2023/03/13(月)第95回アカデミー賞受賞結果

 第95回アカデミー賞の授賞式が13日行われ、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」が作品・監督・主演女優・助演女優・脚本など最多7部門で受賞しました。受賞結果は以下の通りです(発表順)。
【長編アニメ映画賞】
「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」
【助演男優賞】
キー・ホイ・クァン「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【助演女優賞】
ジェイミー・リー・カーティス「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【長編ドキュメンタリー賞】
「ナワリヌイ」
【短編実写映画賞】
「アン・アイリッシュ・グッドバイ(原題)」
【撮影賞】
「西部戦線異状なし」
【メイク・ヘアスタイリング賞】
「ザ・ホエール」
【衣装デザイン賞】
「ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー」
【国際長編映画賞】
「西部戦線異状なし」(ドイツ)
【短編ドキュメンタリー賞】
「エレファント・ウィスパラー 聖なる象との絆」
【短編アニメ映画賞】
「ぼく モグラ キツネ 馬」
【美術賞】
「西部戦線異状なし」
【作曲賞】
「西部戦線異状なし」
【視覚効果賞】
「アバター ウェイ・オブ・ウォーター」
【脚本賞】
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【脚色賞】
「ウーマン・トーキング 私たちの選択」
【音響賞】
「トップガン マーヴェリック」
【歌曲賞】
“Naatu Naatu”「RRR」
【編集賞】
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【監督賞】
ダニエル・シャイナート ダニエル・クワン「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【主演男優賞】
ブレンダン・フレイザー「ザ・ホエール」
【主演女優賞】
ミシェル・ヨー「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
【作品賞】
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」

2023/03/13(月)「オットーという男」ほか(3月第2週のレビュー)

 「オットーという男」はスウェーデン映画「幸せなひとりぼっち」(2015年、ハンネス・ホルム監督、フレドリック・バックマン原作)のリメイク。主演のトム・ハンクスがオリジナルに惚れ込んで企画したとか。「最良のリメイク」と評したレビューがありましたが、僕には「凡庸なリメイク」としか思えませんでした。オリジナルより優れた部分は見当たらず、むしろ、主人公の亡くなった妻の描写など劣った部分が目に付きます。

 郊外の住宅地に一人で住むオットー・アンダーソン(トム・ハンクス)は近所のゴミの出し方や駐車の仕方を監視し、ルールを守らない人には注意するなど面倒で近寄りがたい男。最愛の妻に先立たれ、仕事も失ったオットーは自殺しようとするが、向かいの家に引っ越してきたマリソル(マリアナ・トレビーニョ)らメキシコ人一家の邪魔が入ってなかなか実行できない。この一家との交流でオットーの人生は一変していく。

 オリジナルはアカデミー外国語映画賞にノミネートされました。個人的に最もグッときたのは若い頃の妻ソーニャ(イーダ・エングウォル)の姿で、不器用な主人公オーヴェを理解し、温かく包み込むような描写に実に心打たれました。ソーニャは事故で車椅子生活になりますが、高校教師として問題行動の多い生徒のクラスを受け持ち、生徒たちから深い信頼を得ます。ソーニャが素晴らしい人柄だっったからこそ、主人公の喪失感の大きさに説得力があるわけです。

 「オットーという男」で妻を演じるレイチェル・ケラーはオリジナルのエングウォルほど目立たない上に、脚本・演出が平凡なので割を食っています。若い頃のオットーを演じるのはトム・ハンクスの息子トルーマン・ハンクス。公式サイトには「これが映画デビュー」とありますが、IMDbを検索すると、同じくトム・ハンクス主演の「この茫漠たる荒野で」(2020年、ポール・グリーングラス監督、Netflix配信)にも出ているようです。

 昨年のアカデミー作品賞「コーダ あいのうた」の例もありますから、リメイクがすべてダメなわけではありませんが、今回はオリジナルの方が良いと思いました。マーク・フォースター監督、2時間6分。
IMDb7.5、メタスコア51点、ロッテントマト69%。
「幸せなひとりぼっち」の方はIMDb7.7、メタスコア70点、ロッテントマト91%。amazonプライムビデオが配信しています。
▼観客30人ぐらい(公開初日の午前)

