2024/05/19(日)「ミッシング」ほか(5月第3週のレビュー)

 20代の頃に見て衝撃的に面白かった「太陽を盗んだ男」(1979年)やキネ旬ベストテン1位の「青春の殺人者」(1976年)の長谷川和彦監督が新作映画を計画しているそうです。長谷川監督は78歳。これまでにさまざまな企画が流れてきた経緯があり、45年ぶりの映画を今度こそ実現してほしいです。

「ミッシング」

 行方不明となった6歳の娘を必死に探す夫婦と世間のバッシングを描く吉田恵輔監督作品。吉田監督は「空白」(2021年)や「神は見返りを求める」(2022年)でもSNS上のバッシングを描いていました。今回は真正面からそれを取り上げた形です。主人公を演じる石原さとみの熱演が話題で、確かに女優賞に値する迫真の演技ですが、話の展開自体にそれほど目新しいものはないように思いました。

 娘の美羽がいなくなって3カ月。沙織里(石原さとみ)と豊(青木崇高)の夫婦は街頭でチラシを配り、情報提供を求めている。大手マスコミの関心が薄くなった中、地元テレビ局の砂田(中村倫也)だけは夫婦の活動を取り上げてくれている。そんな中、娘の失踪時に沙織里がアイドルのライブに行っていたことがネットで批判・炎上する。さらに最後まで美羽と一緒だった沙織里の弟・圭吾(森優作)の証言に嘘があることが分かり、いやがらせ、攻撃が強まる。

 物語の基になったのは2019年の山梨キャンプ場女児失踪事件でしょうが、吉田監督は当事者への心ない攻撃のほか、些細なことで言い争いをする街の人たちを点景として描き、ギスギスした社会を浮き彫りにしています。同時に視聴率重視のテレビ局の取材・報道の在り方にも批判を向けています。

 山梨の事件では女児の遺体の一部が2年7カ月後に発見されましたが、事故か誘拐か明らかになっていません。この映画の失踪は街中で起こっただけに誘拐の可能性が強いでしょう。しかも2年たっても何の手がかりも出てこない状態。娘を思う気持ちと世間からのバッシングで夫婦の苦悩には終わりが見えません。いったいこの話をどう終わらせるのかと思っていたら、もう一つの女児失踪事件を絡めた希望を感じさせるラストが用意されていました。ギスギスした人間ばかりじゃないわけです。

 石原さとみともに、大きな攻撃にさらされる森優作、新人記者役の小野花梨も好演しています。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)1時間58分。

「碁盤斬り」

 古典落語の人情噺「柳田格之進」を基にした時代劇。人情噺だけでは2時間持たないので主人公が浪々の身となったきっかけの事件をめぐる復讐劇を加えてあります。白石和彌監督初の時代劇ですが、ほとんど自然光で撮ったんじゃないかと思える画面づくりは山田洋次監督の傑作「たそがれ清兵衛」(2002年)を思わせるレベル。清廉潔白を貫き、清貧に生きる主人公像も清兵衛に似ていますが、2つの話の融合が今一つなのと、人物描写の深みの点で残念ながら「清兵衛」の域には届いていません。

 主人公の柳田格之進(草なぎ剛)は娘の絹(清原果耶)と江戸の貧乏長屋に暮らし、篆刻で生計を立てている。囲碁の達人でもある格之進は商人の萬屋源兵衛(國村隼)と知り合い、一緒に囲碁を打つようになるが、ある夜、源兵衛宅で打っていた時、源兵衛が持っていた50両がなくなる。部屋にいたのはほかに格之進だけ。身に覚えのない疑いをかけられた格之進は切腹で疑いを晴らそうとしたところを絹に止められる。絹は吉原の女将お庚に身売りして50両を作った。

 というのがオリジナルの落語の部分。この後、格之進の疑いは晴れ、絹も帰ってくることができ、ハッピーエンドを迎えます。映画はこれに格之進がなぜ貧乏長屋暮らしをすることになったのかの背景を描き、復讐の話につないでいきます。格之進は元は彦根藩の武士でしたが、謂れ無い罪を着せられ、妻も亡くしました。それが実は同じ藩士の柴田兵庫(斎藤工)の仕業であることが分かり、格之進は仇討ちの旅に出ることになる、という展開。

 脚本は「凪待ち」(2018年)、「Gメン」(2022年)などの加藤正人。絹の身売りにタイムリミットを設定するなど工夫のある真っ当な脚色なんですが、なくなった50両と仇討ちを一緒に解決できるような話にしたいところでした。そこが惜しいと思います。

