2023/11/26(日)「駒田蒸留所へようこそ」ほか(11月第4週のレビュー)

 ミステリマガジン1月号で恒例のミステリーベストテンが発表されています。国内篇1位は米澤穂信「可燃物」、海外篇はロス・トーマス「愚者の街」でした。国内篇3位に京極夏彦の17年ぶりの百鬼夜行シリーズ「鵺の碑」が入ってます。単行本(3960円)で1280ページ、新書版(2420円)で832ページという大作で、久しぶりに読んでみたいです。直木賞と山本周五郎賞を受賞した永井紗耶子「木挽町のあだ討ち」は4位。ミステリの枠を取っ払っても名作で、まだ映像化の予定はないようですが、構成から見てNHKの時代劇にはぴったりだと思います。

「駒田蒸留所へようこそ」

 今週、しみじみと良かったのはこのアニメ。幻のウイスキーKOMA(独楽)の復活を目指す蒸留所の若い女性社長・駒田琉生(声:早見沙織)と、それを取材するWebメディアの記者・高橋光太郎(声:小野賢章)を描き、ウェルメイドな仕上がりになっています。

 制作は富山県に本社を置くP.A.WORKS。同社はアニメ制作現場を描いた「劇場版 SHIROBAKO」(2020年、水島努監督)などの“お仕事アニメ”を撮っていて、この映画も仕事に絡む問題が描かれています。美大に通っていた琉生は、地震で被害を受けた会社を建て直すため仕事に打ち込んだ父親の急死で蒸留所を継ぎ、かつて作っていたKOMAの復活を目指しています。その困難な過程とともに、職を転々としてきた光太郎が記者として成長していく過程を盛り込み、実写で十分に通用する内容です。

 経営の苦しい蒸留所には買収の話が持ちかけられます。そんな時に漏電が原因の火事に見舞われ、経営は一層苦しい状況に。琉生は買収に応じることを決意しますが、従業員たちの励ましで撤回。光太郎も協力して復活の道を進むことになります。

 実写ドラマで描かれれば、従業員が生活の苦しさを顧みず、夢の実現に全員協力する描写などは甘さを感じるでしょうが、そこに違和感がないのがアニメの良さかもしれません。夢を諦めない、仕事に意味を見いだす過程をさわやかに描いて好感が持てました。吉原正行監督。

 入場者プレゼントは主題歌「Dear my future」(早見沙織)のダウンロードでした。

▼観客2人(公開12日目の午後)1時間31分。

「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」

 「ゲゲゲの鬼太郎」テレビアニメ第6期(全97話)の劇場版。昭和30年を舞台に目玉おやじが幽霊族だった頃の事件を描いています。目玉おやじがあのような姿になり、鬼太郎がどう誕生したかのエピソードは原作を読んだことがあり、テレビアニメ「墓場鬼太郎」第1話でも描かれています。

 映画はそれ以前の話で、哭倉村(なぐらむら)にやってきた血液銀行に勤める水木が鬼太郎の父親(「ゲゲッ」と驚いたことから水木に「ゲゲ郎」と呼ばれます)とともに連続怪死事件に遭遇する展開。この事件が何というか、横溝正史「八つ墓村」や「犬神家の一族」を思わせる内容で、新味がないのが辛いところです。監督は「ゲゲゲの鬼太郎 日本爆裂!!」(2008年)の古賀豪。脚本はアニメ第6期も担当した吉野弘幸。
▼観客多数(公開6日目の午後)1時間44分。

「熊は、いない」

 「人生タクシー」(2015年)「ある女優の不在」(2018年)のジャファル・パナヒ監督作品。偽造パスポートで国外へ脱出しようとする男女と、国境付近の小さな村で因習に縛られる男女の姿を通して、イランの現状を批判しています。パナヒ監督自身がリモートで助監督に指示を出す自身の役で出ていて、「人生タクシー」と同じくフィクションとドキュメンタリーを組み合わせた構成となっています。

 パナヒは2010年に逮捕され、20年間の映画製作を禁じられましたが、逆境の中でゲリラ的に映画を撮り続けていて、イラン国外では高い評価を得ています。この映画もヴェネチア国際映画祭で審査員特別賞を受賞しました。
IMDb7.3、メタスコア93点、ロッテントマト99%。
▼観客2人(公開4日目の午後)1時間47分。

