2023/07/02(日)「君は放課後インソムニア」ほか(7月第1週のレビュー)

 「君は放課後インソムニア」はオジロマコトの同名コミックを池田千尋監督が映画化。見ながら「青春映画の佳作」と思いましたが、見終わったら「青春映画の傑作」と言うこともやぶさかではないかな、と思い直しました。類型に落ちないキャラが良いです。

 お互いに不眠症(インソムニア)の高校生、曲伊咲(まがり・いさき=森七菜)と中見丸太(なかみ・がんた=奥平大兼)の2人が夜中に出かけ、巡回中の警察官から隠れる場面で、伊咲は中見の背中に頭をもたれ、トクントクンという心臓の音を聞きます。ははあ、ここは「吊り橋効果」を表した場面なんだなと早合点しましたが、実は伊咲は心臓に先天的な病気を持っていて、幼い頃に手術していたことが分かります。だから心臓の音が気になったわけです。

 原作の第4巻を読んだら、伊咲が「(中見の)そのドキドキを聴いて、わたしもドキドキしてた。あの日からずっと、中見はわたしの特別なんだよ」と告白する場面があったので、「吊り橋効果」も含まれているのかもしれません。

 この病気が伊咲の不眠症の原因で、明るい表面とは裏腹に不安に苛まれているのが不憫です。中見の不眠症の原因は幼い頃の体験で、それも胸に迫るものがあります。お互いの不安を解消することは無理でも緩和することはできるわけで、2人が惹かれ合っていくのはそうしたことがあるからでしょう。

 天文部OBの萩原みのりや顧問になる桜井ユキ、中見の父親・萩原聖人、伊咲の母・MEGUMIら2人の行動を見守ったり、反対したり、協力する周囲の大人たちもそれぞれに良く、主演の2人と同世代の若者たちだけでなく、その親世代にもアピールする作品だと思いました。的確なキャラと演出によって、この夏、記憶したい作品の1本になっています。1時間53分。
▼観客2人(公開5日目の午前)

「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」

 オープニングのナチス時代の大アクションから始まって、1960年代のアメリカへ。アポロ11号の帰還パレードをやっているので1969年なのでしょう。歴史を変える力を持つとされる「アンティキティラのダイヤル」の争奪戦はそれなりのスケールなんですが、スピルバーグから監督を引き継いだジェームズ・マンゴールドの演出はストーリーを消化するだけでメリハリに欠けます。

 何よりダメなのはユーモアに欠けていること。この監督、「フォードVSフェラーリ」(2019年)や「LOGAN ローガン」(2017年)など男っぽい作品は得意でも、インディシリーズのように軽妙さを含んだ作品はうまくないようです。要するにマンゴールドの資質に合っていず、ハリソン・フォードの相手役となるフィービー・ウォーラー・ブリッジの資質も生かされていません。ドラマ「キリング・イヴ」などの脚本でも評価されているブリッジを脚本参加させれば良かったのにと思います。第1作を思い出させるラストのエピソードは良かったです。2時間34分。
IMDb7.0、メタスコア58点、ロッテントマト66%。
▼観客多数(公開初日の午前)

「THE KILLER 暗殺者」

 「ジョン・ウィック」シリーズや「ベイビーわるきゅーれ」シリーズの影響が見える韓国製アクション映画。アクションの作りがこの2本によく似ていますが、残念ながら、どちらにも負けています。

 引退した最強の暗殺者ウィガン (チャン・ヒョク)は財テクで成功を収め、派手な生活を送っていた。友人と旅行に行く妻から友人の娘の女子高生ユンジ(イ・ソヨン)の面倒を見てほしいと頼まれる。そのユジンが人身売買を企む組織に拉致されてしまう。

 チャン・ヒョク自身の企画だそうで、ほぼ出ずっぱりでアクションを披露しています。アクションの切れは悪くありません。ただ、人身売買組織に攫われた少女の奪還を目指すストーリーは「96時間」(2008年、ピエール・モレル監督)に似ていて、もう少しオリジナリティーがほしいところ。いろんな映画の断片を寄せ集めただけの作品に思えました。チェ・ジェフン監督、1時間35分。
IMDb6.6、メタスコア53点、ロッテントマト82%。
▼観客10人(公開6日目の午後)

