2022/03/27(日)「ベルファスト」ほか(3月第4週のレビュー)

「ベルファスト」はケネス・ブラナー監督の少年時代をモデルにした自伝的作品。北アイルランド紛争が始まった1969年8月のベルファストを舞台に、家族と町の人々の泣き笑いをモノクロ映像で生き生きと描き出しています。暴力が多発する深刻な時代であっても、9歳の少年バディ(ジュード・ヒル)の周囲には笑いがあります。こうした作品にありがちな独りよがりの郷愁に浸っていないところが好ましいと思いました。

今回のアカデミー賞では国際長編映画賞候補の「The Hand of God」(Netflix)もパオロ・ソレンティーノ監督の自伝的作品で、アルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA ローマ」以来、そういう作品が流行っているそうです。

祖母役のジュディ・デンチはイギリス・ヨークの生まれですが、家族は南アイルランド出身で、ベルファストに親戚がいたとのこと。母親役のカトリーナ・バルフはアイルランド・ダブリン出身。祖父役のキアラン・ハインズと父親役のジェイミー・ドーナンはベルファスト出身と固めてあります。この4人のキャストがみんな良いです。

バディに対して優しく、ユーモラスな祖父を演じたキアラン・ハインズはアカデミー助演男優賞にノミネートされています。87歳のジュディ・デンチは目が悪くなって脚本が読めないそうですが、顔に刻まれたしわも含めて名優の貫録十分な演技を見せます。個人的にはきれいで優しくて強い母親のカトリーナ・バルフが最も印象的でした。僕はこれまで知りませんでしたが、バルフはドラマ「アウトランダー」の主演でブレイクした女優とのこと。このドラマは2014年に始まって現在シーズン6が放送中。U-NEXTとHuluで見放題に入ってます。

「SING シング:ネクストステージ」

吹き替え版で観賞。前作で劇場を再建した面々が今度はエンターテイメントの聖地で新たなショーに挑むため、伝説のロック歌手クレイの復帰公演を企画する、という物語。ドラマの底が浅く、なぜこんなに評判が良いのか不思議ですが、たぶん、歌と声担当の日本版キャストの人気に負うところが大きいのでしょう。

担当しているのはMISIA、B'zの稲葉浩志、BiSHのアイナ・ジ・エンド、スキマスイッチの大橋卓弥、SixTONESのジェシーなど。歌手以外では長澤まさみ、内村光良、斎藤司(トレンディエンジェル)、大地真央ら。この吹き替え版の出来は上々だと思います。

歌はいいんですが、ストーリーはあまり進まず、111分も上映時間があったとは思えませんでした。ストーリー的には90分ぐらいの分量で、劇場再建への奮闘を描いた前作の方が面白かったです。

アメリカではIMDb7.5、ロッテントマト71%とまずまずですが、メタスコアは49点と低くなっています。

「ナイトメア・アリー」

ウィリアム・リンゼイ・グレシャム原作の2度目の映画化。1947年の「悪魔の往く町」の評価はIMDb7.7、メタスコア75点、ロッテントマト86%。新作は7.1、70点、80%と旧作の方が評価は高いですが、美術や造型などは圧倒的に新作の方が優れています。

新作の受けが良くないのはラストの処理によるものかもしれません(しかし、これがほぼ原作通りのようです)。旧作111分に対して新作が150分と長いのもマイナス材料なのでしょう。僕はこの手の映画のダークな雰囲気は好きなので、ストーリーが分かっていてもそれなりに面白く見ました。

カーニバル(見世物小屋)の描写がトッド・ブラウニング「フリークス」を思わせますが、パンフレットによると、ギレルモ・デル・トロ監督も「フリークス」を参考にしたようです。

この映画のパンフレットはムービーウォーカー編集部が編集していて、早川書房版と扶桑社版の原作を邦訳した2人の翻訳者(柳下毅一郎、矢口誠)の対談を収録するなど充実しています。

「ダムネーション 天罰」

「タル・ベーラ伝説前夜」の1本で1988年の作品(KINENOTEには1981年とありますが、間違いです)。ストーリーの要約が難しいので公式サイトの紹介を引用すると、「不倫、騙し、裏切り-。荒廃した鉱山の町で罪に絡みとられて破滅していく人々の姿を、『サタンタンゴ』も手掛けた名手メドヴィジ・ガーボルが『映画史上最も素晴らしいモノクロームショット』(Village Voice)で捉えている」という映画です。

