDb6.7、メタスコア76点、ロッテントマト72%。
▼観客5人(公開6日目の午後)4時間11分。
2025/02/09(日)「ファーストキス 1ST KISS」ほか(2月第1週のレビュー)
残念ながら本編の方は見逃しましたが、これはその中から入学式の演奏でシンバルを担当することになった1年生の女の子をめぐるエピソードをピックアップしたもの。練習が足りないことを先生に叱られて泣き出してしまった女の子が立派に演奏できるまでのクラスメートや先生とのかかわりを描いています。タイトルの「Instruments of a Beating Heart」(直訳すると、「鼓動する心臓を持つ楽器たち」)の意味は最後の方に出てきます。
「ねえ、私たちって何なんだろうね」これが2年生になったばかりの子供たちの会話です。感心します。「小さな社会」なわけです。
「心臓、の一部? 私たちは心臓のかけらで、みんながそろったら、こんな形(ハート)になる。で、一人、こんな風にずれたら、もう心臓はできないの」
「本当だよ、私たちは過酷な楽器だよ」
同じく短編ドキュメンタリー候補の「ザ・レディ・イン・オーケストラ: NYフィルを変えた風」と短編実写映画賞候補の「アヌージャ」、歌曲賞候補の「6888郵便大隊」はNetflixが配信しています。
「ファーストキス 1ST KISS」
よくあるタイムトラベルもの、ループものなのに主人公2人の会話で構成するクライマックスが見事すぎて参りました。ベテランの力量を徹底的に見せつける脚本(坂元裕二)の説得力。これは海外に通用する高いレベルの脚本だと思います(だから坂元裕二は「怪物」でカンヌの脚本賞取ったのですが)。積極的にループすることを除けば、そのアイデアは普通のものなのに、こんなにオリジナルな映画ができるのが驚きで、中盤の少しの緩みを補って余りあるクライマックスの充実ぶりにひたすら感心しまくりました。結婚して15年になる硯カンナ(松たか子)は夫の駈(松村北斗)を電車事故で失う。駈は線路に落ちたベビーカーの赤ちゃんを助けようとして犠牲になったのだ。夫婦生活は冷え切っていて、駈はその日、離婚届を出す予定だった。数カ月後、カンナは首都高のトンネル内で車の運転を誤る。気がつくと、どこかのリゾート地にいた。そこは15年前、2009年8月1日のリゾートホテル。駈とカンナが出会った場所だった。45歳のカンナはそこで29歳の駈に出会い、かつての恋心を思い出す。駈の事故死を防ぐため、カンナは何度もタイムトラベルし、あらゆる手段を講じて事故当日の駈の行動を変えようとするが、すべて失敗に終わる。そして駈を救う唯一の方法は自分たちが出会わず、結婚しないことしかないと結論する。
「神様どうか私たちが、結ばれませんように」というこの映画のコピーは秀逸ですが、映画はそれ以上に優れたクライマックスを用意しています。坂元裕二はパンフレットのインタビューで「今回描きたいと思ったのは、タイムトラベルをひとつの入り口として、人と人との関係をもう一度やり直すことです」と話していますが、その通りの展開になっていきます。
同じく坂元裕二脚本の「花束みたいな恋をした」(2020年、土井裕泰監督)では絹(有村架純)と麦(菅田将暉)が麦の就職以降、徐々にすれ違っていく様子が描かれていましたが、この映画ではカンナと駈が口げんかの果てにパンとご飯の朝食を別々に作って別の部屋で食べ、それぞれのベッドで寝るようになるという家庭内別居のような状況を描いています。ロマンティックなだけの浅薄なラブストーリーではなく、厳しさを併せ持った心にしみるドラマになっているわけです。
ユーモアを絡めたこういう優れた脚本があれば、ある程度の映画にはなるものですが、塚原あゆ子監督はさらに的確な演出で冒頭の事故のシーンから観客を引き込み、感情を揺さぶる傑作に仕上げました。「中盤の少しの緩み」と書きましたが、脚本を読むと、中盤にダレ場はありません。演出の緩急の付け方にほんの少しの計算違いがあったということなのでしょう。
