2023/07/02(日)「君は放課後インソムニア」ほか(7月第1週のレビュー)

 「君は放課後インソムニア」はオジロマコトの同名コミックを池田千尋監督が映画化。見ながら「青春映画の佳作」と思いましたが、見終わったら「青春映画の傑作」と言うこともやぶさかではないかな、と思い直しました。類型に落ちないキャラが良いです。

 お互いに不眠症(インソムニア)の高校生、曲伊咲(まがり・いさき=森七菜)と中見丸太(なかみ・がんた=奥平大兼)の2人が夜中に出かけ、巡回中の警察官から隠れる場面で、伊咲は中見の背中に頭をもたれ、トクントクンという心臓の音を聞きます。ははあ、ここは「吊り橋効果」を表した場面なんだなと早合点しましたが、実は伊咲は心臓に先天的な病気を持っていて、幼い頃に手術していたことが分かります。だから心臓の音が気になったわけです。

 原作の第4巻を読んだら、伊咲が「(中見の)そのドキドキを聴いて、わたしもドキドキしてた。あの日からずっと、中見はわたしの特別なんだよ」と告白する場面があったので、「吊り橋効果」も含まれているのかもしれません。

 この病気が伊咲の不眠症の原因で、明るい表面とは裏腹に不安に苛まれているのが不憫です。中見の不眠症の原因は幼い頃の体験で、それも胸に迫るものがあります。お互いの不安を解消することは無理でも緩和することはできるわけで、2人が惹かれ合っていくのはそうしたことがあるからでしょう。

 天文部OBの萩原みのりや顧問になる桜井ユキ、中見の父親・萩原聖人、伊咲の母・MEGUMIら2人の行動を見守ったり、反対したり、協力する周囲の大人たちもそれぞれに良く、主演の2人と同世代の若者たちだけでなく、その親世代にもアピールする作品だと思いました。的確なキャラと演出によって、この夏、記憶したい作品の1本になっています。1時間53分。
▼観客2人(公開5日目の午前)

「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」

 オープニングのナチス時代の大アクションから始まって、1960年代のアメリカへ。アポロ11号の帰還パレードをやっているので1969年なのでしょう。歴史を変える力を持つとされる「アンティキティラのダイヤル」の争奪戦はそれなりのスケールなんですが、スピルバーグから監督を引き継いだジェームズ・マンゴールドの演出はストーリーを消化するだけでメリハリに欠けます。

 何よりダメなのはユーモアに欠けていること。この監督、「フォードVSフェラーリ」(2019年)や「LOGAN ローガン」(2017年)など男っぽい作品は得意でも、インディシリーズのように軽妙さを含んだ作品はうまくないようです。要するにマンゴールドの資質に合っていず、ハリソン・フォードの相手役となるフィービー・ウォーラー・ブリッジの資質も生かされていません。ドラマ「キリング・イヴ」などの脚本でも評価されているブリッジを脚本参加させれば良かったのにと思います。第1作を思い出させるラストのエピソードは良かったです。2時間34分。
IMDb7.0、メタスコア58点、ロッテントマト66%。
▼観客多数(公開初日の午前)

「THE KILLER 暗殺者」

 「ジョン・ウィック」シリーズや「ベイビーわるきゅーれ」シリーズの影響が見える韓国製アクション映画。アクションの作りがこの2本によく似ていますが、残念ながら、どちらにも負けています。

 引退した最強の暗殺者ウィガン (チャン・ヒョク)は財テクで成功を収め、派手な生活を送っていた。友人と旅行に行く妻から友人の娘の女子高生ユンジ(イ・ソヨン)の面倒を見てほしいと頼まれる。そのユジンが人身売買を企む組織に拉致されてしまう。

 チャン・ヒョク自身の企画だそうで、ほぼ出ずっぱりでアクションを披露しています。アクションの切れは悪くありません。ただ、人身売買組織に攫われた少女の奪還を目指すストーリーは「96時間」(2008年、ピエール・モレル監督)に似ていて、もう少しオリジナリティーがほしいところ。いろんな映画の断片を寄せ集めただけの作品に思えました。チェ・ジェフン監督、1時間35分。
IMDb6.6、メタスコア53点、ロッテントマト82%。
▼観客10人(公開6日目の午後)

