2023/03/05(日)「フェイブルマンズ」ほか(3月第1週のレビュー)

 スティーブン・スピルバーグの自伝的作品という先入観で「フェイブルマンズ」を見ると、どれが事実でどれがフィクションか気になるところですが、これは両親が離婚するフェイブルマン一家に起きる話ですし、それ以上に映像の魅力と魔力について言及した部分が印象に残る作品でした。

 父バート(ポール・ダノ)と母ミッツィ(ミシェル・ウィリアムズ)とともに「地上最大のショウ」(1952年、セシル・B・デミル監督)を見て映画の魅力に心を奪われたサミー・フェイブルマンが8ミリカメラで映像を撮り始める序盤は普通レベルの出だしです。成長したサミー(ガブリエル・ラベル)が撮影したフィルムを編集中に父親の親友ベニー(セス・ローゲン)と母親の親密な姿が映っているのを見つけて、2人の関係に気づく場面からの展開が秀逸です。

 サミーはそういう場面ばかりを集めたフィルムをクローゼットの中で母親に見せます。映像を見ているミシェル・ウィリアムズの演技はアカデミー主演女優賞ノミネートが納得できるうまさ。出てきた母親に対するサミーの態度も予想を超えるもので、見事なドラマだと思います。

 父親の転職に伴い、転校した高校でのユダヤ人差別の描写を経て、おサボりデー(映画の中ではDitch Dayと言ってますが、Skip Dayなどとも言うそうです)の様子を撮影したサミーのフィルムを見た2人の男子生徒が怒る場面も映像の力を思わせます。姑息で無様な様子を撮影された1人が怒るのは分かるんですが、もう一人、ユダヤ人差別グループのリーダー的存在だった生徒がバレーボールや走りで颯爽とした活躍を見せ、クラスメートから称賛されているのに怒る理由は理解が難しいです。たぶん彼の持つセルフイメージと実際の映像に大きな違いがあったのでしょう。映像は意図したものはもちろん映りますが、撮影時に意図しないものを映すこともあり、予想外の効果を上げることもあるわけです。

 母親が言う「すべての出来事には意味がある」「心のままに生きて」という言葉も含蓄のあるものでした。別にこの映画はスピルバーグのベストではありませんが、ドラマの作りと描写のうまさがやっぱり抜きん出ていることを痛感する作品でした。2時間31分。
IMDb7.6、メタスコア84点、ロッテントマト92%。
▼観客13人(公開2日目の午前)

「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」

 カオス、カオス、カオスさらにカオス、そして少しの家族愛。マルチバース(多元宇宙)を「マトリックス」風なタッチで取り入れた作品ですが、ほぼほぼギャグ&ジョーク集。SF味は意外に薄く、思索的な部分が物足りませんでした。全宇宙の危機を家族の危機と絡めたストーリーの底が浅いんです。混乱を突き詰め、目まぐるしい描写を徹底して重ねた斬新さは認めます。

 ミシェル・ヨーの起用はやはりアクションができることが大きな理由でしょう。キー・ホイ・クァンもクンフーアクションができるのが意外でした。気になったのは奇抜なメイクで登場するジェイミー・リー・カーティスのボテッとした腹。若い頃はあんなにスリムだったのに。これもメイクなのしれませんが。

 監督・脚本は「スイス・アーミー・マン」(2016年)のダニエル・クワンとダニエル・シャイナート。スイス・アーミー・ナイフのようにいろんなことができる死体を描いた「スイス・アーミー・マン」は漫画的な展開でしたが、この映画もそういう作りです。2時間19分。
IMDb8.0、メタスコア81点、ロッテントマト95%。
▼観客12人(公開初日の午前)

「FALL フォール」

 見る前は「高所の恐怖を描いただけの映画でしょ」と舐めた考えでしたが、意外に良い出来で嬉しい驚きでした。

 冒頭に描かれるのは絶壁でフリークライミング中の3人の男女。ベッキー(グレイス・フルトン)と夫のダン(メイソン・グッディング)、親友のハンター(ヴァージニア・ガードナー)で、ダンはふとしたことから落下して死んでしまう。それから1年、最愛の夫の死から立ち直れないベッキーは酒に逃避していた。そこに世界各地の危険な場所で動画を撮影してきたハンターが訪れ、地上600メートルの鉄塔に登る計画を提案する。無事に登り切ったものの、降りようとしたところで梯子が壊れ、2人は鉄塔のてっぺんに取り残されてしまう。携帯の電波は届かない。食料もない。ハゲタカが襲ってくる。絶望的状況の中で助けを求めるにはどうすれば良いのか。

 主人公が失意に陥り、飲んだくれた状態から復活を果たすのは冒険小説の常套的展開。ジャンルとしてはスリラー、サスペンスに分類されるのでしょうが、個人的に一番しっくりくるのはサバイバルもので、極限状況からのサバイバルを描いて、これは記憶すべき作品になってます。

 感心したのは「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」(2013年、アン・リー監督)を彷彿させる終盤のある仕掛け。舞台が限定されているため展開が制限され、思索的な部分では「ライフ・オブ・パイ」に及びませんが、ストーリーの工夫は褒めたいところです。スコット・マン監督。1時間46分。
IMDb6.4、メタスコア62点、ロッテントマト79%。
▼観客6人(公開初日の午後)

「ヒトラーのための虐殺会議」

 1100万人のユダヤ人の最終解決手段を話し合ったナチスのヴァンゼー会議を描いたドイツ映画。慄然とするのは効率を追求した処分の仕方ですが、ドイツ人とユダヤ人の混血をどうするかという議論になって「おっ」と思います。2分の1の混血も4分の1の混血も殺さずに残すべきだという発言があるからです。ヒューマンな視点からの発言かと思えば、ドイツにとって有用な人材が多いという理由でしかなく、子孫を残させないためにある提案をします。「これならユダヤ人も受け入れるでしょう」。殺されるよりはましですから、確かにそうなるのでしょうけど、残酷極まりない方法でした。

 ガス室の使用も効率を重視したためと、銃殺では子供や女性に銃を向けるドイツ兵の精神的負担が大きいという理由から。「サウルの息子」(2015年、ネメシュ・ラースロー監督)で描かれたようにガス室の死体はユダヤ人に処分させ、そのユダヤ人もいずれ処分するという方式がこの会議で出来上がっていきます。見ていてだんだん、心が冷えてくる作品。1時間52分。
IMDb7.4、ロッテントマト100%(アメリカでは未公開)。
▼観客4人(公開5日目の午前)

「湯道」

 「おくりびと」(2008年、滝田洋二郎監督)の小山薫堂脚本なので悪い出来ではありません。予告編ではナンセンスギャグみたいな内容かと思われましたが、実家の銭湯「まるきん温泉」を経営する弟(濱田岳)と金に困って帰ってきた建築家の兄(生田斗真)をメインに展開する物語は真っ当でした。

 アイデアをあと一つ二つ盛り込めば、もっと面白くなったのではないかと思います。橋本環奈は役の理解が深いのか、「銀魂」よりも「バイオレンスアクション」よりも良い演技を見せています。監督は「マスカレード・ホテル」「劇場版ラジエーションハウス」などの鈴木雅之。2時間7分。
▼観客30人ぐらい(公開6日目の午後)