2023/10/22(日)「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」ほか(10月第3週のレビュー)

 「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」はデヴィッド・グランのノンフィクション「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生」(「花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生」を改題)をマーティン・スコセッシ監督が映画化。

 1920年代、先住民オセージ族が政府から移住させられたオクラホマ州の保留地から石油が出て、オセージ族は受益権を手にし、世界一の金持ち部族になります。そこに金目当ての白人たちが押し寄せ、連続殺人が起こります。原作によると、この時代の犠牲者は24人に上ったそうです。映画はキングと呼ばれるおじのウィリアム・ヘイル(ロバート・デ・ニーロ)を頼って、オセージ族の町グレーホースを訪れた主人公アーネスト・バークハート(レオナルド・ディカプリオ)がオセージ族のモリー(リリー・グラッドストーン)と出会い、結婚して連続殺人に巻き込まれる展開となっています。

 原作ではすぐに2件の殺人が起こりますが、映画では40分余り過ぎてからで、事件の構図も中盤でほぼ分かります。全体としてスコセッシの「アイリッシュマン」(2019年)や「グッドフェローズ」(1990年)と同様にギャング=悪党を描いた作品になっていて、ミステリーの要素がある原作をスコセッシは自分の得意な方面に引き寄せて作った感があります。脚色はスコセッシとエリック・ロスの共同。

 原作は第1部「狙われた女」、第2部「証拠重視の男」、第3部「記者」の3部構成。「FBIの誕生」のパートは第2部で、ここに最もページを割かれていますが、映画ではほとんど描かれません。それもスコセッシが自分に引き寄せて作ったためと、ディカプリオが当初キャスティングされた捜査官トム・ホワイト(映画ではジェシー・プレモンスが演じています)の役よりもアーネストの役を望んだためでしょう。それにもかかわらず、というか、その作劇によって映画は中盤以降がとても面白いです。約3時間半の上映時間ですが、それほど長さは感じませんでした。

 日経のレビューで芝山幹郎さんは「モリーがアーネストの愛情を信じつつ、彼に殺されるのではないかと疑う複雑な場面」の連想作品として「断崖」(1941年)と「ガス燈」(1944年)を挙げていましたが、「汚名」(1946年)の方がより直接的かなと思いました。あの傑作ほどロマンティックではありませんが。

 アップル・スタジオ製作なので、アップルTV+で近日配信予定になっています。

 IMDb8.3、メタスコア90点、ロッテントマト92%。
▼観客18人(公開初日の午前)3時間26分。

「キリエのうた」

 クライマックスのコンサートの場面で公園の使用許可を取っていなかったという設定に唖然としました。なんだそれ。なぜそんな初歩的なことをやってないのか訳が分かりません。これに並行して描かれるイッコ=真緒里(広瀬すず)が男に襲われる場面も唐突で、あれ、こんな男これまでに出てきたっけと思ってしまいます。

 約3時間、冗長と言うほどつまらない場面はありませんでしたが、登場人物の過去のあれこれなど不要と思えるエピソードもあり、もっとアイナ・ジ・エンドの歌を一直線に生かす構成にした方が良かったと思います。どのエピソードも新味に乏しく、出来合いの惣菜を組み合わせた食事のよう。原作・脚本は岩井俊二監督。構成をチェックできる人が必要だったのでしょう。

 アイナ・ジ・エンドは歌を歌っているだけかと思ったら、しっかり主演の役割を果たしていました。演技をどうこういうレベルではありませんし、他の作品にも主演できるかというと、そうは思えませんでしたが、無難にこなした印象。何よりも歌の力があるので、しっかりした音楽映画に出ると良いと思います。
▼観客10人(公開4日目の午前)2時間59分。

「ゆとりですがなにか インターナショナル」

 7年前に放送されたドラマの劇場版。なぜ今頃と思いますが、脚本の宮藤官九郎が初稿を書いたのは2020年春とのこと。映画化のきっかけは松坂桃李が「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」(脚本を凝りまくった傑作です)シリーズの登場人物たちが「ゆとり」の3人にダブって見えたとクドカンに話したことだそうです。あの映画のように深酒で記憶をなくす設定が中盤にありますが、残念ながら設定を借りただけで面白さでは足下にも及びません。

