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2023年02月05日の記事

2023/02/05(日)「ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦」ほか(2月第1週のレビュー)

 「ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦」はアカデミー長編ドキュメンタリー賞ノミネート作品。フランスの火山学者モーリス&カティア・クラフト夫妻の生涯を描いていて、ディズニープラスが配信しています。

 2人が火山の観察中に死んだことは事前情報として知っていました。火口の近くや溶岩流のそばに行って観察し、硫酸の溶けた湖でボートに乗るなど危険な場所で活動する夫婦なので、きっと日本にも火山観察に来てるんだろうなとぼんやり思ってましたが、2人は確かに日本に来てました。あの雲仙普賢岳に。

 1991年6月3日、普賢岳の大火砕流の犠牲者43人の中にこの2人は含まれていました(映画は最後に43人への献辞が出ます)。知りませんでした。いや、犠牲者に外国人がいたのは知っていましたが、この夫妻だったとは。

 2人が普賢岳に行ったのは火山災害に対応を取らない政府を動かすには映画で見せるのが有効と判断し、世界各地の危険な火山の映像を撮影していたからです。その契機となったのは1985年、死者・行方不明者2万2000人以上を記録したコロンビアのネバド・デル・ルイス火山の大噴火でした。以来2人は犠牲者を出さないための活動に尽力していました。

 火山の観測には予測できない危険が伴います。1980年のセント・ヘレンズ火山の大規模噴火では10キロ離れた場所で観測していた科学者が命を落としたそうです。普賢岳で亡くなった人たちの多くも山頂から4キロほど離れたところにいて、まさかここまで被害が及ぶとは考えていなかったでしょう。この夫妻もそうだったわけです。見終わって粛然とした気持ちにならざるを得ません。

 見る価値が大いにある傑作だと思います。セーラ・ドーサ監督。ナショナルジオグラフィック作品。1時間38分。
 IMDb7.6、メタスコア83点、ロッテントマト98%。

 NHKはこの夫妻を描いたドラマ「カティアとモーリス 雲仙・普賢岳 火砕流に挑んだ夫婦」(2011年)を国際共同制作していますが、残念ながらNHKオンデマンドでは配信していません。

「金の国 水の国」

 岩本ナオの原作コミックを渡邉こと乃監督が映画化。激しく敵対する2つの国の物語で、商業が発達した金の国アルハミトの93番目の王女サーラと、豊かな水と緑に恵まれるものの、貧しい水の国バイカリの建築士ナランバヤルが出会い、一緒に戦争を食い止めようとする話。

 よくできた童話のような感触がありますが、子供だけでなく、大人も心を動かされる佳作だと思いました。ポリコレ的なのが特徴で、サーラは一般的な美しい王女ではなく、敵の国王から「0.1トンはありそうな」と陰口をたたかれる容姿です。だからナランバヤルが惹かれたのは内面的な美しさと優しさ純粋さで、その点でサーラは外見が美しい姉たちよりはるかに好ましい女性です。

 原作は2017年版の「この漫画がすごい!」オンナ編1位となったそうです。原作のA国、B国を映画ではアルミハト、バイカリとしています。サーラの声を浜辺美波、ナランヤバルの声は賀来賢人が担当。1時間57分。
▼観客3人(公開4日目の午後)

「離ればなれになっても」

 40年間にわたる男3人と女1人の浮き沈みのドラマを描くイタリア映画。原題Gli anni piu belliは「最高の年」の意味だそうです。

 1982年のローマで16歳のジェンマは同級生のパオロと恋におちる。彼の親友ジュリオとリッカルドと共に、弾けるような楽しい時を過ごすが、母親が亡くなり、ジェンマはナポリの伯母に引き取られることになる。という風にパオロとジェンマが離ればなれになるのはまだ序盤。この2人のラブストーリーかと思ったら、4人のさまざまな人生模様が描かれていきます。

 といっても、かなり通俗的なタッチで、ノスタルジーとは無縁。いや、40年間の時代の諸相も点描されるのでイタリア人ならノスタルジーを感じるのかもしれません。2時間15分。
IMDb6.6。アメリカでは公開されていないようです。
▼観客5人(公開5日目の午後)

「そばかす」

 アロマンティック・アセクシュアルの女性を主人公にした作品。生きにくさについての映画でもあると思います。結婚して子供を産んで、というのが女性の幸せと一般的に思われている社会において、主人公の蘇畑佳純(三浦透子)は恋愛感情がないことをいちいち説明しなくちゃいけないからです。アロマンティックは同性愛者よりも少数派でしょうから、説明しても理解されにくい状況に置かれていて、主人公はそうしたことに面倒臭さ、生きにくさを感じているように思えました。

