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2022年10月30日の記事

2022/10/30(日)「線は、僕を描く」ほか(10月第5週のレビュー)

 「線は、僕を描く」は「ちはやふる」三部作の小泉徳宏監督が砥上裕將の原作を映画化。「ちはやふる」が優れた青春映画だったように、この映画もまた水墨画に打ち込む若者を描いた青春映画として非常にうまくまとまっています。

 カラフルだった「ちはやふる」のタイトルバックとは対照的に白地に墨字のシンプルなタイトル。大学生の青山霜介(横浜流星)はアルバイトの展示会場設営で水墨画と出会い、その美しさに魅了される。水墨画の巨匠・篠田湖山(三浦友和)から声をかけられ、霜介は水墨画を学び始める。心に深い傷を負った過去を持つ霜介は湖山の孫娘・千瑛(清原果耶)、弟子の西濱湖峰(江口洋介)とともに水墨画に打ち込み、再生を果たしていく。

 霜介が水墨画に出会って喜び、悩み、立ち止まり、歩き出す姿を描いているからこそ、これは優れた青春映画なわけです。原作は「青春芸術小説」と銘打っていますが、映画は「芸術」の部分を減らして「青春」に注力したことが良かったと思います。

 霜介と同じ大学に通い、水墨画クラブを立ち上げる友人役を河合優実と細田佳央太が演じていますが、小泉監督はこうした若い役者の魅力を引き出すのがうまいです。

 清原果耶は水墨画の筆を持つ姿勢やたたずまいから清楚さが漂い、極めて好印象。初めて見た水墨画の前で涙を流す横浜流星とともに純粋さとすがすがしさを感じさせます。この二人がお互いに相手の絵が好きだと言うのは「荒野の決闘」(1946年、ジョン・フォード監督)でワイアット・アープ(ヘンリー・フォンダ)がクレメンタインに言うセリフ「私はクレメンタインという名前が大好きです」と同じ意味合いなのでしょう。

 「ちはやふる」と同じく横山克の音楽が素晴らしく効果を上げています。
 ▼観客13人(公開4日目の午後)

「秘密の森の、その向こう」

 見ながら童話みたいな話だなと思っていました。「燃ゆる女の肖像」「トムボーイ」のセリーヌ・シアマ監督なので見る前はジェンダーや同性愛に絡んだ話かと想像しましたが、全然違って子供向け、特に女の子向けのファンタジーですね。

 監督自身、インタビューで「映画制作のあらゆる段階で、子供の観客を念頭に置いていました」と話しています。72分という上映時間の短さも子供が見ることを想定したからでしょう。念のために上映時間を調べてみると、デビュー作の「水の中のつぼみ」(2007年)85分、「トムボーイ」(2011年)82分、「ガールフッド」(2014年)112分、「燃ゆる女の肖像」(2019年)が一番長くて122分でした。

 8歳の主人公ネリーが森の中で8歳の頃のママであるマリオンに出会うというストーリーはそこからそれほど発展するわけではありません。一緒に遊んだり、食事したりするだけ。8歳のママに会うというシチュエーションを思いついたことが映画作りの発端だそうで、テーマありきの作品ではないです。ただ、母親の側から見ると、これけっこうなSFだと思いました。31歳の母親にとっては23年前の出来事で、まだ生まれていない自分の娘に会ったことを完全に覚えているはずです。

 監督は宮崎駿の影響を受けていて、制作過程で行き詰まった時は「宮崎駿ならどうする?」と考えたそうです。だから話の発展のさせ方もジブリ作品を参考にしたのだとか。具体的にこの映画に影響した作品は「となりのトトロ」(1988年)、細田守監督「おおかみこどもの雨と雪」(2012年)、ロバート・ゼメキス監督「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年)、トム・ハンクス主演「ビッグ」(1988年)だそうです。

 シアマ監督は「ぼくの名前はズッキーニ」(2016年)というストップモーションアニメの脚本を書いています。これと「トムボーイ」は子供が主人公でありながら、テーマ的に重たいものを含んでいます。「燃ゆる女の肖像」には「秘密の森の、その向こう」ほどではありませんが、ファンタジー的な要素が含まれていました。

 僕らは映画監督に対して一面的なレッテルを貼りがちですが、そう単純ではなく、いろんな考え・主義主張・嗜好から成り立っているのだということをあらためて痛感させる映画でした。
 IMDb7.4、メタスコア93点、ロッテントマト97%。
 ▼観客5人(公開5日目の午後)