 いや、まったく面白くないことはないんですよ。岡田将生、松坂桃李、柳楽優弥、安藤サクラ、仲野太賀らのお馴染みの面々が騒動を繰り返して笑えることは笑えます。ただ、繰り広げられる話がどうでも良いことばかりなので、どこまで行っても水平線の面白さに留まり、ちっとも上向かないので飽きてきます。

 最後に「つづく」と出たのでまたドラマか映画をやるのでしょう。ドラマなら、これぐらいの面白さでも良いと思います。水田伸生監督。
▼観客5人(公開7日目の午後)1時間57分。

「オオカミの家」

 チリのストップモーション・アニメ。といっても、人形を一コマ一コマ動かす通常のストップモーションとは異なり、絵や紙粘土(?)でキャラクターを作ったり壊したり動かしたりの手間のかかる手法を使ってます。何かに怯える親子3人の姿を描いて不気味さ怖さの横溢したシュールで前衛的な作り。パンフレットは“ホラー・フェアリーテイル・アニメーション”と紹介しています。

 映画の背景にあるのはコロニア・ディグニダ(尊厳のコロニー。現在はビジャ・バビエラ)という共同体の事件だそうです。コロニア・ディグニダは元ナチス党員のドイツ人パウル・シェーファーが1961年、チリに設立したコロニーで、外部からは楽園の共同体のように見えましたが、内部ではシェーファーの指導の下、拷問や性的虐待、殺害が繰り返され、それはシェーファーが逮捕された2005年まで続いたそうです。

 映画の親子はコロニアから逃げてきた設定のようですが、そうした予備知識がないと、何に怯えているのか分かりません。監督はクリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ。

 コロニア・ディグニダについてはエマ・ワトソン主演の「コロニア」(2016年)や少年の視点で描いた「コロニアの子供たち」(2021年)として映画化されているほか、Netflixが「コロニア・ディグニダ チリに隠された洗脳と拷問の楽園」というドキュメンタリー(全6話)を配信しています。
IMDb7.5、メタスコア86点、ロッテントマト96%。
▼観客9人(公開6日目の午後)1時間14分。

「奇跡の海」

 「ラース・フォン・トリアー レトロスペクティブ2023」の1本。1996年の作品で日本初公開は1997年4月。U-NEXTで見ました。

 スコットランドの村を舞台に描く愛と奇跡の物語。北海油田で働くヤン(ステラン・スカルスガルド)と結婚したベス(エミリー・ワトソン)は家を離れて働くヤンが早く戻ってくるよう神に祈る。ヤンは予定より早く帰ってくるが、首から下が麻痺する大けがを負ったためだった。回復の見込みがないヤンはベスに「ほかの男に抱かれろ」と頼む。「それを聞くことで俺はおまえと愛し合うことができる」。ベスがその通りにすると、ヤンは少し回復したように見えた。ベスは娼婦となり、さまざまな男と関係を持つが、村の人たちはベスを迫害するようになる。

 ベスは本当に神の声を聞くことができたのか、起きたことは奇跡なのかなどを明確にはしないところが良いです。エミリー・ワトソンはこれが映画デビュー。ヤンを一途に愛するベスを体当たりで演じ切って、アカデミー主演女優賞候補となりました。トリアー映画としても後の「ドッグヴィル」や「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のように絶望的な気分にはならず、バランスの良い傑作だと思います。

 IMDb7.8、メタスコア82点、ロッテントマト84%。カンヌ国際映画祭審査員大賞、キネ旬ベストテン9位。2時間38分。

 トリアー監督作品のIMDbでの評価を調べてみました。点数順で並べると、以下の通りです(短編、テレビドラマを除く)。
1.ドッグヴィル(2003年)8.0
2.ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000年)7.9
3.奇跡の海(1996年)7.8
4.ヨーロッパ(1991年)7.6
5.マンダレイ(2005年)7.2
6.メランコリア(2011年)7.1
7.ニンフォマニアックvol.1(2013年)6.9
8.ハウス・ジャック・ビルト(2018年)6.8
8.イディオッツ(1998年)6.8
10.エレメント・オブ・クライム(1984年)6.7
11.ニンフォマニアックvol.2(2013年)6.6
11.ボス・オブ・イット・オール(2006年)6.6
13.アンチクライスト(2009年)6.5
14.エピデミック(1987年)6.0
 IMDbでは7点台までは見て損のない作品と思いますが、6位「メランコリア」は個人的にあまり感心しなかったので、「マンダレイ」までで良いかなと思います。

