2026/01/11(日)「Black Box Diaries」ほか(1月第2週のレビュー)

 映画「五十年目の俺たちの旅」公開に合わせてTVerでドラマ「俺たちの旅」(1975年)全46話と「十年目の再会」「二十年目の選択」「三十年目の運命」が配信されています。有料のHuluではなぜか「十年目」以降の3話は配信されていません。普段からTVerでは地上波で番組が終わると、すぐに配信が始まりますが、Huluでは翌日になります。有料より無料を優遇するとはどういうことでしょう? まあ、日テレにとっては少しでもCM収入を増やせるのでTVerで配信するメリットはあるんでしょうけどね。

「Black Box Diaries」

「Black Box Diaries」パンフレット
「Black Box Diaries」パンフレット

 ジャーナリストの伊藤詩織さんが監督を務め、自らの性被害を告発、追及する過程を描いたドキュメンタリー。理不尽な誹謗中傷と脅しにさらされる苦しい日々が続いた後、クライマックスにまるでドラマのような場面が訪れます。それは事件があったホテルのドアマンの証言。事件から4年たった頃、ドアマンの男性は事件の夜に自分が見たことを伊藤さんにメールで連絡してきます。これまでに明らかになっていなかった新たな重要証言であり、伊藤さんは民事訴訟の裁判でこの証言を出したいと、男性に電話で許可を請います。そして男性の「裁判で私の名前を出してもらってかまいません」という返事を聞いて泣き崩れます。

 意識がもうろうとした状態でTBSの元記者に無理矢理ホテルに連れ込まれ、レイプされた事件。それから裁判までの大まかな流れは知っていましたが、映画で描かれる伊藤さんへの謂れ無い誹謗中傷の多さに胸が痛むと同時に怒りがふつふつと沸騰してきます。伊藤さんは強い女性だから事件を追及し、民事裁判を闘えたわけではなく、性被害のPTSDから逃れるために打ち込んできたのではないかと思えます。

 ドアマンの男性の証言を裁判に使うことで彼は職場を追われるかもしれない、と伊藤さんの弁護士は忠告しますが、「名前を出してかまわない」と言った男性はそれを承知の上でした。伊藤さんの苦闘をさんざん見せられた後だったので、男性の言葉に救われる思いがしました。事件を握りつぶそうとする警察上層部の腐った幹部やネットのデマに踊らされて被害者を誹謗中傷する浅薄な人たちもいますが、もちろん、そんな人間ばかりではないわけです。幸い、男性が職を失うことはなかったそうです。

 両親への遺書のようなビデオレターの自撮り撮影直後に病院の描写があり、伊藤さんが自殺未遂していたことを示唆する場面があります。性被害は深刻な心の傷を残し、それが完全に癒えることはないのでしょう。被害を受けて11年。#MeToo運動(2017年、ニューヨーク・タイムズがハーヴェイ・ワインスタインの性加害を告発した記事がきっかけ)の前に起きた事件であり、伊藤さんの行動はその先駆けになったものと言えます。心の傷が少しでも和らぐことを願うばかりです。
IMDb7.5、メタスコア82点、ロッテントマト99%。アカデミー長編ドキュメンタリー賞候補。
▼観客5人(公開初日の午前)1時間42分。

「五十年目の俺たちの旅」

「五十年目の俺たちの旅」パンフレット
「五十年目の俺たちの旅」パンフレット
 人気を博した青春ドラマ「俺たちの旅」(1975年、日テレ)の50年後を描く作品。10年目、20年目、30年目の際もドラマが作られましたが、2015年の40年目の時はドラマのメイン監督だった斎藤光正さんが2012年に亡くなっていたため、見送られたそうです。

 今回は50周年だからということで作ったのでしょうが、残念ながらドラマの中身に見るべきものはほとんどありません。初めて監督を務めた中村雅俊が歌う主題歌と昔の映像には懐かしさを感じましたが、それだけ。かつての登場人物たちの現在のドラマに語るべきことがない(思いつかない)のなら、作る必要はなかったと思います。

 原作・脚本は50年前のドラマも担当した鎌田敏夫。70代になった津村浩介(カースケ=中村雅俊)と大学時代の同級生・神崎隆夫(オメダ=田中健)、カースケの小学校の先輩・熊沢伸六(グズ六=秋野太作)の現在の状況が描かれます。僕は知りませんでしたが、山下洋子(金沢碧)は「三十年目の運命」の中で死んでいたことが分かったという設定だったそうです。

 洋子はカースケに思いを寄せる重要な役柄でしたから、しばしば挿入される過去の映像にも頻繁に登場します。しかし、映画のエンドクレジットに金沢碧の名前はありませんでした。僕の見落としかと思い、パンフレットを確認しましたが、やはりありません。金沢碧は女優を引退しているらしいですが、映像を使っているのにクレジットに入れなくて良いのでしょうかね。