心に残ったセリフをいくつか上げておきます(シナリオブックから引用)。
ロープウェイの中での駈とカンナの会話。
「恋愛感情がなくなると、結婚に正しさが持ち込まれます。正しさは離婚に繋がります」駈からパーティーに誘われる場面。
「恋愛感情をなくさなければ」
「恋愛感情と靴下の片方はいつかなくなります」
「わたし、45歳です」そしてクライマックス。なぜ2人の仲が悪くなったか説明する場面。
「それが何か?」
「29歳の男性は45歳の女性とはパーティーに行かないものです」
「なんでじゃないの。だからなの。いい? 好きなところを発見し合うのが恋愛でしょ。それはわかるよね。嫌いなところを見つけ合うのが結婚」そうした夫婦の行き着く先を2本のボールペンで説明するカンナ。
「ボールペンが二本あります。お互いに期待しない。感情も動かない。無の状態。これが夫婦の行き着くところです」シニカルでユーモアのあるセリフの数々。坂元裕二、なんでこんなに巧いんだ、分かってるんだと思わざるを得ません。それを活かしているのが松たか子のコメディエンヌとしての資質で、松たか子は若い頃から一流のコメディエンヌの側面を持っていました。おかしさとロマンティシズムがあふれるタイトルのファーストキスの場面にもそれが発揮されています。
カンナの20代の場面は以前の松たか子の輝くような美しさを驚くほど再現していて、これはほうれい線を隠すなどのメイクだけではなく、CGを使っているのかもしれません。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間4分。
「フード・インク ポスト・コロナ」

特に警鐘を鳴らしているのは前作以降に急増した超加工食品。「添加物、人工甘味料、合成香料などを化学的に調合した」食品で、健康に影響を及ぼすとされています。フェアな労働による自然農法で生産された食品を加工せずにそのまま調理して食べるのが健康を維持することになるのでしょう。
監督は前作に続いてのロバート・ケナーと前作を共同プロデュースしたメリッサ・ロブレドの共同監督となっています。
IMDb6.8、メタスコア70点、ロッテントマト79%。
▼観客7人(公開6日目の午後)1時間34分。
「366日」
沖縄出身バンドHYの名曲「366日」にインスパイアされた赤楚衛二、上白石萌歌主演のラブストーリー。「ファーストキス 1ST KISS」の見事な脚本に比べると、大きく見劣りがします。一応、つじつまを合わせただけの内容。それだけでいっぱいいっぱいな感じです。脚本家デビューの福田果歩、これがスタート地点で、ここからどう洗練していくか、磨き上げていくかが勝負でしょう。少なくとも、2度も難病を出す設定は回避する手段がいくらでもあったと思います。
共演は中島裕翔(良い役柄です)、玉城ティナら。監督は「矢野くんの普通の日々」(2024年)など青春映画が多い新城毅彦。
▼観客多数(公開28日目の午後)2時間3分。
2025/02/02(日)「リアル・ペイン 心の旅」ほか(1月第5週のレビュー)
気になったので書店で買ってきました。カバーにある著者(玖月晞=ジウ・ユエシー)の写真を見て、女性だったのかとびっくり。映画はデレク・ツァン監督の男視線で描かれていましたからね。それと巻末の解説に「中国語の『少年』は少女の意味も含む」とあって、なるほどと思いました。少年よりも少女(チョウ・ドンユイ)の方がメインと思えましたから。
「リアル・ペイン 心の旅」