「青いカフタンの仕立て屋」

 「モロッコ、彼女たちの朝」(2019年)のマリヤム・トゥザニ監督の第2作。繊細な描写を重ねて徐々に物語の輪郭を明らかにしていく手法は前作と同じで、大変優れています。主演は前作でも主要キャストだったルブナ・アザバル。

 モロッコの海沿いの街サレでハリム(サーレフ・バクリ)とミナ(ルブナ・アザバル)は伝統衣装カフタンドレスの仕立て屋を営んでいる。夫を誰よりも理解し支えてきたミナは病に侵されて余命わずかだった。ある日、ユーセフ(アイユーブ・ミシウィ)という若い職人が現れる。ハリムはミナには隠しているが、同性愛者であり、ユーセフに惹かれていく。

 前作で描かれた未婚の母はモロッコではタブ-でしたが、今回の同性愛はタブーどころか違法であり、イスラム圏では激しい嫌悪の対象。ただ、モロッコの都市部では規制が緩やかなようで、公衆浴場がゲイの男性同士のハッテン場になっている描写が出てきます。

 ハリムが自分の性的指向に反してミナと結婚している理由は後半に明らかになり、ハリムのミナへの深い愛情と感謝の気持ちが実に納得できる形で描かれています。ミナの病気が明らかになるシーンはショッキングですが、そうした部分も含めてトゥザニ監督の描写力が光る一作。2時間2分。
IMDb7.6、メタスコア83点、ロッテントマト96%。
▼観客多数(公開4日目の午前)

「ウーマン・トーキング 私たちの選択」

 キリスト教のコミュニティーで発覚した卑劣な強姦事件をきっかけに女性たちが対処を議論するサラ・ポーリー監督作品。ポーリーは脚本も書き、アカデミー脚色賞を受賞しました。

 ミリアム・トウズの原作は2005年から2009年にかけて南米ボリビアのキリスト教の教派メノナイトのコミュニティーで起きた出来事を元にしているそうです。このコミュニティーの女性たちは教育を与えられず、、読み書きもできません。教育を与えないというのは支配を強化するための常套的手段で、女性たちはいわば奴隷的状況に置かれています。

 女性たちの選択肢は3つ。赦すか、闘うか、出て行くか。投票の結果、「闘う」と「出て行く」が同数となり、それを議論することになります。映画は真っ当な結論にたどり着きますが、この後、どうなるのかが気になるところ。内容的には地味ながら、ルーニー・マーラやクレア・フォイ、ジェシー・バックリーら中心女優の演技が良いです。1時間45分。
IMDb6.9、メタスコア79点、ロッテントマト90%。
▼観客11人(公開6日目の午後)

「大名倒産」

 浅田次郎の同名原作を前田哲監督が映画化。25万両(約100億円)の借金を抱える藩の殿様となった男(神木隆之介)が借金の返済に奔走するコメディ。

 神木隆之介や杉咲花、佐藤浩市らの出演者は良いですし、ストーリーも悪くはないんですが、出来は至って平凡。前田監督は「ロストケア」「水は海に向かって流れる」に次いで今年3本目の作品。松山ケンイチは「ロストケア」つながりで出たんでしょうが、よくやるなあという感じの役柄でした。2時間。
▼観客3人(公開7日目の午後)

「札束と温泉」

 修学旅行で温泉宿を訪れた女子高生たちが、ヤクザの愛人が持ち逃げした2000万円の札束が詰まったバッグを見つける。カネを取り戻すために現れた殺し屋や担任教師たちの思惑が絡まり合って混乱が混乱を呼ぶ、というコメディ。オンラインで見ました。

 もはや珍しくもない全編ワンカット撮影の映画。昨年の「ボイリング・ポイント 沸騰」(フィリップ・バランティーニ監督)と同様にカメラが登場人物の後を追う苦しいシーンがいくつかあって、苦し紛れに早送りしたりしています。そんなことするぐらいなら、カットを割った方がましでしょう。ワンカット撮影というのは監督の趣味以上のものではなく、それで観客から感心されるわけでもないことがはっきりしてるのに、こだわるのはバカバカしいです。

 主演はグラビアアイドルとして人気が高い沢口愛華。共演の糸瀬七葉も個人的には好みでした。撮影は別府市で行われたとのこと。川上亮監督、1時間14分。

2023/06/18(日)「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」ほか(6月第3週のレビュー)

