2023/03/26(日)「ロストケア」ほか(3月第4週のレビュー)

「ロストケア」は葉真中顕(はまなか・あき)の原作「ロスト・ケア」(「このミステリーがすごい!」2014年版10位)を前田哲監督が映画化。要介護の高齢者42人を殺し、「殺したんじゃない。救ったんだ」とうそぶく介護士の男(松山ケンイチ)と検事(長澤まさみ)の対決がクライマックスとなり、ミステリー要素より介護問題に重点を置いた作品になっています。

 しかし、いくら介護問題を扱うからといって、42人は殺しすぎで犯人は殺人を楽しむサイコパスとしか思えません。そのあたり、この映画の企画に前田監督と10年前からかかわってきた松山ケンイチは分かっていて「サイコパスとか命の選別者、優生思想の持ち主というふうに見えてはいけない。そう思いながら演じていました」(キネマ旬報2023年4月上旬号)と語っています。

 対する長澤まさみは松山ケンイチとは初共演。松山ケンイチがうまいのは当然と思えますが、それを受ける長澤まさみも十分に対抗できる演技を見せ、2人の対峙シーンには緊張感が漂います。この2人はそれぞれ主演賞ノミネートは確実、松山ケンイチの父親を演じる柄本明は助演賞候補確実と思えました。

 映画の冒頭、長澤まさみ演じる検事は孤独死の現場を訪れます。検事が警察と一緒に事件現場に行くことなんてないよなあと思っていると、クライマックスでその理由が分かります。原作にこの設定はなく、前田監督はこの設定を思いついた時に「勝った、と思った」そうです。

 「安全地帯にいる人間に、穴に落ちてもがいている人間の気持ちは分からない」とする犯人の言葉はもっともです。殺人行為を肯定はできませんが、今の日本の介護状況に対して問題提起する作品になっているのは確かです。これを社会派と呼ぶにはもっと現実に肉薄した方が良かったのでしょうが、力作だと思います。1時間54分。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)

「茶飲友達」

 高齢者1000人以上に売春を斡旋した高齢者専門の売春クラブが摘発された2013年の事件をモチーフに外山文治(そとやま・ぶんじ)監督が映画化。キワモノ的な題材に思えますが、高齢者の孤独、生きがい、親子関係、他人とのつながりなど多角的重層的なエピソードで物語を構成しています。「ロストケア」とセットで見ると、日本の高齢者の置かれた現状が少し分かった気になります。

 「茶飲友達(ティー・フレンド)」は元風俗嬢の佐々木マナ(岡本玲)ら若者たちが作った高齢者専門の売春クラブ。ティー・ガールと呼ばれる高齢女性が所属し、男性客に派遣する。映画はマナ自身の家族の問題やティー・ガールのさまざまな事情、若者たちや利用客のドラマを絡めて展開します。違法な組織なので「めでたし、めでたし」の終わりは迎えませんが、繰り広げられるドラマには一片の、いや多くの真実が含まれていて見応えのある内容になっています。

 外山監督はパンフレットにこう書いています。「(2013年の事件の)ニュースに触れた私は創作の遙か先をいく現実に打ちのめされると共に、自分の正義感を根本から揺さぶられることにもなった。そして摘発後の高齢者会員の孤独に想いを馳せた。犯罪を許してはいけないが、正しさの押し付け合いの社会で、本当の正義とは何なのか。多様性が叫ばれる中で、この無言の同調圧力は何なのか」。

 そうした考えを脚本にうまく落とし込んであって、見事だと思いました。同時にこの脚本の魅力は「こんな仕事して親は悲しんでるぞ」と言う客の男に対して、「傷つけたくなりますよね。大丈夫ですよ、私、傷つかないから」と余裕で返すティー・ガールの言葉にあったりします。主演の岡本玲も熱演。2時間15分。
▼観客16人ぐらい?(公開2日目の午後)