ニューヨークに住むデヴィッド(ジェシー・アイゼンバーグ)とベンジー(キーラン・カルキン)は誕生日が2週間違いのいとこ同士。デヴィッドはIT業界で働き、ブルックリンの自宅に妻と子供がいる。ベンジーは情熱的でチャーミング、自由奔放で人を魅了するが、どこか危うさを持ち合わせていた。兄弟同然に育ち、近年は疎遠になっていたが、数年ぶりに再会。亡くなった祖母の遺言で、彼女の故郷ポーランドのツアー旅行に参加することになる。ユニークなツアー参加者と交流するなか、正反対の性格であるデヴィッドとベンジーは騒動を起こしながらも、彼ら自身の“生きるシンドさ”に向き合う。
パンフレットによると、原題の「A Real Pain」には「本当の痛み」のほかに「困ったやつ」という意味があり、「自分を困らせる人に使う表現」とのこと。明らかにベンジーを指しているわけですが、誰とでも親しくなる半面、他人の迷惑を顧みないベンジーは心に傷を抱えて不安定な精神状態にあることが徐々に分かってきます。それをキーラン・カルキンは陰影豊かに演じています。
精神的に不安定なのはデヴィッドも同じようなのですが、デヴィッドには妻子がいることが大きな違いになっているのでしょう。2人は兄弟同然に育ったから親しいのではなく、ともに不安定な状態にあることを含めて相手のことがよく分かっているから親しいのでしょうね。
結果がどうなるかは分かりませんが、キーラン・カルキンもジェシー・アイゼンバーグも賞に値する力を見せていると思います。
IMDb7.1、メタスコア86点、ロッテントマト96%。
▼観客9人(公開初日の午後)1時間30分。
「お坊さまと鉄砲」

2006年のブータン。国王の退位によって民主化への転換を図るため、選挙の実施を目指して模擬選挙が行われることになる。周囲を山に囲まれたウラの村の高僧ラマ(ケルサン・チョジェ)はこの報を聞くと、次の満月までに銃を二丁用意するよう、若い僧タシ(タンディン・ワンチュク)に指示する。そのころ、“幻の銃”を探しに銃コレクターのロン(ハリー・アインホーン)がアメリカからやって来て、村人から古い銃を購入しようとしていた。
ブータンはかつて国民の幸福度が高い国として知られていましたが、2019年のランキングでは156カ国中95位にとどまり、それ以来、ランキングに登場していないそうです。幸福度は他者との比較で左右されることが多く、素朴なブータンの人たちも外国の豊かな情報に触れると、自分の今の環境と比較してしまうのかもしれません。
ドルジ監督はパンフレットでこの映画のテーマを「無垢」の価値としています。「残念なことに私たちがより近代的で教育水準の高い国へと変化し移行するにつれ、この美しい価値は失われ、捨て去られつつあります。現代人には『無垢』と『無知』の違いを区別できないのでしょう」
監督の父親は外交官で監督自身も外国に住むことが多かったそうです。ブータンに対して第三者的視点を持ち、その価値をよく知っているからこそ、前作や本作のような寓話的側面を持った作品が生まれるのでしょう。ブータンの実情に沿わない面もあるのかもしれませんが、「無垢の価値」の訴えには十分に共感できました。
IMDb7.2、メタスコア74点、ロッテントマト94%。
▼観客11人(公開5日目の午後)1時間52分。
「嗤う蟲」

イラストレーターの杏奈(深川麻衣)は脱サラした夫・輝道(若葉竜也)と共に都会を離れ、麻宮村に移住する。自治会長の田久保(田口トモロヲ)を過剰なまでに信奉する村民たちの度を越えたおせっかいに辟易しながらも、新天地でのスローライフを満喫する。杏奈は村民の中に田久保を畏怖する者たちがいることに気づく。輝道は田久保の仕事を手伝うことになり、麻宮村の隠された掟を知ってしまう。
この題材なら「理想郷」(2022年、ロドリゴ・ソロゴイェン監督)の方がリアルに振って、というか実話の映画化ですが、よく出来ていました。城定秀夫監督はパンフレットで「村八分に遭うが、村から逃げない」展開にリアリティを持たせることが難しく、夫が心理的に村に取り込まれていく展開にしたと述べています。「理想郷」のように逃げたくても全財産はたいて移住したので無理という展開でも良かったのではないでしょうかね。
