2022/02/06(日)「ゴーストバスターズ アフターライフ」ほか(2月第1週のレビュー)

「ゴーストバスターズ アフターライフ」は1989年の「ゴーストバスターズ2」に続く正当なシリーズ3作目。わざわざこんな言い方をしているのは2016年に女性版の「ゴーストバスターズ」(ポール・フェイグ監督)があったからで、あちらは番外編ということになるんでしょうかね。

旧作2本はダン・エイクロイドとハロルド・ライミスの脚本をアイヴァン・ライトマンが監督した緩いコメディでした。まだネットがなかった頃だったのでレイ・パーカー・ジュニアが歌う主題歌の大ヒットをテレビの洋楽番組(「MTV」だったかな?)で見て期待を膨らませ、映画館で見たら、「VFXに見どころはあるものの、普通の出来じゃないか」と少しがっかりしました。良くも悪くもビル・マーレイの個性に頼ったスラップスティック調の映画で、ダメな男たちがそれなりにゴーストをやっつけるという感じのクスクス笑える作品でした。

今回は少年少女が主人公なので中高生向けSF映画のイメージになっていて、正統的な続編といっても味わいは異なります。

都会での生活が苦しくなり、フィービー(マッケナ・グレイス)と母(キャリー・クーン)と兄(フィン・ウルフハード)は、死んだ祖父が遺した田舎の家に引っ越す。周囲は荒れ果てた小麦畑。屋敷のリビングの床には奇妙な仕掛けが施されていた。床下に謎の装置があり、ゴーストを捕獲するためのプロトンパックも見つかった。祖父は、かつてニューヨークを救ったゴーストバスターズの一員だった。フィービーは床下の装置を誤って開封してしまい、ゴーストたちが飛び出してくる。

監督はアイヴァン・ライトマンの息子ジェイソン・ライトマン。「マイレージ、マイライフ」「とらわれて夏」「タリーと私の秘密の時間」などの監督ですから、父親と違ってコメディを志向しているわけではなく、資質もコメディ向きではないようです。

残念ながらと言うべきか、この映画で最も面白いのはビル・マーレイなど旧作の俳優たちが出てくる場面で、旧作を見ている人たちはうれしくなるでしょう。エンドクレジットにシガニー・ウィーバーの名前が出てきて、「あれ、どこに出てたっけ」と思ったら、ESPカードのテストをビル・マーレイに対してやってる場面が始まって笑いました。

主演のマッケナ・グレイスは2017年の「gifted ギフテッド」で数学の天才少女を演じて大人たちの涙を絞った後、「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」「レディ・プレイヤー1」「キャプテン・マーベル」「マリグナント 狂暴な悪夢」と出演作が続いています。その兄役フィン・ウルフハードはNetflix「ストレンジャー・シングス 未知の世界」でおなじみ。というか、随分大人になったなという印象ですね。

「レイジング・ファイア」

ドニー・イェン主演の警察アクション。不祥事で逮捕され、警察官をやめて今は犯罪に手を染めているかつての部下(ニコラス・ツェー)たちとの激しい戦いを描きます。

今に始まったことではありませんが、香港映画はアクションに感心しながらも話が粗くて今一つ高く評価する気になれません。この映画でも2階から隣の建物の壁にぶつかって下に落ちたり、カースタントで人をはねそうになったり、すぐそばの爆発で人が吹き飛ばされたり。一部CGなどを使っているのかもしれませんが、危険なシーンが満載です。

アクションを生かすには物語にも力を入れた方が良いのは言うまでもありません。そのあたり香港映画では軽視されているのが残念。

監督はベニー・チャン。この映画が遺作になりました。エンドクレジットに撮影風景が流され、白髪で笑顔を絶やさないベニー・チャンの姿が印象的です。スタッフや出演者に愛された監督だったのでしょう。

「永遠の831」

「攻殻機動隊 S.A.C」の神山健治監督がオリジナル脚本で描く長編アニメ。WOWOW開局30周年記念作品と銘打たれ、1月30日の放送と同時にWOWOWオンデマンドで配信も始まりました。3月18日から劇場公開するそうです。

東京で新聞奨学生をしながら大学に通う浅野スズシロウは高校3年の時に起きたある事件をきっかけに周囲の時間を止める能力を持った。ある日、スズシロウは同じく時間を止められる少女に出会う。少女は兄によって犯罪に利用されていた、というストーリー。

