2024/02/25(日)「コヴェナント 約束の救出」ほか(2月第4週のレビュー)

 中国映画「少年の君」(2019年)のデレク・ツァン監督のデビュー作「ソウルメイト 七月と安生」(2016年)が韓国映画「ソウルメイト」(ミン・ヨングン監督)としてリメイクされ、全国的に公開が始まってます。オリジナルの方を見ていなかったのでU-NEXTで見ました。

 七月(チーユエ)と安生(アンシェン)の女性二人の友情物語。裕福な優等生である七月(マー・スーチュン)と貧しい家の安生(「少年の君」のチョウ・ドンユイ)は13歳の時に知り合い、友情を深めますが、七月と相思相愛だった家明=ジアミン=(トビー・リー)を巡って三角関係のような様相を呈し、時に憎しみ合うことになります。

 と書くと、容易に予想できそうな内容かと思いますが、物語は観客の予想をことごとく外してきます。これはこういうことだなと思える描写が決してそうはならず、まったく反対の意味だったりします。デビュー作だけに脚本に力を入れたのでしょう。感心しました。

 描写にリリシズムやロマンティシズムがあるのも美点で、岩井俊二の映画のようだと思ったら、エンドクレジットに岩井俊二への謝辞がありました。「花とアリス」(2004年)などに影響を受けているようです。しかし、脚本の凝りようは岩井俊二以上ですね。

 評価はオリジナルがIMDb7.3、ロッテントマト100%。リメイクはIMDb7.4、ロッテントマト95%(観客のスコア)。
 「ソウルメイト 七月と安生」はamazonプライムビデオとHuluでも配信されています。

「コヴェナント 約束の救出」

 アフガニスタンに従軍した米軍の曹長と、その危機を救った現地人通訳をめぐるガイ・リッチー監督作品。演出も演技も申し分なく、これが実話でなかったら、褒めるところですが、その気になれないのは主人公がよく知る通訳だけを助けることに複雑な思いが残るからです。

 2018年、アフガニスタンでタリバンの兵器工場を捜索する部隊を率いる米軍のジョン・キンリー曹長(ジェイク・ギレンホール)は通訳としてアーメッド(ダール・サリム)を雇う。通訳にはアメリカへの移住ビザが約束されていた。部隊は爆発物製造工場を突き止めるが、タリバンの攻撃を受けて壊滅。生き延びたキンリーとアーメッドは100キロ離れた米軍基地を目指すが、途中でキンリーが銃撃を受けて重傷を負う。アーメッドはキンリーを手押し車に乗せ、タリバンの追撃をかわしながら、険しい山道を踏破する。回復したキンリーはアメリカへ帰るが、アーメッドと家族の渡米は叶わず、行方不明となった。キンリーはアーメッドとの約束を果たすため、アフガニスタンへ向かう。

 映画のラストに、アフガニスタンから米軍が撤退してタリバンが政権を取った後、米軍に協力した300人以上の通訳とその家族が殺され、数千人が身を隠している、という字幕が出ます。なぜ米軍はそういう人たちを見捨てて撤退したのか、助けるべきではなかったのかとの思いを強くします。一人の通訳とその家族を助けたところで、他を見捨てた免罪符にはならないでしょう。

 クライマックス、主人公たちが危機一髪のところに米軍の飛行機とヘリが来て、タリバン兵たちをバタバタ撃ち殺す場面も気分がよくはありません。ベトナム戦争関連映画でもベトナム兵はこういう風に、非人間的な描き方をされていました。

 アメリカ人と現地人通訳を描いた作品としてはカンボジアを舞台にした「キリング・フィールド」(1985年、ローランド・ジョフィ監督)がありますが、現地の人の扱いに関してアメリカ映画はあの頃からほとんど変わっていないようです。
IMDb7.5、メタスコア63点、ロッテントマト83%。
▼観客14人(公開初日の午前)2時間3分。

