2023/02/12(日)「モリコーネ 映画が恋した音楽家」ほか(2月2第週のレビュー)
父親からトランペットを習ったモリコーネがトランペット奏者を経て映画音楽を手がけるようになり、マカロニウエスタンから芸術映画まで幅広い映画音楽を担当して、巨匠になっていく過程を詳細に描いています。序盤はやや退屈ですが、セルジオ・レオーネ監督「荒野の用心棒」(1964年、監督クレジットはレオーネの変名ボブ・ロバートソン)の音楽を手がけるあたりから面白くなりました。レオーネとモリコーネは小学校の同級生とのこと。
モリコーネの音楽が素晴らしいのは今さら強調するまでもなく、「荒野の用心棒」の口笛は画期的でしたし、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(1984年)はロマンティックで哀愁を帯びた名曲でした。モリコーネの音楽によって映画の面白さが2、3割アップしているのではないでしょうかね。
クラシック音楽方面の人たちからは一段低く見られてきたモリコーネがクラシックでも優れた作品を発表し、評価を得ていくあたりは痛快です。アカデミー賞では2007年の名誉賞を経て、6度目のノミネート「ヘイトフル・エイト」(2015年)で受賞したことを描くのも構成としては良いでしょう。次から次に傑作・名作映画の音楽が流れるので、映画ファンにはたまらない作品です。
ただ、それはモリコーネが素晴らしいからで、監督のトルナトーレの手腕が優れているからではありません。ドキュメンタリー映画の場合、題材そのものが面白ければ、自然と映画も面白くなり、監督の手腕を見分けるのは難しくなります。中盤以降は長さ単調さを感じる場面もあり、メタスコアの点数が低いのはそのあたりが影響しているのではないかと思いました。2時間37分。
IMDb8.3、メタスコア69点、ロッテントマト100%。
▼観客7人(公開初日の午前)
「チョコレートな人々」
ドキュメンタリーで続けます。「チョコレートな人々」は東海テレビ制作で愛知県に本店がある久遠チョコレートを描いた作品。テレビ版は2021年の日本民間放送連盟賞テレビ部門グランプリを受賞したそうです。久遠チョコレートは全国に52の拠点があり、従業員570人のうち、約6割が障害者。代表の夏目浩次さんは障害者の賃金があまりにも低いことにショックを受け、2003年、26歳の時に障害のあるスタッフとパン屋を始めます。愛知県の最低賃金と同じ賃金を掲げますが、パンはその日のうちに売り切らなければ、廃棄処分になるなど利益が薄く、夏目さんは個人で1000万円の借金を抱えました。10年後、チョコレートに出会い、作業工程を細かく分けて分担することで障害者にできるよう仕事を工夫。今では障害者だけでなく、シングルペアレントや親の介護を行う人たち、性的少数者の人たちなどが働きやすい職場になっています。
劇中、「チョコレートは失敗しても、温めれば何度でもやり直せる」という言葉が繰り返されます。それはチョコレートの特性であると同時に、久遠チョコレートの信念でもあるのでしょう。出来ないからといって排除するのではなく、どうすればできるかを考える。この方針に沿って、重度障害者のためチョコレートに混ぜるお茶やフルーツを加工するパウダーラボも作りました。つや出しのための植物性油脂などは使わず、カカオだけでじっくり仕上げる久遠チョコレートは質的にも高い評価を受けるに至りました。
残念ながら、うまく働けなかった人もいます。決して順調とは言えないけれど、さまざまな問題を一つ一つ解決して前進していく様子には頭が下がります。映画を見ていると、久遠チョコレートをたくさん買いたくなります。1時間42分。
▼観客5人(公開7日目の午前)
「仕掛人・藤枝梅安」
藤枝梅安というとテレビシリーズ「必殺仕掛人」(1972年、全33話)の緒形拳のイメージが強いです。緒形拳は当時35歳(原作の梅安も35歳)。今回の豊川悦司は60歳ですから、緒方梅安のようなエネルギッシュさはありません。しかし、原作の梅安は「六尺に近い大きな躰」の男なので体格的には合っています。池波正太郎の「仕掛人・藤枝梅安」シリーズを2部作として映画化。第1部となる今回はシリーズ第1作「殺しの四人」所収の「おんなごろし」の映画化で、「時代劇専門チャンネル開局25周年記念」、「池波正太郎生誕100年企画」と銘打ってあります。脚本は大森寿美男、監督は同チャンネル開局20周年記念映画「雨の首ふり坂」(2017年)も撮った河毛俊作。
