2024/12/29(日)「どうすればよかったか?」ほか(12月第4週のレビュー)

 TBSラジオ「アフター6ジャンクション2」で毎年恒例のシネマランキングを特集していました。「チャレンジャーズ」(ルカ・グァダニーノ監督)を1位に推すゲストが何人かいて、お気に入りに入れっぱなしだったのを思い出し、配信で見ました。

 テニス選手タシ・ダンカン(ゼンデイヤ)が親友同士の男子テニス選手2人(ジョシュ・オコナー、マイク・フェイスト)を愛するという女1男2のラブストーリー。ゼンデイヤはテニス選手としてはスリムすぎる感じもありますが、ひ弱さはなく、抜群のスタイルの良さと相まって有無を言わさない魅力がありますね。男2人が同性愛的な関係なのがグァダニーノの映画らしいところです。アングルとカメラワーク、音楽の使い方が斬新で、グァダニーノのセンスの良さを感じさせる作品になっています。amazonプライムビデオで見放題配信しています。
IMDb7.1、メタスコア82点、ロッテントマト88%。

「どうすればよかったか?」

 統合失調症を発症した姉と、姉を病気と認めず、自宅に閉じ込めた両親を息子(藤野知明監督)が20年間にわたって撮影したドキュメンタリー。タイトルの答えは「十分な治療を受けさせた方が良かった」だと思いますが、息子の問いに対して老いた父親はそうは答えません。自分が行ってきたことを晩年になって間違いだと認めることは自分の人生を否定するようなものなので考えを改めることは難しいでしょう。撮影期間が長期に及んだため、映画は統合失調症よりも家族がテーマの中心になったように思えました。ある家族の不幸な選択とその後を詳細に追った映画と言えます。

 精神障害者などを自宅の座敷牢や蔵の中に閉じ込める行為は小説や映画で(特にホラーで)描かれてきました(私宅監置と言い、1950年に廃止されるまで精神病者監護法で合法だったそうです)。それができるのは裕福な家でしょう。この映画に登場する北海道の家族は両親とも医師で研究者、姉も医学部に4年かけて合格した優秀な一家(監督は北大農学部)。家自体も大きくて立派です。姉は座敷牢のような部屋に監禁されていたわけではなく、自宅から出られない状態に置かれていただけですが、それでも適切な治療を受けていれば、違った人生があったのではないかと想像できます。

 才媛という言葉がふさわしい容姿だったのに、意味不明のことをしゃべり、怒鳴り、両親が対応に苦慮する様子は見ていてつらいです。母親に認知症の症状が現れた後、父親はようやく娘を入院させますが、最初の症状から25年もたっていました。退院して自宅に帰った後、50歳を過ぎた姉の頭には白髪が目立つようになります。長い時の流れを感じさせ、蕭然とした気持ちにならざるを得ません。

 親に子供の人生を奪う権利はありませんし、生き方を決める権利もありません。一般的に子供のためを思って行うことが、本当に子供のためになっているかと言えば、そうではないケースも多いでしょう。両親は娘を病気と思っていませんが、パンフレットによると、姉自身、自分を病気と認めていなかったそうです。監督が両親を厳しく責めているわけではないことが、この映画をつらいだけではなく、時折ユーモアを感じる温かさを持った作品にしています。

 常時カメラを向けられることで家族が撮影されることに慣れてくるのは「ぼけますから、よろしくお願いします。」(2018年、信友直子監督)と同じで、カメラの前で本音を話すことができるのもこのためでしょう。家族でなければできない撮影の仕方です。監督は「統合失調症の対応の仕方としては失敗例」としていますが、だからこそフィルムに閉じ込めたままではなく、広く公開した意義は大きいと思います。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午後)1時間41分。

「大きな家」

 東京の児童養護施設で暮らす子どもたちに密着したドキュメンタリー。この作品もまた撮影対象から信頼を得ないと、成立しないでしょう。

 入所者は18歳になり、自立のめどがつくと、施設を退所しなければいけません。撮影対象が幼児から徐々に上がっていく構成は自立の時期が近づくにつれて子供たちがどう変わっていくかを見せることになります。映画はそうした子供たちの生活と考え方を見せますが、なぜ施設に入ることになったのかなど身の上には一切触れていません。「大きな家」のタイトルとは裏腹に、子供たちは施設を家とも家族とも思っていません。会いに来ない母親を慕う子供が多いことに胸が痛みます。

 日本には親と離れて社会的養護の下で暮らす子供たちが4万2000人いるそうです。親と会えない寂しさの代わりにはなりませんが、せめて経済的な支援はもっと必要なのではないかと思います。見ていてほっとしたのは退所する女性の中に明るく朗らかな子がいたこと。一人暮らしになると、大変なことも多いでしょうが、明るさを失わずに頑張ってほしいと思います。

 監督は「14歳の栞」(2021年)、「MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」(2022年)の竹林亮。この映画も「14歳の栞」同様、パッケージ化と配信はしない方針だそうです。
▼観客10人ぐらい(公開2日目の午前)2時間3分。

「ドリーム・シナリオ」

 平凡な大学教授ポール・マシューズ(ニコラス・ケイジ)が何百万人もの人の夢に現れるようになり、悪夢のような事態に巻き込まれる姿を描いた作品。

 夢の中にはただ現れるだけで何もしないので、当初はメディアに取り上げられ、一躍有名になりますが、そのうち夢の中で人を襲うようになり、一気に嫌われてしまいます。なぜ夢に出てくるのか一切説明がないのが不条理的な面白さでもあり、物足りなさでもあるなと思います。

 知らない人にまで自分のことが知られているという序盤は筒井康隆「おれに関する噂」を彷彿させる部分もありました。監督は「シック・オブ・マイセルフ」(2022年)のクリストファー・ボルグリ。この映画でニコラス・ケイジはゴールデングローブ賞コメディ・ミュージカル部門の主演男優賞にノミネートされました。
IMDb6.9、メタスコア74点、ロッテントマト91%。
▼観客6人(公開7日目の午後)1時間41分。

「私にふさわしいホテル」

 柚木麻子の同名小説を堤幸彦監督が映画化。大御所作家・東十条宗典(滝藤賢一)の酷評により、本が出せなくなり、不遇な日々を送っている新人作家・相田大樹こと中島加代子(のん)。文豪に愛された「山の上ホテル」に自腹で宿泊した際、東十条が泊まっていることを知り、復讐を兼ねて東十条を策略に陥れ、文壇でのし上がろうとする、というコメディ。

 のんがおかしくて良いですし、クスクス笑える演出にも不備はないと思いますが、堤幸彦監督作品なら今年は「夏目アラタの結婚」の方が強力に好きです。東十条の娘役で髙石あかり、書店員で橋本愛が出演。

 エンドクレジットの後に橋本愛主演「早乙女カナコの場合は」という作品の速報が流れます。これ、のんが同じ役で出てくるのでスピンオフかと思ったんですが、原作(「早稲女、女、男」)は同じ柚木麻子であっても本作と直接の関係はなく、監督も矢崎仁司でした。2025年3月14日公開だそうです。
▼観客10人ぐらい(公開初日の午後)1時間39分。