2023/02/19(日)「別れる決心」ほか(2月第3週のレビュー)

 「別れる決心」はカンヌ国際映画祭監督賞を受賞したパク・チャヌク監督作品。岩山の頂上から転落死した男の妻ソレ(タン・ウェイ)が容疑者となり、取り調べる刑事ヘジュン(パク・ヘイル)が徐々にソレに惹かれていくサスペンスロマンです。週刊文春のレビューで芝山幹郎さんが「名作『めまい』を換骨奪胎」と書いていたので期待は大きかったんですが、僕にとっての生涯ベスト級であるヒッチコック「めまい」(1958年)に比べると、いやいや全然及びませんでした。

 タン・ウェイは「めまい」のキム・ノヴァクに匹敵するほどではないものの「ラスト、コーション」(2007年、アン・リー監督)の時よりも魅力的なんですが、パク・ヘイルはジェームズ・スチュアートに比べるべくもありません。刑事が容疑者に惹かれていく展開は「めまい」より「氷の微笑」(1992年、ポール・バーホーベン監督)を思い出しますが、タン・ウェイはシャロン・ストーンのような冷たい悪女とは違います。映画の終盤にプロット上の弱さを感じたのはそれが一因にもなっていて、パク・チャヌクは基本的に女性に優しい監督なのでしょう。

 「あなたが『愛している』と言った時から私はあなたを愛するようになった」とソレは言います。ヘジュンは「愛している」なんて言った覚えはありません。それが何のことなのか思い至った時、ソレの気持ちが初めてヘジュンには分かります。観客にもソレがどういう女なのか分かります。終盤のこの描写はとても良いと思いました。

 パク・チャヌクの前作「お嬢さん」(2016年)はR-18の描写を入れながらもしっかりしたミステリーでした。サラ・ウォーターズ「荊の城」が原作だったので当たり前です。今回は原作のないオリジナルで、脚本の詰めの甘さを感じました。2時間18分。
IMDb7.3、メタスコア84点、ロッテントマト93%。
▼観客12人(公開初日の午前)

「エゴイスト」

 高山真の原作を松永大司監督が映画化。東京でファッション誌の編集者として働く浩輔(鈴木亮平)は、パーソナルトレーナーの龍太(宮沢氷魚)に出会い、お互いに強く惹かれ合う。幸せな時間を過ごす2人だったが、ある日、龍太は「もう終わりにしたい」と突然、浩輔に告げる。病弱な母親(阿川佐和子)と狭いアパートで暮らす龍太にはある秘密があった。

 僕はホモフォビアではありませんが、男同士が愛する姿よりは男女の愛する姿の方を見たいと思っていて、この映画を見ることには少し不安もありました。そんな僕でも納得できる男と男のラブストーリーが前半に描かれます。映画の中で「あなたにとって大切な人なら、男でも女でもいいじゃない」と阿川佐和子は宮沢氷魚に言いますが、まさしくそんな感じ。

 ただ、最もドラマティックなことは前半で終わってしまい、後半は長い長い蛇足に思えました。長さの割にドラマが薄くなるのが残念です。

 演技の虫の鈴木亮平はゲイの仕草を徹底的に勉強したようで、非常にリアルにゲイを演じています。宮沢氷魚の儚さも良いです。2時間。
▼観客17人(公開7日目の午後)ほとんど女性客。後半に泣いてる人もいましたが、前半の号泣展開を引きずったんじゃないでしょうか。

「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」

 ハリウッドの大物プロデューサーだったハーヴェイ・ワインスタイン(映画の中ではみんなハーヴィー・ワインスティンと発音してます)の卑劣なセクハラを暴き、#MeToo運動の先駆けとなったニューヨークタイムズのスクープを映画化。女性記者2人が地道な調査報道でワインスタインを追い詰める姿を描いています。

