2025/12/28(日)「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」ほか(12月第4週のレビュー)

 西尾潤「愚か者の疾走」を読みました。「愚か者の身分」の続編というより、登場人物のその後を描いた連作という位置づけになると思います。「柿崎護」、「小波(梶谷)剣士」のほか、映画には出てこなかった「六本木探偵事務所」の3編が収録されています。北村匠海、林裕太、綾野剛が演じたキャラクター3人はそれぞれ真っ当な職業に就こうとしていて、ホッとするような話でした。彼らのその後が気になった観客は多かったと思いますが、作者も書いておきたかったのでしょうね。

「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」

「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」パンフレット
パンフレットの表紙
 スイスの片田舎のお針子が事件に遭遇し、針と糸を駆使して危機を切り抜けようとするサスペンス。フレディ・マクドナルド監督が19歳で発表して、ジョエル・コーエン監督に絶賛された短編「Sew Torn」を長編化した作品で、コメディーを絡めて、まず合格点の作品になっています。

 スイスの山中にある小さな町。お針子のバーバラ(イヴ・コノリー)は母を亡くし、譲り受けた“喋る刺繍”の店は倒産寸前だったが、相談できる友人も恋人もいなかった。ある日、常連客との約束に遅刻した上に、ボタンを落としてなくすミスをして激怒させてしまう。愛車のフィアット500(チンクエチェント)でボタンを取りに店に戻る途中、バーバラは麻薬取引の現場に遭遇。売人の男2人が血まみれで倒れ、道には白い粉入りの紙袋、拳銃と大金の入ったトランクがあった。バーバラは「完全犯罪(横取り)」「(警察に)通報」「直進(見て見ぬふり)」の三つの選択肢を思い浮かべる。

 元になった短編はYouTubeで公開されています。

 ジョエル・コーエンに言われてマクドナルド監督は長編化しようとしますが、脚本を22回書き直してもダメだしをされたそうです。そこで原点に立ち返って、3つの選択肢のアイデアを思いついたとのこと。この経験は映画に活かされていて、3つの選択肢のどれでもないハッピーで含蓄のある結末へと向かいます。人間、追い詰められると視野が狭くなってしまいがちですが、実はもっと別の方法があったりするわけです。そんなことを考えさせるうまいラストだと思いました。
IMDb6.0、ロッテントマト95%(アメリカでは映画祭で上映)。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午後)

「劇場版 緊急取調室 THE FINAL」

「劇場版 緊急取調室 THE FINAL」パンフレット
パンフレットの表紙
 警視庁の緊急事案対応取調班(通称キントリ)の活躍を描くテレビドラマの劇場版。第5シーズンのドラマを見ていましたが、井上由美子の脚本は力の入ったものが多くて楽しめました。特に第4話は死刑囚を演じた大原櫻子の演技が光る傑作でした。劇場版はテレビシリーズを見ていなくても分かる作りですが、やっぱり見ていた方が楽しめます。

 超大型台風が連続発生する中、内閣総理大臣・長内洋次郎(石丸幹二)は災害対策会議に10分遅れて到着する。長内総理はその「空白の10分」を糾弾する暴漢に襲撃された。警視庁は総理を襲った森下弘道(佐々木蔵之介)を取り調べるため、キントリを緊急招集する。真壁有希子(天海祐希)らキントリチームは取調べを始めるが、森下は犯行動機を語らないどころか、取調室に総理大臣を連れて来いと無謀な要求を繰り返す。総理と森下の関係を調べるうちに35年前のヨット遭難事件が関係していることが分かる。

 間延びした部分はありませんが、この事件だけで2時間持たせるのは少し苦しくも感じます。警察が舞台でも複数の事件が並行して起こるモジュラー型にしにくいのが難しいところです。

 Finalと銘打っているようにキントリチームは解散しましたが、以前も解散してましたし、いつでも再招集はできるので復活しても良いんじゃないでしょうかね。監督はテレビシリーズも担当した常廣丈太。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間1分。

