2023/03/26(日)「ロストケア」ほか(3月第4週のレビュー)
しかし、いくら介護問題を扱うからといって、42人は殺しすぎで犯人は殺人を楽しむサイコパスとしか思えません。そのあたり、この映画の企画に前田監督と10年前からかかわってきた松山ケンイチは分かっていて「サイコパスとか命の選別者、優生思想の持ち主というふうに見えてはいけない。そう思いながら演じていました」(キネマ旬報2023年4月上旬号)と語っています。
対する長澤まさみは松山ケンイチとは初共演。松山ケンイチがうまいのは当然と思えますが、それを受ける長澤まさみも十分に対抗できる演技を見せ、2人の対峙シーンには緊張感が漂います。この2人はそれぞれ主演賞ノミネートは確実、松山ケンイチの父親を演じる柄本明は助演賞候補確実と思えました。
映画の冒頭、長澤まさみ演じる検事は孤独死の現場を訪れます。検事が警察と一緒に事件現場に行くことなんてないよなあと思っていると、クライマックスでその理由が分かります。原作にこの設定はなく、前田監督はこの設定を思いついた時に「勝った、と思った」そうです。
「安全地帯にいる人間に、穴に落ちてもがいている人間の気持ちは分からない」とする犯人の言葉はもっともです。殺人行為を肯定はできませんが、今の日本の介護状況に対して問題提起する作品になっているのは確かです。これを社会派と呼ぶにはもっと現実に肉薄した方が良かったのでしょうが、力作だと思います。1時間54分。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)
「茶飲友達」
高齢者1000人以上に売春を斡旋した高齢者専門の売春クラブが摘発された2013年の事件をモチーフに外山文治(そとやま・ぶんじ)監督が映画化。キワモノ的な題材に思えますが、高齢者の孤独、生きがい、親子関係、他人とのつながりなど多角的重層的なエピソードで物語を構成しています。「ロストケア」とセットで見ると、日本の高齢者の置かれた現状が少し分かった気になります。「茶飲友達(ティー・フレンド)」は元風俗嬢の佐々木マナ(岡本玲)ら若者たちが作った高齢者専門の売春クラブ。ティー・ガールと呼ばれる高齢女性が所属し、男性客に派遣する。映画はマナ自身の家族の問題やティー・ガールのさまざまな事情、若者たちや利用客のドラマを絡めて展開します。違法な組織なので「めでたし、めでたし」の終わりは迎えませんが、繰り広げられるドラマには一片の、いや多くの真実が含まれていて見応えのある内容になっています。
外山監督はパンフレットにこう書いています。「(2013年の事件の)ニュースに触れた私は創作の遙か先をいく現実に打ちのめされると共に、自分の正義感を根本から揺さぶられることにもなった。そして摘発後の高齢者会員の孤独に想いを馳せた。犯罪を許してはいけないが、正しさの押し付け合いの社会で、本当の正義とは何なのか。多様性が叫ばれる中で、この無言の同調圧力は何なのか」。
そうした考えを脚本にうまく落とし込んであって、見事だと思いました。同時にこの脚本の魅力は「こんな仕事して親は悲しんでるぞ」と言う客の男に対して、「傷つけたくなりますよね。大丈夫ですよ、私、傷つかないから」と余裕で返すティー・ガールの言葉にあったりします。主演の岡本玲も熱演。2時間15分。
▼観客16人ぐらい?(公開2日目の午後)
「わたしの幸せな結婚」
顎木(あぎとぎ)あくみの原作小説を「コーヒーが冷めないうちに」やドラマ「最愛」「石子と羽男 そんなコトで訴えます?」などの塚原あゆ子監督が映画化。「帝都物語」+「おしん」+「シンデレラ」のようなファンタジーで、甘く見てましたが、VFXも過不足なく、エンタメとして十分に合格点の出来でした。帝都を守る異能を持つ一族の生まれ斎森美世(今田美桜)は能力を持たないために継母(山口紗弥加)と異母妹(高石あかり)、実の父親(高橋努)から虐げられて生きてきた。学校にも通えず、粗末な古着で使用人以下の扱い。19歳になった美世は親の言いつけで、名家の久堂清霞(目黒蓮)と政略結婚させられることになる。清霞は無愛想で冷酷な男といわれ、これまで何人もの花嫁候補が逃げ出した。その頃、帝都では何者かに操られた蟲が人々に取り憑く騒動が起こっていた。清霞が率いる異能部隊の対異特務小隊の隊員も蟲に侵される。
映画は序盤、理不尽な境遇に置かれた美世の耐え忍ぶだけの生活が描かれ、一気に引き込まれました。はかなげな今田美桜が実に良いです。目黒蓮も役柄にぴったりな感じ。この2人が徐々に理解し合っていく過程に「帝都物語」的な要素が存分に加わり、男性客も飽きさせない展開になっています。
クライマックスに発現する美世の力の作用がよく分からなかったので、6巻まで出ている原作小説の1巻だけ読みましたが、映画のクライマックスに当たる部分はなく、美世の力への言及もありませんでした。原作はライトノベルで作者のデビュー作のためもあって、小説としては筆力も描写力も足りず、全然物足りません。この原作をよくぞここまでの映画にしたなと感心します。脚色の菅野友恵(「夏への扉 キミのいる未来へ」「浅田家!」)と塚原監督のコンビが力を発揮したのでしょう。
続編ができそうなラストでしたが、今回のように原作を大いに補強して作ってほしいものです。1時間55分。
▼観客多数(公開7日目の午後)
「シャザム! 神々の怒り」
DCエクステンデッド・ユニバース12作目で、「シャザム!」(2019年)の続編。神アトラスの娘たち(ヘレン・ミレン、ルーシー・リュウ)が巨大なドラゴンとともに襲来し、世界中を巻き込んだ戦いに発展するというストーリー。前作は楽しく見ましたが、今回は今一つの出来で、終盤、DCのあのキャラが出てくる場面だけ良かったです。ここがうまいのは序盤に後ろ姿だけを見せて、「まあ、吹き替えだろうなあ」と思わせる場面があり、登場に意外性があるからです。ただし、海外ポップカルチャー専門メディア「THE RIVER」によると、ここには当初、ブラックアダムが登場するはずだったとのこと。昨年公開された「ブラックアダム」(ジャウマ・コレット=セラ監督)を見た時、「シャザムと同じ能力だ」と思いましたが、ブラックアダムは「シャザム!」のヴィランで、1作目に悪役として登場予定だったそうです。それを主演のドウェイン・ジョンソンが別々の作品として作るよう要求したのだとか。そうした背景がどちらの映画も目新しさのないVFXだけの薄味作品になった要因なのかもしれません。
シャザムは主人公の子どもが筋肉隆々の大人のスーパーヒーローに変身するのが特徴ですが、主人公は既に高校3年生。スパイダーマンと同世代なのでそのままの姿でヒーローになってもいいんじゃないかと思えます。監督は前作に続いてデイビッド・F・サンドバーグ、2時間10分。
IMDb6.7、メタスコア46点、ロッテントマト53%。
▼観客3人(公開4日目の午前)