「わたしの幸せな結婚」

 顎木(あぎとぎ)あくみの原作小説を「コーヒーが冷めないうちに」やドラマ「最愛」「石子と羽男 そんなコトで訴えます?」などの塚原あゆ子監督が映画化。「帝都物語」+「おしん」+「シンデレラ」のようなファンタジーで、甘く見てましたが、VFXも過不足なく、エンタメとして十分に合格点の出来でした。

 帝都を守る異能を持つ一族の生まれ斎森美世(今田美桜)は能力を持たないために継母(山口紗弥加)と異母妹(高石あかり)、実の父親(高橋努)から虐げられて生きてきた。学校にも通えず、粗末な古着で使用人以下の扱い。19歳になった美世は親の言いつけで、名家の久堂清霞(目黒蓮)と政略結婚させられることになる。清霞は無愛想で冷酷な男といわれ、これまで何人もの花嫁候補が逃げ出した。その頃、帝都では何者かに操られた蟲が人々に取り憑く騒動が起こっていた。清霞が率いる異能部隊の対異特務小隊の隊員も蟲に侵される。

 映画は序盤、理不尽な境遇に置かれた美世の耐え忍ぶだけの生活が描かれ、一気に引き込まれました。はかなげな今田美桜が実に良いです。目黒蓮も役柄にぴったりな感じ。この2人が徐々に理解し合っていく過程に「帝都物語」的な要素が存分に加わり、男性客も飽きさせない展開になっています。

 クライマックスに発現する美世の力の作用がよく分からなかったので、6巻まで出ている原作小説の1巻だけ読みましたが、映画のクライマックスに当たる部分はなく、美世の力への言及もありませんでした。原作はライトノベルで作者のデビュー作のためもあって、小説としては筆力も描写力も足りず、全然物足りません。この原作をよくぞここまでの映画にしたなと感心します。脚色の菅野友恵(「夏への扉 キミのいる未来へ」「浅田家!」)と塚原監督のコンビが力を発揮したのでしょう。

 続編ができそうなラストでしたが、今回のように原作を大いに補強して作ってほしいものです。1時間55分。
▼観客多数(公開7日目の午後)

「シャザム! 神々の怒り」

 DCエクステンデッド・ユニバース12作目で、「シャザム!」(2019年)の続編。神アトラスの娘たち(ヘレン・ミレン、ルーシー・リュウ)が巨大なドラゴンとともに襲来し、世界中を巻き込んだ戦いに発展するというストーリー。前作は楽しく見ましたが、今回は今一つの出来で、終盤、DCのあのキャラが出てくる場面だけ良かったです。ここがうまいのは序盤に後ろ姿だけを見せて、「まあ、吹き替えだろうなあ」と思わせる場面があり、登場に意外性があるからです。

 ただし、海外ポップカルチャー専門メディア「THE RIVER」によると、ここには当初、ブラックアダムが登場するはずだったとのこと。昨年公開された「ブラックアダム」(ジャウマ・コレット=セラ監督)を見た時、「シャザムと同じ能力だ」と思いましたが、ブラックアダムは「シャザム!」のヴィランで、1作目に悪役として登場予定だったそうです。それを主演のドウェイン・ジョンソンが別々の作品として作るよう要求したのだとか。そうした背景がどちらの映画も目新しさのないVFXだけの薄味作品になった要因なのかもしれません。

 シャザムは主人公の子どもが筋肉隆々の大人のスーパーヒーローに変身するのが特徴ですが、主人公は既に高校3年生。スパイダーマンと同世代なのでそのままの姿でヒーローになってもいいんじゃないかと思えます。監督は前作に続いてデイビッド・F・サンドバーグ、2時間10分。
IMDb6.7、メタスコア46点、ロッテントマト53%。
▼観客3人(公開4日目の午前)

2023/03/19(日)「Winny」ほか(3月第3週のレビュー)