 全国327館に中継された舞台あいさつ付きの回を観賞しましたが、清原果耶はなぜか舞台あいさつには参加していませんでした。残念。
▼観客30人ぐらい(公開2日目の午前)

「鬼平犯科帳 血闘」

 松本幸四郎は長谷川平蔵として違和感がありませんし、話もこれ単体では悪くないと思ったんですが、「碁盤斬り」のレベルの高さに比べてしまうと、明るすぎる画面からしていかにもテレビドラマの水準に終わっています。脚本は大森寿美男、監督は山下智彦。

 これに先行してテレビ放映され、動画配信中の「本所・桜屋敷」(同じ脚本、監督コンビで時代劇専門チャンネルの最高視聴率だったそうです)よりは映画らしさを備えていますが、いずれにしても、6月、7月に放送される連続シリーズと連動する作品という位置づけ。テレビの延長線と言われても仕方ありません。

 昨年の「仕掛人・藤枝梅安」2部作(河毛俊作監督)ぐらいの完成度が欲しかったところです。残虐な敵役の北村有起哉と、中村ゆり、志田未来、松本穂香の女優陣はそれぞれに良かったです。
▼観客15人ぐらい(公開4日目の午後)1時間51分。

「バジーノイズ」

 むつき潤の同名コミックを「チア男子!!」(2019年)の風間太樹監督が実写映画化。マンションの住み込み管理人をしながら、作曲をしている主人公が音楽の道へ踏み出していくドラマです。

 元々の設定がそうなんですが、ほとんど無表情で他人との付き合いが苦手な主人公を演じる川西拓実(JO1)よりも相手役の桜田ひより、周囲の井之脇海、柳俊太郎、円井わんらの方が目立つ作品でした。

 円井わんの見事なドラムさばきにびっくり。あまりうまくないけど、駒井蓮が歌を歌うシーンもありました。
▼観客7人(公開14日目の午後)1時間59分。

「恋するプリテンダー」

 ひどい言い方であることは分かってますが、一流になりきれないスタッフ・キャストで作った下世話なラブコメという感じの作品。主演のシドニー・スウィーニーはスタイル抜群、相手役のグレン・パウエルはムキムキの筋肉質。この映画のエグゼクティブ・プロデューサーも務めたスウィーニーは決して悪くないので、作品に恵まれれば、これから売れていくのかもしれません。

 監督は「ピーターラビット」シリーズのウィル・グラック。
IMDb6.1、メタスコア52点、ロッテントマト53%。
▼観客6人(公開5日目の午後)1時間43分。

2024/05/12(日)「猿の惑星 キングダム」ほか(5月第2週のレビュー)

 11日放送のドラマ「花咲舞が黙ってない」(日テレ)に半沢直樹が登場しました。池井戸潤の原作にも登場するそうですし、先週の予告編でも描かれていましたから登場するのは分かってましたが、問題は誰が演じるか、でした。放送局が違うので堺雅人は無理でしょうし、さて。

 ネットニュースにもなってますから書いて良いと思いますが、劇団ひとりでした。主役の今田美桜以上に目立つわけにもいきませんし、意外性があって悪くないキャスティングだと思いました。

「猿の惑星 キングダム」

 「猿の惑星 聖戦記」以来7年ぶりの続編。2011年に始まった新シリーズで猿(エイプ)のリーダーとなったシーザーの死から300年後の世界を舞台に、ウイルスによって退化した人間と進化したエイプたちの物語が描かれていきます。

 ワシを飼い慣らし、魚の漁をさせて暮らすイーグル族の村が甲冑をまとったエイプの軍隊に襲われる。主人公のチンパンジーのノア(オーウェン・ティーグ)は辛くも生き残り、連れ去られた仲間たちの後を追う。途中、オランウータンのラカ(ピーター・メイコン)と人間のメイ(フレイヤ・アーラン)と出会い、一緒に旅を続ける。ノアの仲間を連れ去ったのは王国を築こうとしていたプロキシマス・シーザー(ケヴィン・デュランド)と名乗るエイプで、人間や多くのエイプたちを奴隷にしていた。プロキシマスは人間が残した軍事力を貯蔵する倉庫の扉を開けようと画策していた。

 監督は前作のマット・リーヴスから「メイズ・ランナー」(2014年)シリーズのウェス・ボールに代わりましたが、物語も演出もVFXも水準は保っています。というか、僕は良い出来だと思いました。

