2022/03/06(日)「余命10年」ほか(3月第1週のレビュー)

「余命10年」は難病の原発性肺高血圧症の主人公・高林茉莉(小松菜奈)と小学校の同窓会で再会した真部和人(坂口健太郎)のラブストーリー。この病気のため38歳で亡くなった小坂流加の原作小説を「新聞記者」の藤井道人監督が映画化。批判されることが多い「難病もの」ド真ん中の設定ながら、脚本(岡田惠和、渡邉真子)の工夫と出演者の好演、手堅い演出によって見る価値のある作品に仕上がっています。RADWIMPSの音楽も秀逸。

原作未読ですが、Wikipediaの原作あらすじを読むと、映画はうまい脚色を行っていると思います。大きな変更点は和人のキャラクターで、会社経営の実家と絶縁状態になり、勤めていた会社からも解雇されて自殺未遂をするという展開が加わっています。小学時代の友人タケル(山田裕貴)と病院に駆けつけた茉莉が自殺未遂の理由を語る和人に「それって、すごいずるい」と思わず言ってしまうのは、長くは生きられない自分の境遇に対して、生きられるのにそれを自分で絶とうとする和人の行為が許せなかったからでしょう。

これをきっかけに茉莉は病気を知らせないまま和人と交流を深めていきますが、ここが心地良いのは2人がこれによって再生していくからです。和人はタケルのなじみの居酒屋(リリー・フランキーが店主)で働くようになり、茉莉は友人の沙苗(奈緒)の勤める会社でWebコラムの仕事に打ち込みます。

カット割りや画面の構成、音楽の使い方にうまさを感じさせる映画で、藤井監督の演出にはロマンティシズムがあふれています。茉莉の姉に黒木華、両親に松重豊と原日出子、医師に田中哲司、友人に三浦透子(セリフは少ないです)という出演者は隙のないキャスティングも映画の説得力を強くしています。

終盤が涙涙の連続になるのは減点対象ではありますが、安易に涙を誘うような安っぽい展開ではありませんでした。役のために1年間減量を続けたという小松菜奈は代表作の1本となるような好演を見せています。

「ちょっと思い出しただけ」

「余命10年」のうまさに比べると、分が悪くなります。男女のラブストーリーを別れた後から出会う前までの6年間を1年ごとにさかのぼって描く松居大悟監督作品で、主演は池松壮亮と伊藤沙莉。

ストーリーの着想の元になったのは映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」(ジム・ジャームッシュ監督)にインスパイアされたクリープハイプの曲「ナイトオンザプラネット」とのこと。伊藤沙莉の仕事がタクシー運転手なのはそのため。エンドクレジットでジャームッシュ監督、ウィノナ・ライダー、ジーナ・ローランズへの謝意を示しています。

年をさかのぼっていく構成は「思い出す」というタイトルのためでしょうが、規則的に毎年の誕生日1年ずつ思い出す行為は「ちょっと」ではないでしょう。一番印象深い年からランダムに思い出すはずで、この構成には疑問符が付きます。伊藤沙莉と池松壮亮はいつものように好演しています。

さかのぼっているのを観客に分からせるためにアパートの部屋の時計を使っていますが、同じ日の曜日が変わっていくだけなのですぐに分かる観客は少ないはず。もっと明示的な描写にした方が良かったでしょう。

「クレッシェンド 音楽の架け橋」

憎み合うパレスチナ人とイスラエル人の混成楽団を作り、和平コンサートを開こうとする人たちを描くドイツ映画。対立がそんなに簡単になくなるわけないよなあと思いながら見ていると、やっぱりそんなに簡単にはいかない展開になりますが、最後には希望を持たせているのが良いです。

パンフレットによると、映画のモデルになったのは1999年に設立された「ウエスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団」でイスラエルとパレスチナ、アラブ各国から集った若者たちが今も世界中でツアーを行っているそうです。

監督はイスラエル出身のドロール・ザハヴィ。現在はドイツ在住で「ブラック・セプテンバー ミュンヘンオリンピック事件の真実」(2012年)などの作品を監督しています。

「ロスト・ドーター」

オリヴィア・コールマンがアカデミー主演女優賞にノミネートされたNetflixオリジナル作品。女優のマギー・ギレンホールの監督デビュー作で、エレナ・フェッランテの同名原作の脚色もギレンホール自身で行っています。

大学教授のレダ・カルーソ(コールマン)がバカンスでギリシャにある海辺の町を訪れる。レダは幼い娘を連れたニーナ(ダコタ・ジョンソン)の姿を見て、2人の娘を持つ自分の若い頃を思い起こす。穏やかな休暇に不穏な空気が漂い始める、というストーリー。

IMDbの評価が6.7と高くなかったので作品的にはあまり良くないのかなと思っていましたが、いやはや終盤の展開にうならされました。タイトルの意味が分かる終盤30分のコールマンの演技は真に迫っていてノミネートにふさわしいものだと思います。メタスコア86点、ロッテントマト95%とプロの評価は高いんですが、一般ユーザーは48%。純文学系の物語なので玄人好みの映画になってます。デビュー作でこういう映画を作ったギレンホールは大したものだと思います。

原作者のフェッランテを僕は知りませんでしたが、代表作「ナポリの物語」4部作は評価が高く、早川書房から邦訳が出ています。「ロスト・ドーター」の邦訳はありません。

今年の主演女優賞候補作はどれも作品賞にノミネートされていないのが特徴だそうです。「ロスト・ドーター」とペネロペ・クルス主演の「パラレル・マザーズ」の評価が他の3本(「タミー・フェイの瞳」「愛すべき夫妻の秘密」「スペンサー ダイアナの決意」)より高いことを考えると、コールマンとクルスの争いになるんじゃないでしょうかね。

「愛すべき夫妻の秘密」

というわけで、これも見ました。amazonプライムビデオのオリジナル作品。テレビの「アイ・ラブ・ルーシー」で人気を集めたルシル・ボールをニコール・キッドマンが演じるドラマ。夫のデジ・アーナズ(ハビエル・バルデム)には浮気の疑いがあり、ルシル・ボール自身には非米活動委員会から共産党員の疑いが掛けられるという危機が夫婦に訪れます。

映画は同時にルシル・ボールの俳優としての歩みを描いていきますが、構成にメリハリがなくやや退屈。それを吹き飛ばすのがクライマックスで、ストーリー上でも映画としても逆転ホームランという感じでした。バルデムが主演男優賞にノミネートされたのはここでの演技が大きいのではないかと思います。

キッドマンは声をがらがらにして、ルシル・ボールに似せています。僕はルシル・ボールのテレビを見ていましたが、既におばさんの印象でした。キッドマンほど美人でもなかっただろうと思って、若い頃の写真を見ると、十分にきれいな人だったんですね。監督は「シカゴ7裁判」のアーロン・ソーキン。IMDb6.6、メタスコア60点、ロッテントマト68%。