 「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」は予想以上の傑作。アニメの技術の斬新さ以上にエモーションをグッラグラに揺さぶりまくる胸熱の青春映画でした。

 序盤、父親と不仲のグウェンのエピソードでグッと来て、続く主人公モラリスのエピソードがイマイチかなと思えましたが、その後は文句を言えない充実した仕上がり。愛する人を救うか、世界を破滅から救うかの二択に関して、他の世界のスパイダーマンたちは愛する人を仕方なく犠牲にしてきましたが、モラリスは両方を救おうとします。

 これに加えてモラリス自身の特異な問題があり、いったいどうする、というところで、なんとなんと「つづく」の文字(吹き替え版で見ました)。いや、前後編2部作であることは知ってたんですが。続編の「ビヨンド・ザ・スパイダーバース」はアメリカでは2024年3月公開予定になってます(日本は時期未定)。

 見終わった後、前作「スパイダーマン:スパイダーバース」(2018年)を配信で再見しました。前作も公開時には斬新と思いましたが、今作と比べると、技術的にはオーソドックスとさえ思える内容でした。5年間の技術の進歩はそれだけのものがあるわけです。

 今作は前作見ていなくても十分に楽しめる話ではありますが、思わぬ感動をもたらし、意気が上がるラストショットは前作見ていないと分からないと思います。Netflix以外の各配信サイトで配信されていますのでどうぞ。前作のエンドクレジットの後には今回の主要キャラであるミゲル・オハラが出てきます。

 小難しい話にせず、感動的にまとめた脚本が成功の大きな要因だと思います。脚本にクレジットされているのは3人で、前作からの担当はフィル・ロードのみ。クリストファー・ミラーとデヴィッド・キャラハムが新たに参加しています。監督はホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソンの3人。2時間20分。
IMDb9.0、メタスコア86点、ロッテントマト96%。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)

「ザ・フラッシュ」

 マーベルの影響なのか、これもマルチバースもの。自分の母親を死なせないためにフラッシュことバリー・アレン(エズラ・ミラー)が過去に戻って、ある出来事を変えてしまいます。現在に戻ったら、それは元いた世界とは別の世界で、母親は生きているものの、もう一人の自分がいて、しかもこの世界ではスーパーマンが撃退したはずのゾッド将軍(マイケル・シャノン)が地球を破滅させようとしていました。バリーはこれをくいとめようと、奔走することに…。

 ほとんどマッチポンプみたいな話にあきれますが、バットマン(ベン・アフレック)とワンダーウーマン(ガル・ガドット)まで出てくる序盤は「ジャスティス・リーグ」(2017年)の乗りで悪くありません。しかし、その後は展開がモタモタした印象。「アクロス・ザ・スパイダーバース」とは違って長く感じました。

 スーパーガール役のサッシャ・カジェはトホホな出来だった「スーパーガール」(1984年、ジャノー・シュワーク監督、ヘレン・スレイター主演)のリメイクが「モータル・コンバット」(2021年)のオーレン・ウジエル監督で予定されていて、その顔見せみたいなものなのでしょう。

 監督は「IT イット “それ”が見えたら、終わり。」(2017年)のアンディ・ムスキエティ。2時間15分。
IMDB7.4、メタスコア56点、ロッテントマト67点。
▼観客5人(公開2日目の午前)

「波紋」

 荻上直子監督がオリジナル脚本で描く中年主婦の物語。東日本大震災後に出て行った夫(光石研)が10年ぶりに帰ってくる。夫はガンにかかっていて、その治療費を目的に帰ってきたらしい。妻(筒井真理子)は新興宗教にのめり込んでいた。

 クスクス笑いながら見ましたが、焦点が絞り切れていない印象。2時間。
▼観客10人(公開5日目の午後)

「M3GAN ミーガン」

 ミーガンと呼ばれるAIロボットが両親を事故で亡くした少女を保護する命令を過剰に守って、少女にとっての脅威を排除する殺人ロボットになるSFサスペンス。オリジナルなアイデアがあまりないにもかかわらず面白いです。あのクネクネした踊りはなんだか気味が悪くて強烈。