SF的に少しもアイデアの発展がないばかりか、ドラマとしても面白みがなく、開局30周年記念にふさわしい作品とは思えません。監督のうまくない脚本を直してくれる脚本家をスタッフに入れた方が良かったと思います。

2022/01/30(日)「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」ほか(1月第5週のレビュー)

「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」は実話を基にしたトッド・ヘインズ監督作品。主演のマーク・ラファロがプロデューサーも務めています。巨大企業デュポンが排出した化学物質PFOA(ペルフルオロオクタン酸)によって多くの環境汚染と健康被害が起きたことを知った弁護士が約7万人の集団訴訟でデュポン社を追い詰めるというストーリー。

ヘインズのフィルモグラフィーからすれば、こういう社会派の題材には向かないと思えますが、過不足のない演出で良質の作品に仕上がっています。

監督を依頼したラファロはパンフレットのインタビューで「(ヘインズは)過酷な状況の中を生きている人について描いてきた監督でもある」と語っています。確かにヘインズの「エデンより彼方に」も「キャロル」も主人公は世間から理解されない立場に置かれていました。

PFOAはテフロン加工のフライパンなどに使われる物質で、体内に取り込むと、一生排出されることはなく、ガンや腎臓病など6つの病気の原因になるそうです。デュポン社はその危険性を1960年代から把握していましたが、利益を優先して放置していました。アメリカ政府の規制物質にも含まれなかったことから、対策は長い間手つかずで、健康被害が広がってしまったというわけです。

映画をことさらドラマティックにせず、感情的にも熱くならないのはヘインズの持ち味なんでしょうが、やや物足りなさを感じる部分でもあります。

ただ、実社会のヒーローというのは、こういう地道なことの積み重ねを行っているのだと思います。

「ノイズ」

イチジクの生産で町の活性化のリーダーとなっている主人公が過って人を殺してしまい、友人たちと協力して警察の捜査から逃れようとするサスペンス。

中盤の余貴美子と柄本明の場面で思わず笑ってしまいました。いくら何でも極端な演技と展開で、リアリティーがまったくありません。ここからコメディーになるのか、と思ったほど。

amazonを見ると、筒井哲也の原作コミックの評価は良いようですが、コミックでは良くても実写では通用しない描写があるのでしょう。と、原作読むまでは思ってました。原作は全3巻。「少年ジャンプ+」で1巻が期間限定で無料配信されていたので読み、2巻と3巻はKindle版を購入して読みました。

映画とは少し異なる設定で、映画は愛知県の島が舞台ですが、原作は山間の町になっています。しかも主人公は妻と離婚寸前。島の新任警官は主人公の幼なじみではありません。それだけではなく、中盤以降の展開に異なる箇所が多くなっています。コミックのストーリーのままでは映画になりにくいと思って脚色の際に映画独自の展開にしたのでしょうが、うまくいっていません。それほど優れているわけでもない原作を映画向けに変えたら、良くなるどころか悪くなったというわけ。

藤原竜也、松山ケンイチ、黒木華、神木隆之介、永瀬正敏という演技に定評のある俳優をそろえながら、話がこれでは面白くなりようがありません。廣木隆一監督には向かない題材と言うほかなく、トッド・ヘインズとは違って明らかに失敗しています。


「ムーンライト・シャドウ」

WOWOWで録画したのを見ました。吉本ばななの同名短編(「キッチン」所収)をマレーシアのエドモンド・ヨウ監督が映画化。

公式サイトのストーリーを引用すると、「ある日突然に愛する人を亡くした主人公が、死者ともう一度会えるかもしれない、という不思議な〈月影現象〉を知り、哀しみをどう乗り越えるのか、どうやって未来へ進んでいくのかを描いていく」。話にも演出にも起伏がなく、単調です。僕は小松菜奈のファンですが、これは映画館で見なくて(どころか、テレビで見なくても)良かったと思いました。

「地球外少年少女」(Netflixアニメシリーズ)

劇場版の前編「地球外からの使者」が28日に全国11館で公開と同時にNetflixで全6話のシリーズが配信開始されました。劇場版はシリーズの前半3話を前編、後半3話を後編としているのでしょう。TVアニメ「電脳コイル」などの磯光雄監督作品。