「翔んで埼玉 琵琶湖より愛をこめて」

 魔夜峰央の原作コミックの映画化第2弾。埼玉に海を作る計画を思いついた埼玉解放戦線の麻実麗(GACKT)は仲間とともに美しい砂を求めて未開の地・和歌山へと向かう。そこには大阪に支配され、馬鹿にされ、苦しむ人たちがいた。

 埼玉や滋賀、奈良、和歌山などをディするギャグは笑えるんですが、話にもっと凝って欲しいところ。2時間持つ話ではなかったです。アイデアを詰め込んだ方が良かったでしょう。武内英樹監督。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午前)1時間57分。

「首」

 6年ぶりの北野武監督作品。織田信長(加瀬亮)と明智光秀(西島秀俊)、荒木村重(遠藤憲一)が同性愛の三角関係だったという設定で本能寺の変を描いています。合戦シーンにかなりの予算をかけているようで、見応えはありますが、大河ドラマ「どうする家康」、映画「レジェンド&バタフライ」などこの時代を描いた作品が続いていて食傷気味です。設定をいかに変えようと、話の行く末は分かりきっているので興味が半減してしまいます。

 映画の作りは悪くないので、オリジナルの物語を描いた方が良かったのではないかと思います。アドリブで笑いを取るのも個人的には感心しません。テレビのバラエティじゃないんだから。
▼観客多数(公開初日の午前)2時間11分。

2023/08/20(日)「季節のない街」ほか(8月第3週のレビュー)

 山本周五郎原作の「季節のない街」を宮藤官九郎がドラマ化し、ディズニープラスが今月9日から配信しています。原作の15編の連作短編から9編(「街へいく電車」「親おもい」「半助と猫」「牧歌調」「僕のワイフ」「プールのある家」「がんもどき」「たんばさん」「とうちゃん」)をピックアップ、1話30分の10話にまとめています(「がんもどき」のみ前後編)。

 「季節のない街」は言うまでもなく、黒澤明「どですかでん」(1970年、キネ旬ベストテン3位)の原作ですが、宮藤官九郎はこの映画が黒澤作品の中では一番好きで、原作に20歳で出会ったことが演劇の道に進んだきっかけとなったのだそうです。長年の念願がかなったドラマ化なのでしょう。

 原作と「どですかでん」は貧しい人たちの住む街が舞台でしたが、ドラマは“あの大災害”から12年後の仮設住宅を舞台にしています。濱田岳が演じる“電車バカの六ちゃん”が登場する第1話「街へいく電車」はまずまずの出来にとどまりますが、次の「親おもい」は傑作。ヤクザな兄とまじめな弟の話で、たまに帰ってきて母親から金をせびるだけの兄に対して、母親と弟たちのために必死に働く弟。なのに、母親は兄の方が自分のことを思ってくれる良い息子だと考えている、という誤解とすれ違いの物語。弟役の仲野太賀がホントにうまくて、泣かせます。

 「親おもい」は「どですかでん」にはないエピソードで、逆に「枯れた木」はドラマにありません。このほか「どですかでん」→「季節のない街」のキャストと比較すると、
「僕のワイフ」伴淳三郎→藤井隆
「とうちゃん」三波伸介→塚地武雅
「プールのある家」三谷昇、川瀬裕之→又吉直樹、大沢一菜
「がんもどき」山崎知子、亀谷雅彦→三浦透子、渡辺大知
「たんばさん」渡辺篤→ベンガル
 などとなっています。もう塚地武雅がぴったりの配役ですね。主人公は作家の半助を演じる池松壮亮。半助の目から街の人たちが描かれていきます。監督は宮藤官九郎のほか、横浜聡子、渡辺直樹。音楽は「あまちゃん」の大友良英。Fillmarksの採点は4.2、IMDbはまだ24人の投票ですが、8.8とどちらも高評価になっています。

「SAND LAND」

 鳥山明原作のコミックのアニメ化。砂漠の世界サンドランドは国王が水を高額で販売し、庶民は苦しんでいた。幻の泉の存在を信じるラオ保安官は悪魔の王子ベゼルブブ、魔物シーフと泉の場所を探して旅をすることになる。