 ミーガンは暴走するわけではなく、職務を忠実に守っているだけ。そういう意味ではHAL 9000(「2001年宇宙の旅」)などと同様です。M3GANはModel 3 Generative ANdroid(第3型生体アンドロイド)の略称。ジェラルド・ジョンストン監督、1時間42分。

IMDb6.4、メタスコア72点、ロッテントマト93%。
▼観客20人ぐらい(公開4日目の午後)

「リトル・マーメイド」

 オリジナルのアニメ版(1989年)には何の思い入れもありません。「美女と野獣」(1991年)で開花したアラン・メンケンの音楽の助走的な作品と思います。実写版は賛否ありますが、僕はアニメ版よりよく出来ていると思いました。ただ、クライマックスに追加されたスペクタクルなシーンは不要でしょう。

 ロブ・マーシャル監督、2時間15分。
IMDb7.2、メタスコア59点、ロッテントマト67%。
▼観客多数(公開6日目の午前)

2023/06/11(日)「憧れを超えた侍たち 世界一への記録」ほか(6月第2週のレビュー)

 「憧れを超えた侍たち 世界一への記録」は今年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表チームに密着したドキュメンタリー。大会自体が映画より面白く、特に準決勝メキシコ戦と決勝のアメリカ戦は大抵の映画を凌駕するぐらい面白くて感動的でドラマティックでした。第1戦の中国戦から決勝戦までのさまざまなドラマのすべてを2時間余りに盛り込むこと不可能ですから、この種のドキュメンタリーはかつて受けた感動を反芻するぐらいしかメリットがありません。もちろん、それでも価値は大きいでしょうし、多くの観客を集める理由でもあるのでしょう。

 映画は2021年12月の栗山英樹監督就任から選手選考会議、宮崎合宿、練習試合を経て本戦の戦いを描いていきます。興味深かったのは選手選考会議での栗山監督のリーダーシップぶりで、監督の手腕は大きかったなとあらためて思いました。選手への細やかな気配りでチームをまとめ上げていく姿はリーダーとして理想的な在り方で、栗山監督が優勝の大きな要因であったことは間違いないでしょう。

 カメラは報道カメラが入れないベンチ裏やロッカールームにも入り、選手たちの姿を追います。準決勝で3失点し、グラブをたたきつけて悔しがる佐々木朗希、小指を骨折したのに試合に出ると言い張る源田荘亮など初めて見る映像も多いです。宮崎キャンプで若手投手を指導するダルビッシュの姿には懐の広さを感じますし、野球少年がそのまま大きくなったような大谷翔平はいつものようにさわやかです。もちろん、この映画のタイトルは決勝戦前に大谷翔平が言った「今日は(メジャーの選手に)憧れるのをやめましょう。憧れていては勝てないから」という言葉に由来しています。

 WBCの大会全体を俯瞰する作品ではありませんが、日本代表の試合に感激した人、野球が好きな人は見て損はない作品だと思いました。逆にまったくWBCを見なかった人がどんな感想を持つのか知りたいところです。撮影・監督はプロ野球や侍ジャパンのドキュメンタリーを撮り続けている三木慎太郎。2時間10分。
▼観客多数(公開7日目の午前)

「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」

 見る前はぬいぐるみが好きな男女のラブストーリーだろうと予想してたんですが、全然違いました。人を傷つけることを恐れるナイーブな若者たちを描いた作品でした。大前粟生(あお)の同名原作を金子由里奈監督が映画化。

 京都の大学に入った七森(細田佳央太)はオリエンテーリングで一緒だった麦戸(駒井連)と一緒にぬいぐるみサークル(略称ぬいサー)に入る。ぬいサーはぬいぐるみを作るのではなく、ぬいぐるみと話すサークル。同じく一緒にぬいサーに入った白城(新谷ゆづみ)と七森は付き合うようになる。その頃、麦戸は部屋に引きこもってしまう。

 七森と麦戸だけでなく、ぬいサーの面々はみなナイーブな人たち。映画の中には言葉としては出てきませんが、恋愛感情を持たないアロマンティックの人たちのようです(レズビアンの人もいます)。この映画、LGBTQを描いた作品に分類してもおかしくない内容だと思いました。