3話までは、地球に接近した彗星のかけらが衝突して破損した宇宙ステーションでの少年少女たちのサバイバルドラマ。月生まれの主人公が持っている球形のAIドローンはハロを思わせ、ブライトという名前のドローンもいるなど「機動戦士ガンダム」への目配せがあるようです。

4~6話は彗星を地球に衝突させようとするテロリストの計画阻止と、彗星表面に増殖して進化したAIとの戦いになります。最終6話の描写がやや観念的になってしまっていますが、本格SFと言って良い内容でした。

2022/01/23(日)「香川1区」ほか(1月第4週のレビュー)

「香川1区」は大島新監督が「なぜ君は総理大臣になれないのか」の続編として撮ったドキュメンタリー。2021年10月の衆議院議員選挙を舞台に、香川1区で当選した小川淳也の選挙戦を描いて、かなり面白い作品に仕上がっています。

これを見ると、なぜ小川が悲願の選挙区での勝利を果たせたのかよく分かります。

図式としては農民出身の足軽が地方の名家の旗本に勝つという物語。普通なら地方の有力者の支援を束ねた旗本に足軽が勝てる可能性はほぼゼロでしょうが、旗本には人格が疑われるような噂(ニュース)が事前に流れたばかりか、陣営は普段から強権的なこともやっていて、力を恐れながらも密かに反発する庶民もいたことが分かってきます。おまけに戦いの現場にはヤクザみたいな横柄な態度の男もいるという始末。もう悪役に格好の材料がそろいすぎてます。

アメリカ映画で言えば、純朴で真っ正直な青年が汚い政治家に挑むというフランク・キャプラ映画のような構図の選挙で、小川の娘が勝利後のあいさつで言うように正直者がバカをみるような社会であってはいけない、という思いを持つ有権者は少なくないのでしょう。

小川と何年も選挙を戦ってきた平井卓也は「なぜ君は…」を見ていないそうですが、「香川1区」は見るべきです。ここには平井陣営の敗因が網羅されているからです。

スーパーで半額シールが貼られた惣菜をさがして買っているような会社経営の関係者と思われる女性に10人分のパーティー券(20万円)の購入を毎年要請し、しかもパーティーへの出席は3人までと明記した文書を配るなどあきれてものが言えません(陣営は否定)。こうした横暴なやり方と横柄な人間をすべて排除し、小川のような清廉な戦い方をすれば、元々強大な力を持っている平井が負ける要素はないでしょう。

政策や実績をどれだけ訴えても、有権者の心には響かないということが改めて分かる映画であり、地方の選挙戦の実情をえぐった優れた作品だと思いました。

これは香川1区にとどまる話ではなく、全国のあらゆる選挙区の候補者とスタッフ必見の映画と言って良いでしょう。

ついでに書いておけば、前作同様に一直線の息子の行動を心配しながら支援する両親と、夫を信じて支える妻と父親を深く理解して選挙を手伝う娘たちの一致団結した姿は理想的な家族の在り方と言って良く、それがこの映画と小川への支持が集まる一因になっていると思います。

「コーダ あいのうた」

フランス映画「エール!」(2014年)のリメイク。笑って泣いてしみじみと良かったです。リバー・フェニックス主演の「旅立ちの時」(1988年、シドニー・ルメット監督)やベン・アフレック&マット・デイモン&ロビン・ウィリアムズの「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」(1998年、ガス・ヴァン・サント監督)を思わせる少女の旅立ちの話でした。

耳が聞こえない両親(トロイ・コッツァー、マーリー・マトリン)と兄(ダニエル・デュラント)とともに暮らすルビー(エミリア・ジョーンズ)は家族でただひとりの聴者。家族の通訳となり、漁業を営む父と兄を毎日手伝っていた。ひそかに憧れているマイルズ(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)と一緒の合唱部に入ったルビーは顧問の先生(エウヘニオ・デルベス)から歌の才能を見いだされ、ボストンの音楽大学への進学を勧められる。しかし、家を離れては漁業の操業が難しくなる。ルビーは進学をあきらめるが…。

