2022/10/16(日)「耳をすませば」ほか(10月第3週のレビュー)

「耳をすませば」はスタジオ・ジブリの傑作アニメ「耳をすませば」(1995年、近藤喜文監督)の実写映画化。ただの実写化ではなく、原作の10年後をメインにした作品で、1987年から88年にかけての中学時代と1998年、25歳になった主人公・月島雫(清野菜名)と天沢聖司(松坂桃李)の物語が描かれます。

アニメ版はキネ旬ベストテン13位。興行面でも成功を収め、この年の邦画ではトップの18億5000万円の配収を記録しました。個人的には特に思い入れはありませんが、青春恋愛アニメの古典的な位置を占めているのは確か。このためアニメ版を愛する人からは公開前も今もヒステリックとも思える低評価がレビューに書かれています。傑作アニメを実写にして成功した例が少ない上、柊あおいの原作にもない10年後を付け加えるとあって、ファンが反発や不安を感じるのは当然でしょう。

しかし、今回の実写版、大成功とは言えなくても公開前の不安を杞憂に終わらせるような好感の持てる作品に仕上がっています。

チェロの演奏家になるために聖司がイタリアに行って10年。小説家になることが夢だった雫は小さな出版社に勤める傍らで小説を書き続けていますが、コンテストに応募しても落選続き。ルームシェアしている親友の夕子(内田理央)は中学時代からの思いを実らせて杉村(山田裕貴)と結婚が決まったというのに、雫は聖司との遠距離恋愛にも作家になる夢にも挫折しかかっています。
「10年やってきて何者でもなくて、どうしようって相談したい相手は遠くにいて会いたい時に会えない。分かってるけど分からないんだよ、自分がどうすればいいか」
中学時代と現在とを描きながら、映画は夢と恋愛に悩む雫の姿を丁寧に描いています。原作のイメージを壊さない爽やかさを持つ清野菜名と松坂桃李の起用がまず成功の一因ですが、夢を諦めるかどうかの葛藤を描いたことが同じように夢を持つ人たちへのエールになっているのが良いです。劇中で流れる歌はアニメ版の「カントリー・ロード」から「翼をください」に代わりましたが、夢見る恋人たちを描いた本作にはふさわしい選択でしょう。

「僕だけがいない街」(2016年)、「約束のネバーランド」(2020年)などの平川雄一朗監督のベストの仕事だと思います。映画の撮影は2020年3月から始まり、最終的に今年5月までかかったそうです。

パンフレットは雫の父親(「鎌倉殿の13人」の小林隆。アニメ版では立花隆が声をあててました)が勤める東京都杉宮中央図書館の蔵書を模したデザインで、バーコードが裏表紙にあります。試しにバーコードリーダーで読み取ったら、amazonのこのパンフレットのページにつながりましたが、価格は2400円。劇場で買えば850円ですのでご注意です。
▼観客3人(公開初日午前)。←今回から少なかった場合のみ観客数を記録します。自分を含めた数です。

「AKAI」

赤井英和のボクサー時代を描いたドキュメンタリー。「浪速のロッキー」として人気があったことはもちろんリアルタイムで知っていましたが、当時は赤井英和の試合はほとんどテレビ中継されなかった(さすがに世界戦は中継があったのでしょうけど、見てません)ので、本格的に試合を見るのは初めてでした。

デビュー戦からKO勝ちを続けた赤井は初の世界戦で7ラウンドKOを予告しながら、逆に7ラウンドTKO負けを喫します。以後、名トレーナーのエディ・タウンゼントの指導を仰ぎ、世界タイトル再挑戦を目指しました。

試合の変遷を見ていて気づくのはデビューから世界戦までのがむしゃらなファイトが世界戦後には影を潜めたこと。タウンゼントの指導で技術的には向上したのでしょうが、どこかで闘志を失ったのか、あるいは体の不調があったのかもしれません。そうしたことも失踪・引退騒ぎにつながったのではないかと思えます。

映画のクライマックスはあの大和田正春との試合(1985年2月)。ここで赤井は急性硬膜下血腫、脳挫傷の瀕死の重傷を負って、ボクサー生命を絶たれました。その後は母校の近畿大でコーチをしていましたが、1987年に出版した著書「浪速のロッキーのどついたるねん」を読んだ阪本順治監督がデビュー作として映画「どついたるねん」(1989年、キネ旬ベストテン2位)を赤井主演で撮ったのはご存じの通りです。双方にとって、これは幸福な出会いだったと思います。

「AKAI」の監督は赤井の長男・英五郎。当時のテレビ番組やニュースフィルム、現在のインタビューで構成しています。懐かしさも手伝って、僕は大変面白く見ました。
▼観客1人(公開7日目の午後)。

「激怒」

高橋ヨシキ監督のトークショー付きの上映で見ました。宮崎キネマ館のキネマ1(100席)で観客半分ぐらいの入り。
高橋ヨシキ監督(左)=2022年10月15日、宮崎キネマ館
高橋ヨシキ監督(左)=10月15日、宮崎キネマ館
主人公の刑事・深間(川瀬陽太)は激怒すると、見境なく暴力を振るい、ある事件で死者を出してしまう。アメリカで治療を受け、数年後に帰国すると、高圧的な自主防犯組織が強い力を持ち、町はすっかり「安心・安全な町」となっていた。かつて夜の街を謳歌していた深間の仲間たちは人間以下の扱いを受け、それを見た深間に強い怒りが沸き起こる。

クライマックスは深間が折れた腕から飛び出した骨で相手を突き刺して殺したり、顔を殴り続けてぺしゃんこにしたり。映画評論家としての高橋ヨシキはそうしたゴア描写が好きな感じの批評を書いていますので、らしい描写だと思いました。初の長編映画のため足りない部分は目に付きますし、脚本にもう少し深みが欲しいところですが、話をシンプルにして描写で見せたかったのかもしれません。

高橋ヨシキのファンが多かったためか、トークショーで否定的な意見は出ませんでした。監督自身の評価は「かなり変な映画」とのこと。

「グリーンバレット」

サブタイトルに「最強殺し屋伝説国岡[合宿編]」と付くように「最強殺し屋伝説国岡[完全版]」(2021年、宮崎未公開)の続編で、「ベイビーわるきゅーれ」の阪元裕吾監督作品。「完全版」の方は殺し屋の日常を緩いユーモアと本格的な格闘アクションを交えて描いたモキュメンタリー(POV)で、僕はそこそこ楽しめました。

「合宿編」の企画はミスマガジン2021の6人の女性タレントを使った映画として始まったそうです(Wikipediaによると、当初のタイトルは「ミスマガジン、全員殺し屋」)。殺し屋志望の女子6人を最強殺し屋の国岡(伊能昌幸)が山奥の合宿で指導中に野良の凶暴な殺し屋集団が襲ってくる、というストーリー。前半は殺し屋指導に絡む緩い笑いが満載、後半は本格的なアクションになります。

出てくる女の子たちはアクションは初めてだったそうですが、クライマックスのアクションはしっかり、様になってます。アクション監督を務めたスタントウーマン、アクション女優の坂口茉琴が良い仕事をしたのでしょう。阪元監督の演出も1作ごとにうまくなっていて、「ベイビーわるきゅーれ」の続編が楽しみです。
▼観客1人(公開12日目の午後)。