2024/01/28(日)「哀れなるものたち」ほか(1月第4週のレビュー)

 26日に始まった宮藤官九郎脚本のドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS系)は最初から爆笑しました。1986年と現代(昭和と令和)を結ぶ“意識低い系タイムスリップ・コメディ”で、コンプライアンスもハラスメントも知らない86年の風俗は今見ると、乱暴すぎて笑えます。

 職員室はもちろん、教室でもバスの中でもタバコをスパスパ吸う描写があり(僕は喫煙者でしたが、さすがにバスの中では吸いませんでした)、ブスだのハゲだの不適切用語も頻出するため、おことわりが二度出ました。主人公の体育教師役に阿部サダヲ。もう引退してしまうのかと思ってた河合優実がそのスケバン娘役で出ています。このほか、仲里依紗、磯村勇斗、吉田羊、中島歩など。途中でミュージカル風になる展開も面白く、視聴者サービスは意識高い系です。今期のドラマの本命はこれでしょう。

「哀れなるものたち」

 アカデミー賞11部門ノミネートのヨルゴス・ランティモス監督作品。原作はアラスター・グレイのゴシック小説。死んだ妊婦が自分の胎児の脳を移植されて蘇り、屋敷の外の世界に旅立つという物語。フランケンシュタインからイメージしたような前半に対して、性を通じて人間社会の真実を知るという後半は手塚治虫のコミックにもありそうな展開です。

 美術賞は確実と思える美しいセットや衣装の絢爛さはフェリーニ映画を思わせました。一方で「籠の中の乙女」(2009年)、「ロブスター」(2015年)などランティモス作品に特徴的なグロテスクさもあります。ただ、過去作に比べれば、抑制の効いた表現になっていて、全体的に芸術的な完成度が高くなった印象。このあたりは前作「女王陛下のお気に入り」(2018年)と共通するところです。

 天才外科医のゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)は飛び降り自殺した妊婦女性の胎児の脳を女性に移植し、蘇った女性にベラ(エマ・ストーン)と名づけて世話をする。大人の体に赤ちゃんの脳を持つベラは急速に知識を吸収。自慰を覚えてゴッドウィンから親離れし、弁護士のダンカン・ウェダバーン(マーク・ラファロ)とともにヨーロッパ横断の旅に出る。

 ゴッドウィンの屋敷には犬の体にアヒルの頭を移植された生き物がいたりして、いかにもランティモス作品だなと思いますが、これがラストへの伏線にもなっています。プロデューサーも兼ねたエマ・ストーンはよちよち歩きを表現したぎこちない歩き方で幼児の動きを表現。セックス三昧のシーンも多数ある映画を牽引する演技を見せています。個人的にあまりセクシーさを感じなかったのはベラの在り方が無垢で好奇心丸出しだからでしょう。ストーンは「ラ・ラ・ランド」(2016年、デイミアン・チャゼル監督)に続く二度目の主演女優賞の可能性もあるかなと思いました。

IMDb8.4、メタスコア87点、ロッテントマト93%。ヴェネチア国際映画祭金獅子賞。
▼観客10人(公開初日の午前)2時間22分。

「きっと、それは愛じゃない」

 ドキュメンタリー映画監督のゾーイ(リリー・ジェームズ)は隣家のパキスタン人で幼なじみの医師カズ(シャザド・ラティフ)が見合い結婚すると知って驚く。興味を持ったゾーイはカズの結婚までを撮影することにする。ゾーイ自身は男を見る目がなく、クズ男ばかりと付き合っていた。カズはオンラインでお見合いをして、結婚が決まる。そうなって初めてゾーイはカズへの思いに気づく。「人生は短いけど、悔やんで生きるには長すぎる」と結婚直前のカズに訴えるが、既に遅かった。

 先は読めるんですが、英国ワーキングタイトルの映画なので終盤の展開に工夫がありました。パキスタンの伝統や移民差別への言及もあり、悪くない出来と思います。監督は「エリザベス」(1998年)、「ニューヨーク、アイラブユー」(2008年)などのシェーカル・カプール。

IMDb6.3、メタスコア59点、ロッテントマト71%。
▼観客6人(公開12日目の午後)1時間49分。

「笑いのカイブツ」

 作家・構成作家のツチヤタカユキの私小説を映画化。主人公は笑いのネタを作ることに全集中し、テレビの大喜利番組や深夜ラジオに笑いのネタを投稿します。才能を認められてお笑い劇場の作家見習いになりますが、人間関係が不得意なキャラクターでバイトも長続きせず、生きづらい日々を送ることになります。実際のツチヤタカユキがどうかは分かりませんが、映画で岡山天音が演じたツチヤタカユキは発達障害、特にアスペルガー症候群のように見えました。

