2015/04/11(土)「ソロモンの偽証 後篇・裁判」

 「口先だけの偽善者」。藤野涼子(藤野涼子)は柏木卓也(望月歩)からそう言われたことの負い目から学校内裁判を行うことになる。これは原作にはない設定で、涼子だけでなく、弁護士を務める神原和彦(板垣瑞生)もこの言葉に影響されており、映画を貫く1本の軸となっている。

 「前篇・事件」は三宅樹里(石井杏奈)と浅井松子(富田望生)に対する大出俊次(清水尋也)たちの暴力など描写の迫真性に優れ、永作博美や田畑智子、黒木華、市川実日子ら女優陣の踏ん張りが目立ち、中学生たちの演技のまっすぐさに心を動かされた。疑いようのない傑作だと思う。それを受けた「後篇・裁判」はいよいよ柏木卓也の死の真相が裁判によって明らかになる。映画の出来としては残念ながら前篇には及ばなかったというのが正直な感想だ。しかし、文庫で3000ページに及ぶ長大な原作の映画化として極端なダイジェストにはなっていず、異例にうまくいったのではないかと思う。藤野涼子をはじめとする中学生たちが良いためだろう。

 3000ページもありながら、原作はツルツル読める面白さだが、普通なら長くても上下2巻で終わりそうな物語展開だ。こんなに長くなったのはこれが詳細な描写とキャラクターの豊富なエピソードで成り立った物語だからだろう。キャラクターは端役に至るまで書き込まれている。特に第1部はスティーブン・キングとの類似を感じずにはいられなかった。宮部みゆきにはキングの「ファイアスターター」にインスパイアされた「クロスファイア」のような作品があるが、「ソロモンの偽証」は題材ではなくキングの手法を取り入れている。

 当然のことながら、映画は詳細な書き込みとエピソードを大幅に省略している。柏木卓也の死体の発見者である野田健一(前田航基)の家庭の事情をばっさりと切り、いくつかのエピソードを原作とは違うキャラクターにまとめている。しかし、骨格は原作から逸脱せず、テーマもそのままだ。うまい脚本だと思う。加えてオーディションで選んだ中学生たちの演技が実に良い。藤野涼子はまっすぐな視線と姿勢に好感が持て、初主演とは思えない堂々とした演技を見せる。板垣瑞生は裁判でのセリフ棒読みが少し気になるが、まあ裁判だから演技的な部分は残ってもおかしくはない、と好意的にとらえることはできる。リハーサルを繰り返し、演技を引き出した成島出監督に拍手を送りたい。

 後篇が前篇に比べて落ちるのは事件の真相に説得力を欠く部分があるからで、これは原作でも同様だ。原作では真相(犯人の動機)を詳細に描き込んであるのだけれど、それでも十分な説得力はないのだから、映画でできるわけがない。それでも原作と同様に満足感が残るのは出演者たちの好演によるところが大きいだろう。出番は少ないが、浅井松子の父親を演じる塚地武雅が温かい印象を残す。

2015/04/05(日)「アラバマ物語」

 ミステリマガジン5月号のコラムでオットー・ペンズラーがハーバー・リーの小説「アラバマ物語」(amazon)について、こう書いている。「おそらく史上最高に成功したミステリ小説で、出版から半世紀以上が経った今でも、アメリカで毎年五十万部近く売れている」。この小説を映画化した作品が黒人差別を描いた名作でグレゴリー・ペックがアカデミー主演男優賞を受賞したことは知っていたが、ミステリとは知らなかった。原作が毎年50万部も売れていることも知らなかった。ペンズラーのコラムは「アラバマ物語」の続編が出版されることを紹介したもので、続編の初版は200万部だそうだ。これほど売れ続けている小説の続編であれば、破格に多い初版も当然なのだろう。原作を読んでみたくなったが、その前に2年前にWOWOWから録画した映画(1962年製作、ロバート・マリガン監督)を見た。

 1932年のアラバマ州メイコムという小さな町が舞台。弁護士の父親アティカス(グレゴリー・ペック)と息子のジェム(フィリップ・アルフォード)、娘スカウト(メアリー・バダム)の家族が遭遇する事件を主人公スカウトの視点で描く。最初の1時間はメイコムの日常が描かれる。謎の隣人や貧しい白人家庭の子供のエピソードなどを描いた後、メインとなる事件、黒人青年による白人女性のレイプ事件の裁判が描かれる。公民権運動が盛んになった時代を反映した内容だ。

 長い法廷場面があるのでペンズラーがミステリに分類するのも分かるのだが、映画を見た限りでは南部の町とアメリカの正義を描いた作品で、ミステリの部分はそんなに大きくはない。法廷場面の印象は今のミステリに比べると、プリミティブだし、映画の作り自体もそれほどうまいとは思えなかった。IMDbの採点は8.4、ロッテン・トマトでは94%のレビュワーが肯定的評価をしているが、辛口の映画評論家として知られたロジャー・イーバートは星2つ半をつけ、それほど評価していない。