「青いカフタンの仕立て屋」

 「モロッコ、彼女たちの朝」(2019年)のマリヤム・トゥザニ監督の第2作。繊細な描写を重ねて徐々に物語の輪郭を明らかにしていく手法は前作と同じで、大変優れています。主演は前作でも主要キャストだったルブナ・アザバル。

 モロッコの海沿いの街サレでハリム(サーレフ・バクリ)とミナ(ルブナ・アザバル)は伝統衣装カフタンドレスの仕立て屋を営んでいる。夫を誰よりも理解し支えてきたミナは病に侵されて余命わずかだった。ある日、ユーセフ(アイユーブ・ミシウィ)という若い職人が現れる。ハリムはミナには隠しているが、同性愛者であり、ユーセフに惹かれていく。

 前作で描かれた未婚の母はモロッコではタブ-でしたが、今回の同性愛はタブーどころか違法であり、イスラム圏では激しい嫌悪の対象。ただ、モロッコの都市部では規制が緩やかなようで、公衆浴場がゲイの男性同士のハッテン場になっている描写が出てきます。

 ハリムが自分の性的指向に反してミナと結婚している理由は後半に明らかになり、ハリムのミナへの深い愛情と感謝の気持ちが実に納得できる形で描かれています。ミナの病気が明らかになるシーンはショッキングですが、そうした部分も含めてトゥザニ監督の描写力が光る一作。2時間2分。
IMDb7.6、メタスコア83点、ロッテントマト96%。
▼観客多数(公開4日目の午前)

「ウーマン・トーキング 私たちの選択」

 キリスト教のコミュニティーで発覚した卑劣な強姦事件をきっかけに女性たちが対処を議論するサラ・ポーリー監督作品。ポーリーは脚本も書き、アカデミー脚色賞を受賞しました。

 ミリアム・トウズの原作は2005年から2009年にかけて南米ボリビアのキリスト教の教派メノナイトのコミュニティーで起きた出来事を元にしているそうです。このコミュニティーの女性たちは教育を与えられず、、読み書きもできません。教育を与えないというのは支配を強化するための常套的手段で、女性たちはいわば奴隷的状況に置かれています。

 女性たちの選択肢は3つ。赦すか、闘うか、出て行くか。投票の結果、「闘う」と「出て行く」が同数となり、それを議論することになります。映画は真っ当な結論にたどり着きますが、この後、どうなるのかが気になるところ。内容的には地味ながら、ルーニー・マーラやクレア・フォイ、ジェシー・バックリーら中心女優の演技が良いです。1時間45分。
IMDb6.9、メタスコア79点、ロッテントマト90%。
▼観客11人(公開6日目の午後)

「大名倒産」

 浅田次郎の同名原作を前田哲監督が映画化。25万両(約100億円)の借金を抱える藩の殿様となった男(神木隆之介)が借金の返済に奔走するコメディ。

 神木隆之介や杉咲花、佐藤浩市らの出演者は良いですし、ストーリーも悪くはないんですが、出来は至って平凡。前田監督は「ロストケア」「水は海に向かって流れる」に次いで今年3本目の作品。松山ケンイチは「ロストケア」つながりで出たんでしょうが、よくやるなあという感じの役柄でした。2時間。
▼観客3人(公開7日目の午後)

「札束と温泉」

 修学旅行で温泉宿を訪れた女子高生たちが、ヤクザの愛人が持ち逃げした2000万円の札束が詰まったバッグを見つける。カネを取り戻すために現れた殺し屋や担任教師たちの思惑が絡まり合って混乱が混乱を呼ぶ、というコメディ。オンラインで見ました。

 もはや珍しくもない全編ワンカット撮影の映画。昨年の「ボイリング・ポイント 沸騰」(フィリップ・バランティーニ監督)と同様にカメラが登場人物の後を追う苦しいシーンがいくつかあって、苦し紛れに早送りしたりしています。そんなことするぐらいなら、カットを割った方がましでしょう。ワンカット撮影というのは監督の趣味以上のものではなく、それで観客から感心されるわけでもないことがはっきりしてるのに、こだわるのはバカバカしいです。

 主演はグラビアアイドルとして人気が高い沢口愛華。共演の糸瀬七葉も個人的には好みでした。撮影は別府市で行われたとのこと。川上亮監督、1時間14分。