 1968年の旧シリーズ第1作にあった人間狩りのシーンが復活したのは第1作と同じような状況だからですが、当然のことながら第1作のような衝撃はありません。内容そのものが旧第1作と第2作の変奏曲のようなプロットです。話はまだ続きそうなので、また三部作になるのでしょうかね。
IMDb7.3、メタスコア64点、ロッテントマト80%。
▼観客40人ぐらい(公開初日の午前)2時間25分。

「不死身ラヴァーズ」

 両思いになると、相手が消えてしまうという高木ユーナの原作コミックを松居大悟監督が映画化。原作(全3巻)の1巻だけを読んだら、映画は原作とは男女を入れ替えてありました。これは多分、主演の見上愛側からの企画で見上愛を主演にする必要があったから変えたのだろうと思ったら、10年前、まだ原作が雑誌連載中だったころからの松居監督の念願の企画で、見上愛の主演はオーディションで決まったそう。

 でもこれは見上愛を主演にして正解だったと思います。一途に恋する女子を演じて、見上愛は元気いっぱい、笑顔全開の全力演技で好感度100点満点でした。

 映画は幼い頃に病院で死にかけている自分を助けてくれた甲野じゅん(佐藤寛太)を一途に好きになり続ける長谷部りの(見上愛)を描いています。甲野に告白し、甲野も好きになってくれた途端に甲野は消えてしまいますが、甲野は何度も立場とキャラを変えて、りのの前に現れ、りのが告白し、甲野が消えるというパターンを繰り返します。後半、大学時代に現れた甲野は記憶が1日しか持たない障害を持っていて(またこの設定かと思うわけですが)、甲野が忘れても忘れてもめげずに毎日告白を続け、それに幸せを感じるりのが微笑ましくて、おかしくて良いです。

 ただ、終盤に明らかになる相手が消える理由と仕組みがいまいち説得力を欠きます。合理的な理由にするのは難しいので、ファンタジーにした方が良かったのではないかと思いました。

 見上愛を最初に認識したのは「異動辞令は音楽隊!」の時で、「あれ、出演者の中に名前がないのに小松菜奈が出てる」と勘違いしたのでした。出ていたのは小松菜奈ではなく、見上愛だったわけですが、この二人、顔つきがよく似ています。初の単独主演となったこの映画で、はっきり見上愛の良さが分かりました。コメディエンヌの素質十分なので、そういうジャンルで頑張ってほしいです。
▼観客6人(公開2日目の午前)1時間43分。

「無名」

 日中戦争時代の上海を舞台に中国共産党、国民党、日本軍の間で繰り広げられるスパイ活動を描くサスペンス。人間関係が入り組んでいて、誰が敵か味方か分からず、終盤になって話の行き先がようやく分かりました。ラストのセリフは「今の中国映画ではまあ、そりゃそうだろうな」という感じ。

 主人公は中華民国・汪兆銘政権の諜報員フー(トニー・レオン)とその部下イエ(ワン・イーボー)。汪兆銘政権は日本の傀儡なので、日本軍とは近しいわけですが、そんなに単純には行かず、スパイには付きものの裏切りと非情さが混在した展開になっています。当時の中国情勢を知っていないと、理解しにくい部分があり、中国でも若い世代には分かりにくいんじゃないですかね。話を少しすっきりさせた方が良かったと思います。

 監督は日中戦争前夜の上海を舞台にした「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海」(2016年)のチェン・アル。
IMDb6.3、メタスコア59点、ロッテントマト76%。
▼観客13人(公開6日目の午後)2時間11分。

2024/05/05(日)「青春18×2 君へと続く道」ほか(5月第1週のレビュー)

 録画したテレビ番組や映画を入れているネットワークHDD(NAS)の内蔵ディスクが寿命に近づいているようで、買い換えるかダビングするよう警告が出るようになりました。稼働時間を見たら2万1613時間。つまり900日ぐらい連続稼働させていることになります。不具合が出てもおかしくないと納得しました(ただ、ディスクチェックの結果は正常。近く故障の可能性があるということですかね)。たまには電源切った方が良いのでしょう。内蔵ディスクは換装しようと思ってます。

「青春18×2 君へと続く道」

 藤井道人監督が台湾の紀行エッセイ「青春18×2 日本慢車流浪記」(ジミー・ライ著)を基にして作った日本・台湾合作映画。

 台湾の高校生ジミー(シュー・グァンハン)はバイト先のカラオケ店で日本から来たバックパッカー、アミ(清原果耶)と出会い、カラオケ店で一緒に働くうちに恋に落ちる。しかし、アミはある事情で日本に帰ることになる。お互いに自分の夢を実現したら会おうという約束を交わして2人は別れを告げた。18年後、ジミーはゲーム会社を友人と起業し、成功を収めていたが、自分勝手な営方針がたたって会社を追い出される。傷心のジミーはアミの故郷を訪ねるため、日本を訪れる。