「サタンタンゴ」や「ニーチェの馬」のすごい強風が吹きまくるような強烈なショットはなく、おとなしい感じですが、タッチ自体は後の作品を彷彿させるものがあります。ただ、僕はあまりピンときませんでした。「伝説前夜」なので、こういうものなのでしょう。

読めないハンガリー語のエンドクレジットを眺めていたら、「Tanaka Chiseko」の文字が目に留まりました。これ、映画評論家の田中千世子さんのこと? パンフレットを見たら、「若き日のタル・ベーラ監督」と題する文章を寄せていて1984年以来の交流について書いてありました(田中さんの肩書きは映画監督になってます)。この映画にも何か協力したのでしょうね。

2022/03/20(日)「ブルー・バイユー」ほか(3月第3週のレビュー)

「ブルー・バイユー」は国際的な養子縁組を巡るアメリカ映画。監督は「トワイライト」シリーズに出ていた韓国系アメリカ人俳優のジャスティン・チョンで、監督としては4作目になるそうです。

主人公のアントニオ(ジャスティン・チョン)は韓国生まれ。3歳のときに養子としてアメリカに来た。シングルマザーのキャシー(アリシア・ヴィキャンデル)と結婚し、キャシーの前夫エース(マーク・オブライエン)との間の娘ジェシー(シドニー・コウォルスケ)と3人で、貧しいながらも幸せに暮らしている。ある日、スーパーマーケットでエースら巡回中の警官とトラブルになり、逮捕される。アントニオには以前、バイクを盗んだ前科があり、30年以上前の義父母による手続きの不備もあってICE(移民関税執行局)に引き渡され、国外追放処分を受ける。裁判で異議を申し立てようとするが、弁護士への依頼に5000ドルかかることが分かり、途方に暮れる。

最後の字幕で米国の養子の中には国外追放処分を受ける人も多いことが示されます。監督はそれを知って映画にしたそうですが、問題を抉った社会派の作品にはならず、ある家族の悲劇性が前面に出ているのが少し残念なところ。アメリカでは国際養子縁組の養子に市民権を与える子供市民権法が2001年に施行されましたが、施行後の養子に限られたため、施行前に養子となった主人公には適用されません。特にこの主人公の場合、3歳からアメリカに住み、韓国に帰されても住む家すらないわけですから、国外追放はひどい処分だと思います。

ラストシーンは泣かせる意味合いが大きく、こういう問題を扱った映画のまとめ方として適切とは思えません。ただし、このシーンの子役の演技は特筆もののうまさでした。
アメリカでの評価はIMDb7.0、メタスコア58点、ロッテントマト75%(一般ユーザーは93%)。

妻役のアリシア・ヴィキャンデルはメジャー作品ばかりでなく、こうしたマイナーな作品にも出るのがえらいです。

タイトルは「青い入り江」の意味で、1963年に発表されたロイ・オービソンの楽曲。監督はリンダ・ロンシュタットがカバーした歌から取ったそうです。

「KAPPEI カッペイ」

「デトロイト・メタル・シティ」などの漫画家・若杉公徳の同名原作の実写映画化。バカバカしさに徹したギャグ映画で、ここまで来ると、むしろ好感すら持ってしまいます。

ノストラダムスの大予言を信じ、1999年の人類滅亡に備えて修行を重ねてきた“終末の戦士”たちの青春物語。予言が実現するはずの1999年7月から20年たっても世界は一向に滅亡せず、師範は解散を宣言する。最強の殺人拳・無戒殺風拳(むかいさっぷうけん)を習得しながら活躍の場を与えられなかった彼らがたどり着いたのは、その能力を全く必要としない現代の東京だった。

伊藤英明、山本耕史、小澤征悦らがぶっ飛んだキャラクターを大真面目に演じていて良いです。「人間には恋という感情があるらしいが、おぬし達には一切関係ない」と何かにつけて「一切関係ない」が口癖の師範役の古田新太もおかしいです。これでもう少し脚本に工夫を凝らし、演出にメリハリをつけると良かったんですけどね。

「ウェディング・ハイ」

バカリズムの脚本を「勝手にふるえてろ」「私をくいとめて」の大九明子監督が映画化。個人的には今年のワースト候補で、久しぶりにあきれるぐらいにつまらないコメディーでした。バカリズムはギャグは書けてもドラマは書けないということがよーく分かりました。「才人」などと持ち上げてはいけません。

