2022/10/02(日)「アイ・アム まきもと」ほか(10月第1週のレビュー)

「アイ・アム まきもと」は孤独死をテーマにした阿部サダヲ主演、水田伸生監督によるヒューマンドラマ。ウベルト・パゾリーニ監督「おみおくりの作法」(2013年)が原作としてクレジットされています。水田監督の前作はシム・ウンギョン主演の韓国映画「怪しい彼女」(2014年)を多部未華子主演でリメイクした「あやしい彼女」(2016年)でしたから、今回もそれに沿った企画なのかもしれません。

映画を見た後に「おみおくりの作法」をU-NEXTで再見しました。「アイ・アムまきもと」は基本的にこれに沿ったストーリーですが、一番の違いは主人公の設定です。原作の主人公ジョン・メイ(エディ・マーサン)は物静かなだけの男でしたが、牧本は空気が読めない、人の話を聞かないなど恐らく発達障害を意識した設定になっています。

言葉をその通りに解釈する牧本はこんな会話を交わします。
「あの、牧本さんでしたっけ、赤ちゃんいる?」
「いりません!」
牧本はそういう自分のことを自覚していて、バーっと一方的に話してしまった後に両手を顔の横で前後に動かし「すみません、牧本、今こうなってました」と反省します。しかし、孤独死した人の葬儀を自費で営み、遺族が引き取りに来ることに備えて遺骨を職場の机の周囲に保管しておくなど、仕事に対して一途であり、その行動は孤独死した人への思いやりにあふれています。

阿部サダヲはそんな牧本に命を吹き込み、情感をこめています。ラストは原作通りですが、牧本が愛すべきキャラクターになっている分、原作以上に胸を締め付けられる場面になっています。

水田伸生監督は傑作「初恋の悪魔」(日テレ)全10話のうち5話を演出していました。そのドラマで重要な役だった満島ひかりが孤独死した男の娘役で、仲野太賀の父親を演じた篠井英介が牧本の上司役で出ています。

「ロッキーVSドラゴ ROCKY IV」

「ロッキー4 炎の友情」(1985年)の再編集版。旧作は91分、今作は94分ですが、3分追加しただけではなく、ロッキーの私生活(家に家事ロボットがいました)などを大幅に削り、42分の未公開シーンを付け加えたそうです。

ランボー・シリーズ2作目の「ランボー 怒りの脱出」(1985年)からシルベスター・スタローンはタカ派路線となり、「ロッキー4 炎の友情」もその路線に沿った内容でした。アメリカ対ソ連(当時はまだ存在してました)を強調した映画作りに僕は反発を感じて映画館では見ませんでした。今、「炎の友情」を見直すと、ウクライナに侵攻した現実世界のロシアは明らかに悪役のため、これぐらい描いても良いのではと思えるほどです。

イワン・ドラゴ(ドルフ・ラングレン)との試合後のロッキーのスピーチは「炎の友情」より短くなっていますが、趣旨は変わりません。
「今、ここで2人の男が殺し合った。しかし2000万人が殺し合うよりマシだ。俺は変わり、あんたたち(観客)も変わった。人は変わることができる」
この言葉自体は真っ当なのに、旧作で批判の的になったのは、ここに至る過程が安直で脳天気だったからでしょう。当時のソ連はゴルバチョフ書記長の開放路線の時代で、今のプーチン政権よりはるかに良かったと思います。その国に対するロッキーの言葉は「上から目線のタワゴト」と受け取られても仕方がなかったでしょう。

僕は「ロッキーVSドラゴ」が「炎の友情」からそれほど大きく変わった印象は受けませんでした。それでも今作の評価が旧作より高いのは世界情勢が変わったことも影響しているのではないかと思います。amazonの「炎の友情」のレビューを見ると、今やこの作品も4.2と高い評価になっています。

今後、変わるかもしれませんが、今のところ「ロッキーVSドラゴ」の配信予定はないそうです。コロナ禍で暇だったスタローンが大量の撮影フィルムから編集し直した作品で、ディレクターズ・カットとも決定版とも称しているわけではありません。あくまで、こういうバージョンもある、というぐらいの認識で良いと思います。採点を掲載しているのはロッテントマトのみで80%、「炎の友情」は37%。

「犬も食わねどチャーリーは笑う」

結婚4年目の夫婦を巡るコメディ。投稿サイト「旦那デスノート」に積もった不満を書き込んでいるのが自分の妻だと知った夫。妻の投稿は人気で出版社が他の投稿と合わせて本にまとめようと話を進める。見かけは円満だった夫婦は引くに引けないけんかを始めてしまう。

チャーリーはペットのフクロウの名前で、妻の投稿ネームでもあります。主演の香取慎吾、岸井ゆきのは悪くありませんし、前半は笑って見ていましたが、どうも後半の展開がイマイチです。

90分ぐらいで終わって良い話を無理に引き延ばした感じがあり(上映時間は117分)、クライマックス、妻の職場で2人が言い争いをする場面はまったくリアリティを欠いています。脚本・監督は「箱入り息子の恋」「台風家族」の市井昌秀。

香取慎吾が勤めるホームセンターで香取に思いを寄せる女の子がかわいいなと思ったら、「街の上で」の中田青渚でした。同じホームセンターの余貴美子はおかしくて良かったです。

「LAMB ラム」

アイスランドの山間を舞台にしたホラー風味の物語。この題材をアメリカの三流監督が撮ると、Z級映画になってしまうのでしょうが、長編映画デビューのヴァルディミール・ヨハンソン監督の演出が上等な上、ノオミ・ラパスの演技と美術、撮影など映画の作りはAランクに近い出来でした。人里を離れ、霧が深く、雄大な山々を望む場所だけに不思議な出来事が起こってもおかしくない雰囲気があり、ロケーションが大きな効果を上げています。

羊飼いの夫婦イングヴァル(ヒルミル・スナイル・グズナソン)とマリア(ノオミ・ラパス)がある日、羊の出産に立ち会うと、羊ではない“何か”が産まれる。言葉を失い、目配せし合った二人はその存在を受け入れ、亡くした娘の名前と同じ“アダ”と名付けて、育て始める。

「あれはいったい、何なんだ?」。夫婦のもとを訪れ、アダを目にした弟の問いにイングヴァルは「幸せってやつさ」と答えます。僕はアダを見ながら、小松左京の傑作短編「くだんのはは」を思い浮かべましたが、西洋にもこれに類した存在はあるので、映画のオリジナルな発想ではありません。ただ、夫婦が異常な存在と日常生活を普通に送っている光景には奇妙さが横溢し、同時に不穏さも漂います。この奇妙な光景に最初、弟が面食らう場面には思わず笑ってしまうようなユーモアがありました。

映画は吹雪の中、馬の群れが何かに気づいて逃げていく冒頭の場面から、ある超常的存在が近くにいることを匂わせ、その後もそれを示唆した場面があります。ですから、クライマックスに出てくる存在は理にかなった姿だと思いました。これを衝撃的とか驚愕と書きたくなるレビュアーの気持ちは分からなくはないですが、想像力の不足も疑った方が良いでしょう。IMDb6.3、メタスコア68点、ロッテントマト86%。