 その中で白城は異質の存在で、映画のチラシで白城だけがカメラ目線なのに対して他のメンバーが目を逸らしているのはそれを象徴しています。

 ちょっとしたことで引きこもってしまうようなナイーブさでは卒業して就職した時に人間関係で困難が多いのではないかと心配になりますが、組織に属さない働き方をすることも可能でしょう。

 金子由里奈監督の演出は自主映画を引きずった部分があるように思えました。それは作品を重ねていくうちに解消されていくのでしょう。父は金子修介監督とのこと。1時間49分。
▼観客2人(公開7日目の午後)

「水は海に向かって流れる」

 一般的な評価はあまり高くないようですが、僕は面白く見ました。たぶん、田島列島の原作コミックが面白いのでしょう。

 高校1年生の直達(大西利空)は通学のために叔父・茂道(高良健吾)の家に居候することになる。雨の中、駅に迎えに来た榊さん(広瀬すず)に案内されていくと、そこは茂道の家ではなく榊さんが運営するシェアハウスだった。脱サラして漫画家になった茂道のほか、女装の占い師・泉谷(戸塚純貴)、大学教授の成瀬(生瀬勝久)といった住人とともに賑やかな生活がスタートする。直達は10歳年上の榊さんに淡い思いを寄せるようになるが、榊さんは過去のある出来事から恋愛はしないと宣言する。

 その過去の出来事は直達の家族に関係してるんですが、映画はそのあたりにもきちんと決着を付けていきます。笑わない広瀬すずが良いです。直達のクラスメート楓役で當真あみ。「海街diary」(2015年)の頃は広瀬すずが當真あみのような立ち位置だったことを考えると、感慨深いものがあります。

 監督は「ロストケア」の前田哲。2時間3分。
▼観客5人(公開初日の午前)

「渇水」

 第70回文學界新人賞を受賞し、芥川賞候補にもなった河林満の同名小説を映画化。市の水道局に勤める岩切俊作(生田斗真)は木田拓次(磯村勇斗)とともに、水道料金の滞納家庭を訪ね、水道を停めるのが仕事。雨が降らず給水制限が発令される中、母親(門脇麦)が出て行って家に取り残された幼い姉妹(山崎七海、柚穂)と出会う。岩切は葛藤を抱えながらも規則に従い、停水を行う。

 水道は生死にかかわる最も重要なライフラインなので停められるのは電気やガスより後になりますが、この料金が払えないのはかなりの貧困状態にある証拠。おまけに姉妹は是枝裕和「誰も知らない」(2004年)のように2人だけで生活しなければなりません。母親が渡したお金はすぐに底を突き、姉妹はスーパーで万引することになります。

 岩切は妻(尾野真千子)が子供を連れて実家に帰っており、その孤独な生活と妻子との関係が姉妹の現状と絡めて描かれていきます。貧困とネグレクト、格差社会などを盛り込んだ力作だと思いました。原作のラストは悲痛なもののようですが、映画は一種のカタルシスを含めて改変したラストにしています。高橋正弥監督は結末を変える許可を得た上で映画化を進めたそうです。生田斗真はいつものように好演。尾野真千子はこういう役がよく似合いますね。

 高橋監督は北野武、阪本順治、森田芳光、根岸吉太郎などの作品で助監督を務め、近年は「ミセス・ノイズィ」(2019年)などでプロデューサーも務めています。監督作は3作目。今月23日から第4作のハートフルコメディ「愛のこむらがえり」(磯山さやか主演)が全国順次公開されます。磯山さやかが映画で主演するのは2005年の「まいっちんぐマチコ! ビギンズ」以来で、監督と全国の公開劇場を回る予定になっています。1時間40分。
▼観客6人(公開4日目の午後)

「めんたいぴりり パンジーの花」

 2019年の1作目を途中まで見てこの第2作を観賞。時代は1作目では西鉄ライオンズの稲尾投手が活躍した昭和30年代でしたが、新作ははっきりしません。風景は30年代風ですが、スマホが出てきますし、ソフトバンクホークスのギータ(柳田)、栗原への言及があったりします。なぜこういう作りにしたのか理解に苦しみます。昭和のようで実は現代という「サザエさん」みたいな形を狙ったんでしょうかね。