「すべてうまくいきますように」

 安楽死を望む父親をめぐる姉妹の物語をフランソワ・オゾン監督が映画化。姉役のソフィー・マルソー(今年56歳)はきれいに年齢を重ねているなあと思いましたが、オゾン監督作にしてはそんなに感心するところもなく、普通の出来だと思いました。

 フランスでは安楽死が法律違反となるため、安楽死をサポートするスイスの協会に依頼するわけですが、救急車でスイスへ行くのも一苦労。救命士たちも安楽死に関わると、罰せられるからです。映画はそうした安楽死をめぐる諸問題をユーモアを交えて描いています。

 エンドクレジットを見て、スイスの協会の老婦人がハンナ・シグラであることを知り、びっくり。「マリア・ブラウンの結婚」(1979年、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督)の印象が強く、おばあさんのイメージはないんですよね。今年79歳なので、おばあさんなのが当然なんですけど。1時間53分。
IMDb6.8、メタスコア67点、ロッテントマト93%。
▼観客2人(公開5日目の午後)

2023/03/05(日)「フェイブルマンズ」ほか(3月第1週のレビュー)

 スティーブン・スピルバーグの自伝的作品という先入観で「フェイブルマンズ」を見ると、どれが事実でどれがフィクションか気になるところですが、これは両親が離婚するフェイブルマン一家に起きる話ですし、それ以上に映像の魅力と魔力について言及した部分が印象に残る作品でした。

 父バート(ポール・ダノ)と母ミッツィ(ミシェル・ウィリアムズ)とともに「地上最大のショウ」(1952年、セシル・B・デミル監督)を見て映画の魅力に心を奪われたサミー・フェイブルマンが8ミリカメラで映像を撮り始める序盤は普通レベルの出だしです。成長したサミー(ガブリエル・ラベル)が撮影したフィルムを編集中に父親の親友ベニー(セス・ローゲン)と母親の親密な姿が映っているのを見つけて、2人の関係に気づく場面からの展開が秀逸です。

 サミーはそういう場面ばかりを集めたフィルムをクローゼットの中で母親に見せます。映像を見ているミシェル・ウィリアムズの演技はアカデミー主演女優賞ノミネートが納得できるうまさ。出てきた母親に対するサミーの態度も予想を超えるもので、見事なドラマだと思います。

 父親の転職に伴い、転校した高校でのユダヤ人差別の描写を経て、おサボりデー(映画の中ではDitch Dayと言ってますが、Skip Dayなどとも言うそうです)の様子を撮影したサミーのフィルムを見た2人の男子生徒が怒る場面も映像の力を思わせます。姑息で無様な様子を撮影された1人が怒るのは分かるんですが、もう一人、ユダヤ人差別グループのリーダー的存在だった生徒がバレーボールや走りで颯爽とした活躍を見せ、クラスメートから称賛されているのに怒る理由は理解が難しいです。たぶん彼の持つセルフイメージと実際の映像に大きな違いがあったのでしょう。映像は意図したものはもちろん映りますが、撮影時に意図しないものを映すこともあり、予想外の効果を上げることもあるわけです。

 母親が言う「すべての出来事には意味がある」「心のままに生きて」という言葉も含蓄のあるものでした。別にこの映画はスピルバーグのベストではありませんが、ドラマの作りと描写のうまさがやっぱり抜きん出ていることを痛感する作品でした。2時間31分。
IMDb7.6、メタスコア84点、ロッテントマト92%。
▼観客13人(公開2日目の午前)

「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」

 カオス、カオス、カオスさらにカオス、そして少しの家族愛。マルチバース(多元宇宙)を「マトリックス」風なタッチで取り入れた作品ですが、ほぼほぼギャグ&ジョーク集。SF味は意外に薄く、思索的な部分が物足りませんでした。全宇宙の危機を家族の危機と絡めたストーリーの底が浅いんです。混乱を突き詰め、目まぐるしい描写を徹底して重ねた斬新さは認めます。

 ミシェル・ヨーの起用はやはりアクションができることが大きな理由でしょう。キー・ホイ・クァンもクンフーアクションができるのが意外でした。気になったのは奇抜なメイクで登場するジェイミー・リー・カーティスのボテッとした腹。若い頃はあんなにスリムだったのに。これもメイクなのしれませんが。