 こういう主人公を描いた映画があったっけと考えて、「シャイン」(1995年、スコット・ヒックス監督)を思い出しましたが、「シャイン」の主人公デイヴィッド・ヘルフゴット(演じたのはジェフリー・ラッシュ=アカデミー主演男優賞)は統合失調感情障害だったとのこと。ただ、発達障害が精神的な病気を併発することは知られていて、ヘルフゴットも発達障害だったのかもしれません。

 岡山天音はそうした主人公を実にリアルに演じています。主人公の周辺の松本穂香、菅田将暉、仲野太賀、片岡礼子もそれぞれに好演。ただ、重くて鬱な展開が続くので、それが評価の分かれ目になっているようです。実話に近い内容らしいので難しいんですが、控えめに再起を描いたラストは明確な希望を提示した方が良かったのではないかと思いました。

 滝本憲吾監督はこれが商業映画デビュー。脚本は滝本監督のほか、足立紳ら3人がクレジットされています。ツチヤの才能を認める漫才師(仲野太賀)のモデルはオードリーの若林正恭とのこと。
▼観客5人(公開6日目の午後)1時間56分。

「マエストロ その音楽と愛と」

 Netflixオリジナル作品。「ウエスト・サイド物語」などの作曲家・指揮者レナード・バーンスタインと妻フェリシアを描き、アカデミー作品賞など7部門にノミネートされました。ブラッドリー・クーパーが監督・主演を務め、フェリシア役をキャリー・マリガンが演じてともに主演賞ノミネート。バーンスタインの音楽よりも夫婦の愛を描いていて、浮気相手の若い男を家に連れてくるバーンスタインへの複雑な感情をキャリー・マリガンが繊細に演じています。終盤、ガンにかかったフェリシアの苦悩もリアルな表現をしていて主演女優賞ノミネートも納得です。

 バーンスタインの娘役でマヤ・ホーク(イーサン・ホークとユマ・サーマンの娘)が出ています。マヤは母親譲りの美貌で、「ストレンジャー・シングス」(Netflix)のシーズン3(2019年)からレギュラー、映画では昨年の「アステロイド・シティ」(ウェス・アンダーソン監督)などに出ていますが、主演級の作品もそろそろほしいところですね。
IMDb6.7、メタスコア77点、ロッテントマト80%。2時間9分。

「彼方に」

 アカデミー短編実写映画賞ノミネート。始まって数分であっけにとられるシーンあり。これは何も知らないで見た方が良いでしょう。ある出来事で失意のどん底にたたき落とされた男のその後(原題“The After”)を描いています。描写の丁寧さが良いです。ミサン・ハリマン監督はナイジェリア生まれのイギリス人写真家、起業家、社会活動家で映像作品の監督は初めて。
IMDb6.2。18分。

2024/01/21(日)「ゴールデンカムイ」ほか(1月第3週のレビュー)

 テレ東のドラマ「SHUT UP」の第6話「一夜の真実と性的同意」は実にタイムリーな内容でした。何がタイムリーかって、松本人志の性加害疑惑の根底に通じるからです。このドラマ、同じ大学寮に住む4人の貧しい女子大生の1人が妊娠し、中絶費用を稼ぐために3人がパパ活をしたことから悪意と不運の連鎖で危機に陥る物語。

 妊娠した女子大生は「自分が男のアパートに付いていったから」という負い目を感じていますが、性暴力を考える団体の代表と話し、「そうじゃない、性行為の同意なんてしていなかった」ことに気づきます。つまり、「ホテルのスイートで開く飲み会なんだから、そういうつもりで参加してるんだろ」という勝手な論理を振りかざす松本擁護者たちがいかに単細胞的考えなのかが分かるんですね。

 仁村紗和、片山友希、莉子、渡邉美穂の貧しい4人に加えて裕福な女子大生役で芋生悠。このキャスティングだけでも見る価値あると思いましたが、性暴力の本質を突くこのドラマの価値はそれ以上だと思います。
オープニングの「春に涙」↓

「ゴールデンカムイ」

 野田サトルのコミックの映画化。全31巻の原作のうち、今回映画化されたのは4巻の途中まで。このペースでいくと、あと7、8本作らないと終わりませんね。

 かなり忠実な映像化で、原作通り日露戦争の二〇三高地の苛烈な戦闘場面から幕を開け、北海道でアイヌの金塊をめぐる争奪戦を描いていきます。全体的にもう少し描写を引き締め、構成を緊密化した方が良いですが、悪くない映画化だと思いました。

