2022/01/23(日)「香川1区」ほか(1月第4週のレビュー)

「香川1区」は大島新監督が「なぜ君は総理大臣になれないのか」の続編として撮ったドキュメンタリー。2021年10月の衆議院議員選挙を舞台に、香川1区で当選した小川淳也の選挙戦を描いて、かなり面白い作品に仕上がっています。

これを見ると、なぜ小川が悲願の選挙区での勝利を果たせたのかよく分かります。

図式としては農民出身の足軽が地方の名家の旗本に勝つという物語。普通なら地方の有力者の支援を束ねた旗本に足軽が勝てる可能性はほぼゼロでしょうが、旗本には人格が疑われるような噂(ニュース)が事前に流れたばかりか、陣営は普段から強権的なこともやっていて、力を恐れながらも密かに反発する庶民もいたことが分かってきます。おまけに戦いの現場にはヤクザみたいな横柄な態度の男もいるという始末。もう悪役に格好の材料がそろいすぎてます。

アメリカ映画で言えば、純朴で真っ正直な青年が汚い政治家に挑むというフランク・キャプラ映画のような構図の選挙で、小川の娘が勝利後のあいさつで言うように正直者がバカをみるような社会であってはいけない、という思いを持つ有権者は少なくないのでしょう。

小川と何年も選挙を戦ってきた平井卓也は「なぜ君は…」を見ていないそうですが、「香川1区」は見るべきです。ここには平井陣営の敗因が網羅されているからです。

スーパーで半額シールが貼られた惣菜をさがして買っているような会社経営の関係者と思われる女性に10人分のパーティー券(20万円)の購入を毎年要請し、しかもパーティーへの出席は3人までと明記した文書を配るなどあきれてものが言えません(陣営は否定)。こうした横暴なやり方と横柄な人間をすべて排除し、小川のような清廉な戦い方をすれば、元々強大な力を持っている平井が負ける要素はないでしょう。

政策や実績をどれだけ訴えても、有権者の心には響かないということが改めて分かる映画であり、地方の選挙戦の実情をえぐった優れた作品だと思いました。

これは香川1区にとどまる話ではなく、全国のあらゆる選挙区の候補者とスタッフ必見の映画と言って良いでしょう。

ついでに書いておけば、前作同様に一直線の息子の行動を心配しながら支援する両親と、夫を信じて支える妻と父親を深く理解して選挙を手伝う娘たちの一致団結した姿は理想的な家族の在り方と言って良く、それがこの映画と小川への支持が集まる一因になっていると思います。

「コーダ あいのうた」

フランス映画「エール!」(2014年)のリメイク。笑って泣いてしみじみと良かったです。リバー・フェニックス主演の「旅立ちの時」(1988年、シドニー・ルメット監督)やベン・アフレック&マット・デイモン&ロビン・ウィリアムズの「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」(1998年、ガス・ヴァン・サント監督)を思わせる少女の旅立ちの話でした。

耳が聞こえない両親(トロイ・コッツァー、マーリー・マトリン)と兄(ダニエル・デュラント)とともに暮らすルビー(エミリア・ジョーンズ)は家族でただひとりの聴者。家族の通訳となり、漁業を営む父と兄を毎日手伝っていた。ひそかに憧れているマイルズ(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)と一緒の合唱部に入ったルビーは顧問の先生(エウヘニオ・デルベス)から歌の才能を見いだされ、ボストンの音楽大学への進学を勧められる。しかし、家を離れては漁業の操業が難しくなる。ルビーは進学をあきらめるが…。

元になった「エール!」もamazonプライムビデオで見ました。これも悪くありませんが、出来は「コーダ あいのうた」の方が上です。一家の仕事は「エール!」の酪農に対して「コーダ」は漁業。聴者である主人公が乗り組まないと違法操業になるという設定で、一家の経済状況は 主人公に頼る部分が大きくなっています。このため家族から離れられない(と主人公が思い込む)状況は「エール!」より強くなっています。ジョニ・ミッチェルの歌の効果も大きいと思えました。

英国生まれのエミリア・ジョーンズは歌のレッスンもアメリカ式手話も初めてだったそうですが、それが信じられないぐらいにどちらもうまいです。
「コーダ」とはろう者の親を持つ聴者という意味とのこと。

クライマックスでジョーンズが歌う「青春の光と影」(Both Sides, Now)はろう者と聴者の両サイドという意味を含めているのでしょう。


「ハウス・オブ・グッチ」

グッチ創業者一族の争いを描くリドリー・スコット監督作品。レディ・ガガ、アダム・ドライバー、アル・パチーノ、ジェレミー・アイアンズ、ジャレッド・レトと役者はそろってるのにイマイチ盛り上がっていきません。感情移入できるキャラがいないのも一因ですが、演出が「最後の決闘裁判」より随分落ちる感じ。

日本では評価良いようですが、アメリカではIMDb6.9、メタスコア59点、ロッテントマト63%とやっぱりイマイチの評価です。

「GUNDA グンダ」

農場のブタの親子やニワトリ、牛をモノクロで撮影したドキュメンタリー。なぜそういう題材が映画になるのか、なぜこんなに評価が高いのかと見る前は思っていましたし、途中まで少し疑問も感じていましたが、最後でやられます。長回しで母ブタ・グンダの行動を追ったシーンが凄すぎました。

カメラはブタを撮影する時はブタの視点の高さにあり、地を這うようなカメラワーク。これが効いてます。ブタに悲しみの感情があるのかどうか分かりませんが、グンダの取る行動はつらくて苦しいさまざまな悲劇を連想させ、思いが広がっていくシーン。特に子供を持つ母親にはたまらないでしょう。

平穏な日常が唐突に終わる見事な物語になっていて、これならナレーションも音楽も不要だと思いました。ヴィクトル・コサコフスキー監督の他の映画も見てみたいものです。

「マリグナント 狂暴な悪夢」

昨年11月公開の映画ですが、早くも配信レンタルが始まったのでU-NEXTで見ました。ネタが分かるまではなかなかのサスペンス&ホラーです。これによく似たアイデアはクローネンバーグのあれとか、デ・パルマのあれとか思い出しますが、一番近いのは手塚治虫のあれかもしれません(キネ旬レビューを見たら、デ・パルマと手塚治虫に言及してる人がいました。やっぱりね)。ジェームズ・ワン監督自身はデ・パルマの名前を出しているそうです。

ワンの演出にはわざとB級にしてるんじゃないかと思えるところがあり、クライマックスに出てくる造型がいかにもチープだったりします。アメリカではIMDb6.3、メタスコア51点、ロッテントマト76%とB級映画らしい評価になってます。

タイトルのMalignantは「悪性の」という意味。