 監督・脚本は「スイス・アーミー・マン」(2016年)のダニエル・クワンとダニエル・シャイナート。スイス・アーミー・ナイフのようにいろんなことができる死体を描いた「スイス・アーミー・マン」は漫画的な展開でしたが、この映画もそういう作りです。2時間19分。
IMDb8.0、メタスコア81点、ロッテントマト95%。
▼観客12人(公開初日の午前)

「FALL フォール」

 見る前は「高所の恐怖を描いただけの映画でしょ」と舐めた考えでしたが、意外に良い出来で嬉しい驚きでした。

 冒頭に描かれるのは絶壁でフリークライミング中の3人の男女。ベッキー(グレイス・フルトン)と夫のダン(メイソン・グッディング)、親友のハンター(ヴァージニア・ガードナー)で、ダンはふとしたことから落下して死んでしまう。それから1年、最愛の夫の死から立ち直れないベッキーは酒に逃避していた。そこに世界各地の危険な場所で動画を撮影してきたハンターが訪れ、地上600メートルの鉄塔に登る計画を提案する。無事に登り切ったものの、降りようとしたところで梯子が壊れ、2人は鉄塔のてっぺんに取り残されてしまう。携帯の電波は届かない。食料もない。ハゲタカが襲ってくる。絶望的状況の中で助けを求めるにはどうすれば良いのか。

 主人公が失意に陥り、飲んだくれた状態から復活を果たすのは冒険小説の常套的展開。ジャンルとしてはスリラー、サスペンスに分類されるのでしょうが、個人的に一番しっくりくるのはサバイバルもので、極限状況からのサバイバルを描いて、これは記憶すべき作品になってます。

 感心したのは「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」(2013年、アン・リー監督)を彷彿させる終盤のある仕掛け。舞台が限定されているため展開が制限され、思索的な部分では「ライフ・オブ・パイ」に及びませんが、ストーリーの工夫は褒めたいところです。スコット・マン監督。1時間46分。
IMDb6.4、メタスコア62点、ロッテントマト79%。
▼観客6人(公開初日の午後)

「ヒトラーのための虐殺会議」

 1100万人のユダヤ人の最終解決手段を話し合ったナチスのヴァンゼー会議を描いたドイツ映画。慄然とするのは効率を追求した処分の仕方ですが、ドイツ人とユダヤ人の混血をどうするかという議論になって「おっ」と思います。2分の1の混血も4分の1の混血も殺さずに残すべきだという発言があるからです。ヒューマンな視点からの発言かと思えば、ドイツにとって有用な人材が多いという理由でしかなく、子孫を残させないためにある提案をします。「これならユダヤ人も受け入れるでしょう」。殺されるよりはましですから、確かにそうなるのでしょうけど、残酷極まりない方法でした。

 ガス室の使用も効率を重視したためと、銃殺では子供や女性に銃を向けるドイツ兵の精神的負担が大きいという理由から。「サウルの息子」(2015年、ネメシュ・ラースロー監督)で描かれたようにガス室の死体はユダヤ人に処分させ、そのユダヤ人もいずれ処分するという方式がこの会議で出来上がっていきます。見ていてだんだん、心が冷えてくる作品。1時間52分。
IMDb7.4、ロッテントマト100%(アメリカでは未公開)。
▼観客4人(公開5日目の午前)

「湯道」

 「おくりびと」(2008年、滝田洋二郎監督)の小山薫堂脚本なので悪い出来ではありません。予告編ではナンセンスギャグみたいな内容かと思われましたが、実家の銭湯「まるきん温泉」を経営する弟(濱田岳)と金に困って帰ってきた建築家の兄(生田斗真)をメインに展開する物語は真っ当でした。

 アイデアをあと一つ二つ盛り込めば、もっと面白くなったのではないかと思います。橋本環奈は役の理解が深いのか、「銀魂」よりも「バイオレンスアクション」よりも良い演技を見せています。監督は「マスカレード・ホテル」「劇場版ラジエーションハウス」などの鈴木雅之。2時間7分。
▼観客30人ぐらい(公開6日目の午後)