大九監督は「この脚本では映画にならない」とはっきり言うべきだったでしょう。ドラマ部分を補強して、監督自身でまとめ直した方が良かったと思います。まるでハウツーものみたいな序盤と結婚式出席者を同じ具合に順番に取り上げる単調な構成の中盤にアクビが出ましたが、終盤の安易な下ネタにはあきれました。これで笑うのは子供ぐらいじゃないかな。

2022/03/13(日)「THE BATMAN ザ・バットマン」ほか(3月第2週のレビュー)

「THE BATMAN ザ・バットマン」は「猿の惑星」シリーズをリブートさせたマット・リーヴス監督がまたもやシリーズのリブートに成功した傑作。街の有力者を次々に殺していくリドラーの正体と本当の目的を終盤まで周到に伏せた脚本(リーヴスとピーター・クレイグ)が良く、「バットマン」映画の中でも上位に位置する仕上がりになっています。「俺は復讐だ(I am vengeance)」と名乗っていたバットマンがリドラーとの知能戦の中でゴッサム・シティの「希望」に変わっていく過程をダークでハードな雰囲気とともに描き、2時間56分の見応えのある作品になりました。

パンフレットによると、バットマンが自警活動を始めて1年と少したった頃の物語。バットマンに助けを求めるバット・シグナルは夜空に浮かぶ仕組みが既にあり、市警の刑事ゴードン(ジェフリー・ライト)とバットマンは協力して悪と対決している。ある夜、ゴッサムの市長が殺され、現場には謎々が残されていた。犯人はリドラーと名乗り、市警本部長と検事もリドラーの犠牲になる。リドラーはゴッサムの腐敗にまみれた過去の事件の嘘を暴くのが目的で、その過去は街を裏社会で牛耳るファルコーネ(ジョン・タトゥーロ)とペンギンことオズワルド・コブルポット(コリン・ファレル)も関わっているらしい。ファルコーネに恨みを持つキャットウーマンことセリーナ・カイル(ゾーイ・クラヴィッツ)も事件に関わってくる中、バットマンはリドラーの正体に迫っていく。

ロバート・パティンソンがバットマン=ブルース・ウェイン役に選ばれたのは陰のあるキャラクターであることも理由の一つでしょう。リーヴスがこの映画を手がけるのに心掛けたのは原作コミックのダークな雰囲気の再現にあったのではないかと思います。クリストファー・ノーランの3部作もダークでしたが、この映画はそれ以上で、バットマンは当初、単純な正義のヒーローではなく、何者かに両親を殺された復讐のために悪人たちに対処しています。

バットマンとリドラーの境遇は似ていて、終盤、2人が対峙する場面はシチュエーションも含めて黒澤明「天国と地獄」(1963年)の三船敏郎と山崎努を彷彿させました。バットマン=ウェインの本部を従来のバットケイブ(洞窟)から高層ビルのてっぺんに変更したことも「天国と地獄」と同じ効果があり、リドラーは子どもの頃からこの建物を見上げて、ウェインへの憎悪を蓄積してきたのでしょう。

ゾーイ・クラヴィッツのスリムなキャットウーマンは極めて魅力的。ペンギンの太った顔のメイクで、演じているのがコリン・ファレルとは分かりませんでした。アメリカでの評価はIMDb8.5、メタスコア72点、ロッテントマト85%となっています。

「サタンタンゴ」

Huluで2日かけて見ました。ハンガリーの田舎の村が舞台。KINENOTEの解説を引用すると、「降り続く雨と泥に覆われ、活気のない村に死んだはずの男イリミアーシュが帰ってくる。村人たちは、そんな彼の帰還に惑わされてゆく。タンゴのステップ<6歩前に、6歩後へ>に呼応した12章が、全編約150カットという驚異的な長回しで詩的かつ鮮烈に描かれる」という映画です。

この本筋だけだったら、7時間18分もかかりませんが、引きこもり気味の太った医師がパーリンカ(果物を原料とする蒸留酒)を買いに外出する第3章「何かを知ること」や、少女と猫の話がショッキングな方に向かう第5章「ほころびる」など派生した話に面白さがあります。一方で、酒場で踊りに興じる人たちのシーンが延々と続くなど、こんなに長くはいらないと思えた箇所もありました。

完成度としては2012年度のキネマ旬報ベストテン1位「ニーチェの馬」の方が明らかに上です。7時間以上という映画体験はなかなかないので評価の高さはそのあたりを考慮してのことだと思います。