 映画を見る前にドラマの第1話をHuluで見たんですが、映像が意外にきれいなことに少し驚きました。地デジが始まる前にビデオ撮影されたテレビドラマは例外なく画質が悪いです。このドラマがきれいなのはフィルム撮影だったからでしょう。といっても16ミリフィルムのはずですから、スクリーンでは画質の粗さは出てしまいます。映画は現在と過去の映像をスムーズにつなげるため、画面比率1:1.37のスタンダードサイズで撮られています。今のテレビだと、この画面比率でドラマを作るのは民放では難しいでしょうから、映画にしたのはそれが理由の一つかもしれません。

 映画を見た後に「十年目の再会」をTVerで見ました。オメダは妻子を残して家を出てシングルマザー(永島暎子)と暮らし、洋子の夫は不倫しており、オメダの妹真弓(岡田奈々)は離婚という状況。鎌田敏夫はこの前に「金曜日の妻たちへ」の脚本を書いており、それに引きずられたような内容と言えますが、ドラマ全体の出来は悪くないと思いました。「五十年目」もこれぐらいの水準は保って欲しかったところです。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午後)1時間49分。

「手に魂を込め、歩いてみれば」

「手に魂を込め、歩いてみれば」パンフレット
パンフレットの表紙
 「通りに出る時はいつも手に魂を込めて歩くの」。ガザに住むパレスチナ人で、フォト・ジャーナリストのファトマ・ハッスーナのこの言葉がタイトルの由来。「手に魂を込める」とはGoogleのAIによれば、「作品や仕事に心(魂)を込めて、情熱や思い、技術を最大限に注ぎ込むこと」を意味するそうです。

 そのファトマと1年近くビデオ通話を続けたイラン人の監督セピデ・ファルシがまとめたドキュメンタリー。イスラエルによる爆撃が続くガザでファトマは死の恐怖と飢えに苦しみながら、ビデオ通話では笑顔を絶やしません。ガザの犠牲者は昨年12月の段階で7万人を超えたそうです。数字だけでは実感しにくい人の命の重さを、この映画は25歳で亡くなった1人の女性の考え方と生き方、人柄を描くことで痛切に伝えています。

 観客の多くは映画を見ているうちにファトマに親近感を持つでしょう。元々、途切れがちだったビデオ通話が完全につながらなくなると、ファルシ監督と同じくファトマの身を案じて不安になるはず。イスラエルがやっていることは狂気の沙汰であり、これまでのナチスのホロコーストを糾弾した数々の映画の価値を著しく貶めることにつながっています。イスラエルはナチスと同等の醜悪な存在になるつもりなんでしょうか。
IMDb7.7、メタスコア83点、ロッテントマト98%。
▼観客3人(公開11日目の午前)1時間53分。

「殺し屋のプロット」

「殺し屋のプロット」パンフレット
「殺し屋のプロット」パンフレット
 マイケル・キートン監督・主演。キートンの監督作としては2本目になりますが、殺し屋が認知症(アルツハイマーではなく、クロイツフェルト・ヤコブ病)になる話、と思って油断していたので、ラストの種明かし的な展開にえっと驚きました。

 きちんと伏線を張っているのが良く(途中でこれは何をやってるんだろうと思うシーンがありましたが、忘れちゃいますね)、ミステリーファンにもアピールする内容だと思います。アメリカでの評判はあまり良くないんですが、日本ではそこそこ良い評価になってます。脚本は「ナショナル・トレジャー2 リンカーン暗殺者の日記」(2007年、ジョン・タートルトーブ監督)などのグレゴリー・ポイリアー。共演はアル・パチーノ、マーシャ・ゲイ・ハーデンら。
IMDb7.0、メタスコア54点、ロッテントマト66%。
▼観客3人(公開5日目の午後)1時間55分。

「プラハの春 不屈のラジオ報道」

「プラハの春 不屈のラジオ報道」パンフレット
パンフレットの表紙
 1968年のプラハの春と言えば、ミラン・クンデラの原作を映画化した「存在の耐えられない軽さ」(1987年、フィリップ・カウフマン監督)を思い出します。市街地への戦車の登場シーンは鮮烈でした。非日常的な戦車の地響きは自由が崩れ去る音のように聞こえました。

 「プラハの春 不屈のラジオ報道」でもソ連率いるワルシャワ条約機構軍の戦車は登場しますが、「存在の…」ほど強い印象を残さないのはプラハの春以前の不自由な時代が描かれているからでしょう。「存在の…」はダニエル・デイ・ルイス演じる主人公の脳外科医がプレイボーイであるという軽さが対比の上で効果を上げていました。

 チェコスロバキア国営ラジオ局の国際報道部を舞台にしたこの映画は1967年10月の学生デモから始まります。プラハの春は1968年1月始まったとされていますが、映画では同年3月にノヴォトニー大統領が裏金発覚で辞任したことから本格化したように描かれています。そして自由化阻止を狙った8月のソ連による軍事侵攻で“春”は終わります。