 「Winny」は一世を風靡したファイル共有ソフトWinnyを開発したプログラマー金子勇さんの不当逮捕と裁判をめぐる実話を松本優作監督が映画化。

 ナイフで人を刺した事件の場合、ナイフを作った人が罪に問われるかという例が映画の中で示されますが、これが事件の本質を非常に分かりやすく示しています。そんなわけがあるはずないですが、Winny事件で、警察と検察はそれをやってしまいました。2ちゃんねるなどでの書き込みから著作権法違反を幇助するためにWinnyを開発したと強引に主張したわけです。

 馬鹿げたことに裁判所も一審では有罪判決を出しました。最終的に最高裁まで争い、金子さんは無罪を勝ち取るわけですが、映画が重点的に描いたのは一審判決まで。この点について松本監督は「最高裁で無罪を勝ち取っても、7年の時間を奪われた金子さんは本当の意味での勝者とはいえない。それを訴えるべきだと思いました」としています。

 映画は同時に愛媛県警の裏金作りを告発した仙波巡査部長(吉岡秀隆)を描きます。これがWinny事件とどう関わってくるのかと思ったら、裏金作りの証拠書類がWinnyで流出してしまったからでした。Winnyの脆弱性を利用したウイルスによってこうした流出事件が続いたほか、匿名の告発ツールとして使えるWinnyを権力側が問題視したのではないかという疑いもあるように思えました。

 日本映画には珍しく関係者はすべて実名。松本監督は取材を重ね、実名ドラマに耐えうる内容にしています。三浦貴大演じる弁護士の壇俊光さんは映画に協力し、法廷シーンを細かくチェックしたそうで、「法廷シーンのリアリティーはこの映画がナンバーワン」と自信を見せています。社会派的側面とエンタメ性がうまいバランスの傑作だと思います。

 金子さんは最高裁判決の1年半後の2013年、42歳で急死しました。映画の撮影初日、体重を18キロ増やして金子さんを演じた東出昌大を見て、金子さんのお姉さんは号泣したそうです。2時間7分。
▼観客1人(公開7日目の午後)

「シン・仮面ライダー」

 一般的に芳しくない評価になっていますが、僕はこれもありと思いました。ちょっと長く感じる(中だるみがある)のが玉に瑕ですが、長すぎてうんざりするわけではありません。仮面ライダーとヒロインが2台のトラックに追われて山道をバイクで疾走する冒頭の場面をはじめ、アクション場面にスピード感と迫力があるほか、庵野秀明監督らしい細かい設定で物語を構成しているのが魅力になっています。

 1971年の初代仮面ライダーを今の映像技術でリメイクするのは「シン・ウルトラマン」と同じ手法。企画・脚本・製作・編集を担当した「シン・ウルトラマン」より庵野色が強く出たのは、自ら監督しているからでしょう。ウジウジしたバッタオーグこと仮面ライダー=本郷猛(池松壮亮)と強くぶれないヒロイン緑川ルリ子(浜辺美波)というキャラは庵野映画にはおなじみの設定。

 特に綾波レイと真希波・マリ・イラストリアスを合わせたような役柄の浜辺美波はビジュアル的には完璧でした。ただ、セクシーさは皆無なのでオタク男子が求める萌えキャラにはなっていません。体にぴったりしたボディスーツを着る場面でもあれば、中高生はイチコロだったでしょう。観客に中高生は少なかったですが。

 予告編ではまったく伏せられていましたし、公式サイトにも記載がありませんが、サソリオーグ(怪人)役で長澤まさみが出演。ハチオーグ役の西野七瀬と浜辺美波まで好みの女優を3人も出してくれたので、文句を付ける筋合いはありません。このほか松坂桃李、大森南朋、斎藤工、竹野内豊などなど、よくぞキャストを公開まで伏せてたなと感心します。

 アクション監督は田渕景也。橋本環奈主演の「バイオレンスアクション」(2022年、瑠東東一郎監督)でもアクション監督を務めてました。2時間1分。
▼観客多数(公開2日目の午前)

「対峙」

 高校で起きた銃乱射事件の被害者家族と加害者家族の対話を描いたドラマ。生徒10人が殺され、犯人の生徒も自殺した事件から6年後、息子の死をいまだに受け入れられない夫婦が加害者の両親と会って話をする機会を得る。