元になった「エール!」もamazonプライムビデオで見ました。これも悪くありませんが、出来は「コーダ あいのうた」の方が上です。一家の仕事は「エール!」の酪農に対して「コーダ」は漁業。聴者である主人公が乗り組まないと違法操業になるという設定で、一家の経済状況は 主人公に頼る部分が大きくなっています。このため家族から離れられない(と主人公が思い込む)状況は「エール!」より強くなっています。ジョニ・ミッチェルの歌の効果も大きいと思えました。

英国生まれのエミリア・ジョーンズは歌のレッスンもアメリカ式手話も初めてだったそうですが、それが信じられないぐらいにどちらもうまいです。
「コーダ」とはろう者の親を持つ聴者という意味とのこと。

クライマックスでジョーンズが歌う「青春の光と影」(Both Sides, Now)はろう者と聴者の両サイドという意味を含めているのでしょう。


「ハウス・オブ・グッチ」

グッチ創業者一族の争いを描くリドリー・スコット監督作品。レディ・ガガ、アダム・ドライバー、アル・パチーノ、ジェレミー・アイアンズ、ジャレッド・レトと役者はそろってるのにイマイチ盛り上がっていきません。感情移入できるキャラがいないのも一因ですが、演出が「最後の決闘裁判」より随分落ちる感じ。

日本では評価良いようですが、アメリカではIMDb6.9、メタスコア59点、ロッテントマト63%とやっぱりイマイチの評価です。

「GUNDA グンダ」

農場のブタの親子やニワトリ、牛をモノクロで撮影したドキュメンタリー。なぜそういう題材が映画になるのか、なぜこんなに評価が高いのかと見る前は思っていましたし、途中まで少し疑問も感じていましたが、最後でやられます。長回しで母ブタ・グンダの行動を追ったシーンが凄すぎました。

カメラはブタを撮影する時はブタの視点の高さにあり、地を這うようなカメラワーク。これが効いてます。ブタに悲しみの感情があるのかどうか分かりませんが、グンダの取る行動はつらくて苦しいさまざまな悲劇を連想させ、思いが広がっていくシーン。特に子供を持つ母親にはたまらないでしょう。

平穏な日常が唐突に終わる見事な物語になっていて、これならナレーションも音楽も不要だと思いました。ヴィクトル・コサコフスキー監督の他の映画も見てみたいものです。

「マリグナント 狂暴な悪夢」

昨年11月公開の映画ですが、早くも配信レンタルが始まったのでU-NEXTで見ました。ネタが分かるまではなかなかのサスペンス&ホラーです。これによく似たアイデアはクローネンバーグのあれとか、デ・パルマのあれとか思い出しますが、一番近いのは手塚治虫のあれかもしれません(キネ旬レビューを見たら、デ・パルマと手塚治虫に言及してる人がいました。やっぱりね)。ジェームズ・ワン監督自身はデ・パルマの名前を出しているそうです。

ワンの演出にはわざとB級にしてるんじゃないかと思えるところがあり、クライマックスに出てくる造型がいかにもチープだったりします。アメリカではIMDb6.3、メタスコア51点、ロッテントマト76%とB級映画らしい評価になってます。

タイトルのMalignantは「悪性の」という意味。

2022/01/16(日)ネトフリ版「新聞記者」ほか(1月第3週のレビュー)

13日から配信が始まったNetflixのドラマ「新聞記者」(全6話)は森友学園問題に絡む公文書改ざんをモデルにしたフィクション。映画版と同じく藤井道人監督、河村光庸プロデューサーがドラマ化を手がけ、映画以上の傑作に仕上げてきました。

不正を正していくには事実を掘り起こし、「声なき声を届ける」優れた記者も必要ですが、それ以上に組織の中で自分の良心や正義感を捨てない存在が不可欠だ、ということをこのドラマは強く訴えかけてきます。これは映画版にもあったテーマで、組織の圧力に押しつぶされそうになっているけれども、ぎりぎり良心を失わない人たちこそが現状を変える原動力になるということです。

僕らはこのドラマで描かれた後のことを既に知っており、政権中枢にいた巨悪が逃げ延びるところを見ているわけですが、ドラマは良心を失わない存在が新聞社にも官僚にも検察庁にも一般社会の至る所にもいるというのが希望になっていて熱い感動を生んでいます。