 脚本・監督のイジー・マードルは当時の記録映像も取り入れて事態の経過を描いています。真正直な映画化ではあるんですが、監督が参照したという「アルゴ」(2012年、ベン・アフレック監督)や「グッドナイト&グッドラック」(2005年、ジョージ・クルーニー監督)には及ばないと思えました。
IMDb7.8(アメリカでは限定公開)
▼観客10人ぐらい(公開7日目の午後)2時間11分。

2026/01/04(日)「教場 Reunion」ほか(1月第1週のレビュー)

 amazonプライムビデオでApple TVのサブスクリプションが始まったためかどうか知りませんが、うちのパナソニックのテレビはApple TVのアプリを実行すると、いちいちログイン画面が出るようになりました。正確にはApple TVでログインするか、amazonでログインするかの二択が出るんです。パナソニックのテレビはamazonのFire OSを使っているので、こうなるのも分からなくはないんですが、いちいちログインはやっぱり面倒。というわけでamazonでApple TVに入り直しました。

 さっそく第3シーズンを見始めたばかりだった「窓際のスパイ」を見てみたら、字幕がクローズドキャプション(CC)しか選べません。CCは主に聴覚障害者向けの字幕で普通の会話のほか、ドアの音や音楽、誰のセリフかなどが分かる説明が入ります。逆にほかの映画は普通の字幕しかなく、CCは選べません。うーん、これもおかしな仕様ですね。普通の字幕とCCの両方から選べるようにするのが理想でしょう。ドラマにCCしかないのは日本語吹き替え版で見る人が多いだろうという考えなんでしょうかね。

「教場 Reunion」

 長岡弘樹原作のテレビドラマの後を受けて脚本・君塚良一、監督・中江功で映画化したNetflix作品。Reunion(再集結)のタイトルは風間公親(木村拓哉)教場の教え子たちが、シリーズ最大の凶悪犯で風間に恨みを持つ十崎(森山未來)の捜査で一堂に会することに由来しているのでしょう。

 物語はいつものように警察学校の新入生たちのエピソードが描かれる形で進行しますが、中盤にかつての教え子たちが集う場面、染谷将太、新垣結衣、赤楚衛二、川口春奈、白石麻衣、福原遥、大島優子らが十崎捜査の話し合いをする場面が入ることでぐっと引き締まりました。ラストは2月20日劇場公開の「教場 Requiem」につながる形で終わります。最後の場面に意外な人物を出してくるのがうまいところ。劇場版への期待が高まりました。

 今回の新入生の中心になるのは綱啓永。ほかに齊藤京子、金子大地、倉悠貴、井桁弘恵、大友花恋、大原優乃、猪狩蒼弥らが出ていますが、井桁弘恵ら一部の出演者は活躍の場があまりなく、劇場版の方に持ち越されたようです。元日向坂46の齊藤京子は最初にドラマ「泥濘の食卓」(テレ朝系)に出た時は演技が不安定でしたが、ドラマ出演を重ねてだんだん巧くなった感があります。今月公開の「恋愛裁判」(深田晃司監督)も楽しみです。

 これを見ていなくても劇場版は分かる作りになっていると思います。もちろん、見ておいた方が楽しめるでしょう。

 画面に出たタイトルは「教場III Reunion」となってました。第3シーズンにあたりますからね。2時間30分。

「ナイブズ・アウト ウエイク・アップ・デッドマン」

 ダニエル・クレイグが名探偵ブノワ・ブラン役を演じる本格ミステリーシリーズ第3弾。昨年9月にカナダのトロント国際映画祭で上映された後、各地の映画祭や一部の国で劇場公開し、12月12日からNetflixで配信が始まりました。

 田舎町の教会で司祭(ジョシュ・ブローリン)が密室的な状況下で殺される。教会の中には地域の住民たちがいたが、赴任したばかりの若い神父(ジョシュ・オコナー)が一番近くにおり、司祭と不仲だったためもあって容疑がかかる。警察の要請を受けたブノワ・ブランが捜査を始める中、もう一つの殺人事件が起こる。

 2つの殺人はいずれも不可能犯罪と呼べるもので、特に2番目の事件はタイトル通り、死者が死体安置所のコンクリートを砕いて登場し、殺人を犯すというもので興味を引きます。脚本・監督はライアン・ジョンソン。ジョン・ディクスン・カーの名作「三つの棺」への言及シーンがあるなど、ジョンソン監督の本格ミステリー好きがうかがえました。4作目の構想もあるとか。

 出演はほかにグレン・クローズ、ジェレミー・レナー、ミラ・クニス、アンドリュー・スコット、ケリー・ワシントン、ケイリー・スピーニーら。スピーニーは車椅子で登場し、「エイリアン:ロムルス」「シビル・ウォー アメリカ最後の日」とは違った魅力を見せています。
IMDb7.4、メタスコア80点、ロッテントマト92%。2時間24分。