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2024年08月25日の記事

2024/08/25(日)「ラストマイル」ほか(8月第4週のレビュー)

 10月にアニメ映画「がんばっていきまっしょい」が公開されますが、同じ原作の実写版映画(1998年、磯村一路監督)を僕は公開時に見逃しました。配信には見当たらなかったので、WOWOWから録画しておいたのを見ました。ボート競技に打ち込む愛媛の女子高生を描いた青春映画の佳作で、主演の田中麗奈の初々しさが良いですが、「え、これがキネ旬ベストテン3位?」という感じ。スマホやタブレットの小さな画面で見ると、感動も小さくなりがちではあるんですけどね。

「ラストマイル」

 座席が揺れるような大音響とともに描かれる爆発場面の迫力に圧倒されます。映画は宅配便で届いた荷物の開封で爆発する謎の連続爆破事件を描いていますが、爆弾の威力に比べて死者数が増えていかないなと序盤を見ながら思っていました。見終わってみれば、この死者数も脚本の意図を反映したものであることが分かります。

 物流現場のラストワンマイルを担う労働者の搾取と疲弊という社会派的視点を盛り込んだ野木亜紀子の脚本は何よりもエンタメとしての完成度がかなり高いです。特にミステリーとしてよく出来ていて、犯人像を含めた構成の見事さに感心させられました(犯人の隠し方は用意周到で、パンフレットの該当ページも閉じた作りになっています)。ネタバレを目にすることを徹底的に避け、1日も早く映画館で見ることを強くお勧めします。

 傑作ドラマ「アンナチュラル」(2018年)「MIU404」(2020年)とのシェアード・ユニバース・ムービーと喧伝されていて、確かに塚原あゆ子監督ら制作スタッフは「アベンジャーズ」(2012年、ジョス・ウェドン監督)のような作品を目指していたそうですが、2つのドラマのメンバーの出番が大きく割り当てられているわけではありません。それでもドラマを見ていた人には嬉しくなるような使い方であり、単なる顔見せ程度のゲスト出演でもありません。「アンナチュラル」のUDIラボの解剖医・三澄ミコト(石原さとみ)も、「MIU404」の四機捜の刑事・志摩(星野源)と伊吹(綾野剛)も犯人の手がかり解明に大きな役割を果たしています。UDIのもう一人の解剖医・中堂(井浦新)が「く…、く…」と言いよどむ理由(思わず笑ってしまいます)はドラマを見ていないと分かりません。

 伏線回収の見事さとか、恐らくキャリアベストと思える満島ひかりの演技とか、それをしっかりと受け止める岡田将生とか、隅々に至るまでの役者のキャラの描き分けのうまさとか、褒め始めると切りがありません。この作品、全体的にバランスの良さが突出しています。

 野木亜紀子は社会派テーマに力点を置けば、沖縄を舞台にした昨年放送の連続ドラマ「フェンス」(全5話、WOWOW)のような作品になるのでしょうが、あのドラマのクライマックス、警官の青木崇高が米軍の上官に暴行容疑者の引き渡しを必死に訴えるシーンの熱い感動も実はエンタメ的な描き方から生まれていました。観客を楽しませるツボを外さない、良い意味でのエンタメ気質に貫かれた人なのだと思います。年初の「カラオケ行こ!」(山下敦弘監督)とこの映画で今年の脚本賞は野木亜紀子に決まりでしょう。

 その野木亜紀子は塚原あゆ子監督の演出について、終盤のあるシーンを例に出し「すごいですよね!あのカットは震えます。最高!塚原あゆ子!」とインタビューで絶賛しています。塚原監督はスケールの大きな演出の一方で、無茶な要求に悩まされる配送会社の中間管理職・阿部サダヲや下請け配送業者の火野正平・宇野祥平親子の細やかな描き方でも冴えを見せています。