米倉涼子は熱演型の記者を想定して撮影に入ったそうですが、藤井監督との話し合いで「想いをこらえたなかで辛抱を積み重ねられる、未来に向かって継続できる女性」に変わったとのこと(米倉涼子×綾野剛インタビュー Netflixドラマ「新聞記者」で魅せた “事実と虚構の共演”)。この抑えた演技と役作りがリアルで実に良く、「ドクターX」などとは違った米倉涼子のベストワークと言って良い演技になっています。

このほか、自殺する官僚役の吉岡秀隆、その妻の寺島しのぶ、上司の田口トモロヲ、政治に興味のなかった大学生役の横浜流星、検察官・大倉孝二、首相秘書官から内閣情報調査室に異動させられる綾野剛らが、いずれも素晴らしい演技を見せています。NHK朝ドラ「カムカムエヴリバディ」のきぬちゃんこと小野花梨も横浜流星とともに若者代表的な役柄をしっかりと演じています。

岩代太郎の音楽がまた一級品で、もうこのドラマ、褒め始めたら切りがありません。
Netflixの中では韓国ドラマに負けっぱなしの日本のドラマが一矢を報いた良質の作品であり、世界に十分通用する作品と胸を張って良いと思います。


「コンフィデンスマンJP 英雄編」

「ロマンス編」、「プリンセス編」に続く劇場版3作目。はっちゃけた長澤まさみはいつものように良いんですが、中盤にダレ場があり、大きなマイナスになってます。古沢良太の脚本のせいというよりも田中亮監督の演出に工夫とキレがないためでしょう。

「クライ・マッチョ」

今年5月で92歳となるクリント・イーストウッド監督・主演で、元雇い主からメキシコの別れた妻のもとにいる息子を取り戻して欲しいとの依頼を受けた主人公のロードムービー。さすがにイーストウッドの姿勢は前屈みになり、動作もゆっくりになって高齢を感じさせますが、映画としてはまずまずの作品になっています。IMDbを見ると、イーストウッドの次回作の予定はなく、特に主演映画としてはこれが最後になるかもしれません。ファンなら見ておきたい作品でしょう。

「決戦は日曜日」

衆院議員選挙を舞台にしたコメディ。75歳の衆議院議員・川島昌平が倒れ、次の選挙の出馬候補として白羽の矢が立ったのは川島の娘・有美(宮沢りえ)。私設秘書の谷村勉(窪田正孝)ら事務所のスタッフは自由奔放で世間知らずの有美に振り回される、というストーリー。

最初の30分ぐらいはまあまあ好意的に見ていましたが、選挙戦にまるでリアリティーがありません。衆院議員候補の、しかも保守系の総決起集会が公民館みたいな会場で20~30人というのは町村議会議員選挙か、と思ってしまいますね。この規模では当選はまず無理。1000人ぐらいは集めないと話になりませんし、出陣式も同じぐらいのエキストラが必要です。予算がどうこうの話ではなく、これは映画のリアリティーに必要なもので、それができないのなら、最初から省略して描かない方が良いです。

キネ旬1月上・下旬合併号によると、坂下雄一郎監督は議員秘書などに話を聞いて脚本を書いたそうですが、選挙の現場は見ていないのでしょう。見ていたら、こんな描写になるはずがありません。唖然としたのは宮沢りえと窪田正孝がビルの屋上から落下しても無傷な場面。下にマットはありましたが、あの小さなマットで無傷はあり得ないです。話自体も新鮮さがまるでなく、僕が見た時は観客3人でしたが、そのうち1人は途中で出ていきました。

「リスタート」

品川ヒロシ監督、HONEBONE(ホネボーン)のEmily主演。12日にDVDが発売され、配信レンタルもできるようになったのでU-NEXTで見ました。

シンガーソングライターを夢見て上京した主人公未央(Emily)は10年後、地下アイドルになっていた。ある日、有名アーティストとの逢瀬がスキャンダルとなり、偏執的なファンから暴行を受ける。心身ともに傷を負った未央は迎えに来た妹(朝倉ゆり)と故郷の北海道下川町に帰る。継父(中野英雄)と母(黒沢あすか)、同級生たちは温かく迎えてくれたが、週刊誌のカメラマンが未央の現在を密かに取材していた。

「どん底に落ちたら、そこから這い上がるしかない」という分かりやすいテーマが良いです。初の映画で主演を務めたEmilyはさすがに演技の幅が狭いですが、ビジュアル的には申し分なく、もっと映画に出ても良いと思いました。品川ヒロシ監督はこれで長編5作目。良いところも緩いところもあるものの、撮影期間はわずか7日だったそうで、仕方がない面もあります。品川監督の描写には力があり、出演者の好演と相俟って感動的なクライマックスに成功しています。