 どちらの家族も心に傷を受けており、それを修復するためのこうした対話を「修復的司法」と言うそうです。間違いだと分かっていても、被害者家族は加害者家族を責めてしまいます。どちらにとっても、辛い対話の場ですが、相手の立場を深く知ることで相手を理解することにつながっていきます。ほとんど4人だけで進行するドラマですが、緊張感あふれる対話から目が離せない作品になっています。

 俳優のフラン・クランツの初監督作品。1時間51分。
IMDb7.6、メタスコア81点、ロッテントマト95%。
▼観客7人(公開5日目の午後)

「小さき麦の花」

 中国西北地方の農村を舞台に、貧しい農家の夫婦を描いたドラマ。農家の四男ヨウティエ(ウー・レンリン)は障害のある内気なクイイン(ハイ・チン)と見合い結婚する。お互いに家族から厄介払いされるかのように夫婦になった2人は麦を植え、土から煉瓦を作り、自分たちだけで家を建てる。苦労の多い2人の生活を淡々と描いていきますが、地道にコツコツと生きる姿は美しく、見ていて胸を締め付けられる思いがします。

 同時に物質的な豊かさは幸福に必須のものではないと思えてきます。「あなたのお兄さんの家に行った日に見たの。あなたがロバに優しく餌をやっているのを。このロバは…私より幸せだと感じた。あなたはいい人、一緒に暮らせると思った」。クイインは最初に出会った日のことをそう話します。村で一番貧しくても、相手を信頼し、助け合いながら生きている2人は幸福だったのだと思います。

 パンフレットによると、時代設定は2011年とのことですが、テレビもない生活なので、もっと昔の時代とばかり思っていました。大地とともに生きる2人の姿は新藤兼人監督の傑作「裸の島」(1960年)の殿山泰司と乙羽信子を彷彿させます。

 終盤の唐突な展開には疑問を感じましたが、リー・ルイジュン監督は「永遠の別れというのは生活の一部分であり、誰もが直面しなければならない日常だからです」と話しています。

 監督は1983年生まれ。子どもの頃に見た農村での光景が映画の元になっているそうです。中国では口コミやSNSで良さが広まり、公開から2カ月後に興行収入トップとなった後、突然、劇場での上映と配信が打ち切られたそうです。中国政府にどんな意図があったのか分かりませんが、農村の貧しさを描いた内容が問題視されたのでしょうかね。2時間13分。
IMDb7.7、ロッテントマト100%。
▼観客7人(公開初日の午後)

「銀平町シネマブルース」

 さびれた商店街にある映画館「銀平スカラ座」を舞台にしたドラマ。いまおかしんじの脚本を城定秀夫が監督し、久しぶりの小出恵介が主演を務めています。

 ある事件にショックを受け、ホームレスとなった映画監督が銀平スカラ座の支配人(吹越満)と知り合い、劇場で働くようになる。同僚のスタッフやベテラン映写技師、役者、ミュージシャン、中学生ら常連客たちと交流し、映画を作っていた頃の自分と向き合う。

 新鮮味のある題材とは言えませんし、取り立てて優れているわけではありませんが、僕は普通に面白く見ました。「アルプススタンドのはしの方」の小野梨奈、シンガーソングライターの藤原さくら、小出恵介の元妻役さとうほなみなど、城定監督は女優の趣味が良いです。映画館のバイト役・日高七海は宮崎市出身とのこと。1時間39分。
▼観客4人(公開6日目の午前)