「映画ラストマン FIRST LOVE」

「映画ラストマン FIRST LOVE」パンフレット
パンフレットの表紙
 キントリと同じくテレビドラマの劇場版で、こちらの方がヒットしているようです。ただ、出来はキントリの方が上だと思いました。

 テレビシリーズも担当した黒岩勉の脚本は面白くなりそうな要素と物語展開を備えていますが、演出に少し問題があるようです。詳細は避けますが、月島琉衣の役柄は本来なら20代半ばぐらいの女優の方が説得力があったと思います。クライマックスにしても、あの2人がどうやって助かったのかの説明は必要でしょう。

 とはいっても、福山雅治と大泉洋のコンビのおかしさに女性客は笑ってましたし、それなりに満足度はあったんじゃないでしょうか。監督は平野俊一。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午後)2時間7分。

「火の華」

「火の華」パンフレット
「火の華」パンフレット
 南スーダンでPKOに従事していた自衛隊員が襲撃を受け、数年後、日本で隊員たちによるクーデターが発生するというプロットがとてもよく似ているので「機動警察パトレイバー2 The Movie」(1993年、押井守監督)にインスパイアされたのだろうと思いましたが、直接的には2016年の自衛隊日報問題から発想した物語とのこと。日報問題とは南スーダンの自衛隊駐留地が反政府ゲリラから襲撃を受けたことを記録した日報を防衛省が廃棄したとされる問題。その後、電子データの存在が発覚し、関係者が辞任しました。

 パンフレットにそう書いてあるので「クーデター」と書きましたが、映画の描写からは単なる人質事件としか思えないのが残念なところ。人質2人を別々の場所に監禁し、どちらを助けるかを迫るこのクライマックスは恐らく「ダークナイト」(2008年、クリストファー・ノーラン監督)のクライマックスを参考にしたのでしょう。「ダークナイト」の場合、バットマンは1人なのでどちらを助けるか選ぶ必要がありましたが、この映画、警察が手分けして両方助ければ良いだけことなので、設定が意味をなしていません。どうも脚本の詰めの甘さが気になりました。

 本当なら「パトレイバー2」が描いたようなスケールの大きなクーデター(TOKYOウォーズ)を描きたかったはず。それにはもっと製作費が必要で、それができないなら、説得力のある別の物語を考える必要があったと思います。

 監督は「ジョイント」(2020年)の小島央大。主演は同じく「ジョイント」主演の山本一賢。脚本はこの2人の共同となっています。ハードな内容なのに観客はなぜか女性客が多かったです。タイトルからロマンティックな映画と誤解したのか、あるいは冨永愛の第二子妊娠で名前が出た山本一賢が目当てだったのか(それはないか)。
▼観客10人ぐらい(公開5日目の午後)2時間4分。

「モンテ・クリスト伯」

「モンテ・クリスト伯」パンフレット
「モンテ・クリスト伯」パンフレット
 アレクサンドル・デュマの原作は岩波文庫版で全7巻(3年計画で刊行中の光文社古典新訳文庫は全6巻)と長大なので映画は約3時間かけても説明不足のところは残ります。主人公エドモン・ダンテス(ピエール・ニネ)が無実の罪を着せられて投獄され、脱獄するまで1時間ぐらい。サクサク話が進み(すぎ)ますが、復讐に入って展開が停滞し、終盤またドラマティックに盛り返した感じ。全体としてはまずまずの出来というところに落ち着くと思います。

 エデという女性が途中から出てきてダンテスに協力するんですが、どういう素性なのか説明されるのは終盤。これは分からないでもないんですけど、演じるアナマリア・ヴァルトロメイ(「あのこと」「ミッキー17」「タンゴの後で」)がとても魅力的なので気になりました。

 このエデは原作とは設定が異なるようです。原作未読なので詳しく分かりません。というわけで光文社の新訳版の1巻を読み始めました。2巻の刊行は来年1月。半年に1度のペースで刊行していくようです。
IMDb7.6、メタスコア75点、ロッテントマト97%。
▼観客5人(公開21日目の午後)2時間58分。