 福岡名物の辛子明太子を作った「ふくや」創業者の実話を基にしたドラマ(2013年)の劇場版第2弾。といっても、今回は実話ではないでしょう。「ふくのや」従業員の松尾(斉藤優)とたこ焼き屋台のツルさん(余貴美子)が絡む「パンジーの花」のエピソードと、同じく「ふくのや」従業員八重山(瀬口寛之)が思いを寄せる絵画教室のマリ(地頭江音々)との寅さんみたいな恋の行く末が描かれています。

 後者のエピソードは新鮮味がなく、役者の弱さも手伝って魅力に乏しいのが残念。主人公・海野俊之(博多華丸)メインの話ではないのも弱い原因で、これだったら「めんたいぴりり」でなくても成立してしまいます。

 監督は迫力の相撲ドラマ「サンクチュアリ 聖域」(Netflix)が話題沸騰の江口カン。「サンクチュアリ」が面白いのは金沢知樹(「サバカン SABAKAN」監督)による脚本の力も大きかったのかなと思います。1時間40分。
▼観客6人(公開6日目の午後)

2023/06/04(日)「怪物」ほか(6月第1週のレビュー)

 「怪物」はカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した是枝裕和監督作品。坂元裕二の脚本は物語を母親・麦野早織(安藤サクラ)と教師・保利(永山瑛太)、早織の息子で小学5年の湊(黒川想矢)の3人の視点で順番に描いていきます。よく黒澤明「羅生門」(1950年)と比較・言及されていますが、「羅生門」の場合は各視点の証言が並列だったのに対して、この映画は母親と教師の視点で描かれた物語の謎の部分が子供の視点で明らかになる構成を取っています。ミステリー的な構成であり、当初付けられていたタイトルも「なぞ」だったそうです。

 三章構成にしたのは「坂元さんは連続ドラマの人だから、その作り方を映画に取り入れられないか」というプロデューサー(川村元気、山田兼司)の提案によるもの。この構成は実にうまくいっていて、湊の理解できない行動を断片的に積み重ね、謎が深まる安藤サクラのパートが個人的には最も面白かったです。

 クラスでいじめられている星川依里(柊木陽太)と湊の秘密の交流を描く子供視点のパートは物語の全貌が分かると同時にLGBTQのテーマを描いていて、カンヌでクィア・パルム賞を受賞したのはここが評価されたからでしょう。

 ただし、ここは例えばセリーヌ・シアマ監督作品のような先行するLGBTQの映画に比べて特に優れていたり、新しかったりする部分があるわけではありません。坂元脚本が優れているのはLGBTQのテーマ以上に人と人の相互理解が難しい状況、意図しない断絶が起きている状態を描いているからです。思い込みや無知によって誤解が生まれ、それが解消されない悲しい状況。黒澤明は「羅生門」のラストでヒューマニズムと希望を(降り続いていた雨がやみ、日が差してくるという非常に分かりやすい演出で)提示しましたが、「怪物」の少年たちの置かれた状況は簡単な解決を望めそうにはありません。

 怪物が意味するものは学校に抗議に来るモンスターペアレントでも、子供を傷つける暴力教師でもなく、子供たちが自分ではコントロールが難しい感情や衝動など心に抱えているものなのでしょう。パンフレットに作家の角田光代がコラムを寄せていて、「私たちの内にいるかもしれない、ちいさくてもろい、すべての怪物に寄り添う映画だった」と書いています。深く納得できる指摘だと思います。少年2人のナイーブな演技が良く、校長先生役の田中裕子の無表情の中に本音を潜ませた演技も時におかしく絶妙でした。2時間6分。
▼観客多数(公開初日の午前)

「レッド・ロケット」

 2016年のテキサスを舞台にしたドラマ。主人公のマイキー(サイモン・レックス)は利己的で嘘つきでどうしようもないクズですけど、クズを描いても映画はクズにはならず、面白く仕上がっていると思いました。サイモン・レックスと妻役のブリー・エルロッド、マリファナ販売の元締めジュディ・ヒルを除くと、他の出演者は全員素人。テキサス在住の人たちだそうですが、初めてとは思えない演技を見せています。ストロベリー役のスザンナ・サンはロサンゼルスの映画館で監督にスカウトされたとか。今後も出演作が続きそうな魅力がありますね。

 ショーン・ベイカー監督の作品は前作「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」(2017年)を見ていますが、安モーテルで暮らす2人のシングルマザーとその子供を描いた映画でやっぱり貧しい人たちの話でした。
IMDb7.1、メタスコア76点、ロッテントマト90%。
▼観客3人(公開12日目の夜)

