2024/05/19(日)「ミッシング」ほか(5月第3週のレビュー)

 20代の頃に見て衝撃的に面白かった「太陽を盗んだ男」(1979年)やキネ旬ベストテン1位の「青春の殺人者」(1976年)の長谷川和彦監督が新作映画を計画しているそうです。長谷川監督は78歳。これまでにさまざまな企画が流れてきた経緯があり、45年ぶりの映画を今度こそ実現してほしいです。

「ミッシング」

 行方不明となった6歳の娘を必死に探す夫婦と世間のバッシングを描く吉田恵輔監督作品。吉田監督は「空白」(2021年)や「神は見返りを求める」(2022年)でもSNS上のバッシングを描いていました。今回は真正面からそれを取り上げた形です。主人公を演じる石原さとみの熱演が話題で、確かに女優賞に値する迫真の演技ですが、話の展開自体にそれほど目新しいものはないように思いました。

 娘の美羽がいなくなって3カ月。沙織里(石原さとみ)と豊(青木崇高)の夫婦は街頭でチラシを配り、情報提供を求めている。大手マスコミの関心が薄くなった中、地元テレビ局の砂田(中村倫也)だけは夫婦の活動を取り上げてくれている。そんな中、娘の失踪時に沙織里がアイドルのライブに行っていたことがネットで批判・炎上する。さらに最後まで美羽と一緒だった沙織里の弟・圭吾(森優作)の証言に嘘があることが分かり、いやがらせ、攻撃が強まる。

 物語の基になったのは2019年の山梨キャンプ場女児失踪事件でしょうが、吉田監督は当事者への心ない攻撃のほか、些細なことで言い争いをする街の人たちを点景として描き、ギスギスした社会を浮き彫りにしています。同時に視聴率重視のテレビ局の取材・報道の在り方にも批判を向けています。

 山梨の事件では女児の遺体の一部が2年7カ月後に発見されましたが、事故か誘拐か明らかになっていません。この映画の失踪は街中で起こっただけに誘拐の可能性が強いでしょう。しかも2年たっても何の手がかりも出てこない状態。娘を思う気持ちと世間からのバッシングで夫婦の苦悩には終わりが見えません。いったいこの話をどう終わらせるのかと思っていたら、もう一つの女児失踪事件を絡めた希望を感じさせるラストが用意されていました。ギスギスした人間ばかりじゃないわけです。

 石原さとみともに、大きな攻撃にさらされる森優作、新人記者役の小野花梨も好演しています。
▼観客20人ぐらい(公開初日の午前)1時間58分。

「碁盤斬り」

 古典落語の人情噺「柳田格之進」を基にした時代劇。人情噺だけでは2時間持たないので主人公が浪々の身となったきっかけの事件をめぐる復讐劇を加えてあります。白石和彌監督初の時代劇ですが、ほとんど自然光で撮ったんじゃないかと思える画面づくりは山田洋次監督の傑作「たそがれ清兵衛」(2002年)を思わせるレベル。清廉潔白を貫き、清貧に生きる主人公像も清兵衛に似ていますが、2つの話の融合が今一つなのと、人物描写の深みの点で残念ながら「清兵衛」の域には届いていません。

 主人公の柳田格之進(草なぎ剛)は娘の絹(清原果耶)と江戸の貧乏長屋に暮らし、篆刻で生計を立てている。囲碁の達人でもある格之進は商人の萬屋源兵衛(國村隼)と知り合い、一緒に囲碁を打つようになるが、ある夜、源兵衛宅で打っていた時、源兵衛が持っていた50両がなくなる。部屋にいたのはほかに格之進だけ。身に覚えのない疑いをかけられた格之進は切腹で疑いを晴らそうとしたところを絹に止められる。絹は吉原の女将お庚に身売りして50両を作った。

 というのがオリジナルの落語の部分。この後、格之進の疑いは晴れ、絹も帰ってくることができ、ハッピーエンドを迎えます。映画はこれに格之進がなぜ貧乏長屋暮らしをすることになったのかの背景を描き、復讐の話につないでいきます。格之進は元は彦根藩の武士でしたが、謂れ無い罪を着せられ、妻も亡くしました。それが実は同じ藩士の柴田兵庫(斎藤工)の仕業であることが分かり、格之進は仇討ちの旅に出ることになる、という展開。

 脚本は「凪待ち」(2018年)、「Gメン」(2022年)などの加藤正人。絹の身売りにタイムリミットを設定するなど工夫のある真っ当な脚色なんですが、なくなった50両と仇討ちを一緒に解決できるような話にしたいところでした。そこが惜しいと思います。

 全国327館に中継された舞台あいさつ付きの回を観賞しましたが、清原果耶はなぜか舞台あいさつには参加していませんでした。残念。
▼観客30人ぐらい(公開2日目の午前)

「鬼平犯科帳 血闘」

 松本幸四郎は長谷川平蔵として違和感がありませんし、話もこれ単体では悪くないと思ったんですが、「碁盤斬り」のレベルの高さに比べてしまうと、明るすぎる画面からしていかにもテレビドラマの水準に終わっています。脚本は大森寿美男、監督は山下智彦。

 これに先行してテレビ放映され、動画配信中の「本所・桜屋敷」(同じ脚本、監督コンビで時代劇専門チャンネルの最高視聴率だったそうです)よりは映画らしさを備えていますが、いずれにしても、6月、7月に放送される連続シリーズと連動する作品という位置づけ。テレビの延長線と言われても仕方ありません。

 昨年の「仕掛人・藤枝梅安」2部作(河毛俊作監督)ぐらいの完成度が欲しかったところです。残虐な敵役の北村有起哉と、中村ゆり、志田未来、松本穂香の女優陣はそれぞれに良かったです。
▼観客15人ぐらい(公開4日目の午後)1時間51分。

「バジーノイズ」

 むつき潤の同名コミックを「チア男子!!」(2019年)の風間太樹監督が実写映画化。マンションの住み込み管理人をしながら、作曲をしている主人公が音楽の道へ踏み出していくドラマです。

 元々の設定がそうなんですが、ほとんど無表情で他人との付き合いが苦手な主人公を演じる川西拓実(JO1)よりも相手役の桜田ひより、周囲の井之脇海、柳俊太郎、円井わんらの方が目立つ作品でした。

 円井わんの見事なドラムさばきにびっくり。あまりうまくないけど、駒井蓮が歌を歌うシーンもありました。
▼観客7人(公開14日目の午後)1時間59分。

「恋するプリテンダー」

 ひどい言い方であることは分かってますが、一流になりきれないスタッフ・キャストで作った下世話なラブコメという感じの作品。主演のシドニー・スウィーニーはスタイル抜群、相手役のグレン・パウエルはムキムキの筋肉質。この映画のエグゼクティブ・プロデューサーも務めたスウィーニーは決して悪くないので、作品に恵まれれば、これから売れていくのかもしれません。

 監督は「ピーターラビット」シリーズのウィル・グラック。
IMDb6.1、メタスコア52点、ロッテントマト53%。
▼観客6人(公開5日目の午後)1時間43分。