2024/12/15(日)「ロボット・ドリームズ」ほか(12月第2週のレビュー)

 「このミステリーがすごい!」2025年版に「【推しの子】」原作者の赤坂アカのインタビューが掲載されています。「【推しの子】」はミステリー要素が強いからという理由のようです。インタビューによると、幼少期のアクアが京極夏彦「絡新婦の理」(1996年)を読んでいるのは作画の横槍メンゴのアイデアだそうです。「多分メンゴ先生の方で『【推しの子】』の構造が『絡新婦の理』と重なるというのを考えて入れ込んだのかもしれませんね」。もはや28年前の「絡新婦の理」の内容はすっかり忘れました。そんな部分がありましたっけ?

「ロボット・ドリームズ」

 1980年代のニューヨークを舞台にドッグとロボットの関係を描いたアニメーション。ドッグとロボットの関係は予告編では“友情”“友だち”となっていますが、終盤の切ない展開を見ると、むしろこれは強い愛情だろうと思います。ロボットに性別はありませんから、男女の愛とも同性の愛とも言えないんですが、両者が深く結びついたパートナーだったことは確か。この一匹と一体の不運で哀しい別れを経た後に描かれるエピソードは「パスト ライブス 再会」(2023年、セリーヌ・ソン監督)の主人公たちのような人生のままならなさ、厳しさを感じさせました。このあたりの深みが広く評価されている要因だと思います。

 ニューヨークで孤独に暮らすドッグはテレビCMに心を動かされ、友達ロボットを注文する。届いたロボットを組み立て、ドッグとロボットはセントラルパークやエンパイア・ステート・ビルなどニューヨークの名所を巡りながら絆を深めていく。しかし夏の終わり、海水浴を楽しんだ際にロボットは砂浜で錆びて動けなくなる。ロボットはとても重いので、ドッグだけでは運ぶことさえできない。しかもビーチは翌年まで閉鎖されてしまう。ドッグとロボットは離ればなれになり、翌年6月の海開きでの再会を心待ちにしながらそれぞれの時間を過ごすことになる。

 原作はサラ・バロンのグラフィック・ノベル。これを基にスペインのパブロ・ベルヘル監督が映画化しました。絵自体は素朴な2Dですが、映画にはセリフが一切ないにもかかわらず、情感がこもっています(原作にもセリフはないそうです)。パンフレットによると、この映画の視覚スタイルは「リーニュ・クレール」という技法を取り入れており、このスタイルは「大きさが均一でシンプルな輪郭線と陰影を排した均一でフラットな色使い」を特徴としているそうです。

 初めてアニメを監督したベルヘルが成功を収めたのは実写で培ったストーリーテリングと描写の技術が生きたからなのでしょう。ベルヘル監督はこの映画について「愛する人々を失うことへの葛藤、そしてそれを受け入れ、乗り越える過程を描いて」いると話しています。

 アース・ウインド&ファイアーの名曲「セプテンバー」(1978年)は「最強のふたり」(2011年、エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ監督)では気分を上げる曲として流れて印象的でしたが、この映画では切ない気分も増幅しています。「9月21日の夜を覚えているかい?」という歌詞が、「幸福に過ごしたあの夏を覚えているかい?」という意味に通じるからです。

 映画で描かれるニューヨークには擬人化した動物たちだけが住んでいて、テレビアニメ「オッドタクシー」(2021年)を思わせる設定でした。ベルヘル監督はニューヨーク大学映画学科修士課程で学び、ニューヨーク・フィルム・アカデミーで教鞭を執っていたそうです。ニューヨークは思い入れのある街なのでしょう。
IMDb7.6、メタスコア87点、ロッテントマト98%。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午後)1時間42分。

「雨の中の慾情」

 つげ義春の短編漫画を「岬の兄妹」(2018年)「さがす」(2022年)の片山慎三監督が映画化。公式サイトによると、表題作のほか、「夏の思いで」「池袋百点会」「隣りの女」の要素も入っているそうです。この4編を収録したちくま文庫の「つげ義春コレクション」2冊(「ねじ式/夜が掴む」「大場電気鍍金工業所/やもり」)を買って読んでみました。

