2024/04/28(日)「パスト ライブス 再会」ほか(4月第4週のレビュー)

 前シリーズは見ていなかったんですが、ドラマ「おいハンサム!!2」(東海テレビ)がおかしくて毎回楽しく見ています。伊藤理佐のコミック「おいピータン!!」を中核原作として脚本化したそうですが、この脚色(山口雅俊)が良い出来。原作にはまったく設定がない夫婦(吉田鋼太郎、MEGUMI)と三姉妹(木南晴夏、佐久間由衣、武田玲奈)の騒動を描いたコメディにうまくまとめ上げ、コント集のような形で家族のドラマがゆるく展開していきます。同じく木南晴夏が三姉妹の長女を演じるドラマ「9ボーダー」(TBS)より面白いですね。前シリーズはNetflixやU-NEXTなどで配信中。6月には劇場版が公開予定です。

「パスト ライブス 再会」

 前半、24年前のソウルと12年前のパソコン画面での会話のシーンはフツーの出来。というよりほとんど退屈で、どこが良いのかまるで分かりませんでしたが、後半が見違えるほど素晴らしいです。3人の男女の微妙な心の内を繊細に詳細に豊穣に描き出して感心しまくりました。アカデミー脚本賞は「落下の解剖学」じゃなくて、この映画の方が良かったと思います。

 ソウルで暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソンはお互いに恋心を抱いていたが、ノラは家族とともにカナダに移住することになる。12年後、2人はオンラインで再会を果たすが、お互いを思いながらもすれ違う。さらに12年後、36歳のノラ(グレタ・リー)は作家のアーサー(ジョン・マガロ)と結婚して7年たち、ニューヨークに住んでいた。ヘソン(ユ・テオ)はそれを知りながら、ノラに会うためニューヨークにやって来る。

 ノラはいつも寝言を韓国語で言う、とアーサーが打ち明けます。だから自分も韓国語を勉強して少し話せるようになったわけですが、それでも国籍・民族の違いは夫婦間に厳としてあるのでしょう。そういう感じを持っているのに、ノラの初恋の人である韓国男性が訪ねてくるわけですから、「そのまま連れ去ってしまうのではないか」と心穏やかではいられなくなります。だからといって声を荒げるわけでもないアーサーはホントに良い男。その理性と自制はノラとヘソンにも備わっていて、だからこんなに見事な大人の物語になったのでしょう。

 帰国するためウーバーの配車を待つヘソンとノラのシーンからラストまでの描写が秀逸です。黙って見つめ合う2人の感情の高まりを感じさせるサスペンス。あと1、2秒、ウーバーの到着が遅れていたら、2人はキスしていたかもしれません。それは別れのキスではなく、始まりのキスになっていたはず。続く場面で、アパートの外の階段に座ってノラを待つアーサーを映し、駆け寄ってアーサーの腕の中で泣きじゃくるノラの場面まで文句のつけようのない描写。もう完璧というほかない作りでした。

 最後の場面をデイヴィッド・リーン監督の名作「逢びき」(1945年)と比較するレビューがあってなるほどと思いました。冒頭と終盤が呼応する構成も「逢びき」に似ていますから、セリーヌ・ソン監督は意識したのかもしれません。ただし、「逢びき」の夫は妻の行動を何も知らなかった設定でしたが、この映画では妻をよく知った上での描写になっているのが大きな違いです。グレタ・リーの飾らないファッションと自然な佇まいも含めて、脚本と演出と演技が奇跡的な効果を上げた傑作だと思います。
IMDb7.9、メタスコア94点、ロッテントマト95%。
▼観客多数(公開2日目の午後)1時間46分。

「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」

 1969年の若松プロを描いた「止められるか、俺たちを」(2018年、白石和彌監督)の続編。前作では脚本を担当した井上淳一監督によると、今回のタイトルは「映画に人生をジャックされた人たちの青春群像劇」を意味するそうです。

 1980年代、若松孝二が名古屋にオープンさせた映画館シネマスコーレと、そこで若松孝二に弟子入りする青年(井上監督)らの不器用な青春を描いています。80年代に流行した映画のタイトルや監督の実名、映画に関するエピソードがポンポン出てきて、そこでもう懐かしさ全開になるわけですが、ストーリーも若松プロの群像にかつての青春映画の味わいをまぶした展開が個人的にはツボりました。