 舞台設定は「デューン 砂の惑星」を思わせますが、敵となるゼウ大将軍の造形も「デューン」のハルコンネン男爵によく似ています。原作が1巻だけなのでまとまりは良く、水準以上の仕上がりになっています。

 日経電子版は★4個を付けていましたが、僕は★3個半ぐらいと思いました。横嶋俊久監督、1時間45分。
▼観客多数(公開初日の午前)

「マイ・エレメント」

 ニューズウィーク日本版は「ピクサー史上最悪の映画」と厳しい評価をしていました。確かに脚本は「トイ・ストーリー」(1995年)などと比べると、随分劣るんですが、そんなに酷評するほど、ひどくはありません。

 火・水・土・風のエレメント(元素)たちが暮らす街エレメント・シティを舞台に、火の女の子エンバーが水の青年ウエイドと知り合い、次第に恋心を抱く。水と火が触れ合うことはできないと信じられていて、エンバーの両親は交際に大反対、2人の恋には大きな障害が立ちはだかる。

 水がWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)に例えられていることはよく分かるんですが、火は移民であることは分かってもどこの移民か明確ではありません。メキシコかプエルト・リコ系だろうと思ったんですが、ニューズウィークによると、「移民であるエンバーの家族は東欧なまりの英語を話し、ユダヤ系であることを示唆しているように見える」とのこと。ただ、ラストの挨拶の仕方はイスラムかアジア系かなとも思えます。監督のピーター・ソーンは韓国系です。特定の国の移民ではなく、移民全般を指しているのかもしれません。

 日本語吹き替え版は川口春奈、玉森裕太らが担当していて悪くありませんでした。1時間41分。
IMDb7.0、メタスコア58点、ロッテントマト74%。
▼観客30人ぐらい(公開14日目の午前)

「バービー」

 グレタ・ガーウィグ監督のインタビューによると、映画の企画はプロデューサーを兼ねた主演のマーゴット・ロビーがガーウィグとノア・バームバックに依頼したそうです。ガーウィグは「自分たちに依頼するということは、マーゴットは変な映画を作ろうとしているのだろう」と思ったとのこと。普通のコメディではなく、男性優位社会を風刺した堅い面を併せ持つ作品になったのは、だから当然なのでしょう。

 ピンクに彩られた夢のような世界“バービーランド”で、人気者のバービー(マーゴット・ロビー)は、ボーイフレンドのケン(ライアン・ゴズリング)や仲間たちに囲まれて楽しい日々を送っていた。ある日、彼女の身体に異変が起こり始める。空は飛べなくなり、シャワーからは冷たい水。いつもハイヒールを履くバービーの足は床にべったり。世界の秘密を知る変わり者のバービー(ケイト・マッキノン)の助言で、ケンと共にリアルワールド(人間世界)へ行くことになる。そこは男性優位の驚くべき世界だった。

 リアルワールドに影響されたケンはバービーランドも男性優位に変えようとする。バービーたちはその阻止を図る、という展開。スタイル抜群のマーゴット・ロビーはとてもキュートですが、映画全体としてはコメディと堅さの配分が今一つかなと思えました。

 日本ではバービーよりもリカちゃん人形(タカラトミー)の方が一般的なので、映画もそれほどのヒットにはなっていないようです。Wikipediaによると、バービー人形は当初、日本で生産されていたとのこと。1時間54分。
IMDb7.4、メタスコア80点、ロッテントマト88%。
▼観客13人(公開5日目の午前)

「高野豆腐店の春」

 アルタミラピクチャーズなどが製作、東京テアトル配給ですが、公開劇場は松竹系のピカデリー、MOVIXが中心で、松竹カラーに違和感がない作品です。

 尾道の小さな豆腐店を舞台にしたドラマ。父・辰雄(藤竜也)と娘・春(麻生久美子)はこだわりの大豆からおいしい豆腐を毎日二人三脚で作っている。心臓の具合が良くないことを医師から告げられた辰雄は出戻りの春のことを心配し、再婚相手を探そうと仲間たちに相談する。選ばれたのはイタリアンシェフの村上(小林且弥)。しかし、春にはほかに交際中の男性がいた。そんな中、辰雄はスーパーの清掃員・ふみえ(中村久美)と言葉を交わすようになる。