▼観客2人(公開6日目の午前)1時間39分。
「怪獣ヤロウ!」
岐阜県関市のご当地映画。市役所の観光課に勤め、何をやってもうまくいかない山田一郎(ぐんぴぃ)は、市長(清水ミチコ)から市を盛り上げるためのご当地映画の製作を命じられる。凡庸なご当地映画の製作に疑問を持った山田は、子供の頃からの夢だった怪獣映画の製作を思いつく。Wikipediaによれば、ご当地映画は「ある特定の地域を主要な舞台にしてドラマが展開していく映画作品を指す」。ただ、最近は地元の自治体が中心となって地域のPRのために作る場合が多いようです。ご当地映画=自己満足なだけでつまらん、という場合が多く、つまらない映画を作ってもPRにはならないんじゃないかと思います。
この映画は頑張ってる方で、手塚とおる、菅井友香、三戸なつめ、麿赤兒らキャストもそろえてますが、特に褒めるところはなく、フツーの出来でした。監督・脚本は岐阜県出身で、「実りゆく」(2020年)の八木順一朗。
▼観客6人(公開初日の午前)1時間20分。
「ナイト・オブ・アルカディアン」
ヒューマントラストシネマ渋谷で先月から特集している「未体験ゾーンの映画たち2025」で上映した作品をU-NEXTで配信しています。これはその1本。ニコラス・ケイジ主演で予告編に少し興味を引かれたので見ました(U-NEXTでは2月23日まで有料配信)。夜に現れる謎の生物が跋扈する世界で生きる父子のサバイバルを描くサスペンスホラー。謎の生物とはモンスターですが、これが何なのか劇中で詳しい説明はありません。「奴らは地球が汚染された後に出現した。今、地球は随分きれいになった」とケイジが言いますが、それならモンスター、いなくなってもいいんじゃない? で、このモンスター、夜になると、多数の群れとなって襲ってきます。モンスターの造型は悪くないと思いますが、口を高速にパクパク、ガクガクするのが安っぽいです。
ニコラス・ケイジは序盤で重傷を負って、寝たきりとなり、クライマックスに回復してモンスターを撃退します。若い俳優たちばかりだと、映画に重みがないので重し代わりに登場させたような扱いですね。モンスターと物語の背景をもう少し練った方が良かったと思います。監督は「ダーティー・コップ」(2016年)でもケイジと組んだベンジャミン・ブリューワー。
IMDb5.5、メタスコア57点、ロッテントマト78%。1時間32分。
2025/01/26(日)「機動戦士Gundam GQuuuuuuX Beginning」ほか(1月第4週のレビュー)
「機動戦士Gundam GQuuuuuuX Beginning」
まったく内容を知らずに見たので、序盤の展開には懐かしさと驚きと戸惑いを覚えました。ファーストガンダムとは別のパラレルワールドにある物語。それ以降の本筋は話が途中で終わることもあって、評価のしようがありません。日テレ系で始まるテレビシリーズの序盤を再編集した作品だそうです。脚本は庵野秀明と榎戸洋司、監督は「シン・エヴァンゲリオン劇場版」(2020年)などの鶴巻和哉。制作はサンライズとスタジオカラーで、序盤はサンライズ色、それ以降はスタジオカラー色が強くなっています。絵のタッチから違うので、別々に作ったんじゃないでしょうか。予告編には序盤の絵がまったく出てきませんから、ここが最大の売りであることは確かでしょう。
本筋はスペース・コロニーのサイド6で暮らす女子高生アマテ・ユズリハが主人公。一年戦争がジオン公国の勝利(!)で終わって5年後、アマテは戦争難民の少女ニャアンと出会う。運び屋のニャアンが運んでいたのはモビルスーツの戦闘を可能にするデバイスだった。2人がジャンク屋に行くと、そこにはジオンのモビルスーツ、ザクがおり、さらに赤いガンダムとジオンの新しいモビルスーツGQuuuuuuX(ジークアクス)がいた。素人ながら、ジークアクスに乗り込んだアマテは軍警ザクと交戦する。
