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2023年03月19日の記事

2023/03/19(日)「Winny」ほか(3月第3週のレビュー)

 「Winny」は一世を風靡したファイル共有ソフトWinnyを開発したプログラマー金子勇さんの不当逮捕と裁判をめぐる実話を松本優作監督が映画化。

 ナイフで人を刺した事件の場合、ナイフを作った人が罪に問われるかという例が映画の中で示されますが、これが事件の本質を非常に分かりやすく示しています。そんなわけがあるはずないですが、Winny事件で、警察と検察はそれをやってしまいました。2ちゃんねるなどでの書き込みから著作権法違反を幇助するためにWinnyを開発したと強引に主張したわけです。

 馬鹿げたことに裁判所も一審では有罪判決を出しました。最終的に最高裁まで争い、金子さんは無罪を勝ち取るわけですが、映画が重点的に描いたのは一審判決まで。この点について松本監督は「最高裁で無罪を勝ち取っても、7年の時間を奪われた金子さんは本当の意味での勝者とはいえない。それを訴えるべきだと思いました」としています。

 映画は同時に愛媛県警の裏金作りを告発した仙波巡査部長(吉岡秀隆)を描きます。これがWinny事件とどう関わってくるのかと思ったら、裏金作りの証拠書類がWinnyで流出してしまったからでした。Winnyの脆弱性を利用したウイルスによってこうした流出事件が続いたほか、匿名の告発ツールとして使えるWinnyを権力側が問題視したのではないかという疑いもあるように思えました。

 日本映画には珍しく関係者はすべて実名。松本監督は取材を重ね、実名ドラマに耐えうる内容にしています。三浦貴大演じる弁護士の壇俊光さんは映画に協力し、法廷シーンを細かくチェックしたそうで、「法廷シーンのリアリティーはこの映画がナンバーワン」と自信を見せています。社会派的側面とエンタメ性がうまいバランスの傑作だと思います。

 金子さんは最高裁判決の1年半後の2013年、42歳で急死しました。映画の撮影初日、体重を18キロ増やして金子さんを演じた東出昌大を見て、金子さんのお姉さんは号泣したそうです。2時間7分。
▼観客1人(公開7日目の午後)

「シン・仮面ライダー」

 一般的に芳しくない評価になっていますが、僕はこれもありと思いました。ちょっと長く感じる(中だるみがある)のが玉に瑕ですが、長すぎてうんざりするわけではありません。仮面ライダーとヒロインが2台のトラックに追われて山道をバイクで疾走する冒頭の場面をはじめ、アクション場面にスピード感と迫力があるほか、庵野秀明監督らしい細かい設定で物語を構成しているのが魅力になっています。

 1971年の初代仮面ライダーを今の映像技術でリメイクするのは「シン・ウルトラマン」と同じ手法。企画・脚本・製作・編集を担当した「シン・ウルトラマン」より庵野色が強く出たのは、自ら監督しているからでしょう。ウジウジしたバッタオーグこと仮面ライダー=本郷猛(池松壮亮)と強くぶれないヒロイン緑川ルリ子(浜辺美波)というキャラは庵野映画にはおなじみの設定。

 特に綾波レイと真希波・マリ・イラストリアスを合わせたような役柄の浜辺美波はビジュアル的には完璧でした。ただ、セクシーさは皆無なのでオタク男子が求める萌えキャラにはなっていません。体にぴったりしたボディスーツを着る場面でもあれば、中高生はイチコロだったでしょう。観客に中高生は少なかったですが。

 予告編ではまったく伏せられていましたし、公式サイトにも記載がありませんが、サソリオーグ(怪人)役で長澤まさみが出演。ハチオーグ役の西野七瀬と浜辺美波まで好みの女優を3人も出してくれたので、文句を付ける筋合いはありません。このほか松坂桃李、大森南朋、斎藤工、竹野内豊などなど、よくぞキャストを公開まで伏せてたなと感心します。