「スイッチ 人生最高の贈り物」

 韓国のトップスターが売れない役者兼マネージャーと立場が入れ替わってしまうファンタジー。

 富と名声を手にしているパク・ガン(クォン・サンウ)は数年前に恋人スヒョン(イ・ミンジョン)と別れ、高級マンションに一人暮らし。クリスマスイブの夜、不思議なタクシーに乗ったガンは翌朝目覚めると、スヒョンが隣に寝ていて、2人の子供もいた。しかも自分は小劇場の売れない役者で、マネージャーのチョ・ユン(オ・ジョンセ)が大スターになっていた。

 よくあるクリスマス・ストーリーと同様のプロットで、「素晴らしき哉、人生!」(1946年、フランク・キャプラ監督)や「大逆転」 (1983年、ジョン・ランディス監督)を思わせます。主人公が家庭の温かさを知って、普通の平凡な生活を大事にしたいと思うようになるという展開は予想がつきます。ただ、そうした当たり前のことを改めて考えさせるのはクリスマス・ストーリーとしての役目を十分に果たしているということでもあるでしょう。監督はマ・デユン。監督作が日本で公開されるのは初めてのようです。

 IMDbによると、この映画、「天使のくれた時間」(2000年、ブレット・ラトナー監督)のリメイクとのこと。見ていなかったのでU-NEXTで見ました。ニコラス・ケイジとティア・レオーニ主演。IMDb6.8、メタスコア42点、ロッテントマト53%と評価は振るわず、そのためもあってこれまで見ていなかったんですが、いやあ、これも悪くないと思いました。ティア・レオーニがとても美しくて優しくて、主人公がレオーニとともに生きる人生を選ぶことに納得できました。
「スイッチ 人生最高の贈り物」の評価はIMDb6.8(アメリカでは未公開)。
▼観客2人(公開19日目の午後)1時間52分。

「梟 フクロウ」

 朝鮮王朝時代に実際にあった怪死事件を基にしたサスペンス。盲目の天才鍼医ギョンス(リュ・ジュンヨル)はその腕を買われ宮廷で働くことになる。ある夜、ギョンスは世子(せいし=王の子)が王医の治療の末に死ぬのを目撃する。死因は感染症とされたが、ギョンスは王医が毒殺したのでは、との疑いを持つ。証拠を探したギョンスは逃げる途中を王医に目撃される。ギョンスは保身と世子の死の真相を暴くために奔走することになる。

 予告編ではミステリーなのかなと思ってましたが、実行犯は分かっており、王宮の陰謀を巡るサスペンスになってました。前半にギョンスと世子が心を通わせる場面を描いているのがうまく、後半の展開に効果を上げています。タイトルの「フクロウ」の意味は世子との関係の中で明らかになります。監督はアン・テジン。これが初監督作品だそうですが、上々の出来だと思います。
IMDb6.7、ロッテントマト80%(観客スコア)アメリカでは未公開。
▼観客多数(公開11日目の午前)1時間58分。

「ネクスト・ゴール・ウィンズ」

 サッカーの2002ワールドカップ・オセアニア予選でオーストラリアに史上最悪0-31で惨敗したアメリカ領サモアがオランダ人の新監督を迎えて奇跡的な1勝を果たすまでを描いた実話ベースの作品。チームを導いたトーマス・ロンゲン監督を演じるのはマイケル・ファスビンダー。

 ポンコツチームの勝利を描いた作品は「がんばれ!ベアーズ」(1976年、マイケル・リッチー監督)など多数あり、どれも同じようなパターンとなっています。この作品もそのパターンに沿っただけの平凡な出来。出演もしているタイカ・ワイティティ監督(「ジョジョ・ラビット」)はサッカーに詳しくないか(興味がないか)、手を抜いたとしか思えません。

 映画の基になったドキュメンタリー「ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦」(2014年、マイク・ブレット、スティーブ・ジェイミソン監督)はU-NEXT(見放題)やamazonプライムビデオ(100円)で配信されています。