「クリード 過去の逆襲」

 「ロッキー」のスピンオフシリーズの第3弾。シルベスター・スタローンは製作にクレジットされていますが、プロデューサーと意見の相違があって参加しなかったそうです。監督はライアン・クーグラーに代わって主人公アドニス・クリード役のマイケル・B・ジョーダンが務めています。

 アドニスと少年時代に仲が良かったデイム(ジョナサン・メジャース)が18年ぶりに刑務所から出所、ボクシングを再開して世界チャンピオンになり、引退していたアドニスに勝負を挑むという展開。このシリーズ、アドニスには経済的なハングリーさが元からなく、精神的なハングリーさもチャンピオンになったことでなくなったはず。その代わりデイムはハングリーの固まりで、特に前半はメジャースのうまさもあって見せるんですが、後半は残念ながら単なる悪役になった印象です。話の作りに無理がある以上、シリーズを続ける意味は薄いと思えました。

 マイケル・B・ジョーダンは日本アニメのファンだそうで、エンドクレジットの後に日本のスタッフに作らせた短編アニメ「クリード 新時代」が流れます。予告編みたいな感じでしたが、長編も作るんでしょうかね。
IMDb6.9、メタスコア73点、ロッテントマト88%。
▼観客3人(公開5日目の午後)

「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」

 配信を待とうかと思っていましたが、興収100億円を超えたそうなので劇場へ。イルミネーション・スタジオの作品なので3DCGアニメの技術はしっかりしています。マリオとルイージの兄弟が勤めていた会社から独立して配管工事の会社をスタートさせる出だしは好調。

 しかし、兄弟がブルックリンの下水道から異世界に飛ばされた後はストーリーに工夫が乏しく、1時間34分の上映時間でも長く感じました。子供とゲームファン向けの内容で、広がりに欠けます。監督はアーロン・ホーヴァスとマイケル・ジェレニック。1時間34分。
IMDb7.2、メタスコア46点、ロッテントマト59%。
▼観客多数(公開34日目の午後)

2023/05/28(日)「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」ほか(5月第4週のレビュー)

 「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」は荒木飛呂彦原作で好評を集めたNHKドラマ「岸辺露伴は動かない」の劇場版。人の記憶を本にして読む能力(ヘブンズ・ドアー)を持つ漫画家の岸辺露伴を高橋一生、編集者の泉京香を飯豊まりえが演じ、監督の渡辺一貴、脚本の小林靖子などスタッフもドラマと同じです。ドラマ(3期8話)を僕は面白く見ましたが、劇場版は映画としての魅力に欠けました。テレビ並み、というか長すぎる分、テレビ以下の出来にしかなっていません。

 テレビシリーズ第8話の最後で泉京香がバッグから写真を撮りだして「あ、パリ! ルーブル美術館」と言う場面があったので、劇場版の製作は既定路線だったのでしょう。

 原作は122ページ(オールカラー)の短編。露伴は青年時代に淡い思いを抱いた奈々瀬(木村文乃)から「この世で最も黒い絵」のことを聞く。それは最も黒いと同時に、最も邪悪な絵だという。その絵がルーヴル美術館に所蔵されていることが分かり、露伴と京香は取材のためフランスを訪れる。ルーヴルのデータベースで分かった黒い絵の保管場所は、今はもう使われていない地下倉庫だった。

 小林靖子の脚本は原作を膨らませていて悪くありません(唯一気になったのは露伴が本来はできない死者の記憶を読む場面があること)。問題は端的に映像化の部分で、クライマックスはVFXを炸裂させて描いてほしかったところです。間延びした描写も目に付き、90分程度にまとめた方が良かったと思います。1時間58分。

 ドラマ版で個人的に一番面白かったのは渦中の市川猿之助が露伴の背中に取りつく怪異を演じた第5話「背中の正面」でした。それと、飯豊まりえの存在はドラマを楽しくしていて、本人とは違うキャラだと思いますが、奇抜なファッションも含めて明るくてかわいいキャラでした。泉京香は原作では「富豪村」(ドラマ第1話)にしか登場しないそうです。
▼観客40人ぐらい(公開初日の午後)

