2013/01/18(金)「シャーロック」のセリフのうまさ

ルームシェアするためにベーカー街221B番地に来たジョン・ワトソン(マーティン・フリーマン)がシャーロック・ホームズ(ベネディクト・カンバーバッチ)に聞く。

「こんな一等地なら高いだろう」
「大家のハドソンさんが特別に安くしてくれた。数年前、ご亭主が死刑判決を受けた時、僕が助けた」
「死刑執行を止めてやったわけか?」
「いや、確実にした」
(「シャーロック」第1シーズン第1話「ピンク色の研究」)

遅ればせながら、元日に放送された英国BBSのドラマ「シャーロック」第2シーズン第1話「ベルグレービアの醜聞」を見て、その出来の良さに驚いた。編集、カット割り、セリフ、ストーリーと俳優の演技が高いレベルでまとまっている。特にアイリーン・アドラー(ララ・パルバー)がスマートフォンに設定したパスコードが明らかになる場面でうなった。それまでよく分からなかったアイリーンの心情が鮮やかに浮かび上がるパスコードだったのだ。これはうまい。シャーロック・ホームズを現代に移すなど、ほとんど失敗が目に見えるような試みだが、このドラマのスタッフは相当に頑張って、成功を収めている。かなりエキセントリックな変人のコンサルタント探偵シャーロックと元軍医で常識人であるワトソンのコンビは映像化されたホームズの決定版になりそうな魅力的キャラクターだ。

で、評価の高い第1シーズン第1話の再放送を心待ちにした。16日に放送された「ピンク色の研究」を見て、これなら大評判になるのも無理はないなと思った。ロンドンで連続自殺事件が発生する。自殺者はいずれも自分で毒を飲んでいた。自殺者の間につながりはなく、自殺する理由もなかった。他殺の可能性がある。警察のレストレード警部(ルパート・グレイブス)はシャーロックに調査を依頼する。

犯人が被害者に自殺させる方法にもなるほどと感心したが、それ以上にこのドラマ、セリフのうまさが際立っていた。ユーモアとウィットにあふれ、いかにも英国らしい粋なセリフが多いのだ。膝を打って「うまい!」と思わされたセリフを2つ引用しておく。

まず、病院のモルグ(死体安置所)に勤務するモリー・フーパー(ルイーズ・ブリーリー)とシャーロックの会話。モリーは密かにシャーロックに思いを寄せている。

「もし良かったら、お仕事が終わった後にでも…」
「口紅をつけてるの初めてだな」
「ちょっと、気分転換に…」
「ごめん、それで?」
「仕事が終わったら、コーヒーでもどう?」
「ミルクなし、砂糖は2個で」

かわいそうなモリー。しかし、もっとかわいそうな言葉が待っている。

「ああ、モリー、コーヒーありがとう。口紅落としたの?」
「に、似合わないから…」
「塗ってた方が良かったよ。君は顔立ちが、地味だから」

続いて事件現場。仲の悪いサリー・ドノバン巡査部長(ヴィネット・ロビンソン)に嫌みを言われた後、シャーロックはこれまた仲の悪い鑑識官のアンダーソン(ジョナサン・アリス)に制止される。

「ここは犯罪現場だ。荒らすんじゃないぞ。分かってるな」
「よく分かってる。奥さんはずっと留守か?」
「推理したみたいな顔するな。誰かに聞いたんだろう」
「デオドラントで分かった」
「デオドラント?」
「男用だ」
「当然だろう、俺は男なんだから」
「サリーと同じ香りだ。鼻につくな。入っていいか?」
「な、何が言いたいんだか知らないが…」
「何も言ってないよ。きっとサリーはちょっと遊びに来て、そのまま君の家に泊まることにしたんだろうな。床も磨いてくれたんだろう? サリーの膝の状態からして」

どれもキャラクターに密接なセリフで、シャーロックのキャラクターがよく分かる。こういううまいセリフが書ける脚本家がいるなら、作品の面白さはある程度、保証されたようなものだ。

「シャーロック」は1シーズンに3話しか作られていない。この点について、脚本家の1人であるスティーヴン・モファット(「タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密」)は「九十分という長さなんで、あの作品は“映画”として考えている。一話が一時間ものじゃないとわかったから、ああいう規模の作品にせざるを得なかった。映画並みの規模と重みがなくちゃならないんだ」と話している(ミステリマガジン2012年9月号)。映画なら1年で3本というのは多すぎるぐらいで、事実、「シャーロック」もすべてが傑作というわけではない(どれも水準は超えている)。まあそれでも3本のうち1本でも傑作を残してくれるなら、何も言うことはない。今年放送される第3シーズンにも大いに期待できるだろう。日本での放送が楽しみだ。