2013/01/27(日)企業の社会貢献

 昨年9月に705ドルの最高値を付けて以来、アップルの株価が下がり続けている。25日の株価終値は439ドルでピーク時に比べて4割安くなった。時価総額世界1の座からも転落した。iPhone5が、がっかりな内容だったのに加えて、iPad miniが本家のiPadを侵蝕する結果になり、投資家の評価を失っているからだ。

 日経電子版によると、アップルの株価は昨年1月から急上昇し始めた。3月にはティム・クックCEOが配当と自社株買いの実施を表明して上昇に拍車がかかった。生前のスティーブ・ジョブズは株主と緊張関係にあり、「株主のためにお金を使う気はない」と言っていたそうだ。

 ジョブズが株主どころか寄付などの社会貢献にも協力していなかったことは有名だ。古い記事で恐縮だが、WIREDにジョブズとゲイツ、真の「善玉」はどっち? ? という記事がある。「実際の行動から判断すれば、ジョブズCEOはあきれるほどの富を手にした、欲張りな資本家以外の何者でもない。それは恥ずかしいことだ」と指摘したこの記事にはジョブズの信奉者からヒステリックな反論があり、WIREDはそれも掲載している。

 企業には企業活動を通して社会貢献するという側面はあるが、やはり企業活動とは別に社会貢献している企業の方が尊敬できるだろう。東洋経済オンラインは先日、企業の社会貢献ランキングに関する記事を掲載していた(企業の社会貢献度、1位ヤマト、2位トヨタ)。2011年度の社会貢献支出額1位はヤマトホールディングスで145億6300万円。ヤマトは東日本大震災後に宅急便1個につき10円の寄付を1年間継続することを決めた。この金額は純利益の約40%に当たるそうだ。2位のトヨタも頑張っていて144億円。ヤマトと違うのは毎年継続して貢献していることだ。ただ、社会には貢献しても下請けにはかなり厳しい要求があるらしいし、経常利益もヤマトよりはるかに多いだろう。経常利益に占める社会貢献支出額の割合はマツダが64.53%でトップ。これも意外な結果だが、地元の広島に対する貢献が中心らしい。

 個人が継続して寄付を行うのはなかなか容易ではない。「いい会社をふやしましょう!」をスローガンにしている鎌倉投信のように、いい会社に投資することで間接的に貢献することはできるだろう。鎌倉投信の投資方針には共感できる部分が多く、昨年資料を送ってもらった。まだ申し込んでいない。ためらっているのは積立額の増減がネットからできないことと、僕のポートフォリオでは日本株への投資比率が既に高くなりすぎているためだ。前者の理由はセゾン投信など他の直販投信会社にも共通している。ひふみ投信のようにSBI証券が扱ってくれると、投資しやすくなるんですけどね。

2013/01/22(火)「東京家族」

 「あんたぁ、感じのええ人やねぇ」。吉行和子のセリフが心にしみる。その感じのええ人・紀子を演じるのは蒼井優。笑顔が好感度満点で、ぴったりの役柄だ。

 映画は登場人物の名前もほとんど同じなら、プロットもほぼ同じで、60年前の「東京物語」のリメイクと言って良い内容(山田洋次監督はモチーフにした、と言っている)。設定で大きく異なるのは次男の昌次(妻夫木聡)を登場させることだ。「東京物語」で昌次は戦死したという設定だった。

 キネ旬の山田洋次と渡辺浩の対談を読んだら、「息子」(1991年)も「東京物語」の骨格を借りた作品だという指摘があった。ああ、そうだった。「息子」もまた父親が東京に出てきて子どもたちに会う話だった。映画のポイントはフリーターの次男(永瀬正敏)と結婚を約束した聾唖者の女性(和久井映見)の姿にあった。ふらふらしているとばかり思っていた次男がしっかりと将来を見据えている姿に父親(三國連太郎)は安心する。

 「東京家族」はフリーターに近い舞台美術の仕事をしている次男と書店員の紀子の関係が「息子」の2人にそのまま重なる。2人は東日本大震災のボランティアの現場で知り合い、3回目のデートで昌次はプロポーズする。会ってすぐに紀子の人柄の良さを感じ取った母親(吉行和子)は「息子」の父親と同じように安心するのだ。だから、「東京家族」は「東京物語」のリメイクと言うよりも「東京物語」と「息子」を組み合わせた映画と言った方が近いだろう。

 元々は2011年12月の公開を目指していたが、東日本大震災が起きたため、山田洋次は撮影を1年延ばした。現代の日本を描くのに震災がない設定では不自然だからだ。それにしては震災への言及は少ない。父親の親友の母親が陸前高田市で津波に流されたという設定と、昌次と紀子の出会いに設定されているだけだ。山田洋次は被災地に足を運んでいるし、入れようと思えば、いくらでも震災のエピソードを入れられたはずだ。それをやらなかったのは震災のエピソードを入れすぎてはテーマがぶれるとの判断があったためなのかもしれない。