2023/02/26(日)「BLUE GIANT」ほか(2月第4週のレビュー)

 「BLUE GIANT」は石塚真一のコミックのアニメ映画化。世界一のジャズプレーヤーを目指してテナーサックスに打ち込む宮本大(山田裕貴)は仙台の高校を卒業して上京。ピアニストの沢辺雪祈(間宮祥太朗)、ドラムを始めた同級生の玉田俊二(岡山天音)とバンドJASSを結成し、日本最高のジャズクラブ「So Blue」出演を目指す。

 原作コミックの連載は少年ジャンプではありませんが、努力・友情・勝利の方程式にジャズの魅力を振りかけたような仕上がり。ひたむきに目標を追う3人を描いたストーリー展開の熱さがジャズファンを超えて広い支持を集めている理由でしょう。ストレートな青春映画だと思います。

 演奏シーンはパフォーマンスキャプチャーとCGで構成していて、演奏に違和感はありませんが、他のシーンとの絵の違いが少し気にはなりました。右手に重傷を負った雪祈が左手だけで演奏に参加する感動的なJASSのラストライブは原作とは異なる展開とのこと。

 音楽は世界的ピアニストの上原ひろみが担当。「ジャズを聴いたことのない人にも耳に残る楽曲を」との要請があり、それを意識して作ったそうです。映画のオリジナル曲はYouTubeの上原ひろみチャンネルで聴けます。メイン楽曲の「First Note」も良いですが、5曲目の「Ambition」がしみじみとロマンを感じて好きです。



 監督の立川譲はマッドハウス出身。テレビアニメ「モブサイコ100」(2016年)で総監督、映画「名探偵コナン ゼロの執行人」(2018年)で監督。4月公開の最新作「名探偵コナン 黒鉄の魚影」でも監督を務めています。2時間。
▼観客14人(公開4日目の午前)

「あつい胸さわぎ」

 演劇ユニットiakuの横山拓也が作・演出を務めた舞台を映画化。若年性乳がんと恋愛に悩む母娘の日常を、ユーモアを交えて描いて充実した作品になっています。

 港町の古い一軒家に暮らす武藤千夏(吉田美月喜)と母の昭子(常盤貴子)。芸大に合格した千夏は授業で出された創作課題に初恋の相手、光輝(奥平大兼)への想いを綴っている。母の昭子も職場に課長として赴任してきた木村(三浦誠己)の人柄に惹かれるようになる。ある日、昭子は千夏の部屋で“乳がん検診の再検査”の通知を見つける。再検査の結果、千夏は初期乳がんであることが分かる。

 まだ男と交際したことのない千夏にとって、乳がんで胸の一部を切除するのは大きな問題で、「男の人に触られるってどういうこと」「胸がなくなっても恋愛できるかな」と悩みます。といっても、よくある闘病ものにはなりません。乳がんだけでなく、日常のさまざまな問題を入れつつ、笑いを忘れない作りにとても好感が持てました。

 吉田美月喜は目力が強く、映画初主演とは思えない好演。関西弁の常盤貴子は母親役がぴったりで、受けない駄洒落や親父ギャグを繰り出す鈴木に対して「毎日すべり倒して、よう心折れませんねえ」と言う場面など最高でした。エキセントリックでクセのある役が多かった前田敦子もこの映画では大人の女の魅力を感じさせて実に良いです。

 脚色は「朝が来る」(2020年)、「仮面ライダーBLACK SUN」(2022年)などの高橋泉。まつむらしんご監督。1時間33分。
▼観客2人(公開初日の午前)

「シャイロックの子供たち」

 池井戸潤の同名小説を本木克英監督が映画化。東京第一銀行の支店で、100万円が紛失する。お客様係の西木(阿部サダヲ)は同じ支店で働く北川(上戸彩)、営業の田端(玉森裕太)とともに、事件の真相を探っていく。100万円紛失騒動と同時に、出世コースから外れた支店長・九条(柳葉敏郎)、パワハラ気質の副支店長・古川(杉本哲太)、過去の客にたかられているエースの滝野(佐藤隆太)、本店検査部から調査に訪れる嫌われ者の黒田(佐々木蔵之介)らの話が描かれる。