章立ては以下の通りでした(時間は長さではなく開始時間です)。
   10分~第1章 ヤツらがやって来るという知らせ
   43分~第2章 我々は復活する
1時間15分~第3章 何かを知ること
2時間17分~インターミッション
      第4章 蜘蛛の仕事 その一
2時間44分~第5章 ほころびる
3時間38分~第6章 蜘蛛の仕事 その二(悪魔のオッパイ 悪魔のタンゴ)
4時間22分~インターミッション
      第7章 イリミアーシュが演説をする
4時間36分~第8章 正面からの眺望
5時間29分~第9章 天国に行く? 悪夢にうなされる?
6時間00分~第10章 裏からの眺望
6時間32分~第11章 悩みと仕事ばかり
6時間49分~第12章 輪は閉じる
10分から始まっているのはその前にプロローグ的な描写があるからです。牛舎から20頭ぐらいの牛が出てきて、そのうち1頭が交尾しようとするというシーンで、なんだこれはと思いますが、第1章は不倫している男女のシーンから始まるのでまんざら関係ないわけでもありません。

タル・ベーラ監督の作品はHuluには「サタンタンゴ」しかありませんが、U-NEXTには「ニーチェの馬」もありました(配信は今月31日まで)。

「声もなく」

誘拐された11歳の少女を預かることになった青年をめぐる韓国映画。公式サイトには「珠玉のサスペンス」とありますが、うーん、これはサスペンスじゃないでしょう。青年は口がきけず、幼い妹と2人暮らし。誘拐された少女と3人で疑似家族を形成していくことになるのは予想された展開で、僕は「レオン」を思い浮かべました。

青年の仕事は犯罪組織が殺した人間の死体処理。これは「ニキータ」のジャン・レノの仕事でしたから、この映画で長編デビューという脚本・監督のホン・ウィジョンは、リュック・ベッソンにインスパイアされた部分があるのかもしれません。アクションはありませんけどね。

残念ながら話にきちんと決着がつかないので、落ち着かない終わり方でした。

2022/03/06(日)「余命10年」ほか(3月第1週のレビュー)

「余命10年」は難病の原発性肺高血圧症の主人公・高林茉莉(小松菜奈)と小学校の同窓会で再会した真部和人(坂口健太郎)のラブストーリー。この病気のため38歳で亡くなった小坂流加の原作小説を「新聞記者」の藤井道人監督が映画化。批判されることが多い「難病もの」ド真ん中の設定ながら、脚本(岡田惠和、渡邉真子)の工夫と出演者の好演、手堅い演出によって見る価値のある作品に仕上がっています。RADWIMPSの音楽も秀逸。

原作未読ですが、Wikipediaの原作あらすじを読むと、映画はうまい脚色を行っていると思います。大きな変更点は和人のキャラクターで、会社経営の実家と絶縁状態になり、勤めていた会社からも解雇されて自殺未遂をするという展開が加わっています。小学時代の友人タケル(山田裕貴)と病院に駆けつけた茉莉が自殺未遂の理由を語る和人に「それって、すごいずるい」と思わず言ってしまうのは、長くは生きられない自分の境遇に対して、生きられるのにそれを自分で絶とうとする和人の行為が許せなかったからでしょう。

これをきっかけに茉莉は病気を知らせないまま和人と交流を深めていきますが、ここが心地良いのは2人がこれによって再生していくからです。和人はタケルのなじみの居酒屋(リリー・フランキーが店主)で働くようになり、茉莉は友人の沙苗(奈緒)の勤める会社でWebコラムの仕事に打ち込みます。

カット割りや画面の構成、音楽の使い方にうまさを感じさせる映画で、藤井監督の演出にはロマンティシズムがあふれています。茉莉の姉に黒木華、両親に松重豊と原日出子、医師に田中哲司、友人に三浦透子(セリフは少ないです)という出演者は隙のないキャスティングも映画の説得力を強くしています。

終盤が涙涙の連続になるのは減点対象ではありますが、安易に涙を誘うような安っぽい展開ではありませんでした。役のために1年間減量を続けたという小松菜奈は代表作の1本となるような好演を見せています。

「ちょっと思い出しただけ」

「余命10年」のうまさに比べると、分が悪くなります。男女のラブストーリーを別れた後から出会う前までの6年間を1年ごとにさかのぼって描く松居大悟監督作品で、主演は池松壮亮と伊藤沙莉。