「千夜、一夜」

 佐渡島を舞台に30年前に失踪した夫を待ち続ける妻(田中裕子)を描くドラマで、監督は「家路」(2014年)でも田中裕子と組んだ久保田直。

 基本設定に引っかかります。親や子供など肉親なら何年たっても待つしかないわけですが、夫婦の片方が失踪してそんなに何年も待ち続けるものなのか。30年たっても帰ってこないなら、50年たっても60年たっても帰ってこないでしょう。

 2年前に夫(安藤政信)が失踪した尾野真千子は求められて同僚の男(山中崇)と付き合うようになりますが、それが自然。田中裕子にしても言い寄ってくるのが甲斐性なしのダンカンじゃなかったら再婚していたかもしれません。周囲がダンカンを勧めてくるのが非常にうざいのはよく分かります。

 田中裕子の演技は良いですが、特別に持ち上げるほどではありません。最も見応えがあったのは離婚して再スタートを切ろうとしていた尾野真千子と、そこに帰ってきた安藤政信との修羅場でした。尾野真千子の怒りの演技、さすがです。
 ▼観客8人(公開日の午前)

「ONE PIECE FILM RED」

 ようやく見ました。23日現在で興収173億6000万円を上げ、歴代9位にランクイン。「トップガン マーヴェリック」が133億円なので、大差を付けて今年トップの興収になる公算が大きいです(11月11日公開の「すずめの戸締まり」も大ヒット間違いなしでしょうが、2カ月足らずでこれを抜くのは難しいかも)。

 このシリーズのこれまでの最高は「ONE PIECE FILM Z」(2012年)で68億4000万円。歴代興収トップ100にも入っていません。「FILM RED」はなぜこんなにヒットしたのか詳しい分析が欲しいところですが、素人目にも分かるのはオープニングの「新時代」(中田ヤスタカ作詞・作曲)をはじめパワフルなAdoの歌の力が一つの要因であること。これがあるから普段「ワンピース」を見ない人も劇場に呼べたことは間違いないと思います。

 映画は東映のマークが出た途端、明らかに音響の違いが分かりました。音響にはドルビーアトモス方式を採用していて、これに対応していない劇場でも一定の効果を上げているのだと思います(単に音量を大きくしただけかもしれません)。

 内容的にはAdoのMVみたいという批判もあるようですが、僕はもっとAdoの歌を増やしても良いぐらいと思いました。ただ、歌とストーリーの融合はイマイチうまく行っていない印象。クライマックスの戦闘シーンの描き方もうまくありません。物語自体は悪くないんですが、なんというか、映像化する時点で画面構成の整理がついていないんじゃないですかね。監督は「コードギアス」シリーズの谷口悟朗。
 IMDb7.1、ロッテントマト100%(アメリカでは11月4日公開)。
 ▼観客6人(公開82日目の午後)

「シコふんじゃった!」

 映画「シコふんじゃった。」(1991年、周防正行監督、キネ旬ベストテン1位)の30年後を描くドラマ。ディズニープラスで始まりました。全10話のうち2話まで配信されていますが、予想を大きく上回る面白さです。爆笑を誘う展開ながら、きちんとスポーツ青春ドラマになってます。

 100年以上の伝統を持つ教立大学相撲部は女子部員一人だけとなり、またもや廃部寸前。そこに卒業単位を交換条件に主人公・森山亮太(葉山奨之)が入部し、OBらと協力して相撲部を立て直していくというストーリー。

 なんといっても女子部員・大庭穂香を演じる伊原六花が素晴らしすぎます。足がピンと伸びた四股がきれいですし、股割りも完璧。身体が柔軟なのは4歳から習ったバレエの成果なのでしょうが、同時に高校時代にダンス部キャプテンを務めた経験から意志の強さと責任感の強さを感じさせる眼差しを持っています。青森弁で「わぁは2年のぉ大庭穂香です」と自己紹介しますが、「いとみち」(2021年、横浜聡子監督)の駒井蓮もそうだったように、若い女性が「わぁ」と自称するのは好感度が高いです。

 本木雅弘は出ないようですが、清水美砂は大学の教授で相撲部監督役。竹中直人も2話から登場しました。このほか映画と同じ役で田口浩正、六平直政、柄本明(まだ写真だけ)が出演。周防正行は原作・総監督でクレジットされています。

 1、2話の監督は周防監督の「カツベン!」(2019年)で脚本と監督補を務めた片島章三。助監督歴が長く、監督作としては「ハッピーウエディング」(2015年)がありますが、不評だったあの映画の悪いイメージを払拭する確かな演出だと思います。