 戦後8年の日本を舞台にした「東京物語」は核家族化の問題を浮かび上がらせた。このテーマは60年たった今も古びていない。しかし、同じテーマを描くだけでは震災後1年の日本を舞台にする意味があまりない。「息子」の細部には当時の風潮を取り入れた同時代性があって感心させられたが、「東京家族」には同時代性や社会性が足りないように思える。それが映画の弱さにつながっている。

 年配者の観客が多い映画館は随所で笑い声が上がった後、クライマックスではすすり泣きが聞こえてくる。笑わせて泣かせる大衆性は「東京物語」より上だと思うが、映画の完成度では及ばないし、山田洋次作品としては残念ながら佳作にとどまったと言わざるを得ない。

2013/01/20(日)鵬翔 PK5-3 京都橘

 「どうしてそんなに空っぽなんだ」と、シャーロックのセリフをまねてみたくなる。全国高校サッカーで初優勝した鵬翔について2ちゃんねるで「運が良かった」とか、「強かったのは京都橘の方」なんて書き込みがあるからだ。運が良いだけでPK戦を4回も勝つことはできない。精神的なタフネス、逆境に折れない心を作ったのは豊富な練習量があったからだろう。練習に裏打ちされた自信が鵬翔の選手たちにはあったに違いない。だから準決勝でも決勝でも2度リードされながら追いついてPKに持ち込めた。

 決勝の延長戦で京都橘の選手たちの足は止まっていたが、鵬翔は止まらなかった。鵬翔の選手たちは明らかにスタミナで上回っていた。全身をつる選手も出たというほどの走り込みをした夏の志布志合宿、大学生を相手に練習試合を繰り返した関西遠征などが伝えられているが、なるほどと思う。

 チームを率いて30年目の松崎博美監督は国立行きを決めた準々決勝の試合後に「夢はかなう」と言った。しかし、ただ願っているだけでは夢はかなわない。夢を実現するためにはそれ相応の努力が必要だ。鵬翔にふさわしいのは「努力は実る」という言葉の方だろう。いくら努力したって実らないケースも多いけれども、天が助けてくれるのは例外なく「自ら助ける者」たちの方なのだ。

2013/01/18(金)「シャーロック」のセリフのうまさ

ルームシェアするためにベーカー街221B番地に来たジョン・ワトソン(マーティン・フリーマン)がシャーロック・ホームズ(ベネディクト・カンバーバッチ)に聞く。

「こんな一等地なら高いだろう」
「大家のハドソンさんが特別に安くしてくれた。数年前、ご亭主が死刑判決を受けた時、僕が助けた」
「死刑執行を止めてやったわけか?」
「いや、確実にした」
(「シャーロック」第1シーズン第1話「ピンク色の研究」)

遅ればせながら、元日に放送された英国BBSのドラマ「シャーロック」第2シーズン第1話「ベルグレービアの醜聞」を見て、その出来の良さに驚いた。編集、カット割り、セリフ、ストーリーと俳優の演技が高いレベルでまとまっている。特にアイリーン・アドラー(ララ・パルバー)がスマートフォンに設定したパスコードが明らかになる場面でうなった。それまでよく分からなかったアイリーンの心情が鮮やかに浮かび上がるパスコードだったのだ。これはうまい。シャーロック・ホームズを現代に移すなど、ほとんど失敗が目に見えるような試みだが、このドラマのスタッフは相当に頑張って、成功を収めている。かなりエキセントリックな変人のコンサルタント探偵シャーロックと元軍医で常識人であるワトソンのコンビは映像化されたホームズの決定版になりそうな魅力的キャラクターだ。

で、評価の高い第1シーズン第1話の再放送を心待ちにした。16日に放送された「ピンク色の研究」を見て、これなら大評判になるのも無理はないなと思った。ロンドンで連続自殺事件が発生する。自殺者はいずれも自分で毒を飲んでいた。自殺者の間につながりはなく、自殺する理由もなかった。他殺の可能性がある。警察のレストレード警部(ルパート・グレイブス)はシャーロックに調査を依頼する。

犯人が被害者に自殺させる方法にもなるほどと感心したが、それ以上にこのドラマ、セリフのうまさが際立っていた。ユーモアとウィットにあふれ、いかにも英国らしい粋なセリフが多いのだ。膝を打って「うまい!」と思わされたセリフを2つ引用しておく。