2023/10/15(日)「月」ほか(10月第2週のレビュー)

 「月」は19人を刺殺、26人に重軽傷を負わせた相模原障害者施設殺傷事件(2016年)をモデルにした辺見庸の同名小説を石井裕也監督が映画化。といっても、原作を大幅に脚色しています。原作は重度障害者で意思疎通ができない寝たきりの「きーちゃん」という女性の視点で描かれているそうです。映画は心臓に障害を持って生まれた子供を3歳で亡くした夫婦を中心に据えています。原作には登場しないこの夫婦の存在が「障害者の命」という映画のテーマを深化させ、深い感銘をもたらす要因になっていて見事な脚色と言えるでしょう。森達也監督「福田村事件」とともに今年の一、二を争う傑作だと思います。

 この夫婦の子供は3歳になっても寝たきりで意思の疎通もできませんでした。子供を亡くした2人は打ちひしがれ、未だに引きずっています。妻の堂島洋子(宮沢りえ)は作家で、東日本大震災を題材にした第1作が注目を集めましたが、その後は小説が書けない状態。生活のために障害者施設に非正規社員として勤め、監禁や暴行など施設のひどい実態を見ることになります。

 夫の昌平(オダギリジョー)は趣味で人形アニメーション映画を作りながら、アルバイトしています。昌平は穏やかな性格ですが、それにつけ込んでのことなのか、バイト先の年下の先輩は昌平をお前呼ばわりし、アニメーションの題材をバカにします。洋子は入所者への虐待とも思える仕打ちを施設の上司に伝えますが、上司は職員をかばい、洋子に解雇をちらつかせます。洋子は妊娠していることが分かり、また障害を持つ子供だったらと思い、生むかどうか悩んでいます。

 障害者施設で働く青年さとくん(磯村勇斗)が「役に立たない障害者、周囲に迷惑をかける障害者は社会のために殺した方がいい」という極端な考えに至ったことと、弱い立場にいる人を見下し、悪意と侮蔑を向ける人の距離は遠くありません。さとくんは入所者のために「花咲かじいさん」の紙芝居を手作りして演じる善意の人物でしたが、同僚から紙芝居を迷惑がられ、バカにされたこともあって、次第に考え方を変えていきます。いじわるじいさんが腐ったゴミを掘り当てた犬のシロを「役に立たない」と怒って殺したように障害者の殺害を計画するわけです。

 凡庸な監督なら、原作通りに「きーちゃん」を主人公にして映画を作るでしょう。その場合でも「ジョニーは戦場に行った」(1971年、ダルトン・トランボ監督)のような傑作になる可能性はあります。しかし、映画の終盤、夫婦に訪れたささやかな希望と喜びの場面のような熱い感動をもたらす場面を作ることは難しいでしょう。世間的にはささやかかもしれませんが、夫婦にとってはとても大きな喜び。その歓喜の場面と並行して、映画はさとくんが返り血を浴びながら計画を実行に移す姿を描いています。

 石井裕也監督は多くの障害者施設を訪ね、話を聞いてエピソードを書いたそうです。実際の障害者に役を演じてもらうことができたのは、そうした取材の過程で信頼を得たからなのでしょう。石井監督は元々、うまい人ですが、今回はさらに腕を上げた感があり、加えてこうした取材を重ねたのですから映画に厚みが出てくるのは当然です。

 宮沢りえとオダギリジョーはともに奥行きのあるリアルな演技。きーちゃんの母親を演じた高畑淳子の慟哭も胸を打ちました。必見。
▼観客10人(公開初日の午前)

