2023/10/09(月)「福田村事件」ほか(10月第1週のレビュー)
日本統治下の朝鮮で教師をしていた澤田智一(井浦新)は妻の静子(田中麗奈)とともに故郷の千葉県福田村に帰ってくる。その頃、香川県の薬売りの行商をする子供を含んだ男女15人の一行が関東へ出発する。9月1日、関東大地震で大規模火災が発生し、多くの命が失われた。治安の悪化で2日、東京に戒厳令が施行され、4日には千葉にも拡大する。「朝鮮人が集団で襲ってくる」「井戸に毒を入れた」という流言飛語が広まり、政府の指示で村の人々は自警団を結成。不安や恐怖心が膨れ上がっていく中、言葉の違いから行商団は朝鮮人の疑いをかけられ、虐殺が始まってしまう。
映画は前半に井浦新、田中麗奈の夫婦を中心に東出昌大、コムアイ、柄本明、向里祐香、水道橋博士ら村の人々の生活と人間関係を詳細に描いています。脚本の荒井晴彦(井上淳一、佐伯俊道と共同)らしい性を絡めた男女関係の描き方には一部で批判もあるようですが、僕はそこも含めてとても面白く見ました。
終盤、利根川を渡って帰ろうとしていた行商団を自警団が捕まえます。一触即発の緊張の中、思いがけないことから虐殺が始まり、止めようがなくなります。こうした絶望的な展開は過去の映画にも先例がありますが、重大事件の発端はこういうものなのだと思います。
村の人たちは知らなかったでしょうが、朝鮮人に間違われた行商の人たちは被差別部落の出身でした。行商のリーダー、永山瑛太の「鮮人なら殺してええんか。……朝鮮人なら殺してええんか」という悲痛な叫びは差別される者の痛みと恨みを含み、胸を抉ります。
政府の指示に従って記事を修正する新聞社部長のピエール瀧と、それに反発して事実を伝えようとする記者・木竜麻生の姿は今の日本のジャーナリズムが抱える問題となんら変わりません。100年前の不幸な事件ではなく、今に通じる作品に仕上げたスタッフ・キャストに大きな拍手を送りたいと思います。
▼観客多数(公開初日の午後)2時間17分。
「国葬の日」
2022年9月27日、安倍晋三元首相の国葬の1日を追ったドキュメンタリー。東京、山口、沖縄、京都、福島など全国10都市でカメラを回し、賛成、反対、どちらでもない人たちの行動と意見を記録しています。「なぜ君は総理大臣になれないのか」「香川1区」の大島新監督作品。映画の最後に字幕が出ますが、国葬の献花をした人は2万5889人、反対デモに参加したのは計1万6600人でした。日本の人口は1億2497万1000人ですから、明確な意思を持って国葬に対峙したのはごくごく少数の人たちと言えるでしょう。
つまり、ほとんどの国民にとって国葬なんてどうでも良かったということで、これは僕らの感覚と合致しています。映画はナレーションなし、説明もほとんどなし。安倍晋三銃撃事件の実行犯を描いた映画「REVOLUTION+1」の監督・足立正生や国葬反対デモに参加した落合恵子についても説明は一切ありません。数年後、数十年後に見る人には意味が分かりにくくなるのではないかと心配しますが、それで良いのでしょう。
映画の中で心惹かれるのは反対・賛成の人たちの姿ではなく、静岡の水害の復旧ボランティアに参加したサッカー部員の高校生たちの姿。活動に感謝したおばさんから「帰りにラーメンでも食べて」と1万円を渡されますが、生徒の1人は「これ受け取ったら、高いバイトになってしまう。被災者がカップラーメン食べてるのに僕たちがホントのラーメンなんて食べられません。どこかに募金します」とカメラに向かって話します。生徒たちはサッカー部顧問の先生からの指示でボランティアに参加したのかもしれませんが、気持ちが温かくなる描写でした。
▼観客13人(公開6日目の午後)1時間28分。
「もっとしなやかにもっとしたたかに」
1979年のにっかつ映画。AmazonでDVDが2000円を切っていたので買いました。これ、配信にないんです。見たのは44年ぶり。キネ旬ベストテン11位、読者のベストテンで6位にランクされ、「80年代を予見する作品」と高い評価を得ました。時代の空気と密接なので、今見るとピンとこない人も多いようです。ただ、森下愛子が良いという評価は当時も今も変わりません。「堀北真希に似ている」とネットのレビューに書いている人がいて、「言われてみれば」と思いました。すっかり忘れていましたが、公開時は「桃尻娘 ラブアタック」と2本立てだったとのこと。こっちは1作目に比べると、つまらなかった記憶があります。