 18年前の描写は見ていてどうにも気恥ずかしい感じがつきまといます。よくあるというか、手垢のついた恋の始まりの描写やバイト先の人たちの良い人っぷり、コメディーのセンスなどに新しさがなく、既存の材料で組み立てたような作り。

 ジミーが日本に来てからの描写は良い場面が多いものの、展開はオリジナリティーに欠けています。語り方に工夫があるので、持ちこたえていますが、結局、そういう話なのかと思えてくるのが残念。終盤、アミの視点で18年前を振り返る場面は叙情性にあふれていて、藤井道人監督は本来、こういう描写が好きなのでしょう。前半にこうした叙情性が少ないのは合作映画に起因する難しさもあるのではないかと思います。

 18年前の場面でジミーはアミを岩井俊二監督の映画「LOVE LETTER」(1995年)に誘います(中国でも台湾でも人気でした)。その上映劇場にはルイ・グンメイ主演の台湾映画「藍色夏恋」(2002年、イー・ツーイェン監督)のポスターが貼ってありました。それぞれ日本と台湾の青春恋愛映画を代表するような作品で、この映画は特に「LOVE LETTER」の影響が大きいですが、そのレベルには届いていませんでした。藤井監督は祖父が台湾出身だそうです。
IMDb7.0(アメリカでは未公開)
▼観客25人ぐらい(公開2日目の午前)2時間3分。

「悪は存在しない」

 豊かな自然に恵まれた田舎町の環境を巡って進出予定の企業とそれに反対する住民たちをシンプルに描いた作品、と思っていたら、ラストでどう解釈すれば良いのか悩む場面が出てきます。平凡に終わるのを避けるためにこういうラストにしたのかと思いますが、確かに終わらせ方の難しい内容ではあって、このラストをどう評価するかで映画全体の評価も変わってくるでしょう。こういう終わり方もありだ、と僕は思いますが、意味が分からないと怒る人がいるかもしれません。

 水がきれいな長野県水挽町で暮らす巧(大美賀均)と娘の花(西川玲)は自然のサイクルに合わせた生活を送っていたが、家の近くでグランピング場を作る計画が持ち上がる。計画主体は東京の芸能事務所。説明会で浄化槽の設置場所が貴重な水源を汚染する可能性があることが分かる。住民たちは説明会で強く反対を表明する。

 長い説明会の場面が映画の白眉で、ここは撮影前の本読みに時間をかける濱口竜介監督の手腕が発揮された場面と言えるでしょう。説明会で住民と対立する企業側の高橋(小坂竜士)と黛(渋谷采郁)は実は悪い人間ではないことが分かってきます。高橋は巧の薪割りを手伝ったり、田舎の生活に触れることで、この町に魅せられてきて、会社を辞めることを考える始末。だからこういうタイトルなのかと思えます。

 主演の大美賀均はこれまで助監督や制作部の仕事をしてきた人で演技は初めて。小坂竜士も俳優から車両部に移っていたそうで、そうした有名ではない出演者ばかりであることが映画にリアルさを与えています。
IMDb7.1、メタスコア82点、ロッテントマト92%。2023年ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞。
▼観客15人ぐらい(公開初日の午前)1時間46分。

「美と殺戮のすべて」

 2022年ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したドキュメンタリー。全米で50万人以上が死亡したオピオイド系鎮痛剤オキシコンチンの製薬会社パーデュー・ファーマを営む富豪一族を追及する写真家ナン・ゴールディンの姿を描いています。

 パンフレットによると、オキシコンチンはケシから抽出した成分やその化合物から生成した医療用鎮痛剤(医療用麻薬)。常習性が低く、安全ということで1996年ごろから処方販売されましたが、2000年ごろから依存症や急性中毒で死亡する人が急増したそうです。50万人以上死亡というのが驚きで、なぜそんなものを政府が放置していたのか疑問に思います。ナン・ゴールディンも2014年以降、依存症となったことで、完治後に反対運動を始めたそうです。

 映画はゴールディンの生い立ちと業績を絡めて、反対運動を描いています。普通の社会派映画になっていないので、薬害批判への鋭さが個人的には少し物足りなかったのですが、LGBTQを早くから写真の題材に取り上げ、自身も自由奔放な生活を送ったゴールディンの半生には興味深いものがありました。監督は「シチズンフォー スノーデンの暴露」(2016年)のローラ・ポイトラス。
IMDb7.5、メタスコア91点、ロッテントマト95%。
▼観客1人(公開5日目の午後)2時間1分。