アマテがその後、モビルスーツの決闘競技クランバトルに参加していくのは同じく女性を主人公にした「機動戦士ガンダム 水星の魔女」(2022年)を思わせました。
シャアとキシリアとマ・クベが登場し、画面には出てきませんが、アルテイシアの名前が出てくるなど序盤はファーストガンダム世代にはたまらない展開。本筋はテレビシリーズの全貌が分からないと評価できませんが、パラレルワールドを物語にどう生かしていくのか楽しみです。
▼観客8人(公開7日目の午後)1時間21分。
「型破りな教室」
アメリカ国境近くの治安の悪い地区マタモロスにある小学校を全国トップレベルに押し上げた教師の実話を基にしたメキシコ映画。赴任してきた教師フアレス(エウヘニオ・デルベス)の授業はユニークで、詰め込み式ではなく、考え方を教えていくものです。その意味で型破り(原題Radical)なわけですが、その効果で子供たちは探求する喜びを知り、成績も上がっていくという物語。
生徒の中には数学の天才少女パロマ(ジェニファー・トレホ)がいます。不遇な環境にいる天才を見つけて教師が指導する話は「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」(1997年、ガス・ヴァン・サント監督)をはじめたくさんありますが、パロマが暮らすのはゴミ捨て場のそばという過酷な環境。父親はゴミの中から金属を探して売って生計を立てています。その父親が買い取り屋に代金をごまかされそうになったところをパロマが助ける場面があります。教育と知識を深めることはひどい環境を脱出するのに確実に役立つことを示すシーンであり、現状脱出の希望を持たせることがフアレス先生の授業の最も大きな効果だったのではないかと思います。
原作は雑誌「WIRED」に掲載された記事「天才の世代を解き放つラディカルな方法」。監督・脚本のクリストファー・ザラはケニア生まれで現在はグアテマラ在住だそうです。
IMDb7.8、メタスコア70点、ロッテントマト96%。
▼観客16人(公開初日の午後)2時間5分
「サンセット・サンライズ」

東京の大企業に勤める釣り好きの西尾晋作(菅田将暉)はリモートワークを機に移住を決意。南三陸の4LDK・家具家電完備で家賃6万円の“神物件”の家を契約し、お試し移住をスタートさせる。移住先の大家・関野百香(井上真央)は町役場に勤め、空き家対策の仕事をしていた。百香は町のマドンナ的存在でもあり、周囲の男たちは東京から来たよそ者の晋作と百香の関係に気が気ではない。百香の父で漁師の関野章男(中村雅俊)ら、距離感ゼロの住民たちとの交流に戸惑いながら、晋作はポジティブな性格と行動力でいつしか溶け込んでいく。
百香は大震災による津波で悲しい別れを経験し、9年たってもまだ傷は癒えていないでしょうが、それを表に出してはいません。そんな百香を真っすぐに演じる井上真央が良いです。終盤、晋作からある話を聞きながら、アジのなめろうを作るシーンの手際の良さに感心しました。「芸能界で一番なめろう作りが早い」と言われたそうです。菅田将暉も魚のさばき方をしっかり練習して臨んだとのこと。
コロナ禍の密を避ける描写は今見ると、大袈裟なことやってるなと思いますが、当時は確かにこんな感じでしたね。
▼観客6人(公開6日目の午後)2時間19分。
「雪の花 ともに在りて」