 事実を積み重ね、記事を補強するためにオンレコの証言を入れる努力をしていく記者の姿は真っ当なものです。映画の作りもこの記事の作りと同様、正直に描写を積み重ねていて僕は傑作だと思いました。ただ、記者を演じるゾーイ・カザンとキャリー・マリガンのカッコ良さと魅力をもってしても、地味な作りであることは否めません。アメリカでの批評が絶賛とまではいかないのはドラマの希薄さが影響しているのでしょう(中には序盤のトランプ批判を快く思わない人もいるかもしれません)。

 こうした記者を描く映画を見ていつも思うのは、記者がいくら優秀であっても口を開いてくれる人がいなければ、影響力のある優れた記事は書けないということです。この映画でも勇気を持ってセクハラの詳細を語った被害女性たちこそが事態を打開した本当の貢献者と言えるでしょう。女優のアシュレイ・ジャッドは名前を記事に使うことを許し、本人役で登場しています。

 監督はドイツ生まれの女優で「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド」(2021年)などのマリア・シュラーダー。2時間9分。
IMDb7.2、メタスコア74点、ロッテントマト88%。
▼観客11人(公開2日目の午後)

「バビロン」

 芳しくない評価がほとんどで期待値が低かったこともあって、予想より面白かったです。狂騒的なパーティーを描いた最初の1時間は長すぎで、ここを20分ぐらいにまとめれば、もう少し引き締まった作品になったのではないかと思います。

 映画製作を目指すマニー(ディエゴ・カルバ)と女優志望のネリー(マーゴット・ロビー)を中心に、サイレントからトーキーに変わる1920年代のハリウッドを描いています。ディエゴ・カルバの存在感が薄いことと、同じ1920年代を描いていることから序盤は「グレート・ギャツビー」を想起しました。

 印象的なのはブラッド・ピットの役柄で、サイレントからトーキーに変わる過程で落ちぶれていくスターなんですが、別に声が悪いわけでも演技が下手なわけでもありません。それなのに真面目に演じているシーンで観客はピットを見て嗤います。なぜかと思ったら、本人にはいかんともしがたい理由を告げられます。このピットに代表されるように、映画は「時代は変わる」こと、その厳しさ切なさを描いて悪くないと思いました。

 劇中でも引用されていますが、サイレントからトーキーへの変更期の混乱は「雨に唄えば」(1952年)という楽しくて偉大な作品がありますから、あれを上回るような気概と工夫が欲しいところではありました。3時間9分。
IMDb7.4、メタスコア60点、ロッテントマト56%。
▼観客5人(公開4日目の午後)

「ブロンド」

 アナ・デ・アルマスがマリリン・モンローを演じてアカデミー主演女優賞候補となったNetflix作品。評判がすこぶる悪いので見るのを躊躇していましたが、アルマスが良いことだけを期待して見ました。監督は「ジャッキー・コーガン」(2012年)などのアンドリュー・ドミニク。

 ジョイス・キャロル・オーツの原作はフィクションなので、事実と違う箇所も相当数あるのでしょう。モンローの不幸な生い立ちを強調し、ファザコン気味にまとめた感じの作品になっています。Wikipediaによると、モンローの父親がDNA鑑定で判明したのは、なんと2022年とのこと。生前、モンローは父親を強く求めながらも、本当の父親を知らなかったわけです。

 映画は予想ほどメタメタではありませんでしたが、モンローの出演作品への評価がほぼなく、セクシーでキュートなモンローの魅力を少しも伝えていませんし、アルマスを無駄に脱がせています。終盤のまとめ方もうまくありません。何より2時間47分も暗い展開を見せられると、気分が下がります。

 アルマスは外見だけでなく、話し方もモンローに似せていますが、作品の出来が良くないので主演女優賞は難しいでしょう。ある程度、モンローの生涯について知らないと、モンローと結婚する2人の男の素性が分からないのではないかと思いました。
IMDb5.5、メタスコア50点、ロッテントマト42%。

 Huluは今月からアナ・デ・アルマスが出ている2本の旧作を配信しています。「セックスとパーティーと嘘」(2009年、IMDb3.9、「灼熱の肌」のタイトルでDVDあり)と「カリブの白い薔薇」(2005年、IMDb5.3)で、どちらも日本では劇場公開されていません。IMDbのこの評価の低さではしょうがないですね。