 それを打開するのは理解してくれる人、同じ境遇にある人の存在なわけで、映画もそういう展開になっていきます。

 原作・脚本はゲイの2人と子供との生活を描いた「his」(2020年、今泉力哉監督)のアサダアツシ。監督は玉田真也。うまいところもうまくいっていないところもありますが、主人公の周囲の人たちのように観客の多くもアロマンティックを知らないでしょうから、啓発の意味は大きいと思います。

 と書くと、真面目一方の映画と誤解されそうですが、主人公一家の食事シーンでの言い争いはテーマと一体となって面白く、もう少し長くても良かったのでは、と思いました。主人公の友人に前田敦子、妹に伊藤万理華。1時間44分。
▼観客5人(公開初日の午後)

「レジェンド&バタフライ」

 東映70周年記念映画として時代劇、しかも信長を企画したのは会社の方で、大友啓史監督は「これほどの座組なのに、信長かよ」と思いながら引き受けたそうです。大友監督に依頼するなら「るろうに剣心」のようなチャンバラの方が良かったのではないかと思います。

 脚本を書いた古沢良太は大河ドラマ「どうする家康」が放送中ですが、最初に上がった脚本はコメディー寄りの内容だったとか。「コンフィデンスマンJP」シリーズの古沢良太ですから当然そうなるでしょうし、そういう信長を見たかったとも思いますが、70周年記念の大作にコメディーはふさわしくないと思う人もいるでしょう。

 というわけで濃姫(綾瀬はるか)の役割を大きくしてはあっても、信長(木村拓哉)の在り方は従来作品から大きく逸脱しない話になっています。2時間48分の上映時間は信長の十代から本能寺の変までを描くために必要だったのでしょうが、多くのテレビドラマや映画で見てきた信長の一生をダイジェスト的に見せられている感が拭えませんでした。予算の関係からか大がかりな合戦シーンが少ない(合戦が終わった後を見せる)のも残念。
▼女性客中心に多数(公開7日目の午前)

「マーサ・ミッチェル 誰も信じなかった告発」

 アカデミー短編ドキュメンタリー賞候補。Netflixの説明を引用すると、「ウォーターゲート事件の闇に警鐘を鳴らした、ニクソン政権の司法長官の妻マーサ・ミッチェル。信念を貫いた彼女の姿と、口封じを図った政権の隠ぺい工作に迫る」。50年前の事件のことを描かれてもなあとの思いもありますが、ウォーターゲート事件をリアルタイムで知っている人の方がもはや少数派でしょうから、50年だからこその企画なのかもしれません。

 マーサは夫のジョン・ミッチェルをはじめニクソン政権の不正を訴えますが、病人扱いされて信用されません。後に彼女の言っていたことは事実であることが分かります。このプロセスから1988年に「マーサ・ミッチェル効果」という心理学用語ができたとのこと(この映画の原題もThe Martha Mitchell Effectです)。映画の説明では「妄想と見なされた個人の主張が後に事実と判明するプロセスを表す」としていますが、ネットを検索すると「医療専門家が、患者の実際の出来事の正確な認識を妄想としてラベル付けし、誤診を引き起こすプロセス」と、医療側の用語になっています。
 40分。IMDb6.7、ロッテントマト100%。

 マーサ・ミッチェルに関しては昨年、「ガスリット 陰謀と真実」(原題Gaslit、全8話)というドラマも作られました。ジュリア・ロバーツがマーサ、夫のジョン・ミッチェルをショーン・ペンが演じていて、amazonプライムビデオのチャンネルLIONSGATE+(月額600円)で配信しています。IMDbを見ると、評判はまずまずのようです。

 日本語で「ガスリット」と聞くと、人の名前かと思ってしまいますが、これはガスライティングのこと。戯曲および映画の「ガス燈」(Gaslight、1944年)に由来し、「心理的虐待の一種であり、被害者に些細な嫌がらせ行為をしたり、故意に誤った情報を提示し、被害者が自身の記憶、知覚、正気、もしくは自身の認識を疑うよう仕向ける手法」(Wikipedia)です。つまり、このタイトルはマーサが「ガス燈」のイングリッド・バーグマンと同じような状態にあったということを指しています。