「イコライザー THE FINAL」

 元CIAのエージェントでシチリアに滞在していたロバート・マッコール(デンゼル・ワシントン)が町の人たちを苦しめるマフィアを一掃するシリーズ3作目。アメリカでの評価が芳しくないのであまり期待していませんでしたが、まずまず真っ当な作りでした。監督はアントワーン・フークア。

 基本は「シェーン」(1953年)や高倉健主演の任侠映画を思わせるプロットで悪くありません。問題は描写がスラッシャー映画のように残虐過ぎることで、アメリカで評価が伸びないのはそのためでしょう。クライマックスはマフィアの屋敷にジェイソン(もちろん「13日の金曜日」の)が殴り込んだような描写の連続となります。

 マッコールがなぜシチリアにいたのか、CIAの担当者エマ・コリンズ(ダコタ・ファニング)になぜ直接連絡したのかは終盤に分かります(後者は1、2作目を見ていれば)。ワシントンとファニングが共演するのはファニングが10歳だった頃に出演した「マイ・ボディガード」(2004年、トニー・スコット監督)以来とのこと。
IMDb7.0、メタスコア58点、ロッテントマト75%。
▼観客多数(公開5日目の午後)1時間49分。

「アナログ」

 ビートたけしの原作をタカハタ秀太監督(「鳩の撃退法」)が映画化。脚本は港岳彦。主人公(二宮和也)は自分が設計した喫茶店で携帯電話を持っていない女性(波瑠)に出会い、毎週木曜日に喫茶店で会って愛を深めていきます。しかし、女性はなぜか来なくなった、という予告編をさんざん見せられたので、こちらの興味はなぜ来なくなったのかにしかなく、2人が愛を深める前半の描写がまどろっこしく感じました。

 結婚を決意するぐらいの交際ならば、相手の素性ぐらい分かっているのが普通。スマホを持っていなくても、1人暮らしではないのですから家に電話ぐらいあるでしょうし、会社に勤めている以上、連絡手段がないのは不自然です。携帯電話を持たなくなった理由もあいまい。このあたりの不備は原作起因のものでしょうが、前半と後半の比重も少し考えた方が良かったと思います。特に後半は説得力を欠く描写が多かったです。

 波瑠はいつものことながら情感が不足していますし、演技の面でもまったく進歩がありません。終盤ののっぺりした工夫のない演技などは監督の指示も不十分なのでしょうけど、もっと自分で勉強した方が良いです。二宮和也はそれなりの好演。友人役の桐谷健太と浜野謙太がおかしくて良かったです。
▼観客多数(公開7日目の午後)2時間。

「アンダーカレント」

 豊田徹也の同名コミックを今泉力哉が映画化。水にたゆたうようなゆったりしたテンポなので上映時間が2時間23分もあり、個人的にはセリフ回しをもっと早くしてはどうかと思うんですが、このゆったりさが良いという人もいるでしょう。「アナログ」に比べると、演出・演技のうまさが際立ちますが、上映時間の長さに対して話の分量が足りていない感じです。

 家業の銭湯を継いだかなえ(真木よう子)の夫・悟(永山瑛太)が失踪する。かなえは働き手がなかったこともあって銭湯を一時休業していたが、叔母(中村久美)とともに再開。そんな時、銭湯組合から紹介された男・堀(井浦新)が「就職したい」とやってくる。

 主演の真木よう子、井浦新は悪くありません。探偵役のリリー・フランキーも演じどころがなかった「アナログ」の喫茶店主役とは違って個性を発揮しています。
▼観客10人(公開6日目の午後)2時間23分。

2023/10/09(月)「福田村事件」ほか(10月第1週のレビュー)

 「福田村事件」は関東大震災の5日後、1923年9月6日に千葉県東葛飾郡福田村で起きた虐殺事件を描く森達也監督作品。「A」(1998年)「FAKE」(2016年)「i 新聞記者ドキュメント」(2019年)などのドキュメンタリーを撮ってきた森監督初の長編劇映画です(短編は2003年公開のオムニバス「もっとも危険な刑事まつり」の1編「アングラ刑事」を撮っています)。元々、学生時代には劇映画を撮っていたそうですが、テーマの描き方、構成、物語の語り方などベテランが撮ったような風格を備える見事な完成度だと思いました。