2023/03/13(月)第95回アカデミー賞受賞結果

 第95回アカデミー賞の授賞式が13日行われ、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」が作品・監督・主演女優・助演女優・脚本など最多7部門で受賞しました。受賞結果は以下の通りです(発表順)。
【長編アニメ映画賞】
「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」
【助演男優賞】
キー・ホイ・クァン「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【助演女優賞】
ジェイミー・リー・カーティス「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【長編ドキュメンタリー賞】
「ナワリヌイ」
【短編実写映画賞】
「アン・アイリッシュ・グッドバイ(原題)」
【撮影賞】
「西部戦線異状なし」
【メイク・ヘアスタイリング賞】
「ザ・ホエール」
【衣装デザイン賞】
「ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー」
【国際長編映画賞】
「西部戦線異状なし」(ドイツ)
【短編ドキュメンタリー賞】
「エレファント・ウィスパラー 聖なる象との絆」
【短編アニメ映画賞】
「ぼく モグラ キツネ 馬」
【美術賞】
「西部戦線異状なし」
【作曲賞】
「西部戦線異状なし」
【視覚効果賞】
「アバター ウェイ・オブ・ウォーター」
【脚本賞】
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【脚色賞】
「ウーマン・トーキング 私たちの選択」
【音響賞】
「トップガン マーヴェリック」
【歌曲賞】
“Naatu Naatu”「RRR」
【編集賞】
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【監督賞】
ダニエル・シャイナート ダニエル・クワン「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【主演男優賞】
ブレンダン・フレイザー「ザ・ホエール」
【主演女優賞】
ミシェル・ヨー「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【作品賞】
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」

2023/03/13(月)「オットーという男」ほか(3月第2週のレビュー)

 「オットーという男」はスウェーデン映画「幸せなひとりぼっち」(2015年、ハンネス・ホルム監督、フレドリック・バックマン原作)のリメイク。主演のトム・ハンクスがオリジナルに惚れ込んで企画したとか。「最良のリメイク」と評したレビューがありましたが、僕には「凡庸なリメイク」としか思えませんでした。オリジナルより優れた部分は見当たらず、むしろ、主人公の亡くなった妻の描写など劣った部分が目に付きます。

 郊外の住宅地に一人で住むオットー・アンダーソン(トム・ハンクス)は近所のゴミの出し方や駐車の仕方を監視し、ルールを守らない人には注意するなど面倒で近寄りがたい男。最愛の妻に先立たれ、仕事も失ったオットーは自殺しようとするが、向かいの家に引っ越してきたマリソル(マリアナ・トレビーニョ)らメキシコ人一家の邪魔が入ってなかなか実行できない。この一家との交流でオットーの人生は一変していく。

 オリジナルはアカデミー外国語映画賞にノミネートされました。個人的に最もグッときたのは若い頃の妻ソーニャ(イーダ・エングウォル)の姿で、不器用な主人公オーヴェを理解し、温かく包み込むような描写に実に心打たれました。ソーニャは事故で車椅子生活になりますが、高校教師として問題行動の多い生徒のクラスを受け持ち、生徒たちから深い信頼を得ます。ソーニャが素晴らしい人柄だっったからこそ、主人公の喪失感の大きさに説得力があるわけです。

 「オットーという男」で妻を演じるレイチェル・ケラーはオリジナルのエングウォルほど目立たない上に、脚本・演出が平凡なので割を食っています。若い頃のオットーを演じるのはトム・ハンクスの息子トルーマン・ハンクス。公式サイトには「これが映画デビュー」とありますが、IMDbを検索すると、同じくトム・ハンクス主演の「この茫漠たる荒野で」(2020年、ポール・グリーングラス監督、Netflix配信)にも出ているようです。

 昨年のアカデミー作品賞「コーダ あいのうた」の例もありますから、リメイクがすべてダメなわけではありませんが、今回はオリジナルの方が良いと思いました。マーク・フォースター監督、2時間6分。
IMDb7.5、メタスコア51点、ロッテントマト69%。
「幸せなひとりぼっち」の方はIMDb7.7、メタスコア70点、ロッテントマト91%。amazonプライムビデオが配信しています。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)

「すべてうまくいきますように」

 安楽死を望む父親をめぐる姉妹の物語をフランソワ・オゾン監督が映画化。姉役のソフィー・マルソー(今年56歳)はきれいに年齢を重ねているなあと思いましたが、オゾン監督作にしてはそんなに感心するところもなく、普通の出来だと思いました。

