2023/11/19(日)「正欲」ほか(11月第3週のレビュー)
モナークはモンスターの調査を行う秘密機関のこと。ドラマは1973年の髑髏島で始まり、2015年の東京、1950年代のカザフスタンで話が展開します。
2010年代の物語の主人公となるケイトを演じるのは澤井杏奈(ニュージーランド出身)、1950年代のケイトの祖母ケイコ役に山本真理。日本人俳優はほかに平岳大、久藤今日子、渡部蓮(RICACOの次男で俳優デビューだそうです)など。第1話には生島ヒロシがタクシー運転手役でゲスト出演してました。
1話にはサンフランシスコを襲ったゴジラが登場。2話には登場しませんが、その代わりドラゴンみたいな空飛ぶ怪獣が出てきます。監督は「ゲーム・オブ・スローンズ」「ワンダヴィジョン」などのマット・シャックマン。とりあえず温かく見守りたいと思います。
「正欲」
朝井リョウの原作を岸善幸監督が映画化。正しい欲望ではなく、マイノリティーの孤独の深さを描いた傑作だと思います。主人公の桐生夏月(新垣結衣)と佐々木佳道(磯村勇斗)は水しぶきや、あふれる水の光景に喜びを感じる水フェチですが、同時に恋愛感情を持たないアセクシュアルで、“普通の人たち”の中で暮らして孤立しています。両親にさえ本当の自分を見せられない絶望的な孤独。広島に住む2人は中学時代にお互いのことを理解し、同類であることが分かります。しかし、佳道は転校し、その後、東京で暮らしていました。夏月は現在、ショッピングモールで働き、普通に結婚して妊娠した同僚や客と深い溝を感じる日々。そんな時、両親が事故死した佳道が広島に帰ってきます。再会した2人は同じ仲間であることを再確認し、佳道は結婚指輪を示しながら「擬態して東京で一緒に暮らさないか」と提案します。
映画はこのほか、同じ水フェチの大学生・諸橋大也(佐藤寛太)と、男性恐怖症でありながら諸橋にだけは強く惹かれる神部八重子(東野絢香)、普通の人たちの代表である検事の寺井啓喜(稲垣吾郎)を登場させ、それぞれの境遇を描いています。特に寺井は普通であることを最重要とする男で、不登校の息子が友人とYouTubeに動画をアップする意味を理解できません。マイノリティーの存在に考えが及ばず、普通以外の生き方を全否定する男として描かれています。
アパートで同居を始めた夏月が佳道に「いなくならないで」というセリフが切ないです。普通の男女であれば、「愛している」に相当する言葉ですが、同じ指向・嗜好を持つ人間、理解し合える人間が極端に少ないため、彼らにとってお互いがかけがえのない存在となっています。性愛が絡まない男女の深い絆を表現するのにこれ以上の言葉はないでしょう。だからこの言葉がラスト、寺井に対する夏月の断固としたセリフ「いなくならないから」につながっていくのは当然であり、胸を打つ場面になっています。
笑顔を封印した新垣結衣と磯村勇斗は演技賞ものの好演。新垣結衣は「夏月のような人が絶対にどこかにいるはずだ」と考えながら演じたそうです。そういう周囲から孤立した人にこの作品が届けば、何らかの力になり得るのでは、と思えました。脚本は港岳彦。
▼観客多数(公開6日目の午後)2時間14分。
「あしたの少女」
コールセンターで現場実習をしていた女子高校生が自殺した実話を基にした韓国映画。事件は2017年、全州市で起きたそうです。チョン・ジュリ監督は前半を自殺した高校生ソヒ(キム・シウン)の視点、後半は事件を調べる刑事(ペ・ドゥナ)の視点で描き、事件の構造的な要因を強く批判しています。自殺の原因はもちろん、高校生を安価な労働力としか考えず、ノルマを課し、パワハラで残業を強制するブラックな職場にあるわけですが、高校も実習の実績を積み上げるため生徒の訴えに耳を貸さず、辞めることを引き留めます。高校を指導する教育庁も自殺の責任には関知しない態度で、無責任の体系にあきれ果てることになります。宝塚歌劇団の会見など見ると、日本も同じようなものですね。
パンフレットによると、2016年から2021年までに現場実習でけがをしたり、亡くなった高校生は58人に上り、この映画がきっかけで「職業教育訓練促進法」の改正案(通称「次のソヒ防止法」)が成立したそうです。世論と国会を動かす力を持つ優れた作品だと思います。
IMDb7.3、ロッテントマト93%。
▼観客5人(公開5日目の午後)2時間18分。
「キリング・オブ・ケネス・チェンバレン」
2011年11月に米国ニューヨーク州ホワイトプレインズで起きた警察官による無実の黒人男性射殺事件(ケネス・チェンバレン射殺事件)の映画化。実際の事件とほぼ同じ上映時間で、事件の経過を詳細に描いて緊迫感あふれる作品になっています。事件の発端は自宅で寝ていたケネス・チェンバレンが過って医療用通報装置を作動させてしまったこと。会社の依頼で安否確認に訪れた3人の警察官はドアを開けないチェンバレンに徐々に不信感と怒りを募らせ、強圧的な態度に変わっていく。遂にはドアを壊して押し入り、チェンバレンを射殺する。
チェンバレンが警察官を素直に中に入れていれば、避けられた事件だったかもしれませんが、双極性障害のチェンバレンは危害を恐れて頑なな態度を取ってしまいます。加えて警官の黒人差別意識が重大な結果をもたらす要因になったようです。
デヴィッド・ミデル監督は堅実な演出を見せていますが、緊迫感を煽るような音楽は不要と思いました。
IMDb7.0、メタスコア82点、ロッテントマト97%。
▼観客8人(公開初日の午後)1時間23分。
「法廷遊戯」
五十嵐律人の原作を深川栄洋監督が映画化。同じ大学のロースクールで学んでいた3人が殺人事件の加害者(杉咲花)、被害者(北村匠海)、弁護士(永瀬廉)になるというミステリー。構成に難があり、メインの事件は後半になるまで描かれません。前半がかったるく感じられるのは何とかしたかったところ。ミステリーとして納得はしましたが、感心させられた部分はありませんでした。ただし、杉咲花の終盤の演技は見る者を圧倒する凄みがあります。判決を聞いてケラケラ笑い始めたり、弁護士の永瀬廉に対して怒声を浴びせて脅したり。あらためて「杉咲花、スゲーな」と思いました。本当の犯行動機がエピローグで描かれますが、伝わらない人がいるかもしれません。
▼観客5人(公開7日目の午後)1時間37分。
「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」
これはU-NEXTで見ました。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の1972年の作品。ファスビンダーが71年に書いた戯曲の映画化で、舞台劇らしく部屋の中だけで進行します。結婚に二度失敗したファッションデザイナーのペトラ(マーギット・カーステンゼン)はアトリエ兼アパルトマンの部屋で暮らす。助手のマレーネ(イルム・ヘルマン)を下僕のように扱う一方、友人が連れてきた若くて美しい女性カーリン(ハンナ・シグラ)に惹かれて同棲を始める。しかし、カーリンは元夫とよりを戻して出て行く。
70年代初めに同性愛の題材は少なかったのでしょうが、今となっては少しも珍しくないのが難点。映画はやっぱり同時代に見ないと本当の価値は分かりませんね。ハンナ・シグラは公開時29歳。若いです。2時間4分。
IMDb7.6、メタスコア73点、ロッテントマト84%。