「ゴジラ×コング 新たなる帝国」

 ゴジラを走らせるな。これに尽きます。日本のゴジラが走ったことは多分ないはずです。これは最新2作を除いて着ぐるみ撮影だったので物理的に無理だったからです。走らない、じゃなくて走れない(せいぜい、「シェーッ!」をするぐらい)。ただ、走れない(素早く動けない)ことで、重量感を出すことに成功していて(実際、着ぐるみは重かったのでしょう)、ゴジラの巨大さを表現する効果がありました。

 キングコングのスーツはまあ、人間と変わらない形状ですし、そんなに重くもないでしょうから過去の映画でも走ることは可能だったでしょう(ジョン・ギラーミン版でも走ってました)。でも、やっぱり素早い動きというのは、ゾウなど実際の巨体の動物を見ても無理なのが分かります。だからキングコングも走らないことが望ましいです。

 アダム・ウィンガード監督には怪獣映画のそういうお約束が分かっていないのでしょう。CGチームに丸投げした感がありありです。コングと同類の巨大猿がたくさんいるシーンは大きさの比較になるものが周囲にないので、普通の猿がたくさんいる光景にしか見えませんでした。怪獣映画ではないと思えば、それなりに面白いシーンではありました。

 だいたい、このモンスター・ヴァースシリーズでコングとゴジラはガメラと同じように地球生態系の守護神の役割だったはず。今回の敵は単なるコングの同類で、サル山のボス争いにしか見えません。

 次の作品では怪獣映画を本当に好きな監督に代わってもらった方が良いと思います。
IMDb6.5、メタスコア47点、ロッテントマト54%。
▼観客14人(公開7日目の午後)1時間57分。

「水深ゼロメートルから」

 2019年の四国地区高校演劇研究大会で最優秀賞を受賞した徳島市立高の舞台を山下敦弘監督が映画化。水を抜き、砂が積もったプールで女子高生4人の悩みが交錯する作品です。元の演劇の脚本を書いた中田夢花が映画用に脚本を書いていますが、ほとんどプール内に終始して、いかにも元が演劇の内容となっています。

 夏休みを迎えた高校2年生のココロ(濱尾咲綺)とミク(仲吉玲亜)は体育教師の山本(さとうほなみ)から特別補習としてプール掃除を指示される。水が抜かれたプールには隣の野球部グラウンドから飛んできた砂が積もっていた。砂を掃き始めると、同級生で水泳部のチヅル(清田みくり)、水泳部を引退した3年生のユイ(花岡すみれ)がやってくる。学校生活や恋愛、メイクなどを話すうちに彼女たちの悩みがあふれていく。

 高校演劇舞台化プロジェクト第一弾の「アルプススタンドのはしの方」(2020年、城定秀夫監督)に続く映画化。「アルプススタンド…」は男女問わず響く内容でしたが、この作品は男には実感しにくい部分がありますね。
 オンライン試写で見ました。1時間27分。

2024/04/28(日)「パスト ライブス 再会」ほか(4月第4週のレビュー)

 前シリーズは見ていなかったんですが、ドラマ「おいハンサム!!2」(東海テレビ)がおかしくて毎回楽しく見ています。伊藤理佐のコミック「おいピータン!!」を中核原作として脚本化したそうですが、この脚色(山口雅俊)が良い出来。原作にはまったく設定がない夫婦(吉田鋼太郎、MEGUMI)と三姉妹(木南晴夏、佐久間由衣、武田玲奈)の騒動を描いたコメディにうまくまとめ上げ、コント集のような形で家族のドラマがゆるく展開していきます。同じく木南晴夏が三姉妹の長女を演じるドラマ「9ボーダー」(TBS)より面白いですね。前シリーズはNetflixやU-NEXTなどで配信中。6月には劇場版が公開予定です。

「パスト ライブス 再会」

 前半、24年前のソウルと12年前のパソコン画面での会話のシーンはフツーの出来。というよりほとんど退屈で、どこが良いのかまるで分かりませんでしたが、後半が見違えるほど素晴らしいです。3人の男女の微妙な心の内を繊細に詳細に豊穣に描き出して感心しまくりました。アカデミー脚本賞は「落下の解剖学」じゃなくて、この映画の方が良かったと思います。

 ソウルで暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソンはお互いに恋心を抱いていたが、ノラは家族とともにカナダに移住することになる。12年後、2人はオンラインで再会を果たすが、お互いを思いながらもすれ違う。さらに12年後、36歳のノラ(グレタ・リー)は作家のアーサー(ジョン・マガロ)と結婚して7年たち、ニューヨークに住んでいた。ヘソン(ユ・テオ)はそれを知りながら、ノラに会うためニューヨークにやって来る。