 ただし、裁判で陪審員が出す評決はショッキングだ。中学・高校生に人種差別と正義や理想を考えさせる上で、原作は最適のテキストなのだろう。

 原題は「To Kill a Mockingbird」。これが「アラバマ物語」というまったく内容を伝えない邦題になったのは公開当時、○○物語というタイトルの映画が流行ったためだろう。Wikipediaによると、メアリー・バダムはジョン・バダム監督の実妹とのこと。これがデビュー作となるロバート・デュバルは10年後に「ゴッドファーザー」で貫禄ある演技を見せるとは思えないナイーブな役柄を演じている。

2015/03/27(金)名刺管理アプリの下請け

 ポイント交換サイトPeXの名刺入力タイポというのをやってみた。これ何かと思ったら、無料の名刺管理アプリに使用するデータの入力だった。ユーザーから送られた名刺の画像を読み取って無料で入力してくれるサービスがいくつかあるが、その一つ。いわば人力OCRだ。人力で入力するのは大変だろうなあと思っていたが、こういう下請けの仕組みがあったわけか。

 名刺の画像は全部が表示されるわけではなく住所や肩書き、メールアドレス、URLなど部分的だ。名刺をそのまま表示して入力させると、個人情報保護の観点から問題なので一部にしているのだろう。30分ほどやってみた。入力できたのは52件で、その中には個人の名前はなかった。中には分かりにくい画像もあるが、入力自体は難しくない。ただ、旧字体はそのまま旧字体で入力しなくてはいけないので、手書き文字入力や文字パレットを使わなくてはいけない場合もあり、そういうのに当たると、文字を探すのに時間がかかる。入力結果はこれまた人力でチェックしているようで、間違いがなければ、1件につき1ポイントもらえる。

 52件入力して正解率は67%だったから、間違いが17件あったことになる。この正解率は参加した20,257人中10,016位だそうだ。PeXのポイントは1ポイントがだいたい0.1円。1万件入力しても1000円にしかならない。内職、という言葉が頭に浮かんだ。ぼくの場合は30分の作業で3.5円の収益、つまり時給7円ということになる。けっこう集中力も必要なので労働の対価としてはバカバカしくてやってられない。暇な時間にゲーム感覚でちょこっとやるぐらいなら良いかもしれない(その後、2回入力してみたら、正解率91%に上がった。だんだん上達してくるものだなあ)。

 参加者が2万人と言うと、多いように思えるが、こうしたポイントサイトのゲーム(すごろくゲームがよくありますね。あれ作ってるのは全部同じ会社ではないかと思う)では毎週10万人以上が参加しているのが普通だ。ゲームならもっと短い時間で楽にポイントが稼げる。1件当たり5~10ポイントにしないと、参加者の増加は望めないし、本気で取り組む人も増えないのではないかと思う。

2015/03/19(木)「アニマル・レスキュー」

 デニス・ルヘインの新作「ザ・ドロップ」の元になった短編でミステリマガジン2012年1月号に掲載された。この短編は「The Drop」のタイトルで映画化されており、それをルヘイン自身がノベライズしたのが「ザ・ドロップ」になるそうだ(【今週はこれを読め! ミステリー編】『ザ・ドロップ』に犯罪小説の真髄を見た!)。

 原作者本人が自分の原作の映画化作品をノベライズした例としては梶尾真治「クロノス・ジョウンターの伝説」→「この胸いっぱいの愛を」があるが、珍しい部類だ。

 短編「アニマル・レスキュー」はけがをした犬を拾った男の物語。ミステリマガジンで21ページだから、文庫にすると40ページぐらいになるだろうか。意外性があり、しっかりした短編という感じだ。ルヘインは犬好きらしい。

 IMDbで調べると、映画「The Drop」の評価は7.1、ロッテン・トマトでは89%のレビュアーが支持している。監督はベルギー出身のミヒャエル・R・ロスカム。脚本もルヘインが書いている。主演はトム・ハーディ、ノーミ・ラパス。アメリカでは2014年9月に公開された。無名の監督、地味なキャストなので日本での劇場公開は難しいだろう。DVD出してくれないかな。

2015/03/08(日)「ソロモンの偽証 前篇・事件」

 雪のクリスマス。学校内で男子生徒の死体が見つかる。いったんは事故死と断定されたが、関係者に事件を目撃したとの告発状が届く。生徒を殺したのは同じ学校の男子生徒3人だという。

 宮部みゆきの原作は「事件」「決意」「法廷」の3冊(文庫は6冊)だが、映画は「事件」「裁判」の2作。原作は未読だが、長大な原作の映画化作品がダイジェストになるのは仕方ないだろう。映画を見て感心したのは俳優たちの演技で、黒木華、永作博美、田畑智子らが生徒役の子供たちをしっかりと支えている。主演の藤野涼子は役名でデビューした新人(役名でデビューと言えば、「若者たち」の佐藤オリエあたりが最初だろうが、僕らの年代では「愛と誠」の早乙女愛なども思い出す)だが、これまで通行人しかやってなかったとは思えないぐらい好演している。

 成島出監督の演出は緊密でリアルな暴力描写などに重たい質感がある。しかし当然のこととは言え、事件が解決しないのでフラストレーションはたまる。1カ月後の後篇を楽しみに待ちたい。