 見ている間は面白かったんですが、いくらなんでもこの支店、問題行動のある行員が多すぎです。巨額の借金を背負っているのが1人、過去に業者から1000万円受け取ったのが1人(公務員じゃないので犯罪ではありませんが、モラルは問われます)、意図的に不正行為に手を染めているのが1人、同僚に罪をなすりつけようとするのが1人、ノルマに追われて精神的におかしくなるのが1人。このあたりの描写のリアリティーに疑問を感じました。

 原作は連作短編10話から成り、支店の人物の家庭環境など背景まで含めて詳細に描いています。映画は原作の設定を踏まえたオリジナルストーリー。昨年10月に放送されたWOWOWのドラマでは西木を井ノ原快彦、北川を西野七瀬が演じました。どの話を採用するかが脚色のポイントですが、映画もドラマも中心になる話は同じ。ただ、展開は大きく異なります。2006年に出た原作をなぜ今ごろ、同時期に映像化したのか謎です。2時間1分。
▼観客40人ぐらい(公開5日目の午前)

「エンパイア・オブ・ライト」

 イギリスの海辺の映画館エンパイア劇場を舞台にしたヒューマン・ラブストーリー。1980年から81年にかけての物語で、劇場のマネージャー、ヒラリー(オリヴィア・コールマン)が主人公。アカデミー撮影賞にノミネートされています。

 辛い過去の経験から人とのかかわりを避け、心に闇を抱えているヒラリー。ある日、黒人青年スティーヴン(マイケル・ウォード)が劇場で働き始める。若くて前向きなスティーヴンに、ヒラリーは惹かれていく。

 この2人のラブストーリーだけでなく、当時激しかった人種差別なども描いていますが、題材を盛り込みすぎた印象。コールマンは今回も絶妙の演技を見せているものの(評価されやすい役柄ではあります)、アカデミー主演女優賞候補となった「ロスト・ドーター」(2021年、マギー・ギレンホール監督)での演技には及ばないと思いました。サム・メンデス監督、1時間55分。

 日本の評論家は高く評価する人が多いようですが、アメリカではIMDb6.6、メタスコア54点、ロッテントマト44%と悪い評価が大勢を占めています。
▼観客8人(公開初日の午前)

「アントマン&ワスプ クアントマニア」

 身体サイズを自在に変えられる「アントマン」の第3作。この作品からMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)のフェーズ5に入るそうです。

 量子世界に引きずり込まれたアントマン(ポール・ラッド)とワスプことホープ(エヴァンジェン・リリー)、娘のキャシー(キャスリン・ニュートン)、ワスプの両親(マイケル・ダグラス、ミシェル・ファイファー)。そこは征服者カーン(ジョナサン・メジャーズ)によって支配されていた。アントマンたちは邪悪なカーンに立ち向かい、元の世界に帰ろうとする。

 前半は「スター・ウォーズ」を思わせる展開ですが、今一つ盛り上がりに欠けました。時間とマルチバースを行き来できるカーンの能力はサノスを上回り、ミッドクレジットにあるシーンで絶望的な気分になります。

 エンドクレジットの後に登場するのはディズニープラスのドラマ「ロキ」の主人公でソーの弟であるロキ(トム・ヒドルストン)と、時間変異取締局(TVA)のメビウス(オーウェン・ウィルソン)。「ロキ」のシーズン1最終話にカーンは「在り続ける者」として登場しました。

 前作までのアビー・ライダー・フォートソンに代わってキャシーを演じるキャスリン・ニュートンは「ザ・スイッチ」(2020年)の主演女優。ペイトン・リード監督、2時間5分。
IMDb6.6、メタスコア48点、ロッテントマト48%。
▼観客20人ぐらい(公開6日目の午前)

「ちひろさん」

 安田弘之のコミックを今泉力哉監督が映画化したNetflix作品。元風俗嬢で今は弁当店で働くちひろ(有村架純)と、悩みを抱えた人や心に傷を持つ人たちとの緩やかな交流を描いています。大きな事件は起きず、何と言うことはないストーリーですが、ほっこりした気分になる映画です。