 表題作は映画の冒頭にあるシーンで、どしゃ降りの雨の中、バス停で出会った男女の泥まみれの交わりをほぼ原作通りに描いています。他の3編も映画は原作通りに描いていますが、全体の構成が面白く、現実と夢、回想、妄想を組み合わせたような作りになっています。後半に戦場シーンが出てくると聞いていたので、どう繋ぐのかと思ったら、なるほどと思いました。ダルトン・トランボ「ジョニーは戦場へ行った」(1971年)のようなシチュエーションに主人公はいるのでした。

 ただ、現実と回想が明確に分かれた「ジョニー…」ほどシンプルな作りではなく、各エピソードが絡まり合って迷宮のような雰囲気を醸しています。こうした作り、かなり好みです。主人公の義男(成田凌)がたどるのは福子(中村映里子)という女性との性愛が絡んでいますが、死に瀕した若い男の意識にそうしたエロスが出てくるのは不自然ではないでしょう。

 撮影は台湾で行ったとのこと。戦場シーンを除いて舞台は日本の設定ですが、無国籍な雰囲気が漂うのは台湾の風景が影響しているためでしょう。
▼観客4人(公開13日目の午前)2時間12分。

「動物界」

 さまざまな動物に変異する奇病が蔓延している近未来を描くフランス映画。設定はSFなんですが、サスペンスやスリラータッチの内容になっています。SFファンとしてはそのあたりが不満で、こういう病気が蔓延する大きな理由が欲しいところです。

 完全に動物に変異してしまえば、本人も周囲もなんてことはないんですが、半分人間で半分動物という途中の形態が化け物じみているのがやっかいです。彼らは“新生物”として人間から差別・迫害・拘束されることになります。こうした描写で、脅威なのは新生物ではなく人間の方であるということを言いたいのは明らか。このシチュエーションはさまざまな比喩になっていますが、分かりやすすぎるきらいがありますね。監督・脚本はトマ・カイエ。
IMDb6.7、メタスコア69点、ロッテントマト83%。
▼観客4人(公開5日目の午後)2時間8分。

「ホワイトバード はじまりのワンダー」

 「ワンダー 君は太陽」(2017年、スティーブン・チョボスキー監督)の問題児ジュリアン(ブライス・ガイザー)の祖母サラ(ヘレン・ミレン)がナチス占領下のフランスで体験した出来事を描くドラマ。原作はR・J・パラシオがジュリアンの救済を主軸に書いた小説で、児童文学「ワンダー」のアナザーストーリーだそうです。

 1942年、ナチス占領下のフランスでユダヤ人のサラ(アリエラ・グレイザー)と彼女の両親に危険が近づいていた。サラの学校にナチスが来てユダヤ人生徒を連行するが、サラは同じクラスのジュリアン(オーランド・シュワート)に助けられ、彼の家の納屋に匿われる。ジュリアンはポリオに罹って、足が不自由なためクラスでいじめられていた。サラはそれまでジュリアンに関心がなく、名前すら知らなかったが、ジュリアンと彼の両親は危険を承知の上でサラを守る。サラとジュリアンの絆が深まる中、終戦が近いというニュースが流れる。

 序盤の緊迫した展開に比べて、納屋に隠れて過ごすシーンが長すぎるように思えました。ただ、不当な迫害に立ち向かう勇気と優しさの重要性はいつの時代にも通用するものです。主人公の年齢から見ても、基本的には15、6歳までが対象の作品と思いますが、大人が見ても面白いです。監督は「オットーという男」(2022年)のマーク・フォースター。
IMDb7.3、メタスコア54点、ロッテントマト74%。
▼観客4人(公開7日目の午後)2時間1分。

「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」

 テレビアニメにもなっている廣嶋玲子の児童小説の映画化。「ホワイトバード はじまりのワンダー」よりさらに低い年齢層を主な対象にした作品ですが、劇場に子供を連れて来た親が見ても楽しめる作品になっています。

 さまざまな願いを叶える銭天堂の駄菓子は「ドラえもん」の四次元ポケットから出てくる道具みたいなものですね。その銭天堂の女主人・紅子役に頬と体を膨らませた天海祐希、紅子を敵視する「たたりめ堂」の主人よどみ役を青い髪の上白石萌音が上目がちに「ひひひ」と不気味に演じています。「ドラえもん」同様にシリーズ化できる内容だと思いました。続編は「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂 よどみの逆襲」とかになるはず?

 共演は大橋和也、伊原六花、伊礼姫奈ら。監督は「リング」シリーズなどホラーが多い中田秀夫。脚本は「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」「ブルーピリオド」「きみの色」に続いて今年4作目となる吉田玲子。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)1時間44分。