 ノラはいつも寝言を韓国語で言う、とアーサーが打ち明けます。だから自分も韓国語を勉強して少し話せるようになったわけですが、それでも国籍・民族の違いは夫婦間に厳としてあるのでしょう。そういう感じを持っているのに、ノラの初恋の人である韓国男性が訪ねてくるわけですから、「そのまま連れ去ってしまうのではないか」と心穏やかではいられなくなります。だからといって声を荒げるわけでもないアーサーはホントに良い男。その理性と自制はノラとヘソンにも備わっていて、だからこんなに見事な大人の物語になったのでしょう。

 帰国するためウーバーの配車を待つヘソンとノラのシーンからラストまでの描写が秀逸です。黙って見つめ合う2人の感情の高まりを感じさせるサスペンス。あと1、2秒、ウーバーの到着が遅れていたら、2人はキスしていたかもしれません。それは別れのキスではなく、始まりのキスになっていたはず。続く場面で、アパートの外の階段に座ってノラを待つアーサーを映し、駆け寄ってアーサーの腕の中で泣きじゃくるノラの場面まで文句のつけようのない描写。もう完璧というほかない作りでした。

 最後の場面をデイヴィッド・リーン監督の名作「逢びき」(1945年)と比較するレビューがあってなるほどと思いました。冒頭と終盤が呼応する構成も「逢びき」に似ていますから、セリーヌ・ソン監督は意識したのかもしれません。ただし、「逢びき」の夫は妻の行動を何も知らなかった設定でしたが、この映画では妻をよく知った上での描写になっているのが大きな違いです。グレタ・リーの飾らないファッションと自然な佇まいも含めて、脚本と演出と演技が奇跡的な効果を上げた傑作だと思います。
IMDb7.9、メタスコア94点、ロッテントマト95%。
▼観客多数(公開2日目の午後)1時間46分。

「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」

 1969年の若松プロを描いた「止められるか、俺たちを」(2018年、白石和彌監督)の続編。前作では脚本を担当した井上淳一監督によると、今回のタイトルは「映画に人生をジャックされた人たちの青春群像劇」を意味するそうです。

 1980年代、若松孝二が名古屋にオープンさせた映画館シネマスコーレと、そこで若松孝二に弟子入りする青年(井上監督)らの不器用な青春を描いています。80年代に流行した映画のタイトルや監督の実名、映画に関するエピソードがポンポン出てきて、そこでもう懐かしさ全開になるわけですが、ストーリーも若松プロの群像にかつての青春映画の味わいをまぶした展開が個人的にはツボりました。

 若松孝二を演じるのは前作と同じ井浦新ですが、今回の方がしゃべり方を似せてきた印象。シネマスコーレの支配人・木全役に東出昌大、若松監督に弟子入りする井上淳一役に杉田雷麟(らいる)。スコーレでアルバイトする金本法子(芋生悠)は実際にはオープンして10年ほどたってから関わってきたそうです。

 劇中で引用されている新藤兼人監督の言葉「人は誰でも一生に一度だけ傑作を書くことができる。それは自分自身を描くことだ」の通り、井上監督は自分自身のことも描いて傑作をものにしたと言えるでしょう。パンフレットとして販売されている公式ブックはA4判で100ページ以上あり、シナリオ決定稿も収録された読み応えのある内容となっています。
▼観客2人(公開初日の午後)1時間59分。

「戦雲 いくさふむ」

 軍事基地化が進む南西諸島の現状を描いたドキュメンタリー。監督は「沖縄スパイ戦史」(2018年、キネ旬文化映画ベストテン1位)などの三上智恵で、8年かけて取材したそうです。

 描かれるのは台湾有事に備えて与那国、宮古、石垣島と沖縄本島で急速に進む軍事要塞化です。有事の際に南西諸島の人たちは全島避難が想定され、避難先は九州各県とされています。だから他人事ではなく、興味深い内容ではあるんですが、少し長すぎると感じました。現状と住民の反対運動だけでなく、島の生活を描くことも狙いだったのは分かるんですが、結果的に鋭さを失った印象になっています。30分ほど短くしても良かったのではないでしょうか。

 映画に出てくる石垣島には15年ほど前に家族旅行で行きました。車で40分ぐらいで島の周囲をドライブできるほどの意外に小さな島です。そこに軍事基地ができたわけで、観光地としてはデメリットもあるんじゃないかと心配になります。
▼観客13人(公開6日目の午後)2時間12分。