 主人公の“不死身の杉元”(山崎賢人)は日露戦争後、北海道で砂金採りをしていた時に網走監獄の元囚人(マキタスポーツ)から金塊の話を聞きます。金塊はアイヌが密かに貯めた20貫(約80億円)で、その地図は脱走した囚人24人の体に暗号の刺青で彫られているとのこと。杉元は地図を求め、金塊に絡んで父親を殺されたアイヌの娘アシリパ(山田杏奈)とともに行動を開始します。これに鶴見中尉(玉木宏)配下の帝国陸軍第七師団、戊辰戦争で戦死したはずの新撰組の“鬼の副長”土方歳三(舘ひろし)の一味も加わり、三つ巴の争奪戦となります。

 原作のアシリパは13~14歳ぐらいに見える少女なので、山田杏奈では10歳ぐらい年長ですが、イメージを損なってはいません。玉木宏や舘ひろしの面構えも原作以上の貫録と凶悪さを感じさせて良いです。

 脚本の構成で原作と異なるのは杉元が金塊を狙う理由を最後に持って来たこと。これはうまいアレンジだと思いました。残念なのはCG(実写?)を組み合わせたにしても着ぐるみ感が目立つヒグマとの戦いで、「レヴェナント 蘇りし者」(2015年、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督)ぐらいの迫力が欲しかったところです。

 監督は「HiGH & LOW」シリーズの久保茂昭(「ハイロー」シリーズは2作目がアクションに見応えのある傑作でした)。アクション監督は「キングダム」シリーズなどの下村勇二。冒頭の二〇三高地の場面をはじめ、アクションシーンは原作より膨らませています。脚本は「キングダム」シリーズやドラマ「東京MER」などの黒岩勉。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)2時間8分。

「カラオケ行こ!」

 中学3年生の合唱部部長・岡聡実(齋藤潤)はヤクザの成田狂児(綾野剛)から歌のレッスンを頼まれる。狂児の所属する暴力団・祭林組ではカラオケ大会で最下位になると、組長(北村一輝)から“恐ろしい”罰を与えられるため、上達してビリを回避する必要があったのだ。狂児の持ち歌はX JAPANの「紅」。ビビっていた聡実はカラオケを通じて狂児と少しずつ交流を深めていく。

 和山やまのコミックを山下敦弘監督、野木亜紀子脚本で映画化。おかしくて何度も笑いましたし、よくまとまった映画と思います。ただ、終盤に意外にドラマティックな展開があるにしても、なんとなく物足りない思いが残りました。綾野剛は「花腐し」のボソボソしゃべる話し方より、こういう役柄の方が似合った感じがします。合唱部顧問の教師役・芳根京子はホントにピアノ弾いているのに感心。ピアノは特技とのこと。

 エンディングに流れるリトグリの合唱コラボの「紅」がとっても良くて、繰り返し聴いてます。「くーれなーいーに染ーまーった、こーのおーれーをー…」

▼観客10人(公開4日目の午後)1時間47分。

「ポトフ 美食家と料理人」

 「青いパパイヤの香り」(1993年)「第三夫人と髪飾り」(2018年)のトラン・アン・ユン監督作品。

 美食家ドダン(ブノワ・マジメル)と料理人ウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)は愛し合っていたが、自由を尊ぶウージェニーはドダンの求婚を断り続けていた。ユーラシア皇太子から晩餐会に招待されたドダンは豪華なだけでテーマもない大量の料理にうんざりする。食の真髄を示すべく、最もシンプルな料理ポトフで皇太子をもてなすとウージェニーに打ち明けるが、ウージェニーは病に倒れてしまう。

 序盤はずーっと、料理を作っているシーンで、ああこうやって料理人が作って美食家が食べて終わりの映画かと思いそうになりましたが、上記のようなストーリーがあります。映像の叙情性は良いんですが、個人的にはあまり興味を持てない内容でした。ビノシュは何歳なんだろうと思わず調べてしまうようなシーンあり(59歳でした)。
IMDb7.5、メタスコア83点、ロッテントマト99%(観客スコアは27%)。カンヌ国際映画祭監督賞。
▼観客11人(公開5日目の午後)2時間16分。

「コンクリート・ユートピア」

 大地震で壊滅したソウルで唯一崩落を逃れたマンションを舞台にしたドラマ。マンションには周辺の生存者たちが押し寄せ、殺傷、放火が起こり始める。住人たちはリーダーを決め、住人以外を遮断することにする。リーダーに選ばれたのは902号室のヨンタク(イ・ビョンホン)。マンションが安全で平和な“ユートピア”と化していくにつれ、ヨンタクは権勢を振るうようになる。

 ユートピアと言いつつ、ディストピア化するのは容易に予想できます。大災害に見舞われたのに行政の救出活動が一切ないのは不自然で、災害の規模も明確ではありません。狭い範囲での災害シミュレーションなのでしょうが、従来のドラマや映画で描かれた人間の醜さが繰り返されるだけで新味がないのがつらいところです。オム・テファ監督。
IMDb6.7、メタスコア73点、ロッテントマト100%。
▼観客10人(公開14日目の午後)2時間10分。