 フランスでは安楽死が法律違反となるため、安楽死をサポートするスイスの協会に依頼するわけですが、救急車でスイスへ行くのも一苦労。救命士たちも安楽死に関わると、罰せられるからです。映画はそうした安楽死をめぐる諸問題をユーモアを交えて描いています。

 エンドクレジットを見て、スイスの協会の老婦人がハンナ・シグラであることを知り、びっくり。「マリア・ブラウンの結婚」(1979年、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督)の印象が強く、おばあさんのイメージはないんですよね。今年79歳なので、おばあさんなのが当然なんですけど。1時間53分。
IMDb6.8、メタスコア67点、ロッテントマト93%。
▼観客2人(公開5日目の午後)

2023/03/05(日)「フェイブルマンズ」ほか(3月第1週のレビュー)

 スティーブン・スピルバーグの自伝的作品という先入観で「フェイブルマンズ」を見ると、どれが事実でどれがフィクションか気になるところですが、これは両親が離婚するフェイブルマン一家に起きる話ですし、それ以上に映像の魅力と魔力について言及した部分が印象に残る作品でした。

 父バート(ポール・ダノ)と母ミッツィ(ミシェル・ウィリアムズ)とともに「地上最大のショウ」(1952年、セシル・B・デミル監督)を見て映画の魅力に心を奪われたサミー・フェイブルマンが8ミリカメラで映像を撮り始める序盤は普通レベルの出だしです。成長したサミー(ガブリエル・ラベル)が撮影したフィルムを編集中に父親の親友ベニー(セス・ローゲン)と母親の親密な姿が映っているのを見つけて、2人の関係に気づく場面からの展開が秀逸です。

 サミーはそういう場面ばかりを集めたフィルムをクローゼットの中で母親に見せます。映像を見ているミシェル・ウィリアムズの演技はアカデミー主演女優賞ノミネートが納得できるうまさ。出てきた母親に対するサミーの態度も予想を超えるもので、見事なドラマだと思います。

 父親の転職に伴い、転校した高校でのユダヤ人差別の描写を経て、おサボりデー(映画の中ではDitch Dayと言ってますが、Skip Dayなどとも言うそうです)の様子を撮影したサミーのフィルムを見た2人の男子生徒が怒る場面も映像の力を思わせます。姑息で無様な様子を撮影された1人が怒るのは分かるんですが、もう一人、ユダヤ人差別グループのリーダー的存在だった生徒がバレーボールや走りで颯爽とした活躍を見せ、クラスメートから称賛されているのに怒る理由は理解が難しいです。たぶん彼の持つセルフイメージと実際の映像に大きな違いがあったのでしょう。映像は意図したものはもちろん映りますが、撮影時に意図しないものを映すこともあり、予想外の効果を上げることもあるわけです。

 母親が言う「すべての出来事には意味がある」「心のままに生きて」という言葉も含蓄のあるものでした。別にこの映画はスピルバーグのベストではありませんが、ドラマの作りと描写のうまさがやっぱり抜きん出ていることを痛感する作品でした。2時間31分。
IMDb7.6、メタスコア84点、ロッテントマト92%。
▼観客13人(公開2日目の午前)

「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」

 カオス、カオス、カオスさらにカオス、そして少しの家族愛。マルチバース(多元宇宙)を「マトリックス」風なタッチで取り入れた作品ですが、ほぼほぼギャグ&ジョーク集。SF味は意外に薄く、思索的な部分が物足りませんでした。全宇宙の危機を家族の危機と絡めたストーリーの底が浅いんです。混乱を突き詰め、目まぐるしい描写を徹底して重ねた斬新さは認めます。

 ミシェル・ヨーの起用はやはりアクションができることが大きな理由でしょう。キー・ホイ・クァンもクンフーアクションができるのが意外でした。気になったのは奇抜なメイクで登場するジェイミー・リー・カーティスのボテッとした腹。若い頃はあんなにスリムだったのに。これもメイクなのしれませんが。