 劇映画版がIMDb6.5、メタスコア44点、ロッテントマト45%と低評価なのに対して、ドキュメンタリーの評価は高く、IMDb7.8、メタスコア71点、ロッテントマト100%となっています。

 で、見ました。傑作です。しっかりスポーツ・ドキュメンタリーです。驚いたのはワールドカップ予選で勝ったトンガ戦の試合展開が劇映画とは異なること。劇映画では1-1の後、決勝点を奪って勝ちますが、実際には2点を先制した後、1点差に迫られ、なんとか逃げ切って勝つ展開でした。いくら劇映画であろうと、試合展開に嘘を入れるのはどうかと思います。何やってんだ、ワイティティ。
▼観客8人(公開初日の午前)1時間44分。

2024/02/04(日)「罪と悪」ほか(2月第1週のレビュー)

「罪と悪」

 小さな町を舞台に、20年前の事件と現在の事件が絡み合うサスペンス。発想の基にはクリント・イーストウッド監督「ミスティック・リバー」(2003年、原作はデニス・ルヘイン)があったのだろうと思います。主人公が中学生時代のある事件を描いた序盤で「似ている」と感じ、終わりまで見て「かなり似ている」と思いました。

 仲の良かった4人の中学生の一人、正樹が殺された。晃、春、朔の3人は犯人と思えた男に詰め寄ってもみ合いになり、春が男を殺し、男の家に放火する。20年後、刑事となった晃(大東駿介)は異動で町に帰ってくる。春(高良健吾)は少年院に入った後、今は地元の建設会社を経営する傍ら、汚い仕事も請け負う半グレのような集団を率いていた。朔は父親と農業をしている。そして20年前、正樹の死体が見つかった川の中でまた一人の少年の死体が見つかった。

 「ミスティック・リバー」に似ているのは20年前、少年が性被害に遭うこと、成長した男たちの1人が刑事になり、1人が悪のグループを率いていることなどです。脚本も書いた齋藤勇起監督(1983年生まれ)は「遠い記憶の中でずっと引っかかっていた出来事から着想したオリジナルストーリーです」としていますが、これをオリジナルストーリーと言うにはプロットとキャラクターの設定が似すぎています。大東駿介を刑事役にしたのは「ミスティック・リバー」の刑事ケヴィン・ベーコンに顔の輪郭が似ているためじゃないかと思えてきます。

 それ以上に残念なのは脚本の語り方も演出もうまくないこと。殺人事件の被害者が持っていた財布の写真を見ただけで20年前の事件と結びつけ、上司もそれで分かってしまうなんて現実にはあり得ないでしょう。犯人の殺人の動機にも説得力がありません。ミステリー慣れしていない人の脚本と思えました。プロの脚本家に協力してもらった方が良かったと思います。

 齋藤監督は井筒和幸、岩井俊二、武正晴、廣木隆一監督などの作品で助監督を務め、最近では「笑いのカイブツ」の助監督をしています。これが監督第1作。
▼観客8人(公開初日の午前)1時間55分。

「ファースト・カウ」

 西部開拓時代のオレゴン州を舞台にしたケリー・ライカート監督作品。ライカートはこれまでに9本の長編映画を撮って高い評価を受けていますが、日本で劇場公開されるのはこれが初めてです。

 料理人クッキー(ジョン・マガロ)はビーバーの毛皮漁師のグループに入っていたが、仲間にはバカにされていた。そんな時、中国人移民のキング・ルー(オリオン・リー)と出会って意気投合する。2人は裕福な地主がこの地に初めて連れてきた雌牛からミルクを盗み、ドーナツ作って販売。ドーナツはおいしいと評判を呼び、買いたい人たちが毎日列を作るようになるが…。

 映画は現代のオレゴンの森の中で2体の白骨死体が発見される場面を冒頭に描いているので2人の運命は想像つくんですが、観客としては2人の成功を祈りたい気持ちになります。ライカートは不遇な2人が友情を育んで一攫千金を夢みる姿を、寄り添うようにじっくりと描いています。情感溢れるタッチが良いです。