「ワイルド・スピード ファイヤーブースト」

 CGだらけのアクションシーンをスッカスカの話でつづったシリーズ第10作(原題は「FAST X」)。もう少しストーリーをなんとかできなかったんですかね。

 敵は第5作「MEGA MAX」(2011年、ジャスティン・リン監督)の悪役エルナン・レイエス(ヨアキム・デ・アルメイダ)の息子ダンテ・レイエス(ジェイソン・モモア)。モモアは「MEGA MAX」には出ていなかったので、今作の冒頭にある「MEGA MAX」のシーンへの登場は合成なのでしょう。このシーンには亡くなったポール・ウォーカーも出ています。ダンテは父親の死を恨んでドミニク(ヴィン・ディーゼル)のチームに復讐するため襲ってくるという展開。

 女優陣は豪華で、シリーズにこれまで出てきたシャーリーズ・セロン(格闘シーンに惚れ惚れします)、ヘレン・ミレン、ブリー・ラーソンのほか、最後の最後にガル・ガドットがワンカットだけ出てきました。ただし、クレジットはされていません。ガドットはジゼル・ヤシャールという役で、第6作「EURO MISSION」で死にましたが、このシリーズ、一度死んだキャラが実は死んでいなかったとして再登場するのはレティ(ミシェル・ロドリゲス)、ハン(サン・カン)の先例があり、ちっとも珍しくありません。

 話は完結せず、次作に持ち越しでした。あと2本作る計画もあるのだとか。ルイ・レテリエ監督、2時間21分。
IMDb6.4、メタスコア55点、ロッテントマト54%。
▼観客多数(公開4日目の午後)

「帰れない山」

 北イタリアのモンテ・ローザ山麓を舞台に、都会育ちの少年ピエトロと同い年の牛飼いの少年ブルーノの友情とその後の長い交流を描いています。パオロ・コニェッティのベストセラー小説の映画化で昨年の第75回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞しました。

 モンテ・ローザの雄大な景色の中で描かれる人生のあれやこれや。大きな事件は起きませんが、ゆったりとした展開で情感を込めた描写が良いです。裕福な少年と貧しい少年の友情という設定から想像できるような単純な話でもなかったです。

 原題は「LE OTTO MONTAGNE」(八つの山)。邦題は小説の邦題に合わせたのでしょうが、最後のナレーションに「人生にはときに帰れない山がある」という一節があるので、悪くはありません。八つの山とはインドの世界観を示す言葉とのこと。

 監督はフェリックス・ヴァン・フルーニンゲンとシャルロッテ・ファンデルメーシュの共同。2時間27分。
IMDb7.8、メタスコア78点、ロッテントマト89%。
▼観客11人(公開2日目の午後)

「セールス・ガールの考現学」

 けがをした知人の代わりにアダルトグッズ・ショップでアルバイトをすることになった女子大生を描くモンゴル映画。主人公サロールを演じたバヤルツェツェグ・バヤルジャルガルは最初、野暮ったい素朴な格好で出てきますが、徐々にアクティブなファッションに変わっていきます。話としては普通の青春映画で、主演女優のキュートさがこの映画の大きな魅力になっています。

 モンゴルと言えば、真っ先に草原が思い浮かびます。こちらのそうした貧困な知識とは裏腹に、物語は都会で進行し、草原は一場面しか出てきません。モンゴル映画を見る機会はほとんどないので、ロシア語に似た文字と韓国語の発音に似た言葉も新鮮でした。ジャンチブドルジ・センゲドルジ監督、2時間3分。
IMDb7.4(アメリカでは映画祭での上映のみ)
▼観客4人(公開5日目の午後)

「テリファー」

 画質からして色合いが安っぽく、いかにもC級映画。ピエロメイクの殺人鬼アート・ザ・クラウンが残虐に殺し、拷問するだけのグロい作品です。こうした殺人鬼は刃物を振り回すのが常ですが、アート・ザ・クラウンは拳銃も使います。それとノコギリも。

 2作目は残虐描写で失神した人が出たとニュースになりましたが、この1作目もR-18指定です。エンドクレジットを見ていたら、出てくる猫の名前がSCORSESE(スコセージ)でした。ダミアン・レオーネ監督、1時間25分。
IMDb5.6、メタスコアなし(レビュー不足)、ロッテントマト55%。