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2024年04月21日の記事

2024/04/21(日)「異人たち」ほか(4月第3週のレビュー)

 Filmarksの地上波ドラマの評価を見ると、4月スタートの作品では「アンメット ある脳外科医の日記」(カンテレ)とNHK朝ドラ「虎に翼」が4.2で現時点での最高点となっています。

 「アンメット」は原作コミック(子鹿ゆずる・作、大槻閑人・画)とは主人公を変えて、記憶が1日しか持たない脳外科医ミヤビ(杉咲花)を描いています。原作の主人公はアメリカ帰りの超一流の脳外科医・三瓶(若葉竜也)ですが、ミヤビは原作の主要キャラですし、三瓶との関係も物語の核になっていくようです。何よりミヤビのキャラはドラマティックかつ同情・共感を得やすいので、この脚色が成功の一因と思えました。

 記憶が1日しか持たないという設定は「50回目のファースト・キス」(2004年、ピーター・シーガル監督)とそのリメイク(2018年、福田雄一監督)や「今夜、世界からこの恋が消えても」(2022年、三木孝浩監督)などの先行作品がありますが、医療ドラマとの組み合わせはオリジナルなものですね。

「異人たち」

 山田太一の小説「異人たちとの夏」を「さざなみ」(2015年)のアンドリュー・ヘイ監督が映画化。同じ原作を最初に映画化した「異人たちとの夏」(1988年、大林宣彦監督)はキネ旬ベストテン3位で、主人公の両親を演じた片岡鶴太郎と秋吉久美子がともに助演賞を受賞しました。

 大林版はこの2人がとても良かったんですが、主人公(風間杜夫)と同じマンションに住み、愛し合うようになる名取裕子の描き方がいかにもホラーじみていて、マイナスの印象でした(名取裕子自身が悪かったわけではありません)。

 アンドリュー・ヘイはこの名取裕子の役を男に代えています。主人公アダム(アンドリュー・スコット)はロンドンのマンションに住む脚本家。このマンション、アダムともう一人しか住んでいないらしく、夜になると、ひっそりしています。ある夜、同じマンションの住人ハリー(ポール・メスカル)が酒を持って訪ねてきます。アダムは警戒して追い返したものの、お互いにゲイ(クィア)であることを察知し、次第に仲を深めていきます。同じ頃、アダムは死んだはずの両親と再会し、戸惑いながらも両親の温かさを忘れられず、何度も家に通うようになります。

 両親を演じるのはジェイミー・ベルとクレア・フォイ。大林版では両親の場面は明るい色調、名取裕子の場面は暗い色調で描いていましたが、アンドリュー・ヘイはそうした分かりやすい区別はしていません。両親の場面は大林版の方が優れていますが、マンション内の場面はこの映画の方が良いです。

 アダムとハリーはどちらも深い孤独にあり、それがゲイの範囲を超えて、観客の胸に届く要因になっています。ハリーの設定は原作とは異なるものに脚色したんじゃないかと途中まで思ってました。
IMDb7.7、メタスコア90点、ロッテントマト96%。
▼観客6人(公開初日の午前)1時間45分。

「貴公子」

 途中までどういう話かまるで分からないにもかかわらず、とても面白いという作品がミステリーにはいくつかあって、僕はアリステア・マクリーン「恐怖の関門」を真っ先に思い浮かべます(冒険小説ですけど)。この映画もそういう先行作品を参考に物語を組み立てたのでしょう。

 冒頭は凄腕の男があっという間に暴漢数人を殺してしまう場面。善悪も男の正体もまるで分かりません。続いて、フィリピンの若いボクサーが出てきます。韓国人の父親とフィリピン人の母親の間に生まれ、父親は韓国に帰ったという設定。こういうハーフをコピノといい、Wikpediaによると、2014年現在で3万人いるそうです(ちなみに日本人男性とフィリピン女性とのハーフはジャピーノと言い、2010年現在で10万人です)。

 そのボクサー、マルコ(カン・テジュ)は病気の母親を抱え、貧しい生活を送っています。そんなマルコのもとに「韓国にいる父親の使い」と称する男たちが現れ、マルコを韓国に連れて行き、父親に会わせようとします。それを妨害するのが冒頭に出てきた凄腕の男(キム・ソンホ)。男は執拗にマルコたちを追跡し、壮絶な攻防戦が展開されることになります。

 アクションが残虐すぎるのが好みではありませんが、語り口の工夫は良いと思いました。脚本・監督は「THE WITCH 魔女」シリーズのパク・フンジョン。シリーズ化できそうな話ですね。
IMDb6.9、ロッテントマト94%(アメリカでは限定公開)。
▼観客6人(公開7日目の午後)1時間58分。

「ゴースト・トロピック」

 ベルギーのバス・ドゥヴォス監督が「Here」(2023年)の前、2019年に撮った長編第3作。

 一日の仕事を終えた掃除婦のハディージャ(サーディア・ベンタイブ)は地下鉄の最終電車で眠りに落ちてしまう。終点で目覚めた彼女は家へ帰る方法を探すが、金がなく、タクシーには乗れず、歩いて帰るしかない。寒風吹きすさぶ真夜中のブリュッセルを彷徨い始めた彼女は、さまざまな人たちと出会う。

 「Here」の主人公と同様にハディージャも移民です。頭をヒジャブで覆っているのでイスラム教徒でしょう。情感豊かな描き方で、個人的には「Here」より面白く見ました。
IMDb6.4、メタスコア91点、ロッテントマト100%。
▼観客7人(公開5日目の午後)1時間24分。

「蛇の道」(1998年)

 6月公開の黒沢清監督「蛇の道」は1998年の同名作品の監督自身によるリメイク。旧作は元々オリジナルビデオとして企画されたようですが、劇場公開されていてキネ旬ベストテンでは47位でした。

 U-NEXTはさすがというべきか、旧作を配信開始しました。で、見ました。幼い娘を殺された宮下(香川照之)と、彼に手を貸す新島(哀川翔)の復讐を描いたバイオレンス・ドラマ。2人は事件に関係しているらしいある組織の幹部を拉致監禁し、拷問にも似たやり方で犯人の名前を吐かせようとします。まあ普通のドラマだなと思いながら見ていると、終盤で意外な真相が明らかになります。この真相がすべてで、いかにも高橋洋脚本らしく、黒沢清らしいものになっていました。

 これには同じ主人公の“オフビートドラマ”「蜘蛛の瞳」(1998年)があって、同じくU-NEXTが配信しています。キネ旬ベストテンではこちらの方が順位が上で33位でした。

 評価は「蛇の道」がKinenote72.2、映画.com2.6、Filmarks4.0。「蜘蛛の瞳」は67.6、3.4、4.0。

 新作の「蛇の道」はフランスが舞台で、予告編を見ると、柴咲コウがフランス語をしゃべって、不自然さがないのに驚きます。撮影前に特訓したんだとか。柴咲コウの役は旧作の哀川翔の役に当たるようです。