 パンフレットでは参照したい関連作品として「真夜中のカーボーイ」(1969年、ジョン・シュレシンジャー監督)などを指摘していますが、僕は「さすらいのカウボーイ」(1971年、ピーター・フォンダ監督)など一連のアメリカン・ニューシネマを連想しました。

 ケイリー・ライカートの作品はU-NEXTが「米インディー映画界の星」として以前から特集しており、最新作の「ショーイング・アップ」(2023年)など6本を配信しています。
IMDb7.1、メタスコア90点、ロッテントマト96%。
▼観客7人(公開4日目の午後)2時間2分。

「劇場版 君と世界が終わる日に FINAL」

 感染するとゾンビのような化け物になるゴーレムウィルスが広がる世界でのサバイバルを描くテレビドラマの劇場版。日テレでシーズン1を放送した後、Huluでシーズン2~4を配信していますが、評価は高くなく、そんなに視聴者が多かったとも思えません。それなのに劇場版を作るとは、どんな勝算があったのか疑問です。その危惧通り、興行的には爆死状態だそうです。

 だいたい、「FINAL」と銘打ってるのにHuluでシーズン5を作る予定なのはいったいどうなってるんだか(まあ、FINALの理由はあるにはあるんですけどね)。

 などと思いながら見始めて序盤はまずまずじゃないかと思いましたが、中盤以降のドラマがありきたりすぎてオリジナリティーなさすぎて話になりません。ゾンビ映画のパターンはやり尽くされているので新機軸がかなり難しくなっているんです。ラストは悪くないと思いましたが、やっぱり過去に見たことのある設定でした。竹内涼真主演、ほかに高橋文哉、堀田真由、須賀健太、吉田鋼太郎など。監督は菅原伸太郎、脚本は丑尾健太郎。
▼観客4人(公開7日目の午後)1時間55分。

「ナイアド その決意は海を越える」

 キューバとフロリダ間のフロリダ海峡を泳いだマラソンスイマー、ダイアナ・ナイアドを描くNetflixオリジナル作品。ナイアドは2013年、64歳の時に5度目の挑戦で約177キロを泳ぎ切りました。サメ避けのケージは使わず、クラゲ避けのスーツとマスクを着けての達成。

 映画の中では40人の船の乗組員が立会人となって記録を達成したとされていますが、残念ながら英語版Wikipediaによると、「不完全な文書、矛盾する乗組員報告書、および水泳当時存在しなかった組織の規定により批准を拒否された。ギネス世界記録はナイアドの功績を取り消した」とあります。

 そうしたこととは別に決してあきらめないナイアドの頑張りに敬意を表したくなる内容になっています。ナイアドをアネット・ベニング、補佐する親友ボニーをジョディ・フォスターが演じ、アカデミー主演女優賞と助演女優賞にノミネートされました。2人ともすっぴんで演技していて、実年齢そのままの姿を見せています(ベニングは1958年、フォスターは1962年生まれ。老けメイクもやってるかもしれません)。女優根性というか、凄みを感じさせる演技でした。監督はアカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞した「フリーソロ」(2019年)のエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィとジミー・チン。
IMDb7.1、メタスコア64点、ロッテントマト86%。2時間1分。

「伯爵」

 アカデミー撮影賞ノミネートのNetflixオリジナル作品。フランス革命でマリー・アントワネットの処刑を目撃した吸血鬼ビノシュが海外に逃れ、チリにたどり着く。アウグスト・ピノチェトの名前で軍に入隊し、将軍に上り詰めた後、1973年にアジェンデ政権を倒し、独裁者となる。引退後、人里離れた農場に家族とともに住み、隠遁生活を送る。250年も生きてきたピノチェトは生きる意欲を失っていたが…。

 モノクロの緩いコメディー。監督は「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」(2016年)、「スペンサー ダイアナの決意」(2021年)のパブロ・ラライン。撮影賞ノミネートには納得しました。
IMDb6.4、メタスコア72点、ロッテントマト82%。