 日本統治下の朝鮮で教師をしていた澤田智一(井浦新)は妻の静子(田中麗奈)とともに故郷の千葉県福田村に帰ってくる。その頃、香川県の薬売りの行商をする子供を含んだ男女15人の一行が関東へ出発する。9月1日、関東大地震で大規模火災が発生し、多くの命が失われた。治安の悪化で2日、東京に戒厳令が施行され、4日には千葉にも拡大する。「朝鮮人が集団で襲ってくる」「井戸に毒を入れた」という流言飛語が広まり、政府の指示で村の人々は自警団を結成。不安や恐怖心が膨れ上がっていく中、言葉の違いから行商団は朝鮮人の疑いをかけられ、虐殺が始まってしまう。

 映画は前半に井浦新、田中麗奈の夫婦を中心に東出昌大、コムアイ、柄本明、向里祐香、水道橋博士ら村の人々の生活と人間関係を詳細に描いています。脚本の荒井晴彦(井上淳一、佐伯俊道と共同)らしい性を絡めた男女関係の描き方には一部で批判もあるようですが、僕はそこも含めてとても面白く見ました。

 終盤、利根川を渡って帰ろうとしていた行商団を自警団が捕まえます。一触即発の緊張の中、思いがけないことから虐殺が始まり、止めようがなくなります。こうした絶望的な展開は過去の映画にも先例がありますが、重大事件の発端はこういうものなのだと思います。

 村の人たちは知らなかったでしょうが、朝鮮人に間違われた行商の人たちは被差別部落の出身でした。行商のリーダー、永山瑛太の「鮮人なら殺してええんか。……朝鮮人なら殺してええんか」という悲痛な叫びは差別される者の痛みと恨みを含み、胸を抉ります。

 政府の指示に従って記事を修正する新聞社部長のピエール瀧と、それに反発して事実を伝えようとする記者・木竜麻生の姿は今の日本のジャーナリズムが抱える問題となんら変わりません。100年前の不幸な事件ではなく、今に通じる作品に仕上げたスタッフ・キャストに大きな拍手を送りたいと思います。
▼観客多数(公開初日の午後)2時間17分。

「国葬の日」

 2022年9月27日、安倍晋三元首相の国葬の1日を追ったドキュメンタリー。東京、山口、沖縄、京都、福島など全国10都市でカメラを回し、賛成、反対、どちらでもない人たちの行動と意見を記録しています。「なぜ君は総理大臣になれないのか」「香川1区」の大島新監督作品。

 映画の最後に字幕が出ますが、国葬の献花をした人は2万5889人、反対デモに参加したのは計1万6600人でした。日本の人口は1億2497万1000人ですから、明確な意思を持って国葬に対峙したのはごくごく少数の人たちと言えるでしょう。

 つまり、ほとんどの国民にとって国葬なんてどうでも良かったということで、これは僕らの感覚と合致しています。映画はナレーションなし、説明もほとんどなし。安倍晋三銃撃事件の実行犯を描いた映画「REVOLUTION+1」の監督・足立正生や国葬反対デモに参加した落合恵子についても説明は一切ありません。数年後、数十年後に見る人には意味が分かりにくくなるのではないかと心配しますが、それで良いのでしょう。

 映画の中で心惹かれるのは反対・賛成の人たちの姿ではなく、静岡の水害の復旧ボランティアに参加したサッカー部員の高校生たちの姿。活動に感謝したおばさんから「帰りにラーメンでも食べて」と1万円を渡されますが、生徒の1人は「これ受け取ったら、高いバイトになってしまう。被災者がカップラーメン食べてるのに僕たちがホントのラーメンなんて食べられません。どこかに募金します」とカメラに向かって話します。生徒たちはサッカー部顧問の先生からの指示でボランティアに参加したのかもしれませんが、気持ちが温かくなる描写でした。
▼観客13人(公開6日目の午後)1時間28分。