 有村架純は原作のちひろさんのイメージを損なうどころか大幅にアップしていて、ファンとしては有村架純を見るだけで十分な作品になってます。

 英語タイトルはCall Me Chihiro。これは「良かったら、ちひろって呼んでください」という場面があるからでしょう。2時間11分。IMDb6.6。

2023/02/19(日)「別れる決心」ほか(2月第3週のレビュー)

 「別れる決心」はカンヌ国際映画祭監督賞を受賞したパク・チャヌク監督作品。岩山の頂上から転落死した男の妻ソレ(タン・ウェイ)が容疑者となり、取り調べる刑事ヘジュン(パク・ヘイル)が徐々にソレに惹かれていくサスペンスロマンです。週刊文春のレビューで芝山幹郎さんが「名作『めまい』を換骨奪胎」と書いていたので期待は大きかったんですが、僕にとっての生涯ベスト級であるヒッチコック「めまい」(1958年)に比べると、いやいや全然及びませんでした。

 タン・ウェイは「めまい」のキム・ノヴァクに匹敵するほどではないものの「ラスト、コーション」(2007年、アン・リー監督)の時よりも魅力的なんですが、パク・ヘイルはジェームズ・スチュアートに比べるべくもありません。刑事が容疑者に惹かれていく展開は「めまい」より「氷の微笑」(1992年、ポール・バーホーベン監督)を思い出しますが、タン・ウェイはシャロン・ストーンのような冷たい悪女とは違います。映画の終盤にプロット上の弱さを感じたのはそれが一因にもなっていて、パク・チャヌクは基本的に女性に優しい監督なのでしょう。

 「あなたが『愛している』と言った時から私はあなたを愛するようになった」とソレは言います。ヘジュンは「愛している」なんて言った覚えはありません。それが何のことなのか思い至った時、ソレの気持ちが初めてヘジュンには分かります。観客にもソレがどういう女なのか分かります。終盤のこの描写はとても良いと思いました。

 パク・チャヌクの前作「お嬢さん」(2016年)はR-18の描写を入れながらもしっかりしたミステリーでした。サラ・ウォーターズ「荊の城」が原作だったので当たり前です。今回は原作のないオリジナルで、脚本の詰めの甘さを感じました。2時間18分。
IMDb7.3、メタスコア84点、ロッテントマト93%。
▼観客12人(公開初日の午前)

「エゴイスト」

 高山真の原作を松永大司監督が映画化。東京でファッション誌の編集者として働く浩輔(鈴木亮平)は、パーソナルトレーナーの龍太(宮沢氷魚)に出会い、お互いに強く惹かれ合う。幸せな時間を過ごす2人だったが、ある日、龍太は「もう終わりにしたい」と突然、浩輔に告げる。病弱な母親(阿川佐和子)と狭いアパートで暮らす龍太にはある秘密があった。

 僕はホモフォビアではありませんが、男同士が愛する姿よりは男女の愛する姿の方を見たいと思っていて、この映画を見ることには少し不安もありました。そんな僕でも納得できる男と男のラブストーリーが前半に描かれます。映画の中で「あなたにとって大切な人なら、男でも女でもいいじゃない」と阿川佐和子は宮沢氷魚に言いますが、まさしくそんな感じ。

 ただ、最もドラマティックなことは前半で終わってしまい、後半は長い長い蛇足に思えました。長さの割にドラマが薄くなるのが残念です。

 演技の虫の鈴木亮平はゲイの仕草を徹底的に勉強したようで、非常にリアルにゲイを演じています。宮沢氷魚の儚さも良いです。2時間。
▼観客17人(公開7日目の午後)ほとんど女性客。後半に泣いてる人もいましたが、前半の号泣展開を引きずったんじゃないでしょうか。

「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」

 ハリウッドの大物プロデューサーだったハーヴェイ・ワインスタイン(映画の中ではみんなハーヴィー・ワインスティンと発音してます)の卑劣なセクハラを暴き、#MeToo運動の先駆けとなったニューヨークタイムズのスクープを映画化。女性記者2人が地道な調査報道でワインスタインを追い詰める姿を描いています。

