2023/02/26(日)「BLUE GIANT」ほか(2月第4週のレビュー)

 「BLUE GIANT」は石塚真一のコミックのアニメ映画化。世界一のジャズプレーヤーを目指してテナーサックスに打ち込む宮本大(山田裕貴)は仙台の高校を卒業して上京。ピアニストの沢辺雪祈(間宮祥太朗)、ドラムを始めた同級生の玉田俊二(岡山天音)とバンドJASSを結成し、日本最高のジャズクラブ「So Blue」出演を目指す。

 原作コミックの連載は少年ジャンプではありませんが、努力・友情・勝利の方程式にジャズの魅力を振りかけたような仕上がり。ひたむきに目標を追う3人を描いたストーリー展開の熱さがジャズファンを超えて広い支持を集めている理由でしょう。ストレートな青春映画だと思います。

 演奏シーンはパフォーマンスキャプチャーとCGで構成していて、演奏に違和感はありませんが、他のシーンとの絵の違いが少し気にはなりました。右手に重傷を負った雪祈が左手だけで演奏に参加する感動的なJASSのラストライブは原作とは異なる展開とのこと。

 音楽は世界的ピアニストの上原ひろみが担当。「ジャズを聴いたことのない人にも耳に残る楽曲を」との要請があり、それを意識して作ったそうです。映画のオリジナル曲はYouTubeの上原ひろみチャンネルで聴けます。メイン楽曲の「First Note」も良いですが、5曲目の「Ambition」がしみじみとロマンを感じて好きです。



 監督の立川譲はマッドハウス出身。テレビアニメ「モブサイコ100」(2016年)で総監督、映画「名探偵コナン ゼロの執行人」(2018年)で監督。4月公開の最新作「名探偵コナン 黒鉄の魚影」でも監督を務めています。2時間。
▼観客14人(公開4日目の午前)

「あつい胸さわぎ」

 演劇ユニットiakuの横山拓也が作・演出を務めた舞台を映画化。若年性乳がんと恋愛に悩む母娘の日常を、ユーモアを交えて描いて充実した作品になっています。

 港町の古い一軒家に暮らす武藤千夏(吉田美月喜)と母の昭子(常盤貴子)。芸大に合格した千夏は授業で出された創作課題に初恋の相手、光輝(奥平大兼)への想いを綴っている。母の昭子も職場に課長として赴任してきた木村(三浦誠己)の人柄に惹かれるようになる。ある日、昭子は千夏の部屋で“乳がん検診の再検査”の通知を見つける。再検査の結果、千夏は初期乳がんであることが分かる。

 まだ男と交際したことのない千夏にとって、乳がんで胸の一部を切除するのは大きな問題で、「男の人に触られるってどういうこと」「胸がなくなっても恋愛できるかな」と悩みます。といっても、よくある闘病ものにはなりません。乳がんだけでなく、日常のさまざまな問題を入れつつ、笑いを忘れない作りにとても好感が持てました。

 吉田美月喜は目力が強く、映画初主演とは思えない好演。関西弁の常盤貴子は母親役がぴったりで、受けない駄洒落や親父ギャグを繰り出す鈴木に対して「毎日すべり倒して、よう心折れませんねえ」と言う場面など最高でした。エキセントリックでクセのある役が多かった前田敦子もこの映画では大人の女の魅力を感じさせて実に良いです。

 脚色は「朝が来る」(2020年)、「仮面ライダーBLACK SUN」(2022年)などの高橋泉。まつむらしんご監督。1時間33分。
▼観客2人(公開初日の午前)

「シャイロックの子供たち」

 池井戸潤の同名小説を本木克英監督が映画化。東京第一銀行の支店で、100万円が紛失する。お客様係の西木(阿部サダヲ)は同じ支店で働く北川(上戸彩)、営業の田端(玉森裕太)とともに、事件の真相を探っていく。100万円紛失騒動と同時に、出世コースから外れた支店長・九条(柳葉敏郎)、パワハラ気質の副支店長・古川(杉本哲太)、過去の客にたかられているエースの滝野(佐藤隆太)、本店検査部から調査に訪れる嫌われ者の黒田(佐々木蔵之介)らの話が描かれる。