「もっとしなやかにもっとしたたかに」

 1979年のにっかつ映画。AmazonでDVDが2000円を切っていたので買いました。これ、配信にないんです。見たのは44年ぶり。キネ旬ベストテン11位、読者のベストテンで6位にランクされ、「80年代を予見する作品」と高い評価を得ました。時代の空気と密接なので、今見るとピンとこない人も多いようです。ただ、森下愛子が良いという評価は当時も今も変わりません。「堀北真希に似ている」とネットのレビューに書いている人がいて、「言われてみれば」と思いました。

 すっかり忘れていましたが、公開時は「桃尻娘 ラブアタック」と2本立てだったとのこと。こっちは1作目に比べると、つまらなかった記憶があります。

2023/10/01(日)「BAD LANDS バッド・ランズ」ほか(9月第5週のレビュー)

 「BAD LANDS バッド・ランズ」は黒川博行原作のクライムノベル「勁草(けいそう)」を原田眞人監督が映画化。いつものように短いカットを積み重ねてテンポ良く語っていく序盤から快調ですが、中盤のある事件をきっかけにラストに向かって緊張感が増幅し、紛うことのない傑作になっています。原作の主人公は男ですが、原田監督はヒロインに変更して安藤サクラに演じさせ、これが成功の要因になったと思います。

 大阪のドヤ街で暮らす橋岡煉梨(ネリ=安藤サクラ)は血のつながらない弟の矢代穣(ジョー=山田涼介)とともに特殊詐欺グループに加担していた。グループの名簿屋・高城(生瀬勝久)はNPO法人理事長の肩書きを持つが、ドヤ街のホームレスを詐欺の受け子に使い、グループを取り仕切って金を貯め込んでいる。賭場で多額の借金を作ったジョーは仲間とともに殺しの仕事を請け負う。仕事には失敗するが、使った拳銃である事件を起こし大金を手にする。大阪府警の刑事・佐竹(吉原光夫)ら特捜班は詐欺グループの摘発に全力を挙げ、ネリたちは警察とヤクザの双方から追われることになる。

 ネリと母親を苦しめた実の父親との関係や、ネリが支配されていた男(淵上泰史)の執拗な追跡など、ヒロインに変更したことで生まれた設定がキャラクターに深みを与えています。ドヤ街に住む元ヤクザ曼荼羅(宇崎竜童)や詐欺グループの道具屋・天童よしみ、賭場を仕切るサリngROCKら個性が強く、強面の面々がワキをしっかり固めており、ダークな雰囲気は満点。サリngROCKは大阪の劇団「突劇金魚」で脚本・演出を手掛けていて、映像作品に出るのはこれが初めてだそうです。これから出演依頼が増えそうな存在感がありました。

 自分でサイコパスと名乗る山田涼介の役柄は原田監督の前作「ヘルドッグス」(2022年)の坂口健太郎を思わせ、淵上泰史の役柄も同じく「ヘルドッグス」のMIYAVIを思わせます。原田監督には「関ヶ原」(2017年)「燃えよ剣」(2020年)の時代劇もありましたが、こうしたクライムサスペンスが真骨頂なのでしょう。「BAD LANDS」とはネリたちが集うビリヤード場の名前。原作の「勁草」は強風でも倒れない強い草のことで、劇中、ネリの「わたしら勁草にならなあかん」というセリフがあります。
▼観客5人(公開初日の午前)2時間23分。

「コンフィデンシャル 国際共助捜査」

 韓国と北朝鮮の刑事が共同捜査を行うアクション「コンフィデンシャル 共助」(2017年)の続編。今回はアメリカのFBI捜査官も加わって、テロを画策する国際犯罪組織を捜査します。韓国の刑事を演じるユ・ヘジンのユーモアと北朝鮮刑事ヒョンビンのハードなアクションを織り交ぜ、イ・ソクフン監督は手堅くまとめていますが、事件の中身にあまりオリジナリティーを感じられない(よくある話で終わってる)のが難。アクション自体はアメリカ映画に迫る水準なのに惜しいです。

 前作を見た時にヒョンビンのアクションに感心しました。ヒョンビンは「愛の不時着」(2019年)で一躍有名になりましたが、アクション俳優として売った方が良いと思います。ファン・ジョンミンと共演の「極限境界線 救出までの18日間 」が10月20日公開予定です。