 脚本は三原光尋監督のオリジナル。かつての松竹映画を思わせるようなタッチの父と娘の物語です。そのためか、話にも作りにもあまり新しさはないんですが、メインとなる客層の年配客が満足するならそれでもいいかという気にもなります。藤竜也、麻生久美子、中村久美はいずれも好演。三原監督と藤のコンビはこれで3本目とのこと。2時間。
▼観客20人ぐらい(公開2日目の午前)

2023/07/23(日)「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」ほか(7月第4週のレビュー)

 「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」はシリーズ第7作。デッドレコニング(Dead Reckoning)とは「推測航法」の意味で、冒頭、ロシアの原子力潜水艦の中でのセリフに出てきます。映画はこの原潜の事故に関わり、世界に破滅をもたらす力を持つとされる2つの鍵の争奪戦で、IMF(インポッシブル・ミッション・フォース)のイーサン・ハント(トム・クルーズ)とCIA、ハントに恨みを持つガブリエル(イーサイ・モラレス)の組織の三つどもえの争いが繰り広げられます。

 もちろん、アクションメインの映画なんですが、脚本・監督のクリストファー・マッカリーはこうしたスパイアクションのポイントをよく分かっていて、中盤に大きなドラマを用意しています。

 トム・クルーズは予告編でさんざん見せられたあの断崖ジャンプ(実際にはジャンプ台があります)を7回跳んだそうです。その前にスカイダイビングとオートバイジャンプを何百回も繰り返していて、だからああした危険なジャンプができるのでしょう(常人より恐怖感が少ないサイコパス的な資質もたぶんあると思います)。

 このシーンを見てすぐに思い出すのが「007 私を愛したスパイ」(1977年、ルイス・ギルバート監督)のスキーアクション。オーストリア・アルプスを舞台に敵に追われたジェームズ・ボンド(ロジャー・ムーア)がスキーで斜面を滑り降りてそのまま崖からジャンプし、下方で英国国旗デザインのパラシュートが開くというシーンです(もちろん、ムーアがやったわけではなく、スタントマン)。久しぶりに見直してみたら、「私を愛したスパイ」の冒頭はソ連の原潜ポチョムキンが行方不明になるというシーンで、潜水艦追跡システムを巡る話でした。マッカリー監督、「私を愛したスパイ」をヒントにしたのかもしれません。

 この大ジャンプに続く列車アクションも見応えがあります。列車の上で格闘しながら狭いトンネルが来ると伏せて避けるというシーンは「大列車強盗」(1979年、マイケル・クライトン監督)を思い出します。「ミッション:インポッシブル」シリーズがすごいのは過去に類似したアクションの先例がありながら、そのすべて上回っていて、単なる模倣に終わっていないことです。参考にはするけど、絶対に凌駕してやるとういう気概みたいなものを感じます。昨年の「トップガン マーヴェリック」と同じく、これは大画面で見なくては真価が分からない作品になっています。

 シリーズ第5作「ローグ・ネイション」(2015年)からレギュラーのレベッカ・ファーガソンのほか、ヴァネッサ・カービー、ヘイリー・アトウェル、ポム・クレメンティエフという女優陣のアクションがいずれも良いです。かなりの訓練をしたのでしょう。パート2は2024年6月公開予定(日本は時期未定)。2時間44分。
IMDb8.1、メタスコア81点、ロッテントマト96%。
▼観客多数(公開初日の午前)

「リバー、流れないでよ」

 「ドロステのはてで僕ら」(2020年)に続く劇団ヨーロッパ企画のオリジナル長編映画第2弾。昨年の「MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」や全国的に公開中の「神回」(中村貴一朗監督)など最近の流行と言って良いほど多いループもので、京都の貴船(きぶね)の旅館を舞台に2分間のループに翻弄される人たちを描くコメディです。

 上田誠脚本、山口淳太監督という「ドロステ…」コンビの作品。2分たつと、ループするというのは忙しいですが、登場人物はみな記憶が連続しているので話は早いです。ループの始まりの場所に戻ると、さっさと前のターンの続きを行い、物語が展開していきます。相変わらず笑って笑ってのタッチですが、アイデア的には特に感心する場面は見当たりませんでした。このアイデアなら60分程度にまとめた方が良かったかなと思います。