 10月期のTBS日曜劇場「海に眠るダイヤモンド」は野木亜紀子脚本、塚原あゆ子監督、新井順子プロデューサーというこの映画のチームが担当するとのこと。塚原監督はその後に「グランメゾン・パリ」、坂元裕二脚本の「1ST KISS ファーストキス」と公開予定の作品が続き、一気に売れっ子になった観があります。テレビドラマで長年積み上げてきた経験が今、花開いているのでしょう。
▼観客多数(公開初日の午後)2時間9分。

「箱男」

 安部公房の原作を石井岳龍監督が映画化。27年前にも日独合作で石井監督による映画化が企画されましたが、撮影開始前日に中止になったそうです。監督自身の説明によれば、日本側の資金の問題が理由だそうです。今回の映画は石井監督にとって長年の思いをこめた企画の実現ということになるのでしょう。

 映画は1960年代から70年代にかけてのアングラ・前衛映画を思わせる味わいがあり、中盤が分かりにくくなっています。寺山修司監督の「田園に死す」(1974年)を見た時に「ワケ分からないけど、このイメージの奔流はものすごい」と感じたことを思い出しました。「箱男」にはそこまでのイメージの奔流はありませんが、「見る見られる」の関係の逆転を描いた分かりやすいメッセージをラストに用意したことがこの映画の大きな美点になっていると思いました。

 主演の永瀬正敏、浅野忠信、佐藤浩市のベテラン俳優に交じって謎の女を演じる白本彩奈の頑張りが目立ちます。
▼観客5人(公開初日の午前)2時間。

「クレオの夏休み」

 父親とパリで暮らす6歳の女の子クレオ(ルイーズ・モーロワ=パンザニ)は乳母のグロリア(イルサ・モレノ・ゼーゴ)が大好きだったが、ある日、母親の死去に伴い、グロリアは故郷へ帰ることになる。夏休みを迎えたクレオはグロリアに会うため単身海を渡り、アフリカの島国カーボベルデへ向かう。

 物語はマリー・アマシュケリ監督の0歳から6歳まで世話になった乳母との体験を基にしているそうです。ドキュメントタッチでクレオとグロリアの関係を描きつつ、子どもの自分勝手で残酷で、でもそうなるのが仕方ない面もしっかり描いています。物語を構想する段階で監督がイメージしていたのは「メリー・ポピンズ」(1964年、ロバート・スティーブンソン監督)だったそうです。なるほど。
IMDb7.0、メタスコア81点、ロッテントマト100%。
▼観客3人(公開5日目の午後)1時間23分。

「大いなる不在」

 認知症の父親をリアルに演じる藤竜也が演技賞の候補になるのは必至。しかし、ミステリー的な興味で引っ張る物語と認知症という題材がうまく融合していないきらいがあります。端的に言えば、この映画で提示される謎のすべては認知症の父親から事情を聞けないことから生まれており、あまり上等な作りとは言えないからです。監督は「コンプリシティ 優しい共犯」(2018年)の近浦啓。
▼観客9人(公開7日目の午後)2時間13分。

「赤羽骨子のボディガード」

 つまらないだろうと予想して見ましたが、いやあ、個人的にはまずまず満足できる仕上がりでした。ボディガードを務めるラウールと出口夏希のおかしな関係は「俺物語!!」(2015年、河合勇人監督)の鈴木亮平と永野芽郁を思わせました。赤羽骨子の友人の高橋ひかるとアイパッチの敵役・土屋太鳳という主演級の2人が脇に回って存在感を見せ、特に一見こわもて、実は純情な土屋太鳳の役柄が良いですね。

 このほか、奥平大兼、倉悠貴、戸塚純貴、鳴海唯、長井短、木村昴など若手俳優が多数出ていて、それぞれにアクションをしっかり見せているのにも好感。アクションコーディネーターは「地獄の花園」(2021年、関和亮監督)、「Gメン」(2022年、瑠東東一郎監督)などの富田稔。監督は「変な家」の石川淳一。
▼観客30人ぐらい(公開20日目の午後)