 監督・脚本は「スイス・アーミー・マン」(2016年)のダニエル・クワンとダニエル・シャイナート。スイス・アーミー・ナイフのようにいろんなことができる死体を描いた「スイス・アーミー・マン」は漫画的な展開でしたが、この映画もそういう作りです。2時間19分。
IMDb8.0、メタスコア81点、ロッテントマト95%。
▼観客12人(公開初日の午前)

「FALL フォール」

 見る前は「高所の恐怖を描いただけの映画でしょ」と舐めた考えでしたが、意外に良い出来で嬉しい驚きでした。

 冒頭に描かれるのは絶壁でフリークライミング中の3人の男女。ベッキー(グレイス・フルトン)と夫のダン(メイソン・グッディング)、親友のハンター(ヴァージニア・ガードナー)で、ダンはふとしたことから落下して死んでしまう。それから1年、最愛の夫の死から立ち直れないベッキーは酒に逃避していた。そこに世界各地の危険な場所で動画を撮影してきたハンターが訪れ、地上600メートルの鉄塔に登る計画を提案する。無事に登り切ったものの、降りようとしたところで梯子が壊れ、2人は鉄塔のてっぺんに取り残されてしまう。携帯の電波は届かない。食料もない。ハゲタカが襲ってくる。絶望的状況の中で助けを求めるにはどうすれば良いのか。

 主人公が失意に陥り、飲んだくれた状態から復活を果たすのは冒険小説の常套的展開。ジャンルとしてはスリラー、サスペンスに分類されるのでしょうが、個人的に一番しっくりくるのはサバイバルもので、極限状況からのサバイバルを描いて、これは記憶すべき作品になってます。

 感心したのは「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」(2013年、アン・リー監督)を彷彿させる終盤のある仕掛け。舞台が限定されているため展開が制限され、思索的な部分では「ライフ・オブ・パイ」に及びませんが、ストーリーの工夫は褒めたいところです。スコット・マン監督。1時間46分。
IMDb6.4、メタスコア62点、ロッテントマト79%。
▼観客6人(公開初日の午後)

「ヒトラーのための虐殺会議」

 1100万人のユダヤ人の最終解決手段を話し合ったナチスのヴァンゼー会議を描いたドイツ映画。慄然とするのは効率を追求した処分の仕方ですが、ドイツ人とユダヤ人の混血をどうするかという議論になって「おっ」と思います。2分の1の混血も4分の1の混血も殺さずに残すべきだという発言があるからです。ヒューマンな視点からの発言かと思えば、ドイツにとって有用な人材が多いという理由でしかなく、子孫を残させないためにある提案をします。「これならユダヤ人も受け入れるでしょう」。殺されるよりはましですから、確かにそうなるのでしょうけど、残酷極まりない方法でした。

 ガス室の使用も効率を重視したためと、銃殺では子供や女性に銃を向けるドイツ兵の精神的負担が大きいという理由から。「サウルの息子」(2015年、ネメシュ・ラースロー監督)で描かれたようにガス室の死体はユダヤ人に処分させ、そのユダヤ人もいずれ処分するという方式がこの会議で出来上がっていきます。見ていてだんだん、心が冷えてくる作品。1時間52分。
IMDb7.4、ロッテントマト100%(アメリカでは未公開)。
▼観客4人(公開5日目の午前)

「湯道」

 「おくりびと」(2008年、滝田洋二郎監督)の小山薫堂脚本なので悪い出来ではありません。予告編ではナンセンスギャグみたいな内容かと思われましたが、実家の銭湯「まるきん温泉」を経営する弟(濱田岳)と金に困って帰ってきた建築家の兄(生田斗真)をメインに展開する物語は真っ当でした。

 アイデアをあと一つ二つ盛り込めば、もっと面白くなったのではないかと思います。橋本環奈は役の理解が深いのか、「銀魂」よりも「バイオレンスアクション」よりも良い演技を見せています。監督は「マスカレード・ホテル」「劇場版ラジエーションハウス」などの鈴木雅之。2時間7分。
▼観客30人ぐらい(公開6日目の午後)