ホネボーンの2人がゲスト出演した昨年7月4日のニッポン放送「笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ」によると、品川ヒロシはテレビ「家、ついて行ってイイですか?」にEmilyが出ているのを見て「主演やってみない」と連絡したそうです。撮影は2019年。Emilyは撮影時28歳。川のシーンで溺れそうになった、などなど爆笑のエピソードを語っていました。


2022/01/09(日)「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」ほか(1月第2週のレビュー)

「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」は大ヒットしている上にメディアと観客からの絶賛評も獲得しています。IMDb8.8、ロッテントマト94%。ただ、メタスコアは高くはなく71点。僕もこの評価に近いです。

話は前作「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」(2019年)のラストから始まります。すなわち、スパイダーマンから倒されたミステリオ(ジェイク・ギレンホール)がスパイダーマンの正体をピーター・パーカー(トム・ホランド)であると暴露してしまった場面。このためピーターの周囲はガールフレンドのMJ(ゼンデイヤ)、親友のネッド(ジェイコブ・バタロン)、叔母さんのメイ(マリサ・トメイ)まで騒動に巻き込まれる。おまけに入学を目指していたMITからはMJ、ネッドともども騒動を理由に入学を断られてしまう。困ったピーターはドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)を訪ね、自分がスパイダーマンと知られていない世界に戻して欲しいと頼む。ストレンジの呪文の途中で何度もピーターが要望を変えたため、マルチバース(多元宇宙)の時空の扉が開かれ、別のスパイダーマン世界のヴィランたちが出現する。

出てくるのはトビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドがスパイダーマンを演じた計5本の映画のヴィランたちで、ドクター・オクトパス(アルフレッド・モリーナ)、グリーン・ゴブリン(ウィレム・デフォー)、エレクトロ(ジェイミー・フォックス)、サンドマン(トーマス・ヘイデン・チャーチ)、リザード(リス・エバンス)。

冒頭、スパイダーマンとMJがマスコミと民衆から逃れてニューヨークのビル街をスイングするシーンは快調ですが、多元宇宙の話はアニメの傑作「スパイダーマン:スパイダーバース」(2018年)で既に描いていますし、新しいアイデアも目新しさも新たな敵も出てこないのが個人的には少し残念。マルチバースのヴィランを元の世界に戻すためにピーターが下す決断は自己犠牲を伴うもので、ラストのピーターとMJ、ネッドの関係は切なさと希望が混じった複雑な感情を引き起こすものになっていますが、これも「天国から来たチャンピオン」や大林宣彦版「時をかける少女」と同じ味わいのものでした。

3作連続登板のジョン・ワッツ監督の演出は決して手際が良いものではなく、2時間29分の内容には間延びしたと思える部分もあります。しかし、「スパイダー“ボーイ”がスパイダー“マン”になる話だ」というワッツの言葉は明快かつ端的にこの映画を表していて、だからこそ、ほろ苦いラストになるのでしょう。

ともに25歳のトム・ホランド、ゼンデイヤ、ジェイコブ・バタロンは若くて思慮が足りないところもあるけれど、明るくてひたすら善良というキャラを確立し、映画の好感度を高めています。観客の評価が高いのはこの3人の青春映画としての側面の好ましさも影響していると思います。

ちなみにスパイダーマンは2002年のトビー・マグワイア版からソニーが映画化権を持っていて、2008年にマーベルが「アイアンマン」でMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)をスタートさせた後も、MCUの映画にスパイダーマンが出るのは難しい情勢でした。その後、ソニーとマーベルの間で話がまとまり、2016年の「シビル・ウォー キャプテン・アメリカ」で初めてスパイダーマンはMCU映画に登場しました。ですから今回の映画ではトビー・マグワイア版スパイダーマンの登場人物のひとりが「アベンジャーズってなんだ?」と聞く場面があります。

エンドクレジットの後にあるドクター・ストレンジのシーンは「ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス」(5月4日公開)の予告編のような作りでした。というか、そのまま予告編ですね。この中でスカーレット・ウィッチことワンダ・マキシモフ(エリザベス・オルセン)が「私が間違っていた。大勢を傷つけた」と話すのはディズニープラスの傑作ドラマ「ワンダヴィジョン」での出来事を指しています。