 見ている間は面白かったんですが、いくらなんでもこの支店、問題行動のある行員が多すぎです。巨額の借金を背負っているのが1人、過去に業者から1000万円受け取ったのが1人(公務員じゃないので犯罪ではありませんが、モラルは問われます)、意図的に不正行為に手を染めているのが1人、同僚に罪をなすりつけようとするのが1人、ノルマに追われて精神的におかしくなるのが1人。このあたりの描写のリアリティーに疑問を感じました。

 原作は連作短編10話から成り、支店の人物の家庭環境など背景まで含めて詳細に描いています。映画は原作の設定を踏まえたオリジナルストーリー。昨年10月に放送されたWOWOWのドラマでは西木を井ノ原快彦、北川を西野七瀬が演じました。どの話を採用するかが脚色のポイントですが、映画もドラマも中心になる話は同じ。ただ、展開は大きく異なります。2006年に出た原作をなぜ今ごろ、同時期に映像化したのか謎です。2時間1分。
▼観客40人ぐらい(公開5日目の午前)

「エンパイア・オブ・ライト」

 イギリスの海辺の映画館エンパイア劇場を舞台にしたヒューマン・ラブストーリー。1980年から81年にかけての物語で、劇場のマネージャー、ヒラリー(オリヴィア・コールマン)が主人公。アカデミー撮影賞にノミネートされています。

 辛い過去の経験から人とのかかわりを避け、心に闇を抱えているヒラリー。ある日、黒人青年スティーヴン(マイケル・ウォード)が劇場で働き始める。若くて前向きなスティーヴンに、ヒラリーは惹かれていく。

 この2人のラブストーリーだけでなく、当時激しかった人種差別なども描いていますが、題材を盛り込みすぎた印象。コールマンは今回も絶妙の演技を見せているものの(評価されやすい役柄ではあります)、アカデミー主演女優賞候補となった「ロスト・ドーター」(2021年、マギー・ギレンホール監督)での演技には及ばないと思いました。サム・メンデス監督、1時間55分。

 日本の評論家は高く評価する人が多いようですが、アメリカではIMDb6.6、メタスコア54点、ロッテントマト44%と悪い評価が大勢を占めています。
▼観客8人(公開初日の午前)

「アントマン&ワスプ クアントマニア」

 身体サイズを自在に変えられる「アントマン」の第3作。この作品からMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)のフェーズ5に入るそうです。

 量子世界に引きずり込まれたアントマン(ポール・ラッド)とワスプことホープ(エヴァンジェン・リリー)、娘のキャシー(キャスリン・ニュートン)、ワスプの両親(マイケル・ダグラス、ミシェル・ファイファー)。そこは征服者カーン(ジョナサン・メジャーズ)によって支配されていた。アントマンたちは邪悪なカーンに立ち向かい、元の世界に帰ろうとする。

 前半は「スター・ウォーズ」を思わせる展開ですが、今一つ盛り上がりに欠けました。時間とマルチバースを行き来できるカーンの能力はサノスを上回り、ミッドクレジットにあるシーンで絶望的な気分になります。

 エンドクレジットの後に登場するのはディズニープラスのドラマ「ロキ」の主人公でソーの弟であるロキ(トム・ヒドルストン)と、時間変異取締局(TVA)のメビウス(オーウェン・ウィルソン)。「ロキ」のシーズン1最終話にカーンは「在り続ける者」として登場しました。

 前作までのアビー・ライダー・フォートソンに代わってキャシーを演じるキャスリン・ニュートンは「ザ・スイッチ」(2020年)の主演女優。ペイトン・リード監督、2時間5分。
IMDb6.6、メタスコア48点、ロッテントマト48%。
▼観客20人ぐらい(公開6日目の午前)

「ちひろさん」

 安田弘之のコミックを今泉力哉監督が映画化したNetflix作品。元風俗嬢で今は弁当店で働くちひろ(有村架純)と、悩みを抱えた人や心に傷を持つ人たちとの緩やかな交流を描いています。大きな事件は起きず、何と言うことはないストーリーですが、ほっこりした気分になる映画です。

 有村架純は原作のちひろさんのイメージを損なうどころか大幅にアップしていて、ファンとしては有村架純を見るだけで十分な作品になってます。

 英語タイトルはCall Me Chihiro。これは「良かったら、ちひろって呼んでください」という場面があるからでしょう。2時間11分。IMDb6.6。