江戸末期に疱瘡(天然痘)の治療に尽くした福井藩の町医者・笠原良策を描く小泉堯史監督作品。原作は吉村昭の小説「雪の花」。前半の演出にメリハリがないのがつらいところですが、終盤のまとめ方は悪くありません。当時、疱瘡は死の病で、隔離して感染拡大を防ぐしかありませんでした。笠原良策はオランダの医療を学んで種痘(予防接種)の普及に努めますが、無知蒙昧な反ワクチン勢力はこの時代にもいて、妨害されます。このあたり、現代に通じる話になっています。主演は松坂桃李。その妻役に芳根京子。それぞれに立ち回りの見せ場があるのが静かな展開の中でのアクセントになっていました。
小泉監督は80歳。監督デビューの「雨あがる」(2000年)の頃ならともかく、今でも黒澤明の弟子うんぬんで語られるのは作風も違いますし、迷惑じゃないでしょうかね。前作「峠 最後のサムライ」(2020年)はその年のワーストに選びたくなるような出来でした。それに比べれば、随分良いです。これまでの8本の監督作の中では現代劇の「博士の愛した数式」(2005年)が最も充実していたと思います。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)1時間57分。
「勇敢な市民」

原作はWebトゥーン(漫画)だそうですが、猫の仮面は明らかにキャットウーマンを意識したのでしょう。ソ・シミンは韓国語で小市民の意味。タイトルは「勇敢なシミン」も意味していることになります。相手の生徒があまり強そうに見えないのが難ですが、まずまず楽しめる内容でした。
IMDb6.5(アメリカでは未公開)
▼観客6人(公開5日目の午後)1時間52分。
「マイ・オールド・アス 2人のワタシ」
TBSラジオ「アトロク2」の放課後ポッドキャストで紹介していたので、amazonプライムビデオで見ました。レズビアンのエリオット(メイジー・ステラ)が18歳の誕生日に幻覚キノコでトリップし、39歳の自分(オーブリー・プラザ)と出会う。彼女はエリオットに「チャドに近づかないで」と忠告する。ある日、湖で泳いでいたエリオットはチャドと名乗る男に遭遇。エリオットは忠告に従ってチャドを避けていたが、次第に愛するようになってしまう。チャドにどういう秘密があるのかがすべてですが、クライマックスで分かるその真相がなかなかよく出来ていると思いました。青春映画の佳作ですね。
監督・脚本のミーガーン・パークはカナダの女優兼歌手の38歳で長編映画の監督は2作目。この映画はナショナル・ボード・オブ・レビューが昨年のトップ10インディペンデント・フィルムに選んだほか、多数の賞の候補に挙がってます。
IMDb7.0、メタスコア74点、ロッテントマト90%。
2025/01/19(日)「室町無頼」ほか(1月第3週のレビュー)
「室町無頼」
垣根涼介の原作を入江悠監督が映画化したアクション時代劇。室町時代中期を舞台に徳政一揆(土一揆)を主導した蓮田兵衛(大泉洋)の戦いを描いています。展開に違和感があったので原作の新潮文庫版の上巻を途中まで読みました。原作の主人公は蓮田兵衛ではなく、才蔵(長尾謙杜)です。映画で才蔵の修行シーンが延々と描かれたり、クライマックス、二条城前でのアクションシーン(ここが一番良いです)で活躍するのが才蔵なのはそのためでしょう。監督・脚本は「ビジランテ」(2017年)、「あんのこと」(2024年)などの入江悠。アクション場面や当時の飢饉と疫病に苦しむ庶民の表現など画面づくりは良いのですが、脚本に難があります。一揆側に蓮田、才蔵以外にキャラの立った人物がいず、物語としての膨らみに欠けますし、エモーションも盛り上がっていきません。1人ではなく、複数で脚本化した方が良かったと思います。
かつての仲間でありながら蓮田兵衛と対立していく骨皮道賢役の堤真一と、高級娼婦・芳王子(ほおうじ)役の松本若菜は良いです。才蔵に修行させる唐崎の老人役の柄本明はずーっと叫んだセリフ回しがうるさく感じられ、こういうセリフ回しだと、武術の達人には見えませんね。
