2023/10/22(日)「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」ほか(10月第3週のレビュー)
1920年代、先住民オセージ族が政府から移住させられたオクラホマ州の保留地から石油が出て、オセージ族は受益権を手にし、世界一の金持ち部族になります。そこに金目当ての白人たちが押し寄せ、連続殺人が起こります。原作によると、この時代の犠牲者は24人に上ったそうです。映画はキングと呼ばれるおじのウィリアム・ヘイル(ロバート・デ・ニーロ)を頼って、オセージ族の町グレーホースを訪れた主人公アーネスト・バークハート(レオナルド・ディカプリオ)がオセージ族のモリー(リリー・グラッドストーン)と出会い、結婚して連続殺人に巻き込まれる展開となっています。
原作ではすぐに2件の殺人が起こりますが、映画では40分余り過ぎてからで、事件の構図も中盤でほぼ分かります。全体としてスコセッシの「アイリッシュマン」(2019年)や「グッドフェローズ」(1990年)と同様にギャング=悪党を描いた作品になっていて、ミステリーの要素がある原作をスコセッシは自分の得意な方面に引き寄せて作った感があります。脚色はスコセッシとエリック・ロスの共同。
原作は第1部「狙われた女」、第2部「証拠重視の男」、第3部「記者」の3部構成。「FBIの誕生」のパートは第2部で、ここに最もページを割かれていますが、映画ではほとんど描かれません。それもスコセッシが自分に引き寄せて作ったためと、ディカプリオが当初キャスティングされた捜査官トム・ホワイト(映画ではジェシー・プレモンスが演じています)の役よりもアーネストの役を望んだためでしょう。それにもかかわらず、というか、その作劇によって映画は中盤以降がとても面白いです。約3時間半の上映時間ですが、それほど長さは感じませんでした。
日経のレビューで芝山幹郎さんは「モリーがアーネストの愛情を信じつつ、彼に殺されるのではないかと疑う複雑な場面」の連想作品として「断崖」(1941年)と「ガス燈」(1944年)を挙げていましたが、「汚名」(1946年)の方がより直接的かなと思いました。あの傑作ほどロマンティックではありませんが。
アップル・スタジオ製作なので、アップルTV+で近日配信予定になっています。
IMDb8.3、メタスコア90点、ロッテントマト92%。
▼観客18人(公開初日の午前)3時間26分。
「キリエのうた」
クライマックスのコンサートの場面で公園の使用許可を取っていなかったという設定に唖然としました。なんだそれ。なぜそんな初歩的なことをやってないのか訳が分かりません。これに並行して描かれるイッコ=真緒里(広瀬すず)が男に襲われる場面も唐突で、あれ、こんな男これまでに出てきたっけと思ってしまいます。約3時間、冗長と言うほどつまらない場面はありませんでしたが、登場人物の過去のあれこれなど不要と思えるエピソードもあり、もっとアイナ・ジ・エンドの歌を一直線に生かす構成にした方が良かったと思います。どのエピソードも新味に乏しく、出来合いの惣菜を組み合わせた食事のよう。原作・脚本は岩井俊二監督。構成をチェックできる人が必要だったのでしょう。
アイナ・ジ・エンドは歌を歌っているだけかと思ったら、しっかり主演の役割を果たしていました。演技をどうこういうレベルではありませんし、他の作品にも主演できるかというと、そうは思えませんでしたが、無難にこなした印象。何よりも歌の力があるので、しっかりした音楽映画に出ると良いと思います。
▼観客10人(公開4日目の午前)2時間59分。
「ゆとりですがなにか インターナショナル」
7年前に放送されたドラマの劇場版。なぜ今頃と思いますが、脚本の宮藤官九郎が初稿を書いたのは2020年春とのこと。映画化のきっかけは松坂桃李が「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」(脚本を凝りまくった傑作です)シリーズの登場人物たちが「ゆとり」の3人にダブって見えたとクドカンに話したことだそうです。あの映画のように深酒で記憶をなくす設定が中盤にありますが、残念ながら設定を借りただけで面白さでは足下にも及びません。いや、まったく面白くないことはないんですよ。岡田将生、松坂桃李、柳楽優弥、安藤サクラ、仲野太賀らのお馴染みの面々が騒動を繰り返して笑えることは笑えます。ただ、繰り広げられる話がどうでも良いことばかりなので、どこまで行っても水平線の面白さに留まり、ちっとも上向かないので飽きてきます。