 映画を見た後にメイキングのDVDを見ました。撮影は今年1月から3月にかけて、貴船の旅館「ふじや」を貸し切って行ったそうです。ループが始まった時になかった雪が後の方では降っていたり、積もっていたりするのはループとしてはおかしいんですが、ユーモアあふれる好感度の高い映画に仕上がっているので文句を言う気にはなりません。ループの場面は2分間ワンカット撮影。旅館の中だけでなく、通りを挟んで向かいにある本館の3階まで行く場面もあり、撮影はけっこう大変だったでしょう。

 主人公の旅館の仲居は「ふじや」が実家の藤谷理子(ヨーロッパ企画)、女将に本上まなみ、番頭は永野宗典、旅館に滞在している作家役で近藤芳正、友情出演のクレジットで乃木坂46の久保史緒里。1時間26分。
▼観客9人(公開2日目の午後)

「ヴァチカンのエクソシスト」

 実在の悪魔祓い師ガブリエーレ・アモルト神父(2016年死去)の2冊の回顧録を基にしたホラー。ウィリアム・フリードキン監督の「エクソシスト」(1973年)以来、多数のエクソシスト映画が作られましたが、どれもフリードキン作品の影響下にあります。この映画も目新しい部分はありません。ただ、映画のまとまりは悪くなく、過去作を見ていなければ、それなりに楽しめると思います。

 実在のエクソシストが主人公でもクライマックスには「こんなことあるわけないだろ」と言いたくなるような派手なシーンが展開されます。アモルト神父を演じるのはラッセル・クロウ。

 高橋ヨシキさんが批判していましたが、中世にカトリック教会が行った異端審問と拷問・処刑は悪魔に取り憑かれた神父の仕業という見方が出てきます。悪いことはすべて悪魔のせいにする、というのはどんなもんでしょうね。ジュリアス・エイヴァリー監督、1時間43分。
IMDb6.1、メタスコア45点、ロッテントマト49%。
▼観客12人(公開6日目の午後)

「マルセル 靴をはいた小さな貝」

 アカデミー長編アニメ映画賞候補となったストップモーションアニメ。12年前にYouTubeに発表した短編が人気を呼び(再生回数3300万回以上)、長編化されたそうです。



 マルセルは体長2.5センチの貝で言葉をしゃべり、靴をはいている。祖母のコニーと一軒家で暮らしていたが、引っ越してきた映像作家ディーン(監督のディーン・フライシャー・キャンプが演じてます)と出会い、初めて人間の世界を知る。離れ離れになった家族を見つけるためディーンの協力を得てYouTubeに動画をアップしたところ、評判となり、テレビ番組「60ミニッツ」で紹介されたことからマルセルは全米の人気者になる。

 マルセルの姿と声がかわいいので、女性と子供に受けるのはよく分かります。元の短編にはストーリーらしいストーリーはありませんが、長編化するにあたって心温まる話になってます。マルセルの声を演じるのはコメディエンヌのジェニー・スレイト、祖母はイザベラ・ロッセリーニ。1時間30分。
IMDb7.7、メタスコア80点、ロッテントマト98%。
▼観客5人(公開5日目の午後)

2023/06/18(日)「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」ほか(6月第3週のレビュー)

 「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」は予想以上の傑作。アニメの技術の斬新さ以上にエモーションをグッラグラに揺さぶりまくる胸熱の青春映画でした。

 序盤、父親と不仲のグウェンのエピソードでグッと来て、続く主人公モラリスのエピソードがイマイチかなと思えましたが、その後は文句を言えない充実した仕上がり。愛する人を救うか、世界を破滅から救うかの二択に関して、他の世界のスパイダーマンたちは愛する人を仕方なく犠牲にしてきましたが、モラリスは両方を救おうとします。

 これに加えてモラリス自身の特異な問題があり、いったいどうする、というところで、なんとなんと「つづく」の文字(吹き替え版で見ました)。いや、前後編2部作であることは知ってたんですが。続編の「ビヨンド・ザ・スパイダーバース」はアメリカでは2024年3月公開予定になってます(日本は時期未定)。