音楽がマカロニウエスタン風なのは入江監督の趣味だとか。マカロニウエスタン以外に黒澤明「用心棒」も意識したそうですが、映画史に残る傑作「用心棒」の域にはとても達していません。こういうジャンルは好きなだけに残念です。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午前)2時間15分。
「満ち足りた家族」

「八月のクリスマス」(1998年)、「四月の雪」(2005年)のホ・ジノ監督だけに緊密な作りですが、物語の先行きはこうなるだろうと予想はつきます。そこを少し裏切り、ショッキングな結末となるのは原作通りなのか映画の工夫なのか分かりません(原作絶版です。amazonでテンバイヤーが売ってます)。
弁護士の兄を演じるのはソル・ギョング、医師の弟はチャン・ドンゴン。それぞれの妻をクローディア・キムとキム・ヒエが演じています。子供たちの犯行の様子は防犯カメラに映っていて、映像が不鮮明だったために親だけに分かったという設定。自首させるか、隠し通すか親たちは悩むことになります。親に分かるなら友人知人近所のおばさんたちにも分かるんじゃないか、と思ってしまいます。
IMDb7.2、ロッテントマト100%(アメリカでは映画祭で上映のみ)。
▼観客3人(公開初日の午後)1時間49分。
「アット・ザ・ベンチ」
川沿いにあるベンチを舞台に4つの物語(5エピソード)で構成するオムニバス映画。映像監督・写真家の奥山由之による自主制作作品で、脚本を生方美久、蓮見翔、根本宗子、奥山由之が担当しています。もっとも面白いのは2話目の蓮見翔脚本で、岡山天音と岸井ゆきの、荒川良々の好演も相まっておかしくて真実味もある話になっています。相手の嫌な部分を握り寿司にたとえ、一つ一つは小さな事でも寿司桶が寿司でいっぱいになって別れを思い立ったという展開が実に納得できました。1話目と5話目の生方美久は普通の出来(長い方が真価を発揮するタイプ?)。3話目の根本宗子はいかにも舞台の人らしい作品。4話目の奥山由之は自分だけたくさん俳優出してずるいぞ、という感じでした。
他のキャストは広瀬すず、仲野太賀、今田美桜、森七菜、草なぎ剛、吉岡里帆、神木隆之介らで、自主制作としては破格の豪華さですね。
▼観客10人ぐらい(公開7日目の午後)1時間26分。
「おーい!どんちゃん」
売れない役者の若い男3人が一緒に暮らす家の前にある日、赤ちゃんが置いていかれた。元カノが置いたらしい。3人は赤ん坊を「どんちゃん」(「どーん」としているから)と名づけ、協力しながら慣れない子育てに奮闘する。「横道世之介」(2012年)「さかなのこ」(2022年)の沖田修一監督が自分の娘を使って撮影した自主制作映画。撮影は2014年から2017年にかけて行われたそうです。ドキュメンタリー風の作品と予想していましたが、物語の設定はあり、緩やかにストーリーが進行します。ですから、他人のホームビデオを見せられて「どうだかわいいだろう」と強制されるような部分はなく、沖田監督独特のほんわかムードが漂う作品になっています。
基本的に赤ちゃんはずーっと見ていても飽きないもの。映画もどんちゃんが出てくる部分は面白いんですが、3人の役者の売れないエピソードはどんちゃんパートより落ちる感じがあるのは否めません。要するに「子供と動物には勝てない」わけです。上映時間も2時間程度にまとめた方が良かったと思います。
売れない役者を演じるのは坂口辰平、大塚ヒロタ、遠藤隆太の3人。宇野祥平、黒田大輔、山中崇がゲスト的に出演しています。
映画終了後、どんちゃんから「もうすぐ11歳になる」とのメッセージが流れてびっくり。他人の子の成長は早いのです。公式サイトによると、映画は2022年から各地の映画祭などで上映が行われており、東京では2月21日から新宿武蔵野館で公開されます。
▼観客10人ぐらい(公開6日目の午後)2時間37分。