 ユ・ヘジンの娘役のパク・ミンハが大きくなっていてびっくり。撮影時、前作は9歳、今回は15歳なので、まあそうなるでしょう。アイドルグループ「少女時代」のユナ(イム・ユナ)も全作に続いてユ・ヘジンの義妹役で出演しています。
IMDb6.6、ロッテントマト(ユーザー)83%(アメリカでは未公開)。
▼観客6人(公開5日目の午後)2時間9分。

 前作の監督はキム・ソンフン。紛らわしいんですが、日本語では「最後まで行く」(2014年)の監督もキム・ソンフンと表記されます。前者はKim Sung-hoon、後者はKim Seong-hunなので、区別を付けた方が良いんじゃないでしょうかね。

「ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!」

 ミュータントのカメ4兄弟(レオナルド、ラファエロ、ミケランジェロ、ドナテロ)が活躍するCGアニメ。1984年のアメコミ出版以来、実写映画やアニメが多数作られてきた人気シリーズですが、今回はタートルズたちの誕生の経緯から描かれるので、初心者でもまったく問題ありません。質的にも今回が一番良い出来のようです。

 特徴はアメコミの絵をそのままCG化したような作画で、「スパイダーマン スパイダーバース」シリーズと同レベルとまでは言いませんが、作画技術は高いです。悪いミュータントたちと闘う筋立てはきっちりまとまっていますが、大人が見ると少し物足りない部分もありますね。ジェフ・ロウ、カイラー・スピアーズ監督。
IMDb7.3、メタスコア74点、ロッテントマト96%。
▼観客1人(公開7日目の午前)1時間40分。

「星くずの片隅で」

 2020年、コロナ禍の香港を描くドラマ。「少年たちの時代革命」(2021年)で共同監督を務めたラム・サムの単独監督デビュー作です。

 清掃会社ピーターパンクリーニングを1人で経営するザク(ルイス・チョン)はコロナの消毒作業に追われる日々。リウマチを患う母(パトラ・アウ)は結婚しないザクのことを心配している。ある日、若いシングルマザーのキャンディ(アンジェラ・ユン)が職を求めてくる。娘のジュー(トン・オンナー)のために働こうとする彼女をザクは雇うが、親子がコンビニで万引するのを目撃する。さらにキャンディがマスクを客の家から盗んだことが発覚し、ザクは顧客を失ってしまう。心を入れ替え仕事に打ち込むキャンディにザクは惹かれてゆくが、ザクの不在時に、一人で仕事をしていたキャンディはジューが洗剤をこぼしたことから、洗剤を薄めて使用。そのことが会社を窮地に陥らせる。

 コロナ禍のシングルマザーを描いた映画としては日本でも石井裕也監督「茜色に焼かれる」(2021年)がありましたが、あそこまで特殊な展開ではなく、いたって普通のエピソードと描写なのでリアリティがあって良いです。問題はラスト。一般的な観客としてはキャンディとザクの関係が愛情に発展することを期待しますが、映画はそこまでは描いていません。年が少し離れているとはいってもこの2人、結ばれておかしくはない関係なんですけどね。

 いずれにしてもこの映画の魅力の大きな部分はアンジェラ・ユンが占めています。アイドル的に売れるには29歳という年齢では10年遅いと思いますが、29歳でなければ、シングルマザーの役は難しかったでしょう。もっと作品を見たいと思わせる魅力を放っていました。
IMDb7.1(アメリカでは限定公開)
▼観客1人(公開6日目の午後)1時間55分。

「沈黙の艦隊」

 かわぐちかいじの原作コミックは1988年から1996年まで連載。僕も当時読みましたが、内容はほとんど忘れてました。なんせ、30年ぐらい前ですからね。なぜこの原作を今ごろ映画化するのか疑問で、主人公海江田四郎の言っていることが時代にそぐわないように思えました。現在の国際情勢を入れてアップデートしたかったところです。

 見どころが少ない前半に比べると、後半のアメリカ海軍との戦いは良いですが、話の入り口で終わった観があります。続編を作るにはヒットしないと難しそうです。さてどうなるのでしょう。監督は「ハケンアニメ!」(2022年)の吉野耕平。
▼観客多数(公開2日目の午前)1時間53分。