 若松孝二を演じるのは前作と同じ井浦新ですが、今回の方がしゃべり方を似せてきた印象。シネマスコーレの支配人・木全役に東出昌大、若松監督に弟子入りする井上淳一役に杉田雷麟(らいる)。スコーレでアルバイトする金本法子(芋生悠)は実際にはオープンして10年ほどたってから関わってきたそうです。

 劇中で引用されている新藤兼人監督の言葉「人は誰でも一生に一度だけ傑作を書くことができる。それは自分自身を描くことだ」の通り、井上監督は自分自身のことも描いて傑作をものにしたと言えるでしょう。パンフレットとして販売されている公式ブックはA4判で100ページ以上あり、シナリオ決定稿も収録された読み応えのある内容となっています。
▼観客2人(公開初日の午後)1時間59分。

「戦雲 いくさふむ」

 軍事基地化が進む南西諸島の現状を描いたドキュメンタリー。監督は「沖縄スパイ戦史」(2018年、キネ旬文化映画ベストテン1位)などの三上智恵で、8年かけて取材したそうです。

 描かれるのは台湾有事に備えて与那国、宮古、石垣島と沖縄本島で急速に進む軍事要塞化です。有事の際に南西諸島の人たちは全島避難が想定され、避難先は九州各県とされています。だから他人事ではなく、興味深い内容ではあるんですが、少し長すぎると感じました。現状と住民の反対運動だけでなく、島の生活を描くことも狙いだったのは分かるんですが、結果的に鋭さを失った印象になっています。30分ほど短くしても良かったのではないでしょうか。

 映画に出てくる石垣島には15年ほど前に家族旅行で行きました。車で40分ぐらいで島の周囲をドライブできるほどの意外に小さな島です。そこに軍事基地ができたわけで、観光地としてはデメリットもあるんじゃないかと心配になります。
▼観客13人(公開6日目の午後)2時間12分。

「陰陽師0」

 平安時代の呪術師・安倍晴明(山崎賢人)が陰陽師になる前の事件を描く佐藤嗣麻子監督作品。陰陽師シリーズは夢枕獏が原作ですが、この物語は佐藤監督のオリジナルです。

 新味もひねりもないストーリーが致命的にダメで、奈緒と染谷将太の絡みのシーンなどはまるでお話にならないレベル。2人とも演技はうまいのに、このストーリーでは見せ場がなかったのでしょう。奈緒はこうしたお姫様役はあまり似合わないと思えました。VFXはまずまずでした。
▼観客30人ぐらい(公開7日目の午後)1時間53分。

「12日の殺人」

 「悪なき殺人」(2019年)のドミニク・モル監督作品で、実際に起きた女子大生焼殺事件を基にしたサスペンス。

 フランスの殺人事件の2割は未解決と冒頭の字幕に出ます。日本の場合、殺人事件の検挙率は90%以上らしいので、フランスは少し検挙率が低すぎます。映画で描かれる事件も未解決ですが、警察の捜査の仕方に問題があるとしか思えません。

 映画の出来自体はまずまずなんですが、未解決事件を描いた作品にはポン・ジュノ「殺人の追憶」(2004年)という偉大な作品がありますから、比較すると、分が悪くなりますね。
IMDb7.0、メタスコア81点、ロッテントマト94%。
▼観客8人(公開11日目の午後)1時間54分。

「シティーハンター」

 北条司の人気コミックのNetflixオリジナル映画化。予告編公開時にキャラの再現性が高いと言われていた通り、鈴木亮平の冴羽燎も森田望智の槇村香も木村文乃の野上冴子もイメージ通りで文句なしです。アクションも悪くありませんが、残念ながら話がイマイチ面白みに欠けます。

 映画にするより1時間のドラマシリーズにした方が良いのかもしれません。ちゃんと巨大ハンマーと、もっこりを出してくるのに感心。監督は佐藤祐市、脚本は三嶋龍朗(脚本協力に「夜を走る」の佐向大の名前がありました)。
IMDb6.5、ロッテントマト63%(観客スコアは89%)。