 事実を積み重ね、記事を補強するためにオンレコの証言を入れる努力をしていく記者の姿は真っ当なものです。映画の作りもこの記事の作りと同様、正直に描写を積み重ねていて僕は傑作だと思いました。ただ、記者を演じるゾーイ・カザンとキャリー・マリガンのカッコ良さと魅力をもってしても、地味な作りであることは否めません。アメリカでの批評が絶賛とまではいかないのはドラマの希薄さが影響しているのでしょう(中には序盤のトランプ批判を快く思わない人もいるかもしれません)。

 こうした記者を描く映画を見ていつも思うのは、記者がいくら優秀であっても口を開いてくれる人がいなければ、影響力のある優れた記事は書けないということです。この映画でも勇気を持ってセクハラの詳細を語った被害女性たちこそが事態を打開した本当の貢献者と言えるでしょう。女優のアシュレイ・ジャッドは名前を記事に使うことを許し、本人役で登場しています。

 監督はドイツ生まれの女優で「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド」(2021年)などのマリア・シュラーダー。2時間9分。
IMDb7.2、メタスコア74点、ロッテントマト88%。
▼観客11人(公開2日目の午後)

「バビロン」

 芳しくない評価がほとんどで期待値が低かったこともあって、予想より面白かったです。狂騒的なパーティーを描いた最初の1時間は長すぎで、ここを20分ぐらいにまとめれば、もう少し引き締まった作品になったのではないかと思います。

 映画製作を目指すマニー(ディエゴ・カルバ)と女優志望のネリー(マーゴット・ロビー)を中心に、サイレントからトーキーに変わる1920年代のハリウッドを描いています。ディエゴ・カルバの存在感が薄いことと、同じ1920年代を描いていることから序盤は「グレート・ギャツビー」を想起しました。

 印象的なのはブラッド・ピットの役柄で、サイレントからトーキーに変わる過程で落ちぶれていくスターなんですが、別に声が悪いわけでも演技が下手なわけでもありません。それなのに真面目に演じているシーンで観客はピットを見て嗤います。なぜかと思ったら、本人にはいかんともしがたい理由を告げられます。このピットに代表されるように、映画は「時代は変わる」こと、その厳しさ切なさを描いて悪くないと思いました。

 劇中でも引用されていますが、サイレントからトーキーへの変更期の混乱は「雨に唄えば」(1952年)という楽しくて偉大な作品がありますから、あれを上回るような気概と工夫が欲しいところではありました。3時間9分。
IMDb7.4、メタスコア60点、ロッテントマト56%。
▼観客5人(公開4日目の午後)

「ブロンド」

 アナ・デ・アルマスがマリリン・モンローを演じてアカデミー主演女優賞候補となったNetflix作品。評判がすこぶる悪いので見るのを躊躇していましたが、アルマスが良いことだけを期待して見ました。監督は「ジャッキー・コーガン」(2012年)などのアンドリュー・ドミニク。

 ジョイス・キャロル・オーツの原作はフィクションなので、事実と違う箇所も相当数あるのでしょう。モンローの不幸な生い立ちを強調し、ファザコン気味にまとめた感じの作品になっています。Wikipediaによると、モンローの父親がDNA鑑定で判明したのは、なんと2022年とのこと。生前、モンローは父親を強く求めながらも、本当の父親を知らなかったわけです。

 映画は予想ほどメタメタではありませんでしたが、モンローの出演作品への評価がほぼなく、セクシーでキュートなモンローの魅力を少しも伝えていませんし、アルマスを無駄に脱がせています。終盤のまとめ方もうまくありません。何より2時間47分も暗い展開を見せられると、気分が下がります。

 アルマスは外見だけでなく、話し方もモンローに似せていますが、作品の出来が良くないので主演女優賞は難しいでしょう。ある程度、モンローの生涯について知らないと、モンローと結婚する2人の男の素性が分からないのではないかと思いました。
IMDb5.5、メタスコア50点、ロッテントマト42%。

 Huluは今月からアナ・デ・アルマスが出ている2本の旧作を配信しています。「セックスとパーティーと嘘」(2009年、IMDb3.9、「灼熱の肌」のタイトルでDVDあり)と「カリブの白い薔薇」(2005年、IMDb5.3)で、どちらも日本では劇場公開されていません。IMDbのこの評価の低さではしょうがないですね。