トム・ホランド版「スパイダーマン」はMCUに含まれていても、マーベル製作ではないので、ディズニープラスでは配信されません。配信だけでMCU作品をすべて見るにはディズニープラスとNetflixなど他の配信メディアの複数契約が必要になりますね。

「水俣曼荼羅」

宮崎キネマ館での公開は東京のシアター・イメージフォーラム、千葉県のキネマ旬報シアターに次いで全国3番目。こんなに公開館数が少ないなら、東京での公開から1カ月半たってもYahoo!映画の評価がたったの8件なのも納得ではありますね。僕が見た時は観客5人でした。

昨年公開の「MINAMATA ミナマタ」のラストで「水俣病はまだ終わっていない」という字幕が出ましたが、原一男監督は撮影15年、編集5年を費やして「水俣病がどう終わっていないか」を徹底的に描いています。第1部「病像論を糾す」で末梢神経の麻痺と思われてきた水俣病が脳の損傷であることを詳細に描き、第2部「時の堆積」で患者の過去と現在を描き、第3部「悶え神」で和解する原告が多い中、裁判を継続している人たちを描いていきます。

この第3部が圧倒的で、勝訴後の熊本県への申し入れの場面は「ゆきゆきて、神軍」を思わせる怒号と熱気が漂い、一触即発のピリピリした緊張感。裁判で勝っても行政の判断は何も変わらない現実が多くの患者を和解へと向かわせた要因でもあるでしょう。

6時間12分を見る価値は大いにありますが、観客のことを考えれば、1部から3部まで上映を別々にしてもらった方が見やすくはなると思いました。

パンフレットの発売はないようですが、製作ノートは販売していて、これはamazonなどでも購入できます。内容のほとんどはシナリオ採録で、監督インタビューと佐藤忠男さんの評論も収録されています。


「消えない罪」

Netflixオリジナル映画で原題は「The Unforgivable」。警官殺しで20年間服役して出所しても世間の仕打ちは冷たい、という内容。西川美和監督「すばらしき世界」のような作品かと思ったら、エンタメ方向に振っていて終盤に意外な事実が判明します。

そこまでの主人公の行動に理解しがたいものもあるんですが、こういうことなら仕方がないかと思ったり。ただ、警官殺しと分かった途端に職場の同僚から暴力振るわれるとか、納得しがたい場面もあります。

何よりサンドラ・ブロック(実年齢57歳)演じる主人公の妹が25歳というのはあんまりで、これは元になった2009年のテレビミニシリーズ「The Unforgiven」(全3回)の設定をそのまま使ったためと思いますが、娘に変更した方がリアリティーはあったでしょう。
IMDb7.2、メタスコア41点、ロッテントマト37%(ユーザーは76%)。

「ボストン市庁舎」

上映時間4時間32分。フレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー映画。
地方自治は「民主主義の学校」と言われますが、それを詳細に記録したこの映画は「民主主義の教科書」と言えるでしょう。僕は序盤が(昼食直後ということもあって)眠かったです。観客は3人でそのうちの1人は前半の途中で退出し、帰ってきませんでした。

ボストンは移民が48パーセントを占めるそうで、人種的に多様性のある都市のためさまざまな問題を抱えています。市長のマーティン・ウォルシュ自身、アイルランド移民の2世で民主党。「私たちの仕事は市民を守ることだ」という姿勢が明確で、白人至上主義のトランプとは対極にあります(撮影はトランプが大統領だった2019年)。

映画は市長の主義・主張を所々に織り込みながら、ボストン市役所の会議や会合、イベント、市の仕事までさまざまな断面を見せていきます。そうした諸々を見た後に、アメリカ国歌を歌う警官2人と市長の感動的な演説を聴くと、4時間半の長さは必要だったと思えました。もっとも市長の演説はここだけ切り取っても感動的ではあります。

ナレーションなし、説明なしということもあって途中で退屈な場面があったのも事実です。
フレデリック・ワイズマン監督の過去の映画はブルーレイでも配信でも見られますので、この映画もそうなるでしょうが、自宅で4時間半はちょっときついので、時間があるなら劇場で見た方が良いと思います。