最後に「つづく」と出たのでまたドラマか映画をやるのでしょう。ドラマなら、これぐらいの面白さでも良いと思います。水田伸生監督。
▼観客5人(公開7日目の午後)1時間57分。
「オオカミの家」
チリのストップモーション・アニメ。といっても、人形を一コマ一コマ動かす通常のストップモーションとは異なり、絵や紙粘土(?)でキャラクターを作ったり壊したり動かしたりの手間のかかる手法を使ってます。何かに怯える親子3人の姿を描いて不気味さ怖さの横溢したシュールで前衛的な作り。パンフレットは“ホラー・フェアリーテイル・アニメーション”と紹介しています。映画の背景にあるのはコロニア・ディグニダ(尊厳のコロニー。現在はビジャ・バビエラ)という共同体の事件だそうです。コロニア・ディグニダは元ナチス党員のドイツ人パウル・シェーファーが1961年、チリに設立したコロニーで、外部からは楽園の共同体のように見えましたが、内部ではシェーファーの指導の下、拷問や性的虐待、殺害が繰り返され、それはシェーファーが逮捕された2005年まで続いたそうです。
映画の親子はコロニアから逃げてきた設定のようですが、そうした予備知識がないと、何に怯えているのか分かりません。監督はクリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ。
コロニア・ディグニダについてはエマ・ワトソン主演の「コロニア」(2016年)や少年の視点で描いた「コロニアの子供たち」(2021年)として映画化されているほか、Netflixが「コロニア・ディグニダ チリに隠された洗脳と拷問の楽園」というドキュメンタリー(全6話)を配信しています。
IMDb7.5、メタスコア86点、ロッテントマト96%。
▼観客9人(公開6日目の午後)1時間14分。
「奇跡の海」
「ラース・フォン・トリアー レトロスペクティブ2023」の1本。1996年の作品で日本初公開は1997年4月。U-NEXTで見ました。スコットランドの村を舞台に描く愛と奇跡の物語。北海油田で働くヤン(ステラン・スカルスガルド)と結婚したベス(エミリー・ワトソン)は家を離れて働くヤンが早く戻ってくるよう神に祈る。ヤンは予定より早く帰ってくるが、首から下が麻痺する大けがを負ったためだった。回復の見込みがないヤンはベスに「ほかの男に抱かれろ」と頼む。「それを聞くことで俺はおまえと愛し合うことができる」。ベスがその通りにすると、ヤンは少し回復したように見えた。ベスは娼婦となり、さまざまな男と関係を持つが、村の人たちはベスを迫害するようになる。
ベスは本当に神の声を聞くことができたのか、起きたことは奇跡なのかなどを明確にはしないところが良いです。エミリー・ワトソンはこれが映画デビュー。ヤンを一途に愛するベスを体当たりで演じ切って、アカデミー主演女優賞候補となりました。トリアー映画としても後の「ドッグヴィル」や「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のように絶望的な気分にはならず、バランスの良い傑作だと思います。
IMDb7.8、メタスコア82点、ロッテントマト84%。カンヌ国際映画祭審査員大賞、キネ旬ベストテン9位。2時間38分。
トリアー監督作品のIMDbでの評価を調べてみました。点数順で並べると、以下の通りです(短編、テレビドラマを除く)。
1.ドッグヴィル(2003年)8.0IMDbでは7点台までは見て損のない作品と思いますが、6位「メランコリア」は個人的にあまり感心しなかったので、「マンダレイ」までで良いかなと思います。
2.ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000年)7.9
3.奇跡の海(1996年)7.8
4.ヨーロッパ(1991年)7.6
5.マンダレイ(2005年)7.2
6.メランコリア(2011年)7.1
7.ニンフォマニアックvol.1(2013年)6.9
8.ハウス・ジャック・ビルト(2018年)6.8
8.イディオッツ(1998年)6.8
10.エレメント・オブ・クライム(1984年)6.7
11.ニンフォマニアックvol.2(2013年)6.6
11.ボス・オブ・イット・オール(2006年)6.6
13.アンチクライスト(2009年)6.5
14.エピデミック(1987年)6.0