 アクション監督は田渕景也。橋本環奈主演の「バイオレンスアクション」(2022年、瑠東東一郎監督)でもアクション監督を務めてました。2時間1分。
▼観客多数(公開2日目の午前)

「対峙」

 高校で起きた銃乱射事件の被害者家族と加害者家族の対話を描いたドラマ。生徒10人が殺され、犯人の生徒も自殺した事件から6年後、息子の死をいまだに受け入れられない夫婦が加害者の両親と会って話をする機会を得る。

 どちらの家族も心に傷を受けており、それを修復するためのこうした対話を「修復的司法」と言うそうです。間違いだと分かっていても、被害者家族は加害者家族を責めてしまいます。どちらにとっても、辛い対話の場ですが、相手の立場を深く知ることで相手を理解することにつながっていきます。ほとんど4人だけで進行するドラマですが、緊張感あふれる対話から目が離せない作品になっています。

 俳優のフラン・クランツの初監督作品。1時間51分。
IMDb7.6、メタスコア81点、ロッテントマト95%。
▼観客7人(公開5日目の午後)

「小さき麦の花」

 中国西北地方の農村を舞台に、貧しい農家の夫婦を描いたドラマ。農家の四男ヨウティエ(ウー・レンリン)は障害のある内気なクイイン(ハイ・チン)と見合い結婚する。お互いに家族から厄介払いされるかのように夫婦になった2人は麦を植え、土から煉瓦を作り、自分たちだけで家を建てる。苦労の多い2人の生活を淡々と描いていきますが、地道にコツコツと生きる姿は美しく、見ていて胸を締め付けられる思いがします。

 同時に物質的な豊かさは幸福に必須のものではないと思えてきます。「あなたのお兄さんの家に行った日に見たの。あなたがロバに優しく餌をやっているのを。このロバは…私より幸せだと感じた。あなたはいい人、一緒に暮らせると思った」。クイインは最初に出会った日のことをそう話します。村で一番貧しくても、相手を信頼し、助け合いながら生きている2人は幸福だったのだと思います。

 パンフレットによると、時代設定は2011年とのことですが、テレビもない生活なので、もっと昔の時代とばかり思っていました。大地とともに生きる2人の姿は新藤兼人監督の傑作「裸の島」(1960年)の殿山泰司と乙羽信子を彷彿させます。

 終盤の唐突な展開には疑問を感じましたが、リー・ルイジュン監督は「永遠の別れというのは生活の一部分であり、誰もが直面しなければならない日常だからです」と話しています。

 監督は1983年生まれ。子どもの頃に見た農村での光景が映画の元になっているそうです。中国では口コミやSNSで良さが広まり、公開から2カ月後に興行収入トップとなった後、突然、劇場での上映と配信が打ち切られたそうです。中国政府にどんな意図があったのか分かりませんが、農村の貧しさを描いた内容が問題視されたのでしょうかね。2時間13分。
IMDb7.7、ロッテントマト100%。
▼観客7人(公開初日の午後)

「銀平町シネマブルース」

 さびれた商店街にある映画館「銀平スカラ座」を舞台にしたドラマ。いまおかしんじの脚本を城定秀夫が監督し、久しぶりの小出恵介が主演を務めています。

 ある事件にショックを受け、ホームレスとなった映画監督が銀平スカラ座の支配人(吹越満)と知り合い、劇場で働くようになる。同僚のスタッフやベテラン映写技師、役者、ミュージシャン、中学生ら常連客たちと交流し、映画を作っていた頃の自分と向き合う。

 新鮮味のある題材とは言えませんし、取り立てて優れているわけではありませんが、僕は普通に面白く見ました。「アルプススタンドのはしの方」の小野梨奈、シンガーソングライターの藤原さくら、小出恵介の元妻役さとうほなみなど、城定監督は女優の趣味が良いです。映画館のバイト役・日高七海は宮崎市出身とのこと。1時間39分。
▼観客4人(公開6日目の午前)