「陰陽師0」

 平安時代の呪術師・安倍晴明(山崎賢人)が陰陽師になる前の事件を描く佐藤嗣麻子監督作品。陰陽師シリーズは夢枕獏が原作ですが、この物語は佐藤監督のオリジナルです。

 新味もひねりもないストーリーが致命的にダメで、奈緒と染谷将太の絡みのシーンなどはまるでお話にならないレベル。2人とも演技はうまいのに、このストーリーでは見せ場がなかったのでしょう。奈緒はこうしたお姫様役はあまり似合わないと思えました。VFXはまずまずでした。
▼観客30人ぐらい(公開7日目の午後)1時間53分。

「12日の殺人」

 「悪なき殺人」(2019年)のドミニク・モル監督作品で、実際に起きた女子大生焼殺事件を基にしたサスペンス。

 フランスの殺人事件の2割は未解決と冒頭の字幕に出ます。日本の場合、殺人事件の検挙率は90%以上らしいので、フランスは少し検挙率が低すぎます。映画で描かれる事件も未解決ですが、警察の捜査の仕方に問題があるとしか思えません。

 映画の出来自体はまずまずなんですが、未解決事件を描いた作品にはポン・ジュノ「殺人の追憶」(2004年)という偉大な作品がありますから、比較すると、分が悪くなりますね。
IMDb7.0、メタスコア81点、ロッテントマト94%。
▼観客8人(公開11日目の午後)1時間54分。

「シティーハンター」

 北条司の人気コミックのNetflixオリジナル映画化。予告編公開時にキャラの再現性が高いと言われていた通り、鈴木亮平の冴羽燎も森田望智の槇村香も木村文乃の野上冴子もイメージ通りで文句なしです。アクションも悪くありませんが、残念ながら話がイマイチ面白みに欠けます。

 映画にするより1時間のドラマシリーズにした方が良いのかもしれません。ちゃんと巨大ハンマーと、もっこりを出してくるのに感心。監督は佐藤祐市、脚本は三嶋龍朗(脚本協力に「夜を走る」の佐向大の名前がありました)。
IMDb6.5、ロッテントマト63%(観客スコアは89%)。

2024/04/21(日)「異人たち」ほか(4月第3週のレビュー)

 Filmarksの地上波ドラマの評価を見ると、4月スタートの作品では「アンメット ある脳外科医の日記」(カンテレ)とNHK朝ドラ「虎に翼」が4.2で現時点での最高点となっています。

 「アンメット」は原作コミック(子鹿ゆずる・作、大槻閑人・画)とは主人公を変えて、記憶が1日しか持たない脳外科医ミヤビ(杉咲花)を描いています。原作の主人公はアメリカ帰りの超一流の脳外科医・三瓶(若葉竜也)ですが、ミヤビは原作の主要キャラですし、三瓶との関係も物語の核になっていくようです。何よりミヤビのキャラはドラマティックかつ同情・共感を得やすいので、この脚色が成功の一因と思えました。

 記憶が1日しか持たないという設定は「50回目のファースト・キス」(2004年、ピーター・シーガル監督)とそのリメイク(2018年、福田雄一監督)や「今夜、世界からこの恋が消えても」(2022年、三木孝浩監督)などの先行作品がありますが、医療ドラマとの組み合わせはオリジナルなものですね。

「異人たち」

 山田太一の小説「異人たちとの夏」を「さざなみ」(2015年)のアンドリュー・ヘイ監督が映画化。同じ原作を最初に映画化した「異人たちとの夏」(1988年、大林宣彦監督)はキネ旬ベストテン3位で、主人公の両親を演じた片岡鶴太郎と秋吉久美子がともに助演賞を受賞しました。

 大林版はこの2人がとても良かったんですが、主人公(風間杜夫)と同じマンションに住み、愛し合うようになる名取裕子の描き方がいかにもホラーじみていて、マイナスの印象でした(名取裕子自身が悪かったわけではありません)。

 アンドリュー・ヘイはこの名取裕子の役を男に代えています。主人公アダム(アンドリュー・スコット)はロンドンのマンションに住む脚本家。このマンション、アダムともう一人しか住んでいないらしく、夜になると、ひっそりしています。ある夜、同じマンションの住人ハリー(ポール・メスカル)が酒を持って訪ねてきます。アダムは警戒して追い返したものの、お互いにゲイ(クィア)であることを察知し、次第に仲を深めていきます。同じ頃、アダムは死んだはずの両親と再会し、戸惑いながらも両親の温かさを忘れられず、何度も家に通うようになります。