 見終わった後、前作「スパイダーマン:スパイダーバース」(2018年)を配信で再見しました。前作も公開時には斬新と思いましたが、今作と比べると、技術的にはオーソドックスとさえ思える内容でした。5年間の技術の進歩はそれだけのものがあるわけです。

 今作は前作見ていなくても十分に楽しめる話ではありますが、思わぬ感動をもたらし、意気が上がるラストショットは前作見ていないと分からないと思います。Netflix以外の各配信サイトで配信されていますのでどうぞ。前作のエンドクレジットの後には今回の主要キャラであるミゲル・オハラが出てきます。

 小難しい話にせず、感動的にまとめた脚本が成功の大きな要因だと思います。脚本にクレジットされているのは3人で、前作からの担当はフィル・ロードのみ。クリストファー・ミラーとデヴィッド・キャラハムが新たに参加しています。監督はホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソンの3人。2時間20分。
IMDb9.0、メタスコア86点、ロッテントマト96%。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)

「ザ・フラッシュ」

 マーベルの影響なのか、これもマルチバースもの。自分の母親を死なせないためにフラッシュことバリー・アレン(エズラ・ミラー)が過去に戻って、ある出来事を変えてしまいます。現在に戻ったら、それは元いた世界とは別の世界で、母親は生きているものの、もう一人の自分がいて、しかもこの世界ではスーパーマンが撃退したはずのゾッド将軍(マイケル・シャノン)が地球を破滅させようとしていました。バリーはこれをくいとめようと、奔走することに…。

 ほとんどマッチポンプみたいな話にあきれますが、バットマン(ベン・アフレック)とワンダーウーマン(ガル・ガドット)まで出てくる序盤は「ジャスティス・リーグ」(2017年)の乗りで悪くありません。しかし、その後は展開がモタモタした印象。「アクロス・ザ・スパイダーバース」とは違って長く感じました。

 スーパーガール役のサッシャ・カジェはトホホな出来だった「スーパーガール」(1984年、ジャノー・シュワーク監督、ヘレン・スレイター主演)のリメイクが「モータル・コンバット」(2021年)のオーレン・ウジエル監督で予定されていて、その顔見せみたいなものなのでしょう。

 監督は「IT イット “それ”が見えたら、終わり。」(2017年)のアンディ・ムスキエティ。2時間15分。
IMDB7.4、メタスコア56点、ロッテントマト67点。
▼観客5人(公開2日目の午前)

「波紋」

 荻上直子監督がオリジナル脚本で描く中年主婦の物語。東日本大震災後に出て行った夫(光石研)が10年ぶりに帰ってくる。夫はガンにかかっていて、その治療費を目的に帰ってきたらしい。妻(筒井真理子)は新興宗教にのめり込んでいた。

 クスクス笑いながら見ましたが、焦点が絞り切れていない印象。2時間。
▼観客10人(公開5日目の午後)

「M3GAN ミーガン」

 ミーガンと呼ばれるAIロボットが両親を事故で亡くした少女を保護する命令を過剰に守って、少女にとっての脅威を排除する殺人ロボットになるSFサスペンス。オリジナルなアイデアがあまりないにもかかわらず面白いです。あのクネクネした踊りはなんだか気味が悪くて強烈。

 ミーガンは暴走するわけではなく、職務を忠実に守っているだけ。そういう意味ではHAL 9000(「2001年宇宙の旅」)などと同様です。M3GANはModel 3 Generative ANdroid(第3型生体アンドロイド)の略称。ジェラルド・ジョンストン監督、1時間42分。

IMDb6.4、メタスコア72点、ロッテントマト93%。
▼観客20人ぐらい(公開4日目の午後)

「リトル・マーメイド」

 オリジナルのアニメ版(1989年)には何の思い入れもありません。「美女と野獣」(1991年)で開花したアラン・メンケンの音楽の助走的な作品と思います。実写版は賛否ありますが、僕はアニメ版よりよく出来ていると思いました。ただ、クライマックスに追加されたスペクタクルなシーンは不要でしょう。

 ロブ・マーシャル監督、2時間15分。
IMDb7.2、メタスコア59点、ロッテントマト67%。
▼観客多数(公開6日目の午前)