まず、病院のモルグ(死体安置所)に勤務するモリー・フーパー(ルイーズ・ブリーリー)とシャーロックの会話。モリーは密かにシャーロックに思いを寄せている。

「もし良かったら、お仕事が終わった後にでも…」
「口紅をつけてるの初めてだな」
「ちょっと、気分転換に…」
「ごめん、それで?」
「仕事が終わったら、コーヒーでもどう?」
「ミルクなし、砂糖は2個で」

かわいそうなモリー。しかし、もっとかわいそうな言葉が待っている。

「ああ、モリー、コーヒーありがとう。口紅落としたの?」
「に、似合わないから…」
「塗ってた方が良かったよ。君は顔立ちが、地味だから」

続いて事件現場。仲の悪いサリー・ドノバン巡査部長(ヴィネット・ロビンソン)に嫌みを言われた後、シャーロックはこれまた仲の悪い鑑識官のアンダーソン(ジョナサン・アリス)に制止される。

「ここは犯罪現場だ。荒らすんじゃないぞ。分かってるな」
「よく分かってる。奥さんはずっと留守か?」
「推理したみたいな顔するな。誰かに聞いたんだろう」
「デオドラントで分かった」
「デオドラント?」
「男用だ」
「当然だろう、俺は男なんだから」
「サリーと同じ香りだ。鼻につくな。入っていいか?」
「な、何が言いたいんだか知らないが…」
「何も言ってないよ。きっとサリーはちょっと遊びに来て、そのまま君の家に泊まることにしたんだろうな。床も磨いてくれたんだろう? サリーの膝の状態からして」

どれもキャラクターに密接なセリフで、シャーロックのキャラクターがよく分かる。こういううまいセリフが書ける脚本家がいるなら、作品の面白さはある程度、保証されたようなものだ。

「シャーロック」は1シーズンに3話しか作られていない。この点について、脚本家の1人であるスティーヴン・モファット(「タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密」)は「九十分という長さなんで、あの作品は“映画”として考えている。一話が一時間ものじゃないとわかったから、ああいう規模の作品にせざるを得なかった。映画並みの規模と重みがなくちゃならないんだ」と話している(ミステリマガジン2012年9月号)。映画なら1年で3本というのは多すぎるぐらいで、事実、「シャーロック」もすべてが傑作というわけではない(どれも水準は超えている)。まあそれでも3本のうち1本でも傑作を残してくれるなら、何も言うことはない。今年放送される第3シーズンにも大いに期待できるだろう。日本での放送が楽しみだ。

2013/01/06(日)信用取引の制度改正と依存症

 「新しい株式投資論」(2007年、絶版らしい)の中で山崎元は株取引の依存症について触れていた。株に関する本で依存症に触れたものは読んだことがなかったが、やっぱりなと思った。株式投資は基本的にギャンブル。ならば、競馬やパチンコと同じで依存症になる人がいてもおかしくない。特に1日に何度も売買を繰り返すデイトレーダーの中には多いだろう。そして依存症患者の常で当人に依存症の自覚はないに違いない。

 今月から信用取引の委託保証金(証拠金)に関する制度が変わった(東証の委託保証金の計算方法等の見直しなど参照)。ポイントは「従来、信用取引を返済しても、原則として決済日までは保証金は拘束され、他の信用取引に利用することはできませんでした。見直し後は、返済約定した信用取引の保証金は、ただちに拘束が解かれ、他の信用取引に利用できるようになります」という点。保証金の拘束期間がなくなるので、株の売買が1日に何度でもできるようになった。個人投資家の信用取引の活発化を狙った改正だ。4日の東証大発会が「異例の活況」(日経)となったのは円安株高に加えて、この制度改正が要因とみられている。

 同時にこれは依存症の増加に拍車をかける懸念があるだろう。といっても、株取引の依存症がどれぐらいいるのか、実態調査されたことがあるのか、寡聞にして知らない。山崎元も「どう見ても株式投資がらみの依存症患者は少なくないはず」としているだけで具体的な数字を挙げているわけでないが、相当数いることは容易に想像できる。

 この本、絶版らしいと書いたが、電子版は出ていた。Google Playでその一部が読める。「最大のリスクは依存症」の部分を読んでみてほしい。気がついたら多額の借金をしているというような場合、依存症の可能性が大いにあるそうだ。

 アメリカ有数の投資家ウォーレン・バフェットのようにバイ・アンド・ホールドの長期投資と違って、株のデイトレードはFXと同じゼロサムゲーム。勝つ人がいれば、必ず負ける人もいる。余裕資金の範囲内でとどめておいた方が賢明だ。山崎元は信用取引についてこう書いている。

 「思い切って言ってしまうと、個人投資家に信用取引を勧めることは、あまり良いことだとは思えないが、これも『賭場の現実』だと理解しておこう。もちろん、賢い生活者は、信用取引の利用に対しては慎重であるべきだ(要は、やめておけ!)」