 両親を演じるのはジェイミー・ベルとクレア・フォイ。大林版では両親の場面は明るい色調、名取裕子の場面は暗い色調で描いていましたが、アンドリュー・ヘイはそうした分かりやすい区別はしていません。両親の場面は大林版の方が優れていますが、マンション内の場面はこの映画の方が良いです。

 アダムとハリーはどちらも深い孤独にあり、それがゲイの範囲を超えて、観客の胸に届く要因になっています。ハリーの設定は原作とは異なるものに脚色したんじゃないかと途中まで思ってました。
IMDb7.7、メタスコア90点、ロッテントマト96%。
▼観客6人(公開初日の午前)1時間45分。

「貴公子」

 途中までどういう話かまるで分からないにもかかわらず、とても面白いという作品がミステリーにはいくつかあって、僕はアリステア・マクリーン「恐怖の関門」を真っ先に思い浮かべます(冒険小説ですけど)。この映画もそういう先行作品を参考に物語を組み立てたのでしょう。

 冒頭は凄腕の男があっという間に暴漢数人を殺してしまう場面。善悪も男の正体もまるで分かりません。続いて、フィリピンの若いボクサーが出てきます。韓国人の父親とフィリピン人の母親の間に生まれ、父親は韓国に帰ったという設定。こういうハーフをコピノといい、Wikpediaによると、2014年現在で3万人いるそうです(ちなみに日本人男性とフィリピン女性とのハーフはジャピーノと言い、2010年現在で10万人です)。

 そのボクサー、マルコ(カン・テジュ)は病気の母親を抱え、貧しい生活を送っています。そんなマルコのもとに「韓国にいる父親の使い」と称する男たちが現れ、マルコを韓国に連れて行き、父親に会わせようとします。それを妨害するのが冒頭に出てきた凄腕の男(キム・ソンホ)。男は執拗にマルコたちを追跡し、壮絶な攻防戦が展開されることになります。

 アクションが残虐すぎるのが好みではありませんが、語り口の工夫は良いと思いました。脚本・監督は「THE WITCH 魔女」シリーズのパク・フンジョン。シリーズ化できそうな話ですね。
IMDb6.9、ロッテントマト94%(アメリカでは限定公開)。
▼観客6人(公開7日目の午後)1時間58分。

「ゴースト・トロピック」

 ベルギーのバス・ドゥヴォス監督が「Here」(2023年)の前、2019年に撮った長編第3作。

 一日の仕事を終えた掃除婦のハディージャ(サーディア・ベンタイブ)は地下鉄の最終電車で眠りに落ちてしまう。終点で目覚めた彼女は家へ帰る方法を探すが、金がなく、タクシーには乗れず、歩いて帰るしかない。寒風吹きすさぶ真夜中のブリュッセルを彷徨い始めた彼女は、さまざまな人たちと出会う。

 「Here」の主人公と同様にハディージャも移民です。頭をヒジャブで覆っているのでイスラム教徒でしょう。情感豊かな描き方で、個人的には「Here」より面白く見ました。
IMDb6.4、メタスコア91点、ロッテントマト100%。
▼観客7人(公開5日目の午後)1時間24分。

「蛇の道」(1998年)

 6月公開の黒沢清監督「蛇の道」は1998年の同名作品の監督自身によるリメイク。旧作は元々オリジナルビデオとして企画されたようですが、劇場公開されていてキネ旬ベストテンでは47位でした。

 U-NEXTはさすがというべきか、旧作を配信開始しました。で、見ました。幼い娘を殺された宮下(香川照之)と、彼に手を貸す新島(哀川翔)の復讐を描いたバイオレンス・ドラマ。2人は事件に関係しているらしいある組織の幹部を拉致監禁し、拷問にも似たやり方で犯人の名前を吐かせようとします。まあ普通のドラマだなと思いながら見ていると、終盤で意外な真相が明らかになります。この真相がすべてで、いかにも高橋洋脚本らしく、黒沢清らしいものになっていました。

 これには同じ主人公の“オフビートドラマ”「蜘蛛の瞳」(1998年)があって、同じくU-NEXTが配信しています。キネ旬ベストテンではこちらの方が順位が上で33位でした。

 評価は「蛇の道」がKinenote72.2、映画.com2.6、Filmarks4.0。「蜘蛛の瞳」は67.6、3.4、4.0。

 新作の「蛇の道」はフランスが舞台で、予告編を見ると、柴咲コウがフランス語をしゃべって、不自然さがないのに驚きます。撮影前に特訓したんだとか。柴咲コウの役は旧作の哀川翔の役に当たるようです。