ストーリーの着想の元になったのは映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」(ジム・ジャームッシュ監督)にインスパイアされたクリープハイプの曲「ナイトオンザプラネット」とのこと。伊藤沙莉の仕事がタクシー運転手なのはそのため。エンドクレジットでジャームッシュ監督、ウィノナ・ライダー、ジーナ・ローランズへの謝意を示しています。

年をさかのぼっていく構成は「思い出す」というタイトルのためでしょうが、規則的に毎年の誕生日1年ずつ思い出す行為は「ちょっと」ではないでしょう。一番印象深い年からランダムに思い出すはずで、この構成には疑問符が付きます。伊藤沙莉と池松壮亮はいつものように好演しています。

さかのぼっているのを観客に分からせるためにアパートの部屋の時計を使っていますが、同じ日の曜日が変わっていくだけなのですぐに分かる観客は少ないはず。もっと明示的な描写にした方が良かったでしょう。

「クレッシェンド 音楽の架け橋」

憎み合うパレスチナ人とイスラエル人の混成楽団を作り、和平コンサートを開こうとする人たちを描くドイツ映画。対立がそんなに簡単になくなるわけないよなあと思いながら見ていると、やっぱりそんなに簡単にはいかない展開になりますが、最後には希望を持たせているのが良いです。

パンフレットによると、映画のモデルになったのは1999年に設立された「ウエスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団」でイスラエルとパレスチナ、アラブ各国から集った若者たちが今も世界中でツアーを行っているそうです。

監督はイスラエル出身のドロール・ザハヴィ。現在はドイツ在住で「ブラック・セプテンバー ミュンヘンオリンピック事件の真実」(2012年)などの作品を監督しています。

「ロスト・ドーター」

オリヴィア・コールマンがアカデミー主演女優賞にノミネートされたNetflixオリジナル作品。女優のマギー・ギレンホールの監督デビュー作で、エレナ・フェッランテの同名原作の脚色もギレンホール自身で行っています。

大学教授のレダ・カルーソ(コールマン)がバカンスでギリシャにある海辺の町を訪れる。レダは幼い娘を連れたニーナ(ダコタ・ジョンソン)の姿を見て、2人の娘を持つ自分の若い頃を思い起こす。穏やかな休暇に不穏な空気が漂い始める、というストーリー。

IMDbの評価が6.7と高くなかったので作品的にはあまり良くないのかなと思っていましたが、いやはや終盤の展開にうならされました。タイトルの意味が分かる終盤30分のコールマンの演技は真に迫っていてノミネートにふさわしいものだと思います。メタスコア86点、ロッテントマト95%とプロの評価は高いんですが、一般ユーザーは48%。純文学系の物語なので玄人好みの映画になってます。デビュー作でこういう映画を作ったギレンホールは大したものだと思います。

原作者のフェッランテを僕は知りませんでしたが、代表作「ナポリの物語」4部作は評価が高く、早川書房から邦訳が出ています。「ロスト・ドーター」の邦訳はありません。

今年の主演女優賞候補作はどれも作品賞にノミネートされていないのが特徴だそうです。「ロスト・ドーター」とペネロペ・クルス主演の「パラレル・マザーズ」の評価が他の3本(「タミー・フェイの瞳」「愛すべき夫妻の秘密」「スペンサー ダイアナの決意」)より高いことを考えると、コールマンとクルスの争いになるんじゃないでしょうかね。

「愛すべき夫妻の秘密」

というわけで、これも見ました。amazonプライムビデオのオリジナル作品。テレビの「アイ・ラブ・ルーシー」で人気を集めたルシル・ボールをニコール・キッドマンが演じるドラマ。夫のデジ・アーナズ(ハビエル・バルデム)には浮気の疑いがあり、ルシル・ボール自身には非米活動委員会から共産党員の疑いが掛けられるという危機が夫婦に訪れます。

映画は同時にルシル・ボールの俳優としての歩みを描いていきますが、構成にメリハリがなくやや退屈。それを吹き飛ばすのがクライマックスで、ストーリー上でも映画としても逆転ホームランという感じでした。バルデムが主演男優賞にノミネートされたのはここでの演技が大きいのではないかと思います。

キッドマンは声をがらがらにして、ルシル・ボールに似せています。僕はルシル・ボールのテレビを見ていましたが、既におばさんの印象でした。キッドマンほど美人でもなかっただろうと思って、若い頃の写真を見ると、十分にきれいな人だったんですね。監督は「シカゴ7裁判」のアーロン・ソーキン。IMDb6.6、メタスコア60点、ロッテントマト68%。