原作は短編なので、細部を膨らませ、エピソードを加え、情感を高めて映画化してあり、悪くありません。悪女おみのを演じる天海祐希がこんなに色っぽかったのは(元々、健康的な人なので)、「狗神 INUGAMI」(2001年、原田眞人監督)以来じゃないでしょうかね。梅安の相棒・彦次郎を演じる片岡愛之助、料亭の仲居役・菅野美穂も好演しています。光と影を効果的に使った河毛監督の演出は安定していて手慣れた感じがします。川井憲次が担当した音楽も良いです。
ちなみにこの話、テレビシリーズでは第23話「おんな殺し」に当たり、おみの役を加賀まりこが演じました。エンドクレジットを見ていたら、予告編制作は樋口真嗣監督でした。2時間14分。第2作は4月公開。
▼観客15人(公開4日目の午後)
「パーフェクト・ドライバー 成功確率100%の女」
リュック・ベッソン監督の「レオン」(1994年)はジョン・カサベテス「グロリア」(1980年)をうまく換骨奪胎した傑作でしたが、「パーフェクト・ドライバー 成功確率100%の女」は両方のプロットのいいとこ取り(例えば、刑事が悪役だったり、ラストがああなったり)で映画化してあります。ところが、両作には到底及ばないB級アクションにとどまっています。端的に監督の力量の違いなのでしょう。主人公のウナ(パク・ソダム)は「ザ・ドライバー」(1978年、ウォルター・ヒル監督)や「ベイビー・ドライバー」(2017年、エドガー・ライト監督)のようなランナウェイ・ドライバーではなく、ワケありの荷物を届ける特殊配送会社のドライバー。300億ウォンが入った貸金庫の鍵を持ち逃げした野球賭博のブローカーとその息子ソウォン(チョン・ヒョンジュン)を船まで運ぶ仕事を請け負うが、父親は賭博の元締めの刑事から殺され、息子だけが車に乗り込む。ウナは追ってくる悪徳刑事たちを振り切れるのか。
このタイトルならクライマックスはカーアクションかと思いきや、格闘アクションになるのが残念。原題は「特送」、英題は「Special Delivery」で、邦題はもう少し考えた方が良かったと思います。主人公は格闘も強いんですが、その理由を付け加えたかったところ。監督はパク・デミン。1時間49分。
IMDb6.4、ロッテントマト(ユーザー)80%。
▼観客5人(公開5日目の午後)
「アルゼンチン1985 歴史を変えた裁判」
アカデミー国際長編映画賞候補で、1985年にアルゼンチンで実際に行われた軍事独裁政権に対する裁判を基にした作品。クーデターで発足したアルゼンチンの軍事政権は国民に過剰な弾圧を行った。ストラセラ検事たちは限られた準備時間の中で、脅しや困難に屈せず、軍事政権幹部らの責任を追及していく。最初はとっつきにくいかなと思いましたが、主人公の検事が経験の少ない副検事や若者たちと裁判の準備を進めるあたりから面白くなり、裁判での証言に胸を揺さぶられるような場面が続きます。アルゼンチンでは軍の弾圧によって3万人が行方不明と言われており、拉致・拷問・殺害を行った軍部にフツフツと怒りが湧いてきます。同時に軍事政権に限らず独裁体制はろくなことにはならないということを改めて痛感させられました。
その軍事政権が倒れたのは1982年のフォークランド紛争がきっかけとのこと。サンティアゴ・ミトレ監督。2時間20分。amazonプライムビデオで配信中。
IMDb7.7,メタスコア78点、ロッテントマト95%。
「ジェイコブと海の怪物」
アカデミー長編アニメ映画賞候補。怪物と言うよりは怪獣と言った方がふさわしい海の巨大生物を巡る物語。非常にきれいな3DCGアニメです。物語も真っ当で、海の怪物レッドの真意を知った主人公ジェイコブと少女メイジーが長年続く怪物と人間たちとの戦いに終止符を打とうと奔走します。ただ、今回の長編アニメ映画賞候補は「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」をはじめ傑作ぞろいなので受賞は難しいと思います。Netflixで昨年7月から配信されていて、監督は「ベイマックス」(2014年)のクリス・ウィリアムズ。1時間55分。
IMDb7.1、メタスコア74点、ロッテントマト94%。