2026/01/25(日)「安楽死特区」ほか(1月第4週のレビュー)
「安楽死特区」

「安楽死法」が施行された近未来。余命半年の宣告を受けたラッパーの酒匂章太郎(毎熊克哉)とパートナーでジャーナリストの藤岡歩(大西礼芳)は安楽死反対の立場だった。2人は安楽死の実態を内部から取材するため「安楽死特区」への入居を決める。入居者たちの境遇と苦しみを知り、医師たちと対話することで章太郎の考えには変化が生まれる。
「痛くない死に方」は回復の見込みのない患者を点滴や人工呼吸装置につないで延命治療で苦しませることは間違いだという主張に説得力がありました。奥田瑛二扮する医師は延命治療の患者について「点滴で溺れ死んでいる」と指摘し、水分が抜けて枯れるように死んでいくのが望ましいという考えを持っていました。
この映画では平田満と余貴美子が安楽死を希望する患者として登場しますが、その描写と考え方に目新しさはありません。エンドクレジットの後に安楽死しようとしてスイスに行き、直前でやめた女性のインタビューがありますが、この人を描けば良かったんじゃないでしょうかね。フランソワ・オゾン監督は「すべてうまくいきますように」(2021年)で、スイスで安楽死する父親と悩んだ果てにそれに協力する家族の姿を描きました。ああいうドラマ性のある作品にした方が良かったと思います。「安楽死特区」は患者と家族のドラマ化が今一つうまくいっていません。
キャストは「痛くない死に方」の奥田瑛二、大西礼芳、余貴美子、「夜明けまでバス停で」(2022年)の板谷由夏、「桐島です。」(2025年)の毎熊克哉ら高橋監督の作品に出演経験のある俳優がそろっています。脚本は丸山昇一。
▼観客6人(公開初日の午後)2時間9分。
「CROSSING 心の交差点」

映画はジョージアに住む元教師リア(ムジア・アラブリ)が行方不明になったトランスジェンダーの姪テクラを捜すために、テクラの居所を知っているという青年アチ(ルーカス・カンカヴァ)とともに隣国トルコのイスタンブールに行く話。2人が住むジョージアのバトゥミからイスタンブールまでは黒海沿いの陸路で1400キロもあるそうです。言葉も違いますから、陸続きの隣国ではあるものの、心理的には遠い国なのかもしれません。2人はそこでトランスジェンダーの弁護士エヴリム(デニズ・ドゥマンリ)と出会い、一緒にテクラの行方を捜すことになります。
この3人の緩やかな心の接点の描き方が良いです。結局、テクラは既に死んだか、もっと遠い外国へ行ったのかもしれないということが分かるのですが、ジョージアに帰る途中でリアは偶然、テクラとすれ違います。テクラに呼び止められてリアは驚いてハグしますが、実は…という展開が秀逸でした。このあたりの文学的な表現も高い評価の理由なのでしょう。
映画の中でひどい差別が描かれるわけではありませんが、トランスジェンダーの女性たちがいずれも家族と縁を切っているという描写の普通さに差別の根深さが表れています。スウェーデン生まれのジョージア人であるレヴァン・アキン監督はゲイのダンサーを描いた前作「ダンサー そして私たちは踊った」(2019年)をジョージアで上映した際に激しい抗議活動に直面したそうです。監督自身もゲイであることを公表しています。
IMDb7.4、メタスコア83点、ロッテントマト97%。
▼観客3人(公開2日目の午後)1時間46分。
「ウォーフェア 戦地最前線」

驚いたのはIED(即席爆発装置)の威力と米軍戦闘機の威嚇飛行の迫力。IEDは日常品を流用して作られた手製爆弾のことですが、これによって米兵2人が重傷を負います。威嚇飛行は建物すれすれの低空飛行によりものすごい風圧を起こし、砂ぼこりを巻き上げます。これは効果あるでしょうね。
この映画について、ドラマがないじゃないかという言い方の批判がありますが、元々、関係者の記憶と写真を元に戦闘を再現しようという意図なのですから批判になっていません。共同監督のレイ・メンドーサはこの作戦に参加していたそうです。
パンフレットで押井守監督が「ホンモノのM2ブラッドレー(歩兵戦闘車)が登場した」と興奮しています。あれはイギリス陸軍の装甲兵員輸送車「FV432」ではないかという指摘がネットにありました。軍事オタクではないのでそのあたり分かりませんが、ああいう頑丈な車両があると、バズーカなどで狙われない限り、市街地の戦闘では有利でしょうね。
IMDb7.2、メタスコア78点、ロッテントマト92%。
▼観客10人ぐらい(公開4日目の午後)1時間35分。
「コート・スティーリング」

主人公のハンク(オースティン・バトラー)は高校時代、メジャーリーグのドラフト候補でしたが、自分が運転する車で自損事故を起こし、重傷を負ってプロの夢を断たれたほか、同乗していた親友を亡くした苦い過去を持つ男。今はニューヨークでバーテンダーをしています。ある夜、アパートの隣人ラス(マット・スミス)から猫の世話を頼まれたのが発端で謎の男たちから暴行を受けて腎臓が破裂、手術で摘出されてしまいます。以降、ハンクは訳が分からないまま酷い目に遭いますが、やがて裏社会の大金が絡んだ事件に巻き込まれたことが分かってきます。
原作・脚本はチャーリー・ヒューストン。アロノフスキーは18年前からこの原作が好きで映画化したいと思っていたそうです。分かりやすい原作があったことが作風を違えた要因なのでしょう。原作はハンクを主人公にした2編の続編が出ているそうです。タイトルは「窃盗で捕まる」「野球で盗塁を阻止する」という意味。
ハンクの恋人イヴィンヌを演じるゾーイ・クラヴィッツが良いです。女刑事役のレジーナ・キングやハンクを狙うならず者リーブ・シュレイバー、ヴィンセント・ドノフリオらも的確な好演でした。
IMDb6.9、メタスコア65点、ロッテントマト85%。
▼観客5人(公開13日目の午後)1時間47分。
「ペンギン・レッスン」

英国人の英語教師トム(スティーヴ・クーガン)がブエノスアイレスの名門寄宿学校に赴任する。混乱する社会と手強い生徒たちに直面する中、旅先で出会った女性と共に重油まみれの瀕死のペンギンを救う。海に戻そうとしたものの、不思議と彼の元に戻ってきてしまう。仕方なく、宿舎に持ち帰り、“サルバトール”と名付けたそのペンギンと、不器用ながらも少しずつ心を通わせていく。そんな時、宿舎のメイド・マリア(ヴィヴィアン・エル・ジャバー)の孫娘ソフィア(アルフォンシーナ・カロシオ)が軍事政権に拉致される事件が起きる。
トムはソフィアが拉致される現場を目撃しましたが、何もできなかった自分を責めます。悪くない出来と思いましたが、アメリカではあまり評価がないですね。
IMDb7.1、メタスコア52点、ロッテントマト78%。
▼観客2人(公開19日目の午前)1時間52分。